第37話 これがトップライダーの戦い!
「勝負に出るぞ!」
ひときわ大きなどよめきが観客席からあがる。
コーナー直前でイン側にラインを外した百々は、エンツォの内をついて背面に身体を大きく倒してヒールエッジに乗りながら、ヘアピンコーナーに美しい放物線の軌跡を刻み込む。
一方のエンツォはラインの外側から、ハードブレーキングで台車の進行方向を一気にコーナー出口にむけ、すぐさま加速体勢に移行すると、爆発的な加速で百々の真横に並んだ。
「どっちも譲らない!」
「なんてバトルだ!」
観客のボルテージは最高潮に達し、熱狂的なまでに昂った喚声とともに、客が手にしたポップコーンが乱れ飛ぶ!
二人は併走状態のま、エンツォはアウト側、百々がイン側からお互い相手がどう責めるのか、探り合っている。エンツォはアウトにいる分、ラインどりは有利だがインにいる百々が邪魔で切り込めない。逆に、百々はタイミングを誤れば、コーナー出口で大きく膨らんで、エンツォにインを突かれて抜かれてしまう可能性がある。
どちらが先にブレーキングを行うのか、まさに決死のチキンレース!
「並んでコーナーに突っ込むわ!」
テイブン先輩がモニターに向かって吠えた。エンツォはイン側に百々が併走しているのも構わず、再びハングオンの姿勢をとって、コーナリングを開始する。
一方、百々はその移行体勢の一瞬のスキをついて、わずかに開いたアウト側のスペースに飛び込み、つま先のエッジに乗って、ほとんど腹ばいになるまで身体を倒しこんでコーナーを攻める。
「ぶつかる!」
コーナー出口で二人のラインが交錯すると思われたその瞬間、まるで瞬間移動のようにエンツォの台車がぐんと加速する。ほんのコンマ数秒遅れで、百々がエンツォに追い付く。
まさにサイド・バイ・サイド! コーナーの度に二人の限界ギリギリのブレーキングとハンドリング、その一進一退の攻防が繰り広げられる!
これが……これがトップライダーの戦いなのか!?
四連ヘアピンを越えると、緩い右コーナーの後、直角コーナーから始まる六連続コーナー
直角コーナー進入直前に、エンツォが百々のコースをブロックしてブレーキングする。しかし、それを読んでいたかのように、百々は外側から、目一杯大きくコーナーを使ってエンツォをアウト側からまくると、すぐさま次の左のヘアピンカーブを、スピードに乗ってクリアする。
エンツォも百々からわずかに遅れたものの、加速力ならやはりエンツォが勝る。
そしていよいよ勝負どころ、
その進入直前で、再びエンツォが百々のアウト側に並ぶ。
「ここを抑えたほうが、一気に勝利に近づくわ!」
テイブンが叫ぶ。
「いけぇ! エンツォ!」
カオルがこぶしを突き上げる。
「お願い!」
アカネが両手を強く握って祈る。
皆の思いを乗せ、エンツォが渾身のハングオンで百々のアウト側から勝負を仕掛けた。
***
このコース、勝負に出るなら後半の六連続コーナーの第三コーナー。
第三コーナーから第五コーナーまでの三つのカーブは曲率も小さく、コーナー進入から出口までの落差が激しいうえ、逆バンクになっていて必然的にコーナーの内側は攻めづらくアウト側に寄った走りになる。当然、コーナリング中のオーバーテイクも難しい。
すなわち、この第三コーナーに先に抜けた者が、このレースに勝つ。
確かにこの男は、初戦の大熊高校の連中とは比較にならないほど速かった。驚異的だといってもいい。正直、台車乗りにここまで速いやつがいたということにも驚いた。
だが所詮ハンドトラックライドは、僕のドーリーライドにははるか及ばない、すでに前時代の競技だ。より速く、より美しく、より観衆を熱狂させることができるのは、ドーリーライドだ!
