第10話 関西弁の商人とかいう強キャラ


 ランクCAの戦士パーティー、アダンとの面談がうまくいかなかったナトは近くにあった椅子に座り、ラッカと相談していた。

「ちょっと力入りすぎたかな」

「アームレスリングで戦士一回転したらフツーおことわりするでしょう?」

「条件は力を見せてくれなんだから、派手な方がいいだろう?」

「いくら何でも派手すぎるよ! ここは穏便に行くのがセオリー!」

「アームレスリングで負けました。でも、あなたはパーティーに入ることができました。――嫌だろう? こんなパーティーの入り方。それより、アームレスリングで勝ちました。あなたはパーティーに入りましたというのがいいだろう?」

「わかるけど、お兄ちゃんはあのパーティーに入る気あったの?」

「ここだけの話なかった」

「え」

「だって、二三日も迷宮ごもりするんだよ! 二三日も! 男だけのムサいパーティーで魔物を退治だよ。そんなのやっていられない」

「気持ちはわかるけど……」

「それに、他の冒険者パーティーのこともよく知りたい。だから、今は保留」

「受け付けてくれるかな、アダンさん達」

 ラッカはアダンのいる戦士パーティーの方へとちらっと目を配らせる。

 先ほどまで大の字で寝ていたアダンも今は元気そうな表情で仲間たちと話をしていた。

「さて、この冒険者ギルドの館にいるオススメ冒険者パーティーは3つか」

 ナトはちからのたねを頬張りながらそう言った。

 ナトのちからがあがった。

「お兄ちゃんを仲間として入れてくれるパーティーは何処でしょう?」

「クイズ感覚で言うなよ。ええっと、確か、ランクBのCのまほうつかいパーティー、アコウさん。ランクCのBの商人パーティー、ビロウさんで」

「ランクAAの貴族パーティーのシーズさん」

「そうそう、ラッカはどのパーティーを受けた方がいいと思う?」

「わたしはまほうつかいだからまほうつかいパーティーをすすめたいけど」

「けど?」

「お兄ちゃんは魔法苦手だから、わたしはビロウさんと話した方がいいと思う」

「貴族パーティーはダメなのか?」

「お兄ちゃんは貴族という柄?」

「うん、違うね」

「認めるんだ……、それ」

「まず、商人パーティーのビロウさんと話をしよう。それからまほうつかいのアコウさんと話をしてみようかな」

「貴族は諦めるの?」

「ラッカがダメ出しするんじゃ、ボクには絶対合わないと思うよ」

 二人は会話を終えた。

 自分の性格や能力を加味かみした結果、ナトは商人パーティーのビロウと面談を受けることにした。


 ――商人パーティーのリーダー、ビロウ。40過ぎの男性で妻子持ち。商人ギルドと冒険者ギルドを掛け持ちしながらも、両方共、うまくやりこなすやり手の商人。好きなモノは息子の笑顔、嫌いなモノはケチな冒険者。


 ビロウは仲間たちと共に帳簿に銭勘定を書き留めていた。

 彼はそろばんを弾きながら山積みの手形に目に通し、主要簿と補助簿を確認する。

 ――見落としがないか、書き忘れがないか。

 1ゴールドの記入漏れも許さない。その眼光は実に鋭い。彼らにとってこのときこそ、ホントの戦いだからだ。 

 戦闘ではいささか目立たない商人であるが、お金に関する問題だと彼らは無類の力を発揮してくれる。

 ――どれだけ丈夫な武器が買えるか。アイテムは安く仕入れることができるか。

 あらゆる相場を知り尽くし、取引差額で利益を生む。その利益をパーティーに還元し、強い武器装備を用意してくれる。

 冒険者パーティーにおいてまさしく内助の功、一人はどうしても欲しいものだ。

 

 ナトはパチパチと鳴るそろばんの元に着くと、ビロウを呼びかける。

「もうかりまっか」

 ビロウは反射的に「ぼちぼちでんな」と言い、そろばんを止めた。

「あんさん、ワイらのあいさつ、知っとるんか?」

 目を爛々らんらんとさせたビロウはナトを尋ねる。

「ええ、まあ」

「でも、そのあいさつはな、ワイらと同じ商売人が言うセリフや。あんさんは何を売ってくれるや?」

「ボク自身」

「ワイらは人身売買なんか興味ないで」

「違います。ボクを仲間に入れてくれませんかという意味です」

「わかっとるわかっとる。ちょっとした冗談や」

 ビロウはそう言うながら、彼の視線はナトの装備品をしっかりと見る。

「オモロない冒険者やな。どうのつるぎとたびびとの服で旅しとるやなんて」

「まだ冒険を始めて一日も経ってませんから」

「ほーん。つまり、あんさんは新米やな」

「はい」

「そんなに気構えせんでええで。誰もが最初は素人、ついでにここはサイショの街、新人さんは大歓迎~、気楽に行きましょうや」

 ビロウはナトに笑いかけながら、バンと手を叩いた。

 一方、ナトはビロウの独特のテンポにとまどいを隠せなかった。

「さて、ワイらは見てのとおりの商人パーティーや。皆、カネに関してガメついヤツや。あんさんはカネに関してどれくらいケチなんや?」

「エリクサーを仲間に使わないほどのドケチです」

「それ、ケチちゃう! もったいないだけや! ワイが言うケチは、商売敵がムダに高くしおるアイテムをどれだけ値切れるということや」

「はあ」

「汗水知らない商売屋がワケもなく価格を釣り上げるなんか許せんやろう。ワイらはそんな商売屋が付けた価格をええ感じに下げて、みなさんがぎょーさんモノ買える市場にするのが目的なんや」

