第8話 冒険者ギルドとかいう異世界特有の万能組織


「ご、ご、ごせんごぉおるど!!」

 少年の大声が冒険者協会で耳障りに響く。

「そんなに大声だすなよ、少年」

 冒険者協会の受付の男性は耳をふさぎながらナトを注意する。

「でも、そんなに払えませんよ。500ゴールドなんて」

「5000だよ、5000ゴールド。何、さりげなく9割引き試みようとしているんだよ」

「できませんか」

「できないよ、冒険者の登録料は」

「冒険者登録ってただじゃないんですか?」

「魔王がいた数十年前はそうだったね。あのときは猫の手も借りたかったこともあって、冒険者登録の要件を大きく下げた」

「けど、今は違う」

「ああ、冒険者が多くなったから少し絞ることにしたんだ」

「でも、50は多すぎるでしょう。50は」

「さらっと、二ケタもサバを読もうするな、まったく」

「できませんか」

「できない! はぁ~、なんで登録料を値下げしようとするんだよ」

「できたらいいなが座右の銘」

「冒険者としてはいい自己アピールだが、協会の人間に向かってやるものじゃないぞ」

「冒険者登録できないなら冒険なんてできないよ」

「別に冒険者登録しなくても冒険者として活動することはできるぞ」

「マジで!?」

「マジマジ」

「その方法は?」

「冒険者パーティーに入ることだ」


 冒険者登録が高額になったことで、冒険者たちは冒険者ギルドでパーティーを組むようになった。

 パーティーのリーダーだけが冒険者登録をすれば、他の冒険者は別に高額な登録料を払わなくてもいい。

 逆に、パーティーのリーダーは能力のある冒険者を探すことができて、不要な冒険者を解雇することもできる。

 まとめると、リーダーは多大な高額を払うが冒険者のパーティーを組める。それ以外の冒険者はお金を払わなくてもいいが、能力のある冒険者にならないといけない。

 両者にとって、都合のいいパーティーが組めると言うわけだ。


 ナトは受付の男性の言っていたセリフを思い出しながら街の中をぶらぶらと歩く。冒険者になりたいナトにとって高額な冒険者登録料は目の上のたんこぶだ。自由気ままな冒険の旅がしたい少年にとって、パーティーなど組みたくない。

