ワイがナニワのイスレーサー!
第12話 これがおれの初合宿
「合宿に行くぞ」
唐突の部長の言葉に、まともなリアクションをとった部員はいなかった。唯一、花咲里さんだけが「
「安心しろ。バスどころか、移動は船だ!」
いや、もっと酔うだろ、普通。
「よかったぁ」
よかったのかよ! なんで安心してんだよ!
最近気づいたけれど、この子もちょっとズレてる。なんでホッとしてんの?
とりあえず、花咲里さんのほうはいったん置いておいて、おれはエンツォにたずねる。
「でも、エンツォさん。合宿って一体どこに行くつもりなんですか?」
「よくぞきいてくれた、パヤオ。今回のおれたちの相手は、
「椅子部!?」
いや、椅子部っておかしいだろ!
つうか、
ところが、エンツォはいたって大真面目な顔をしている。ふざけてるわけじゃないのか? というか、この人の場合、真剣にふざけるからわからないんだよな。
「あの、エンツォさん……椅子部ってどういった人たちなんですか?」
「パヤオも勉強が足りんぞ。浪速工業高校の椅子部といったら、
「アイワングランプリ!?」
なんじゃそりゃ!? きいたこともないぞ、そんなグランプリ!!
まあ、最近はなんとかワンと呼称する大会ばっかりだから、無理もないか。
「I-1では年間十五戦、全国を転戦するんだが、ここ三年ほど年間タイトルは浪速工業高校椅子部の連中が守っている。そいつらと一戦交えるんだ」
「あ、あのぅ」
興奮している様子に水を差すのは気が引けるが、まったくついていけないので、おずおずと手を挙げて質問する。
「アイワンとやらについて、もう少し詳しく……」
おれの知識の乏しさに気分を害したのか、むっつりとしたエンツォの代わりに、カオルがにっこりと笑って答えた。ちなみに女の子モード。
「ボクが説明するよ、パヤオ君。
「それで事務椅子に乗ってレースするんですよね。そこはなんとなく想像がつきます」
「ハントラが短い距離で競うスプリントレースなのに対し、イスワンは耐久レースなんだ。事務イスに座ったまま、キャスターの移動だけで二時間の間に、コースを何周回ることができるかを競うんだ」
「二時間!?」
おれはあまりの驚きに素っ頓狂な声をあげた。隣で花咲里さんも両手で口を覆っている。そりゃ驚くわ。事務椅子に座って二時間も走り回るとか狂気の沙汰としか……
「二時間も座っとったら、お尻痛くならん?」
この子、やっぱりちょっと注目すべき点がおかしいわ。
「Iー1には三人ひと組でエントリーするんだ。だから、ひとりで二時間ずっと走るわけじゃないよ。でも、座った姿勢でキャスター椅子を漕いで長距離走るのは相当辛いよ。試しにやったことがあるけれど、ボクは十五分で足がつりそうになったよ」
「それでエンツォさん。その浪速工業高校とはいつ、どこで勝負を?」
「その点は抜かりないぞ。今度の連休に大阪城公園でレースが決まっている」
抜かりないといいつつ、おれらへの報告が一番後回しってどういうことでしょうか、部長殿?
「
「うん、ボクも合宿一年ぶりだから楽しみだなあ。アカネちゃん、いっしょにお風呂で流しっこしよう!」
「はい!」
待て。あんた男だ!
花咲里さん、すっかりカオルを女の子と認識してるな。この子本当に大丈夫だろうか?
「じゃあアタシも」
って、テイブン先輩はダメ! 通報されますから!
慌てふためくおれをよそに、エンツォは勝ち誇ったように高らかに笑う。
「はっはっは。案ずるなパヤオ。ちゃんと混浴風呂だ」
そうなの!? おれのちょっとエッチな男の子メーターが一気にレッドゾーン!
も、も、もしかして、バスタオルで体を隠しながら「もぅ……あんまり見んといて……ライドウ君のえっち!」とか言われたり……!!
「もちろん、水着着用だ」
ですよねー。完全にエンストしたわ……じゃあ、せめておれもその流しっことやらに……って、テイブン先輩睨んでますよ。怖いですよ。
おれは挙げかけた自らの手を、人知れずそっと引っ込めた。
「よーし、合宿の目標は『打倒!
「おおーッ!」
皆が勢いよく拳を突き上げる中、おれはさっき引っ込めたその手をうろうろとさせて、小さく「おおー」と口の中でつぶやいた。そもそも、なぜ椅子部との勝負なのか、その目的がまだ不明だった。
*
さて、そんなこんなで、あっという間に合宿へと出発する日。
移動は船だ。と、いわれていたが本当に船だった。理由は「安かったから」だそうだ。船って安いの?
「八人一室だとひとり片道たったの三千円だぞ。激安だろう。寝て起きたら目的地というのもいい」
エンツォは得意げに笑う。
「はあ。まあ、安いっちゃ安いですけど。ていうか、八人ですか?」
おれは頭の中で人数をカウントする。おれ、エンツォ、コウバン先輩、テイブン先輩、カオル、そして花咲里さん……六人しかいないけど?
これをエンツォにダイレクトに質問すると、また馬鹿にされたような、というか、完全に馬鹿扱いされるので、こっそりコウバン先輩に耳打ちする。
「あの、八人って残り二人は……?」
「あれ? パヤオ君は初めてだっけ? うちの顧問に会うの」
あ、いるんですね、顧問。当然といえば当然ですけど、今までそんな存在気にもしていませんでした。
「それで、顧問って誰なんですか?」
「そこにいるよ。地理の松元先生」
コウバン先輩の視線を追ってフェリー乗り場の待合ロビーの中ほどに目を転じると、そこにはくたびれた初老の男性と白髪の女性がベンチに座っていた。松元先生はグレーのスラックスにベージュのカーディガン、頭には丸つばのマウンテンハットという、なぜ老人はみなそのファッションに落ち着くのか、といいたくなるような恰好をして、なにをするでもなくぼうっと中空に視線を彷徨わせていた。
「あの人、顧問だったんですか!?」
「ま、名ばかりの顧問だからね。今回の合宿も部活動の申請上必要だから来てるんだけど、基本的に部活には参加しないよ」
「部活に参加しないでなにするんですか!?」
「ああ、隣に座っている方が先生の奥さんだから、二人で大阪観光でもするんだろう」
あははと愉快そうに笑うコウバン先輩。部活の合宿に夫婦で同行して、その間に大阪観光って……それでいいのか、入舟高校。
「まあ、いろいろと難しく考えないことだね。ウチのことは大抵エンツォがなんとかするから、心配しなくていいんじゃない?」
「そうすることにします。いちいち気にしていたら身が持ちそうもないですから」
そう返事をしたところで、フェリーの乗船開始を告げるアナウンスが流れ、初っ端から不安しかないおれたちの合宿が始まるのだった。
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