心の冒険者とかいうパワーワード
羽根守
第1話 ちからのたね999コとかいう到底使いきれないドーピングアイテム
――パリポリパリポリ
ちからのたねを噛み砕く。
レアアイテムを噛み砕く。
――パリポリパリポリ
ちからのたねを食べた時は喜びを感じ、
それを2コ食べた時は笑みを浮かべ、
3、4コ食べた時は罪悪感を覚え、
5コ食べたときには恐怖となった。
――パリポリパリポリ
ちからのたねは塩気のないピーナッツみたいなものだ。
よく味わえば味が見えてくる。
しかし、そこまでたどりつくまで四角い粒のカタマリが口の中に広がる。
ちからのたねを噛めば噛むほど、早く胃の中へ入れとお願いしたくなる。
……が、ちからのたねはそんな想いを知らず、口の中で暴れまくる。
――パリポリパリポリ
ちからのたねをよく噛むことでちからの値が数段上がる。
そんなことはナトにはわかっていた。
しかし、しかしだ。
ちからのたねが山を作るほどの量があれば、話は別だ。
彼のテーブルの前には1000コ近くのちからのたねがある。
これらはすべてエリクサー病の父親からもらったものだ。
――話はほんの少しだけ巻き戻る。
世界を滅亡へと追いやった邪竜が封印されし山の奥にある家、少年ナトはここで暮らしていた。16才の誕生日を迎え、ナトは冒険者としての旅を始めようとしていた。
ナトは旅の準備をすませ、自宅の前にいた。
「父さん、母さん行ってきます」
「おう、がんばれよ」
「ケガしたら家に戻ってくるのよ」
「だいじょうぶだよ。ケガなんてしないから」
「しかし、オマエも16才になったのか。立派になったな」
「へへへ」
「装備は大丈夫?」
「大丈夫だよ、母さん。どうのつるぎとたびびとの服を装備してるから」
「……うーん」
「どうしたの父さん」
「なあ、ナト。おまえ、やくそうとかそういうのは持っているよな?」
「うん、持っているよ」
「もしケガしたらどうする?」
「家に帰って一晩寝るよ」
「え?」
「もったいないでしょう? 薬草使うのが、それにお金もかかるし」
「……ナト」
「どうしたの? 父さん。形相を変えて」
「敵がいっぱい出てくる場所にせいすいは?」
「使わない」
「毒にかかったらどくけしそうは?」
「使わない」
「仲間が戦闘不能。そんなとき、オマエは」
「宿屋に泊まって一泊」
「母さん!!」
「あなた!!」
「「ナトはエリクサー病にかかっている!!」」
「へ?」
「いいか、ナト。オマエは冒険者として大きな心の問題を抱えている」
「一体何。説教なら後で――」
「違う! これは説教じゃない、先輩冒険者の助言だ。いいから聞け」
「……わかった」
「冒険者で一番の死因となっているのは何だと思う?」
「自分より強い敵とあったとき」
「いや違う。アイテムをケチったときだ」
「アイテムをケチる?」
「そうだ。父さんも昔冒険者だった時、よーくアイテムをケチって、みんなから総スカンを食らった。まあ、そんなことは別にいい。アイテムをコレクションするのが、父さんの趣味で生きがいだったからな」
「どんな生きがいだよ……、それ」
「問題なのは体力魔力を全回復するエリクサーを使わないで仲間を見殺しにしてしまったことだ」
「それは父さんの性格に問題があったんじゃ」
「ああ、そうだな」
「それは認めるんだ……」
「それから父さんは誰とも仲間を組むことができず、一人さびしく冒険の依頼をこなしていた」
「仲間に回復アイテムを使わないとなると、そうなるよね」
「一人の冒険はさびしいぞ。『あいつ、ボス戦でエリクサー使わないの』とか『仲間の命よりエリクサーが大事なんだ』とか悪口バンバン言われるぞ」
「けっこう心に来るものあるね、……それ」
「だからナト、オマエにはそんなさびしい思いをしてほしくない」
「父さんの言いたいことわかったけど、エリクサー病をどうすれば治るの?」
「原因はわかっている」
「原因?」
「そうだ。なぜ、父さんがエリクサー病になったのか! それは!」
「それは?」
「エリクサーを貴重なアイテムだと思っていたからだ」
「……体力魔力を全回復するのは貴重だと思うよ」
「いや、エリクサーより仲間の命の方が大切だ。たとえ、蘇生魔法で生き返ったとしても生涯陰口を叩かれるのだからな」
「……けっこう根に持つのは仲間だったんだね」
「ナト! オマエにはエリクサーを手にした時、レアアイテムとか思わないで、いつでもゴクゴク飲める冒険者になって欲しいんだ」
「エリクサーをゴクゴク飲めるかは知らないけれど、そんなのどうすれば」
「簡単だ。レアアイテムをレアとは思わないで使える冒険者になればいい」