「どうやって、登録料を値下げしようか」

 ナトは冒険者の登録料をちょこまかすことに躍起やっきになるのも不思議ではない。

「うーん、うーん……」

 考える力が欲しくなったのか、ナトは袋からちからのたねを取り出すとそれを食べた。

 ナトのちからはあがった。

「ダメだ……、思いつかない」

 袋の中身がかしこさのたねだったらよかったのに、と、ナトは思った。

「お兄ちゃ~ん!」

 別行動を取っていたラッカはナトと合流する。

「ラッカ、サイショの街はどうだった?」

「つまらない」

 ラッカはキッパリと言った。

「もうちょっと良いようがあるだろう、ラッカ。街とかめぐるの好きなのに」

「そうだけど、ここは違う」

「違う?」

「サイショの街はなんていうか精気がないというか、やる気がないというか……」

「つまり?」

「死んでいる」

「一言でまとめすぎだよ」

「でもうまく言えないな、こういうの」

「まっ、いいや。それで頼んでいたモノは見つけた?」

「うん」

 ラッカはポシェットから巻物を取り出し、ナトに渡す。

 ナトはそれを開くと、首を上下に頷く。

「ちゃんとサイショの街の地図を持ってきたな、偉い偉い」

「へへへ、効率的でしょ」

「ガイドブックとかは買わなかったのか?」

「料理めぐりや観光地めぐりとかいっぱいあってどれ買えばいいか、わからなかったからやめた」

「それでいいよ。本屋で探すのはボクがするから」

「うん」

「それにしても、冒険者ギルドは協会からだいぶ離れた場所にあるな。普通、近くに置くよな?」

「仲が悪いんじゃない」

「あのな」

「それより、この街にはまほうつかいギルドとかもある?」

「あるな。商人ギルドも僧侶ギルドも」

「わたし、まほうつかいギルドに行ってみたい!」

「いいけど、その前に冒険者ギルドからな」

 ナトは気ままな一人旅をしたかったが、とりあえず、冒険者ギルドを見て、いいパーティーがあれば、入ってみようと考えを改めていた。

「ぶぅ~、……わかった」

 ラッカはしぶしぶながら、ナトのいう冒険者ギルドへと一緒に行くことにした。


 サイショの街の冒険者ギルドは街並み外れた場所にあった。

「サイゴの街と違うんだね、お兄ちゃん」

「サイゴの街は魔物から隠す意味あったからな。サイショの街は凄腕が集まるからいらないのかな?」

 二人はそう言いながら冒険者ギルドへと踏み入るのであった。


 冒険者ギルドはどんちゃん騒ぎだった。

 屈強な戦士達が昼間っから木製マグカップのビールを飲み干し、大声で笑っていた。

「なんだこれは」

 ナトは何かの間違いだと思い、地図を広げる。

「冒険者ギルドの館はここのはず。この地図、間違っていないよな?」

「わたしは最新版の地図を本屋から受け取ったよ。道具屋とかは数十年前の昔の地図が売っていたから」

「そうだな。ラッカはこんなヘマを犯すはずがない」

 ふと、ナトはラッカが転移魔法の使えない一件を思い出した。

「いや、そうでもないか」

 ラッカが「お兄ちゃん!」と語気を強めている、と、酒場のカウンターからバニースーツを着た女性がやってくる。

「冒険者ギルドへようこそ、迷いのネズミさん」

「冒険者ギルド!?」

 ナトの目が点になる。

「うん? 二人は間違って入ってきたじゃなくて、冒険者なの?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、私の格好は目の毒かな」

