第11話 これがおれのクラスメイト3

 結局、この日は入部希望者を見つけることはできなかった。正直、見つかるとも思ってなかったけど。

 部室に戻ってそのことをエンツォに報告すると、

「罰としてモックシェイクをおごれ」

 といわれた。もちろん、断った。つうか、街に出ないとモック(ハンバーガーショップ)ねえよ、田舎なんだから。

 ちなみに、コウバン先輩とテイブン先輩のほうもさっぱりだったようだ。


「何人か、興味を示してくれたんだけれどね」

「いざ、見学に誘うとダメだったわ」

 あの、たぶんそれ、テイブン先輩のせいだと思います。

「むしろ、コウバン先輩とカオルとでペアにしてあげたら、わんさか釣れそうな気がするんですけど」

「そんな不埒な奴などいらん!」

 エンツォが吼えた。確かに、コウバン先輩目当ての女子じゃあ、さすがにこの部活動のキャラの濃さやノリについてこれなさそうだ。っていうか、なんでコウバン先輩はこの部にいるのだろう?


「とりあえず、今日のところは諦めて帰ろう。もうすぐ下校時刻だよ」

 カオルはすっかりメイクを落として、制服に着替えていた。瞳の色もアッシュグレーから元の濃い茶色に戻っている。

 結局、おれたちはカオルに促されるように、この日は勧誘を諦めて、部室を後にした。

 黄昏色に染まる街中を四人で並んで歩く(一名、台車に乗っている輩がいるけど)。こうやって歩いていると、ああ、部活帰りなんだなあ、ってほっこりした気持ちになる。うん、こういうのは悪くない。

 時々、コウバン先輩やカオルに「ばいばい!」と手をふる女子がいる。同じクラスの生徒なのかな? ちなみに、おれとエンツォとテイブン先輩にはそんな人はいなかった。

 商店街にさしかかる手前の交差点で、赤信号につかまった。


「それにしても、アカネちゃん。可愛い子だったよね」

 信号待ちをしていると、唐突にカオルがいう。

「だれだ? そのアカネちゃんというのは?」

 エンツォが眉を寄せ眉間に深いしわを刻む。

「パヤオ君のクラスメイトだよ。勧誘してまわっているときに偶然会ったんだ」

「そいつは勧誘しなかったのか?」

「もちろんしたよ。でも、色よい返事はもらえなかったな。というか……」

 カオルは唇を指先でなぞるようにして考え込む仕草をみせ、

「なんだったんだろうね、あれ」

 とおれに問いかけた。


 きっと、会話の途中で急に席を立って逃げるように帰ったことをいっているのだろう。原因はおれにもさっぱりわからなかった。なにか彼女の気分を害することをいってしまったのだろうか? 台車をああしてこうして、という話しかしていなかったのに。まあ、台車をああしてこうする部活の部員と関わりたくない、という気持ちはわからんでもないけど。

 エンツォにいきさつを話していると、急にエンツォがあさっての方向を見て固まった。


「どうしたの?」

 コウバン先輩がたずねる。 

「声がしなかったか? 女の声だ」

「いや、聞こえなかったけれど……」

 コウバン先輩はおれたちに目配せをしたが、全員首を振った。

「いや、確かに聞こえた。こっちだ!」

 そういうやいなや、エンツォは台車をリアフォワードに構え、歩行者信号が青に変わった瞬間、まるでスタートシグナルに反応するレーサーみたいに、勢いよく飛び出した。すげえ、まさにロケットスタートだ。


「僕たちも行こう!」


 コウバン先輩が駆け出したのを先頭に、カオル、テイブン先輩、おれと続く。この人たち、結構運動能力高いぞ。おれ、必死に走っているのに全然追い付かない!

 エンツォはすでに交差点の先の商店街の入口を、体を大きく傾けて曲がっていった。こうやってみると、台車って案外速い。

 ここの商店街は、長さにすれば200mもないくらいの短い商店街だ。それでも全力で走ると、さすがに胸が痛くなってくる。巨体のテイブン先輩は若干辛そうだが、コウバン先輩とカオルはまだスピードが落ちない。

 エンツォはすでに商店街を抜けていた。そんな遠くの声が聞こえたというのか? あの人の聴力は野生生物並みか?!


