決戦の尾上山!

第31話 これがおれの公式戦デビュー!

 ついに、この日が訪れた。

 HTRICエイチトリックジュニアワールドチャンピオンシップの開幕だ。

 まあ、開幕といっても出場校は四校しかないので、三位決定戦を含めても四試合しかないんだけど。

 予定では、午前十時に尾上山展望公園で開会式があり、その後は各校三十分ずつ練習走行プラクティス・ランの時間が確保されている。そして、午後から第一試合が行われる。これは、昨日になってようやくエンツォからきかされた内容だ。正直、エンツォって部長として欠陥が多すぎる。


 午前八時に学校に集合して、いつもの展望広場についたとき、おれはその光景に思わず、

「なんじゃこりゃあ!」

 と、驚愕の叫び声をあげた。


 港町を見下ろす展望台には200インチはゆうにありそうな巨大モニターが設置され、その画面にはコース上に飛ばされているドローンからの中継画像が映し出されていた。モニターとスタート地点をはさんだ場所にひな壇になった立派な観覧席も設けられている。こんなもの見に来る物好きがいるのか?

 広場にはいくつかテントが張られていて、中央の大きなテントは運営組織HTRICのコントロールセンターになっているらしく、訳の分からん機械がたくさん繋がれていた。

 各高校にもスタンバイ用のテントが用意され、さらに広場の周りにはかき氷やフランクフルト、ポップコーンなどの屋台まで出ていて完全にお祭り状態。

 コースは運営によって路面がきれいに清掃されており、ちゃんと転落防止用のガードフェンスとスポンジバリアも設置されている。コース途中には加速制限違反アクセラレーションファウル判定をするための、審判マーシャルまでついているという手の込みようだ。

 これはどう考えても資金の使い方を間違っている。


 その異様な光景を茫然と見つめるおれの背後から「やっと来おったな」と、ハスキーなテンション高めの声が響いた。振り向くと、そこには黄色い縦縞のランニングシャツを着た逢坂太郎がいた。


「ビビッて逃げ出したんかと思ったで、ポンコツイタリアン」

「何しに来やがった、コナモンジャンキー」


 相変わらずだな、この二人。いがみ合ってるんだか息ぴったりなんだかよくわからん。


「はん、余裕こいとけるんも今のうちや。ワイらはお前らを叩き潰すために、対ハントラ用の必殺技『超絶射踏グラン・シャトウ』を編み出したんやからな!」

 グラン・シャトウだと!! なんかよくわからんが、すごそうだ! まさか、椅子部が勝つことはないだろうと思っていたけれど、油断していてはダメなんじゃないのか?

「必殺技か……いいだろう、受けて立とう。いっておくが、オレたち車検くるまけんも、あの合宿のときと同じだと思うなよ」

 余裕たっぷりにエンツォがいうと、逢坂もつんとあごを突き上げ、エンツォをひと睨みして、ふんと鼻を鳴らす。

「ほな楽しみにしとくわ。けど、勝つんはワイら浪工椅子部や」

 逢坂は例のごとく、ひゃーひゃっひゃ、とどこから出てるのかわからないのどが裏返ったような笑い声を響かせて立ち去る。その声に驚いた野鳥が数羽、ばさばさと飛び立っっていった。


「必殺技、どんなものなんでしょうね?」

「案ずるな、パヤオ。必殺技を使ったところで所詮は椅子部。ハントラにおいてはオレたちの敵ではない」

 大丈夫かよ……まあ、この後プラクティスがあるから、そこで見れるか?

 とりあえず、逢坂もいなくなったし、練習走行の準備をしようと、おれたちの高校に割り当てられたテントに用具を広げていると、突然、おれの前に大きな影が映り込んだ。振り返ると、そこには熊のような巨体がフランクフルト片手に立っていた。