 バニースーツの女性はかがみ、セクシーポーズを取る。

「いいえ、お姉さんよりカゲキでシゲキなサキュバスとかマーメイドとかいたので」

「キミはいったいどんな世界で過ごしていたのかな……」

 バニースーツの女性は目の前にいる少年が受けた環境に少しだけ頭を抱えた。

「お姉さんはここのオーナーなんですか?」

「ええ、そうよ。ここのギルドは酒場と一緒になっているんだよ」

「……一緒って、なにゆえに」

「人間、お酒入ると仲良くなる。仲良くなれば、パーティーに入れる。パーティーが多くなれば、それだけ大きな仕事が舞い込む!」

「すごく効率的ですね!」

「ほめてほめて」

 ラッカにホメられて、ニヤニヤするオーナーを見るナト。『ここのオーナーは付き合うと疲れるタイプだ』と、直感的に悟った。

「お姉さん! これがこのギルドでイチオシのパーティー、しパはいますか?」

 ラッカの質問に、オーナーは笑顔で応える。

「推しパか~、それはだれかな~?」

 オーナーの甘いネコナデ声にギルド内の冒険者たちが黙る。

「え、え?」

 ラッカは静まり返った冒険者ギルドに困惑する。

「ラッカ、オマエな~、イチオシのパーティーを教えてください、なんて言ったらこうなるに決まっているじゃないか」

「でも、気にならない? オーナーさんが推す一番が誰か」 

「あー」

 ナトは覚悟を決めた。

「私も知ーらない」

 オーナーがそう言うと、先ほどの騒ぎとは違ういざこざがギルド内で起こり始める。

「オレが一番だ」

「いや、オレのところだ!」

「ふざけるな! オレのパーティーだ!」

 皆が皆、自分のパーティーこそが最強だと主張し、大声で牽制けんせいし合う。

「え、え、え? 何、これ」

「……お嬢ちゃん。みんなね、飢えているのよ」

「えっと、何を?」

「名声だよ、名声。自分たちの名だよ」

「お兄さん、よくご存知で」

「冒険者ギルドのオーナーのイチオシってことになれば、それだけ偉くなった気になれる」

「けっこうドライにモノ見てるわね、あなた」

「そうでもないですよ。ただ、すごくくだらないと思うだけで」

「こどもだからそう見えるけど、おとなになるとこだわりだすのよ。誰が上か、誰が下か、って」

「それでイチオシなのは」

「今はあなた」

 オーナーは口説き落とすように微笑みながらナトを指さす。

「ありがとうございます」

 しかし、ナトはこれを華麗にスルー。

「冷たいな~、もう少し話題広げない?」

「ボクに合った冒険者パーティーを教えてください、オーナー」

「はいはい」

 オーナーはカウンターにあった冒険者帳簿を持ってくると、近くのテーブルで開く。

「それで、今、ケンカしていない冒険者パーティーでいいのかな」

「それでお願いします」

「もったいないと思わない? お酒が抜ければ、良いヒトに出会えるかもしれないのに」

「初心者だって選別できますよ」

 オーナーはナトに軽いウィンクをした。


 オーナーは手にした帳簿を調べながら冒険者ギルドの館にいる冒険者たちのカオを確認する。

「あそこにいる戦士パーティー、ランクはCのA」

「ランク? CのA?」

「ランクっていうのはね、冒険者ランク。そのパーティー自体のレベルみたいなもの。ランクは下からE・D・C・B・A・Sの順で並んでいる。別段、これはパーティーの査定さてい基準みたいなものだから、個人の強さのランキングとかでもない。このパーティーはどんな依頼をこなせて、どれくらい信頼できるかを測る物差しみたいなものよ」

「ランクの違いはどういう感じですか?」

「たとえば、AのAは王様の護衛を無事に済ませるのに90%信頼できる。CのBはダンジョンの最下層までたどり着くのに70%信頼できる。EのCは街のゴミ拾いを片付けるのに50%信頼できるって感じかな」

「冒険者ランクで仕事が受けられないことありますか?」

「特にないわね。ただ、依頼主が依頼を任せる権限があるから、事実上、ランクのあるなしで仕事ができないことはあるわね」

「冒険者ランクを上げるには?」

「冒険者ランクの後にある信頼度を上げることかな。信頼度をあげるためには、自分のランクより上か同じくらいの依頼を受けるか、ワンランク下の依頼をいっぱい受けること。それで信頼度がAになれば、冒険者協会から出す特別な依頼を受けてもらって、それをこなせば冒険者ランクが上がる。あ、ランクが上がったら、信頼度は基準のCからスタートするわ」

「ランクが下がったり、信頼度が下がることはありますか?」

「けっこうあるわね。一応、冒険者ギルドの信頼査定はCが最低だけど、冒険者の間で、あいつはDだ、と、言われることがあるから気をつけた方がいいわ」

「はい、気をつけます」

「そうそう忘れていた。ランクAのBのパーティーなら、一つ下のランクの依頼を受けたら、ランクBのSとして扱われる。つまり、自分のランクより下の依頼を受けたら100%こなすことができるとみなされることになる。言い換えれば、ワンランク下の依頼だからって、手抜いたりしたらダメってこと」

「キビシイ話ですね、それは」

「ランク上のパーティーに依頼を独占させないためのバツよ。よくあることなんだけど、パーティー内にいる新米冒険者にワンランク下の依頼を受けさせることがあるの。けれど、そういう欲をかいたパーティーはけっこうな確率で失敗するわ。ワンランク下の依頼を失敗した場合、信頼度に関わらず、問答無用でそのパーティーのランクを下げるわ」

「もし、ランク高い冒険者パーティーに入るのなら、入る側の能力がそのパーティーと釣り合うぐらい能力がないといけないということですか」

「そういうこと、物わかり良くて助かるわ」

「ありがとうございます」

「いいね、その返事。冒険者ランクSの“英雄”と呼ばれる日も近いかもね」

「英雄?」

「冒険者ランクの最終到達点でみんなの目標。あなたが英雄になれる日を待っているわ」

 オーナーはうそういうと、視線を帳簿へと戻した。

「話を戻すわね。部屋の中央にいる戦士パーティー、ランクはCのA。リーダーはアダン。求めている能力はうでっぷし」

「求めている能力?」

「新加入冒険者の能力とパーティーが求める能力が違ったらお互い不幸になるでしょう? だから、お互いが不幸にならないためにも、冒険者パーティー側が予め求めている能力を提示すれば、どちらともプラスになる」