「なるほど、で、どうするの? ボク、やくそうぐらいしか持ってないけど」
「オレに任せろ」
ナトの父親は家に帰った。
しばらくすると、ナトの父親は自宅前へと戻った。
「父さん、ギュウギュウ詰めのふくろに入っているのは?」
「ちからのたねだ」
「ちからのたね?」
「父さんはな、エリクサー病の他にも、ドーピングアイテム病にもかかっていたんだ」
「ドーピングアイテムって、他に言いようが……」
「一人で旅しているとドーピングアイテムしか信じられるものがないから」
「父さんの話を聞くと、なんだか冒険したくなくなるよ」
「でもな、ドーピングアイテムを集めていたらこれがなかなか使えなくてな。ああ、父さんはエリクサー病だけでなく、ドーピングアイテム病にもかかっていたんだなってわかって、冒険をやめたんだ」
「冒険やめるタイミング、少し遅い気がするよ」
「冒険業を引退してから、この999コのちからのたねはどうするか悩んだ。引退してから知り合った母さんから、こどもにあげれば、と、言われたからそうすることにした」
「そんだけ古い種ならもう腐っているんじゃ」
「大丈夫、母さんの冷凍魔法で保存してもらっていた」
「こう見えても母さん魔法得意だから」
「はあ」
「それでさっき解凍したどころだ」
ナトの父親はちからのたねの入った袋をナトに渡した。
ナトはふくろの中身を見て、目を細めた。
「……なんかピーナッツかアーモンドみたいだね」
「見た目はな。けど、こいつを食べたらホントに力がつくぞ」
「それでこのちからのたね、どうすればいいの?」
「全部食べろ」
「ぜんぶ!?」
「ドーピングアイテムは食べてこそ意味があるだろう」
「いや、そうだけど。でも……、これ……」
「ドーピングアイテムはレアアイテムだ。ちからのたねを持っているモンスターは限られていて、落とす確率が2の6乗となっている」
「64分の1……。その上、999コも手にしているなんて……」
「1回戦闘で1.5%だ」
「そこはかなく激レア感あるね……」
「そんなレアアイテムを999コも食べればレア感もなくなるだろう?」
「確かにレア感がなくなりそうだけど、やっぱりなんかもったいない」
「だからそれがダメなんだ! ナト!」
「え!」
「エリクサー病は病気です。しかるべき
「母さんも何言っているの!?」
「レアアイテムだと思うから使わない。これはもう心の病気だ。この心の病気を持ったまま旅に出たら、助けられるはずの仲間を見殺しにしてしまう」
「父さん……」
「そして仲間を蘇生した後、酒場の掲示板で炎上するぞ」
「父さんが間違えたのはエリクサー病じゃなくて、仲間集めだと思うよ」
「これでわかったな! ナト! レアアイテムのドーピングアイテムをもったいないと思わなくなるまで食べれば、エリクサー病は完治だ」
「でも、やっぱり、999コも食べるなんてもったいない……」
「最低でも100コ食べてから旅に出ろ。いいか! 最低でも100コだぞ」
それからナトはちからのたねをパリポリパリポリ食べている。
――腕に力が湧いてくる。
――能力値の上昇を感じる。
――どんな敵にも負けない勇気をもらった気がする。
――けれど、なんだろう。
――もう食べたくないという気持ちが大きい。
ドーピングアイテムの
しかも、塩気のないピーナッツをもぐもぐ食べているものだから味が退屈だ。
それにくわえて、口の中の唾液がなくなり、粉末状の何かが喉に来る。
「み、水!」
ナトはあわてて、コップを手にしようとする。
ナトの母親はそのコップをひょいと奪う。
「水はダメ」
「母さん! どうして!」
「水を飲んだら、ちからのたねの成分が腸に吸収しなくなるでしょう?」
「知らないって! もう口の中がパサパサなんだよ! パサパサ! だから水ちょうだい!!」
ナトの母親は首を横に振った。
「ちからのたねがあなたのちからにならないなんて、それって、もったいないでしょう」
ナトは思った、母さんもエリクサー病患者なんだと。
そして、エリクサー病は遺伝なんだ、と、強く思った。
「ナト、根を上げるか? オマエの楽しみにしていた夢はこの程度か?」
父親のニヤニヤ顔に、ナトの顔つきが変わった。
ナトは深呼吸すると、テーブルに無造作に置かれたちからのたねをパクパクと食べ行く!
「食べ切るよ」
「ほぅ」
「絶対食べ切って、心の冒険をしてやる!」
ちからのたねは999コから953コ。
完食まではまだ遠い。
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