現に、あの男は勝負の第三コーナーで強引に切り込んで後輪を滑らせ、僕の前に出ることはできなかったではないか。
神でさえ、今の時代のライドにふさわしいのがドーリーライドだと啓示しているのだ。
次の左コーナーも逆バンクのヘアピン。ここでのオーバーテイクは不可能。さらに続く第五コーナーへの直線は距離が短く、コーナーの回転力をそのまま推進力に転換できるドーリーに比べ、台車はまともに加速することさえできない。。
残すは最終コーナーだが、すでにその時にはお前たちの前に道はない。
ハンドトラックライド、お前たちの負けだ!!
***
残すは最終コーナーのみ。
「エンツォ!!」
最後の望みを託すように、おれたちの声が一つに重なる。
最終コーナーに先に飛び込んだ百々はこれまで同様に、背面に目一杯体重を乗せたヒールエッジのカービングターンでコーナーを回る。エンツォはアウト側からのハングオンで百々のクロスラインを狙い一気に加速する。百々もエンツォを抜かせまいと加速しながらコースをブロックする。
最終コーナー出口の加速ゾーンが終わりゴールラインまで残り10メートルを切る。どちらが先にゴールラインに到達するかは、コーナー出口でどれだけ加速できていたか、その加速力にかかっていた。
「届けえぇ!!」
まるで、エンツォの背中を押すようにおれたちはモニターに向かって手を伸ばした。エンツォの加速力ならば、きっと届く! そんなおれたち全員の想いを乗せ、エンツォは百々と横一線に並んでゴールラインを通過した。
「どっちだ!? どっちが勝ったんだ!?」
「ほとんど同時だったわよ!」
全身の血が逆流していくような感情の昂奮を抑えきれず、おれとテイブン先輩はモニターに身を乗り出すように叫んだ。
「……わずかに、エンツォが後だった」
そんなおれたちの熱を奪うように、カオルが冷静な声でいう。しかし、その横顔は微かに震えている。
「そんな……エンツォさんが負けた?」
アカネが両手で口許を覆う。次に走るのはおれたちだっていうのに、その前にエンツォが負けるなんて信じられるかよ。
それにエンツォはレース前にいったんだ。奴らに勝つと。
「ただ今のレースタイムを発表します」
リザルトを告げる放送が流れると、途端に会場内が水を打ったように静まり返った。
「入舟高校、笛鳴君。タイム1分17秒46。鬼界高校、百々君。タイム1分17秒22……」
「そんな、エンツォが……」
「しっ! まだ放送が終わってないよ!」
「え?」
愕然とするおれに人差し指を突き立ててカオルがいった。
「……ペナルティタイム、0.5秒。合計タイムは1分17秒72秒。入舟高校、笛鳴君の勝利です」
その瞬間、まるで地響きのような歓声にあたりが包まれた。会場のあちらこちらで観客が立ち上がり歓喜に沸いている。
おれは耳元できこえた、きゃああ! という歓喜の悲鳴に我に返った。その瞬間、テイブン先輩がおれの肩をがっちりと抱きかかえる。
「勝ったわよ! エンツォが勝ったのよ!」
「そうだよ! エンツォの勝ちだ!」
「はい!」
カオルとアカネが手を取り合って喜びあっている中、さらに放送が響く。
「第三走者は出走準備を始めてください」
それはおれたちの勝負の始まりを告げる声。そして、この勝負ですべてが決まる。
緊張で張り裂けそうな胸の高鳴りを抑えるようにおれはアカネにこぶしを突き出した。それを見たアカネが、こつんとこぶしを合わせる。そこにカオルとテイブン先輩も右手を突き出し、十文字に手を突き合わせた。みんな、エンツォの勝利のおかげで希望に燃えた顔をしている。言葉はなくてもみんなの想いはちゃんと伝わる。きっと大丈夫、おれたちならやれる。
「行こう。勝っておれたちが世界一になろう!」
「はい!」
尾上山にわたる風がおれたちの背中を押した。いよいよ、おれとアカネのレースが始まる。
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