「よう、来道シュン」

「じ、ジョージ……さん!?」


 おれはぎょっとして声が裏返った。ジョージとは、あのあしびばでの一件以来顔を合わせていない。あの後、どうなったのかも知らないのだ。


「お前も出場するのか?」


 ジョージは俺に対して思いのほか気安く声を掛けてきた。おれは上ずった声で「ま、まあ。そうです」とあやふやに返事をする。

「あ、そうだ。入舟うちはおれがタンデム乗りますけど、ジョージさんもタンデムですか?」

「当然だ」

 よし、おれの読み通りだ。

「俺とプリンのタンデムで、今年もこのコースレコードを塗り替えて優勝してやる。覚悟しておけ」

「どうですかね。おれもアカネと出ますけど、油断しないほうがいいですよ。おれたちだって、ただ漫然と走ってたわけじゃないですからね」

「え!? アカネさんがタンデムに!?」


 聞いちゃいねえな……おれの話よりもアカネという単語に食いつくと、きょろきょろと視線を左右に彷徨わせ、作業中のアカネを見つけてその姿をロックオンした。

 視線に気づいたアカネは振り返ってジョージのほうを力強く見据えると、

わんわたし、ジョージさんには絶対負けんち、覚悟してくださいよ!」

 と、きっぱりといい放った。うん、気合十分って感じ。

「おお! まじでアカネさんがタンデムに! ならば、ますます手を抜くわけにはいかんな。初戦の鬼界高校に圧倒的大差で勝って、今度こそアカネさんの羨望のまなざしを……」


 ぐへへ、とだらしなく口元を緩ませ、なにやら独り言をいいながらジョージは立ち去った。

……こうかはばつぐんだ!

 思いのほか、アカネというジョージに対する「武器」は効いている。女ボケして腑抜けたジョージならば勝算は十分ある!


 そうこうしてるうちに、十時になり開会式が執り行われる。誰が見に来るのかと思った観覧席もちらほらと人が座り始めていた。こんなにファンがいるとは、世の中どんな趣味を持ち合わせているのかわからんものだ、

 HTRICエイチトリックの外山理事長の開会宣言のあと、選手宣誓をおこなったのはコウバン先輩だった。

 そのイケメンぶりに観客席からため息にも似た歓声が沸いた。あの観客の中にコウバン先輩の追っかけもいたのか。

 ちなみに、コウバン先輩が宣誓をすることは、開会式直前でエンツォからきかされたらしい。やはりエンツォのスケジュール管理能力の低さは部長として致命的すぎる。もう、部長ってコウバン先輩のほうが良くね? 


 開会式が終わると、練習走行の時間になる。これが試合前の最後の練習時間だった。

 練習走行はくじ引きの結果、おれたち入舟高校が一番、次に浪速工業高校、その後に大熊と続き、最後に鬼界高校となった。


「調子はどう? パヤオ君」

 練習走行を終えてテントまで戻ってきたところで、カオルがたずねてきた。

「いいですよ、カオルさん。どこまでやれるかは走ってみないとわからないけれど、少なくとも三日前までとは違います。それに、あの悪魔の道デビルズウェイだって特訓のおかげでもう怖くありませんから」

「ふふ。なんだか、パヤオ君ってすっかりエースの風格がでてきたよね」


 そういってカオルは白い歯を見せて笑った。エースの風格。いい響きだ……これがハントラでさえなければ……

 漁師さんや地元の中学生、あと散歩に来ていた観光客からの好奇の視線を浴びただけのことはあって、おれとアカネはあの漁港でのスロープ練習で、ちょっとした技を会得していた。

 スロープ状の道の途中で直角に曲がる、その名も「カーニー・ドゥ・ラック祭りに幸運を」、通称カーニーターンだ。このターンはもちろん、あの悪魔の道デビルズウェイ攻略のための、おれたちの必殺技だ。

 おれとアカネはこの直角ターンを二つ連続で行うことで、あの急勾配のカーブを攻略することにしたのだ。


 通常、台車をターンさせるためには、曲がりたい方向に体重をかけて、自在コマの方向を変えて曲がるけれど、このターンは少し違う。

 操縦手ハンドラーであるアカネは両袖台車の前方にある取っ手にぶら下がるようにして、大きく進行方向に体を倒し込む。一方でおれは脚で突っ張ってブレーキをしながら、その反対方向に体重をかけることで、台車の中心を軸にヨー回転させるのだ。

 この挙動はスピンと同じで、下手をすればコントロールを失ってしまいかねない。そこで、ターンをしたらすぐに、おれとアカネは同時に体を真後ろに倒して、ちょうど台車の取っ手を斜め懸垂で引っ張るような体勢をとる。

