第36話 これが鬼界高校の百々凌馬

 あれは僕が小学校の五年生の頃だった。

 

 それまでどちらかというと、悪ぶった人たちのファッションアイテム的なものだったスケートボードが、競技として認知されはじめた。

 クラスでも裕福な家庭の奴らは、親にスケボーを買ってもらって、スクールにも通い、近所にできたパークで誰が一番うまいか、そして、誰が一番かっこいいかを競い合うのが流行っていた。 

 でも、そういうグループというのは、学校でもごく一部の人気者になるような奴らの集まりで、親だって一流企業に勤めているようなエリートサラリーマンばかりだった。だから、僕みたいな小さな町工場の息子連中なんかと一緒に遊んだりすることはなかった。

 奴らは選ばれた一部の上流階級意識の上に生活していて、僕たちを壁の上から見下ろしていたんだ。

 だけど、そんな高い壁の向こう側にある生活のことなんて、僕たちにとってはどうでもよかった。

 僕は古い地元の友人たちと、日が暮れるまで公園で遊びまわり、夏には虫取りや魚釣りをして遊べば十分楽しかった。誕生日に携帯ゲームを買ってもらった木慈は、それだけでヒーローだった。そして、みんなでその小さな画面をのぞき込みながら、そのわずか数センチメートルの世界で繰り広げられる冒険に夢中になった。

 それが僕たちの誰にも侵されない日常だった。


 けれど、奴らは僕らが越えられない壁を向こう側から気まぐれにおりて来て、僕たちの日常を蹂躙していった。

 犬山は大切にしていた自転車のタイヤをめちゃくちゃに切り裂かれ、猿渡は宝物だった釣竿を、池の中に投げ捨てられた。木慈が誕生日に買ってもらったゲーム機は硬いアスファルトの地面に叩きつけられて、おれたちの小さな冒険の世界は粉々に砕け散った。

 大切なものを奪われ、壊され、慟哭に震える友人たちに、奴らは笑いながらいった。


「また親に頼んで買ってもらえばいいじゃん」


 奴らは僕たちが裕福でないことを知っている。知っていて、わざとそんな行為に及んだのだ。

 それは単純に、自らが支配階級にあることを誇示し、下層民である僕たちに力の差を見せつけるための、戯れでしかなかったのは明白だった。

 奴らの笑い声がアスファルトを転がるスケボーの車輪の音とともに遠ざかっていくのを、そのときの僕はただ唇を噛んで耐えてやり過ごすしかなかった。


 なんとかして奴らを見返してやりたかった。

 僕の手で友人たちの無念を晴らしてやりたかった。しかし、どうすればよいのかわからず、ただただ思考が空回りするだけだった。

 奴らが得意げになっているスケボーで勝負をして打ち負かしてやれば、奴らのプライドをずたずたに引き裂いてやれるかもしれない。でも、スケボーを買うほどの余裕もないのに、さらにそのレッスンに通うなんて到底できなかった。

 堂々巡りで何一つ考えがまとまらないまま、僕は工場になっている自宅に帰った。

 僕の家の工場で作っていたのは、どう使うのか、僕にもよくわからない金属プレスの部品だ。それが大量に入ったコンテナが木製の平台車の上にいくつも積まれていて、何段か積み重ねると、それを次の工程へと送っていのだ。そのため、家の工場の中にはいくつも平台車が置いてあった。


 これが使えないだろうか?

 

 それが、僕のドーリーライドへの第一歩だった。

 次の日から、僕はその台車で、なんとかスケボーのように乗りこなせないかを研究した。

 公園で練習をしていたのでは、奴らにバレると思った僕は、町はずれにある廃工場の立体駐車場でこっそりドーリーに乗る練習を始めた。

 やがて、ドーリーの乗り方がわかり始めると、今度はスピードに魅せられていくようになった。

 駐車場のスロープを上から下まで、ドーリーで一気に駆け下りる、そのスピードの虜になった。それだけでは飽き足らず、走る舞台を駐車場から、林道のへと変え僕はひたすら速さを追及した。


 そして、ふたたびその時が来た。


 またも奴らが気まぐれで、ほんの暇つぶし程度に僕たちの世界に降りて来た。奴らは僕の友人たちから大切なものを奪い、皆が無様に地面に膝をつく姿を見て喜んでいた。そんな奴らに僕は勝負を持ちかけた。


 次の日曜日。

 僕は決着をつけるために、奴らを例の林道に呼び出していた。

「一人でも僕より速く走れたら、奴隷にでも何でもなるよ」

 そういえば、驚くほど簡単に釣られてくれた。

 奴らは僕のドーリーを見てゲラゲラ笑った。


「それが、お前のスケボーかよ。貧乏人にはびっくりするほどお似合いだな」


 奴らは僕のことをなめきってていた。

 けど、四人で同時にスタートを切ると、奴らの表情は一変した。

 僕のスピードについてこれる奴は誰一人いなかった。

 そして、焦った奴らは、僕が仕掛けたトラップにまんまと引っかかった。

 一人はカーブを曲がりきれずに崖下に転落し、もう一人は対向車のトラックに撥ねられて異世界転生した。最後の一人は僕自らの手で鉄槌を下してやった。


 圧倒的な速さは力になる、そう気づいてからは、僕はさらに走りに磨きをかけた。

 図らずも、当時、仮面ダイシャ―というB級特撮映画が一部のマニアで熱狂的支持を受けたこともあり、ハンドトラックライドという珍妙なスポーツが確立されたころだった。

 けれど、僕からいわせれば、ハンドトラックライドなんて、子供のそり遊びみたいなものだ。なぜなら、僕が生み出したドーリーライドこそが、物流資材界におけるナンバーワンのエクストリームスポーツだからだ!

 ゆえに、僕が僕自身の手によって、ハンドトラックライドを葬り去らねばならない! 僕がハントライダーごときに負けるわけにはいかないんだ!

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