「こっちだ!」


 大きく手招きをしたエンツォは、台車のむきを細い路地へとむけると、ぐっと腰を落として、左足で大きく地面を蹴りだした。次の瞬間、大きく反動をつけたと思うと、台車で人の頭の高さほども飛び上がったのだ!


 ごすっ。


 路地裏から鈍い音かした。続けて二度、ガンガンと今度は硬質な音が響く。

 エンツォが飛んだ場所へと、両足に渾身の力を込めて駆けつけると、そこにはだらしなく地面にのびた三人の男たちがいた。その男たちをおれは知っていた。


「こいつら、大熊のハントラ部!?」


 特徴的なプリン頭のロン毛スタイルと、耳にじゃらじゃらとピアスのぶら下がった男は間違いなく、昨日おれたちに因縁を吹っかけてきたやつらだ。すでにエンツォの台車の餌食になっていたらしく、白目をむいて大の字になってあおむけに倒れている。


「お怪我はないかな、ベリッシマお嬢さん


 なんだよ、ベリッシマって……

 エンツォの声に反応して路地の奥に目をむけると、制服姿の女の子がスクールバッグを胸の前に抱えるようにして、壁を背にへたりこんでいた。その子を見たおれとカオルが同時に、あっと短い驚嘆の声をあげた。


「花咲里さん!?」

「アカネちゃん!」


 200メートルほど全力疾走して息も絶え絶えのおれとは対照的に、カオルは俊敏な動きで花咲里さんのもとに駆け寄ってその震える肩にそっと手をかけた。


「大丈夫? さっきのやつら、もしかしてアカネちゃんにつきまとってたの!?」


 小さく震えながら花咲里さんはうなずく。雨に打たれた小動物みたいだ。


「む、こいつら、そんなひどいことをしていたのか?」

 エンツォはどこから持ち出したのか、ロープのようなもので大熊高校の三人をぐるぐるに縛り上げて、台車の荷台に積みこんでいた。荷物扱いかよ! つうか、どこから出した、そのロープ。

「台車を扱う者、バンジーロープは必需品だからな」

 バンジーロープっていうのね、それ。

 エンツォは縛り上げた男をテイブン先輩に託した。どこに連れて行く気だろう。

「近くの交番の裏手にでも転がしておけ」

「オッケー」

 甲高い声で返事をするとテイブン先輩は台車を路地の外へと反転させる。

 うん。その姿は完全に一仕事終えたあとのあっちの世界の人だ。逆に職質されないことを祈る。おれは敬礼のポーズでテイブン先輩を見送った。


「それよりも、カオル。知り合いか?」

「うん。さっき話をしていたパヤオ君のクラスメイトの花咲里アカネちゃん。もう大丈夫だよ、アカネちゃん」


 やさしくそういうカオルにも、花咲里さんは「あ、あの……」と、不安げな表情を変えない。

 あ、そうか。カオルは今、女の子の格好していないからわからないんだ。おれはまだ心配そうにしている花咲里さんのそばにかがみこむ。


「花咲里さん、その人、さっきおれと一緒にいたカオルさん。この人、実は男のなんだ。でも、変な人じゃないから大丈夫だよ」

「ライドウ君……わんわたし、台車に乗ったあん人たちにずっと『ジョージさんが一緒に台車タンデムを所望しておられる』っち、しつこくつきまとわれとって、それで……すみょうらんごめんなさい……台車っちいってたから、ライドウ君もあん人たちの仲間だと思ってそれで……」