「……ラッカ」

 ナトはラッカにかぼそい声で耳打ちする。

「なに? お兄ちゃん」

「……なんかもものすごく手強いぞ。このヒト」

「わたしもそんな気がする。ただ、お兄ちゃんと息があいそう」

「どういう意味だよ……、それ」

「カネにならん話はしまいか?」

 ビロウの一言にナトは軽く頭を下げる。

「すいません。妹が手に持っているパチパチ音鳴るの、興味あって」

「おお! これな! これはな、そろばん言うて、金勘定には必要なものなんや。このパチパチが聞こえると、ごっつ仕事しとる気がするんや」

 少し不機嫌になっていたビロウであったが手にしていた商人の武器について聞かれると上機嫌となった。

「本題入ろうか。ワイはビロウ、商人パーティーのリーダーをしとる」

「ボクはナトと言います」

「わたしはラッカです」

「二人はワイらのパーティーに入りたいんか?」

「幾らかお金が稼げれば」

「それでええで、それで。あなたの志に打たれました、とか、立派なパーティーを作っていきましょう、とか、そんな歯ざわりいい言葉はウンザリや。ここはすなおに、カネ儲けしたいと言えばええ。人間、すなおが一番さかいな」

「ボクはそうでもないんですか」

「なんか言うたか?」

「いいえ、何も」

「そっか」

 ビロウはナトの言葉を聞き流し、話をすすめることにした。

「さて、ナト君やっけ?」

「はい」

「ワイらのパーティーは冒険者ギルド以外にも商人ギルドにも登録しとる。商人ギルドの商売と冒険者ギルドの依頼を同時にしとるということや。これはどういう意味か? わかるか?」

「荷物を運んでいるということですか?」

「ええカンしとるな。そや。ワイらは馬車に乗って、商売用の荷物を運ぶついでに依頼用の荷物運んでいるや。一石二鳥やろう。ハハハ」

 ビロウは胸張って笑い出す。

「なんで、わかったの? お兄ちゃん……」

「適当だよ。適当。竜の運び屋を思い出しただけだよ」

 ナトの返事に、ラッカは小さなため息をついた。

「冒険するんなら世界を知ることがテッパンや! 世界地図や町の地図は人気があってよく売れるんやが、やっぱ町を歩かんと世界を知った気にはならん」

「それ、すごくわかります!」

 ナトの目はキラキラと光り輝く。

「ええ返事や。しかしな、この仕事はすごくガマンする商売でもあるんや。1時間以上、何もしないムダな時間があってもガマンせんといけん。苦しいかもしれへんが、必ずそれがカネになる。ワイらの商売はそんな地味な仕事をしとるが、新米冒険者にとっちゃカネ以上に価値のある商売になるはずや」

「じゃあ、パーティーに入れてくれますか?」

「気早いちゃうんか? ジブン」

 ビロウは真顔だ。つけ入るスキがない。

「ワイは気に入ったが、他のメンバーが気に入らへんかったら、この話はご破算や」

 ビロウは銭勘定をし続けているメンバーを呼びかける。

「新米冒険者のナト君や。コイツに聞きたいことあっか?」

 商人パーティーのメンバーは反応しない。

「なんやなんや、もう少し盛り上がってくれへんか?」

「ビロウはん、テストしはるんやろ?」

「そのとおりやが」

「なら、そのテスト、終わってからでええやろう」

「ウチもそう思うわ」

 商人メンバー達は続々と声を上げる。

「そうやな。それじゃあ、ナト君。テスト受けてもらってもええか」

「あ、はい、お願いします」

「あんさん、大丈夫か? 少しうわのそらやったが」

「どんなテストするのか考えていたから」

「そんなムズうない、ただのテストや。ただの。詳しいことはこっちのテーブルで話すわ」

 ビロウは空いている椅子に座ると、ナトはビロウと対面する椅子に座った。

 すると、ビロウは腰にあるポーチから何かを取り出す。金貨だ。

「テスト言うんは “ この1ゴールドを1時間でそれ以上 ” にして欲しいんや」

「それ以上?」

「そや、1ゴールドで買えるモノはそうそうない。ワイらの冒険でも必要な薬草も1ゴールドで買えるほど安くはない。道具屋の主人も立派に商売やっとるからや」

「1ゴールドで商売しろと言われても……」

「ゴールドを銀貨か銅貨なんかに変えて、生活品でカネ稼ぐのがええかもしれんな」

「ああ、なるほど」

「でもな、そういう商売するには商人ギルドで商人登録せんとアカン」

「ええ!」

「商人ギルドは横のつながりを大事にしとるんや。変にモノの価格を下げたりして、不当な取引をさせへんようにしとるんや」

「じゃあ、もう打つ手ないじゃないですか!」

「そこを考えるのがテストなんや。知恵と記憶を絞りきった先に、ちゃんと答えが見えてくるんや」

 ビロウは1ゴールドの金貨を縦回転させるように指で弾くと、ナトの元へと走らせた。

 縦回転する金貨はナトの真向かいに来ると回転力を失い、横に回り出して、やがて静止した。

「時間は1時間。ワイらが宿屋へ帰るまでに、この1ゴールドをそれ以上にしないと合格とは認めへんで」

「わかりました」

「商人が1ゴールドをただでやるんや。その覚悟を理解しいや」

 ナトは1ゴールドの金貨を手にし、冒険者ギルドの館から出ていく。

「それじゃ気張ってや」

 ビロウはナトに手を振り、彼を見送る。

「――にいちゃん、ナゾトキの答えはな、もうんやで」

 ビロウは小さな声でそんなことを呟いた。


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