「たしかに、そうですね」

「それに、レベルがなくても、能力やスキルがあれば、ベテラン冒険者パーティーの一員にもなれる。だから、あなたのような新米さんでもチャンスはあるってわけよ」

「なるほど」

「次に、壁際でカード遊びしている魔法パーティー、ランクはBのC。リーダーはアコウ。求めている能力は体力」

「魔力じゃないんですか?」

「あなたから魔力を感じないから、そういうのを求めているパーティーは省いているわ」

 ――でも、それとは別の何かがあるけど、それことは言わないでおこう、と、オーナーは思った。

「近くで銭勘定している商人パーティー、ランクはCのB。リーダーはビロウ、求めている能力は話術」

「ボクは商人が持つ話術みたいな高等なスキルは持っていませんよ」

「え?」

 オーナーは目を丸くする。

「え?」

 ラッカも目を丸くする。

「え?」

 ナトもまた目を丸くした。

「で、最後に部屋の奥にいる貴族パーティー、リーダーはシーズ。ランクはAのA。次期英雄候補ね。求めている能力はえっと、なんでもいい」

「なんでもって、なんかイヤですね」

「能力よりも実力第一かな、あそこは。能力なんて結局自己申告みたいだから、力を見せてほしいのかもしれないわね。さて、これでおしまいかな」

 オーナーは帳簿のページが終わりまで来ると、それを閉じた。

「お姉さんができることはこれで全部。兄さん、わからないこと、ある?」

「いっぱいありすぎて、覚えきれないな」

「ムリしない。忘れたらもう一度言うからすべて覚える必要はないわ」

「ありがとうございます」

「あなたがすべきことは自分の能力を必死にアピールする。冒険者ランクが高いか低いかこだわらず、自分を売り込むこと。ただ、それだけよ」

「はい、わかりました」

「それじゃあ、楽しんでね。……あ、そうそう、あなた、未成年っぽいからお酒、売らないからね」


 冒険者ギルドのオーナーは二人から離れた。

 オーナーとの長話を終えたことでナトはきゅっと背を伸ばした。

「お兄ちゃん、疲れた?」

「まあまあ、疲れた。ラッカは」

「まだなにもしてないのに、すごーく疲れた」

「なら、そこで休んでおきなよ。ボクだけで話すからそこで待っといて」

「わかった」

「荷物もお願い」

「うん」

 ナトの荷物を受け取ると、ラッカはカウンターに座った。

 すると、ラッカの手元に何かが置かれた。ガラスカップだ。

「グレープフルーツジュース。サワーにするとおいしいんだけど、今はそれでガマンしてね」

 冒険者ギルドのオーナーがラッカに微笑みながら話しかける。

「わたし、頼んでいないんですが……」

「おごりよ、おごり。お兄さんには内緒ね」

 ラッカはナトの視線がないか左右を確認する。

 気づかれていないとわかるとニンマリする。

 兄に気づかれないように、そっとジュースを口にする。

「おいしい!」

 喜びが声に出た。

「酸味があって、けど、あとから甘味があって」

「でしょう。これで疲れが吹き飛ぶわよ」

 ラッカはもう一度、それを口の中へと運び、舌の上で転がしてみる。少女の表情がもっと笑顔になった。

「今朝、港から取り寄せて搾ったものだから、おいしいわよ」

「だから、新鮮なんですね」

 どうやら、ラッカはジュースの甘みと酸味を気に入ったようだ。

「にしても、あなたのお兄さん、すごいわね」

「何がですか?」

「ケンカしている冒険者じゃなくてケンカしない冒険者のパーティーを狙うなんて。普通の冒険者なら少しは慎重になるのに」

「瞬発力がスゴイんですよ、お兄ちゃん。抜け目ないというか、スキを見せたらするりと入り込むというか」

「なんかわかる。あなたの兄さん、一瞬で名声を欲しがる冒険者はいらないと吐き捨てたから」

「それってすごいことなんですか?」

「あなたはまだわからないかもしれないけれど、冒険者が名声にこだわりだすと最後は守りに入るの。守りに入った冒険者の末路は見られたものじゃないわ」

「まるで見てきたように話しますね」

「色々あったからね、……人間の善意や悪意とかね」

 ラッカは何も言わず、頷く。

「この冒険者ギルドの館もそんな気持ちで動いている。冒険者が冒険者らしく生きられる世界になればいいのにね」

 オーナーはヒジをつきながら、ナトの背中を見ながらそんなことをつぶやくのであった。


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