 おれは首を振る。

「怖い思いをしてたんだね。それで帰る時間をずらすために、教室で一人でいたんだ?」

 花咲里さんはうなずく。

 くそ、大熊のやつら許せねえ。こんな純朴な子につきまといやがって! けど、そんなやつらに負けた自分自信が不甲斐なくて、胸の奥がぎゅっとつかまれたように苦しくなる。


「ねえ、カザリさんっていったかな?」

 コウバン先輩がイケメン度MAXの甘い声でいう。普通の女子なら黄色い悲鳴をあげること間違いなしの、溶けだしてしまいそうな優しい目をむけている。

「しばらくの間でもいいから、僕たちと一緒に部活をしてみない? その間は僕たちは君のことを守ってあげられるしね。シュン君からは、キミが訛りがあるのが恥ずかしくて、みんなと交われなかったってきいたけど、実は、僕らもみんなちょっとワケアリな人間ばかりなんだ。でも、ここに悪いやつは一人もいないよ。それに……」

 コウバン先輩はちらりとおれのほうを見た。

「部に同級生の仲間がいるってのは、いいもんだからね」

「うむ、その通りだ。守るどころか、むしろ、お前の力で大熊のやつらに自ら鉄槌を下すことも可能だぞ」

 エンツォは腰に手を当てて、堂々とした口ぶりでいう。

「て、鉄槌?」

「ハントラは速いやつが強い。お前にも強くなるチャンスはある。お前の手で、お前自身が大熊のやつらに勝つんだ。ハントラという、やつらと同じフィールドでな」

「はん……とら?」


 首を傾げながらも、どこか花咲里さんの瞳に宿る光に力強さが感じられた。

「ハンドトラックライド。台車乗りだよ。馬鹿みたいだけれど……でも、ちょっと面白いよ」


 おれが笑うと、花咲里さんもぷっと小さく笑いをこぼした。よかった、ちょっとは打ち解けてくれたのかも。

「本当、フリムンばかのやることみたい。でも……わんわたしにもできるかな?」

「大丈夫だよ、アカネちゃん! ボクたちと一緒にやってみよう!」

「はい……よろしくお願いします」


 カオルの差し出した手をつかんで、花咲里さんはようやく立ち上がる。みんなの輪に路地の細い空からぱっと赤い夕陽が差し込んできて、嘘みたいに感動的だ!

 ところでフリムンってなんだろう?


「オレは部長の笛鳴ふえなり円造えんぞうだ。円を造ると書いて円造。気楽にエンツォと呼んでくれ」

「僕は加藤かとう高伴たかとも。コウバンでいいよ」

 初見の二人が自己紹介をすると、花咲里さんはぺこりと頭をさげる。

「さっきは、助けてくださって、ありがっさまりょうた。わんは花咲里かざり朱音あかねだりょっと。花の咲く里ち書いて、かざり。朱色の音で、あかねっち読みます」

 照れくさそうにそう自己紹介をした。

「へえ、すごく素敵な名前。苗字も花咲里さんって芸能人みたいだね!」

 コウバン先輩がそういうと、うっすらと頬を赤らめて縮こまってしまった。不覚にもきゅんとしてしまった。素直に可愛い。


「うむ。しかしやはりカザリでは他人行儀でいかんな。カザリアカネだからな……花咲里カザリ……」

 この流れはダメなやつではなかろうか? それとも、女の子にはちゃんと可愛らしいあだ名を考えてあげるのだろうか?

 はらはらとしていると、エンツォがぽんと手をうった。


「赤いソニック」


 容赦ねえ!

 この人、相手が女の子でも一切手加減というものを知らねえのか!

「よろしくね、アカネちゃん」

「アカネちゃん、一緒に頑張ろうね!」

 あ、無視した! コウバン先輩もカオルもエンツォのこと無視するんじゃん! おれのときはパヤオすんなり受け入れていたのに!


「これから、よろしくお願いします」

 小さな拍手に囲まれて照れくさそうに笑う花咲里さん。これで、ようやくおれたちの部が正式に部として存続できる。つまり、自腹で台車購入回避! よかった。本当によかった。

 こうして、おれたちの新生・荷車検査部、通称車検くるまけんが始動した。

 ちなみに、後日きいた話だと、このときテイブン先輩はやっぱり職務質問にあっていたんだとか。合掌……

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