 回転する力というのは、回転半径が大きいほど、大きな力が必要になる。つまり、おれとアカネが体を大きく広げることで、台車そのものの慣性モーメントが大きくなり、回転スピードは落ちる。そこでおれが一気に加速をすることで、回転力を直進するための推進力に転換するのだ。


 口でいうのは簡単だけど、これを形にするために、おれもアカネもあのスロープで何度も海中にダイブをする羽目になった。エンツォは気付いた時にはいなかったので、正直まったく役に立ってくれなかったけれど、それでもあの特訓をした甲斐は十分にあったし、練習走行での手ごたえも感じられた。


「とにかく、今はおれはアカネの力を信じて乗るだけです」

 アカネを見遣ると、彼女も頷き返してきた。おれたちのライドはもはや、あのちぐはぐだった頃とは違う、そう確信できるだけの練習はしてきたつもりだ。

「そうだね。君たちなら、きっと勝てるよ」

「もちろん負けるつもりはないよ。エンツォの罰ゲームなんて絶対にごめんだからね」


 そういって、三人で笑いあっていると、妙にとげとげしい怒鳴り声がこのテントにまで届いてきた。


「どないやっちゅうねん!」


 顔を見なくてもわかる、その声は浪速のブルドーザーこと逢坂太郎だ。何かトラブルらしいことは声の調子からもすぐわかる。

 逢坂は事務椅子を片手に、この大会の実行委員らしきウィンドブレーカーを来たスタッフに詰め寄っている。


「なんで、ワシらが走られへんねや!」

「いえ、ですから、大会規則がありますから、事務椅子では走行できないといっているんです。走行するためには台車に乗っていただかないと!」

「なんで台車がいけて事務椅子はあかんねん! どっちもコロコロ転がるやろが!」


 なんという理論を振りかざすんだ、この人は! 転がればなんでもいいのか!?

 逢坂のがなり声に、何事かと周りのの人も集まってきた。


「出場されたいのでしたら、台車を用意してください! 事務椅子は認められません!」

「ほなワシらの必殺技『ハイパー・ミラクル・グラン・シャトウ』はどうなるんや!」


 なんか技名が微妙にパワーアップしてるな。しかもダメな方向に。これは巻き込まれた大会委員の人に同情せざるを得ない。


「知りませんよ、そんなもの。それよりも、試合までに台車を用意できなければ失格になりますよ」

「はぁ! アホ抜かせ! ワシら椅子部がなんで台車に乗らなアカンねや! 台車に乗るくらいやったら失格でええわい!」


 台車レースの大会に出ておいて、台車に乗るくらいなら失格でいいって、自分本位が過ぎる! エンツォ以上の馬鹿だ、この人!


「では、レースは棄権ということに……」

「まあ、ちょっと待て」


 そういってスタッフと逢坂の間に割り込んだのは、エンツォだった。そういえば、エンツォはこの組織の元理事長。少なからず影響力を持っているはずだ。もしかしたら、特例で椅子でのレースを認めるとかいうのだろうか?


「おい、ミスターパチパチパンチャー」

「誰がパチパチパンチャーやねん!」


 エンツォは逢坂の真正面に立つと、何やらタブレット端末のようなものを差し出した。それを手にした逢坂は眉間にしわを刻みながらエンツォにたずねる。


「なんやねんな、これ?」

「うむ。AMEZONアメゾンならば、追加料金1000円(税別)を払うだけで、今日の午後に商品が届く、スーパーお急ぎ便が利用できるぞ」

「誰がネット通販で台車買ういうてんねん! 台車乗るくらいやったら走らんっちゅうとんねん! このドアホが!」


 逢坂はタブレット端末を叩きつけると、椅子部の部員たちを引き連れて山を下りていった。この人に振り回されて部員が不憫すぎる。


「では、大会規定により浪速工業高校は棄権、失格ということで」

「仕方あるまい」


 エンツォは逢坂が叩きつけたタブレット端末を拾い上げると、それをスタッフに差し出した。

「それと、この端末の代金も請求しておいてやってくれ」


 あ、そこはちゃんと取るのね。

 こうして、おれたちの決勝戦進出が決定した。

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