第6話 これがおれの初ライド!? 1

「おい、てめえら、ここで何やってるんだ!?」


 遊歩道を下りきったあたりから怒号が飛んできた。それがおれたちの部員の発する声じゃないことは明らかだった。

 おれとカオルがはっと目を合わせて台車を降り、その声のしたほうへと駆け出すと、ちょうどゴール地点のあたりでエンツォとテイブン先輩、コウバン先輩が並び、三人とむかい合うようにして、男が十人ほど立っていた。大声をあげているのはその十人の真ん中にいた男だった。

 髪が伸びて根本が染まっていない金髪プリンのロングヘア。そして「俺は不良です」とアピールせんばかりのピアスじゃらじゃらの耳。どこからどう見ても、おれの友達には遠慮したい人種だ。


「さっさとコースあけろつってんだろ!」

「おい、聞いてるのか?」


 複数の男たちが口々に喚き散らし詰め寄っているのを、エンツォは手をかざして制する。

「まあ、落ち着け」

「なんだ、この野郎」

 男たちは大げさに顔面を歪めて、エンツォを睨んでいる。典型的なヤンキーだ。正直関わりたくない。

「まず、オレたちがお前らにコースを譲る義理はない。その上で、お前らがコースを使いたいというのなら、それなりにものを頼む態度というのがあるだろう? もっと腰を低くするべきだな」

 この人、なんで火に油注いでんの? 当然、相手はお怒りモードフルスロットルだ。

「なんだと、テメー! ふざけてんのか!」

 相手が恫喝するも、エンツォは愉快そうに笑った。

「はっはっは。このコースはオレたちが先に使っていたのだ。後から来ておいて使わせろというのは、虫が良すぎる」

「ナメてんじゃねえぞ! 大体、ここは公園の遊歩道だ! お前たちが占有していい場所じゃねえ!」

 不良相手に正論を突き付けられてどうする。

「例えそうだとしてもなぜおまえたちに譲る必要がある?」

「テメー! ふざけやがって!」


 まさに怒髪天。顔を真っ赤にして殴り掛からんとした金髪男を「待て!」と、よく通る低い声が制した。

「ジョージさん」

 振り上げた拳をぴたりと止め、金髪男が振りむいた視線の先に悠々と腕組みをした大柄な男がいた。こいつがやつらのボスか。


「あんたたち、入舟高校だな。おれたちは大熊だいくま高校、ハンドトラックライド部だ。あんたたちは『荷車検査部』なんてふざけた名前で活動しているらしいが、本気でハントラをやる気があるのか?」


 あからさまな挑発だったが、エンツォはその挑発も春風とともに受け流した。


「名前がレースするわけじゃないからな」

「自信がある、ということか? いいだろう。では、こういうことでどうだ。今からハントラで勝負して勝ったほうがここのコースを使う権利を得るというのは」

「断る」


 あっさりとエンツォはいうと、「戻るぞ」と踵を返そうとした。しかし、まるでその答えを予想していたかのように、ジョージが「ならば、こいつもつけてやろうじゃないか」とポケットからなにやら小さな人形のようなものを取り出した。

 それを見たエンツォの動きがピタリと止まった。


「そ、それは!!」

「初代仮面ダイシャー『藤尾ふじお嘉博、かひろし、』のプレミアムアクションフィギュア台車ライドバージョンだ。こいつもつけてやろ……」

「いいだろう!」


 なんでモノに釣られてるんだよ! 即答じゃねえか! しかもなんだよ、その仮面ダイシャーって!

 案の定、しめたものだといわんばかりに、ジョージと呼ばれた男はぐにゃり、と口元を吊り上げた。


「勝負はシングル、シングル、タンデムの三本勝負。このうち二本とれば勝ちだ。これならば文句はあるまい」

「ああ」


 エンツォは悠然と腕組みをして返事をした。大丈夫かよ……


「勝負は三十分後。午後五時スタートだ。ラップタイマーは持っているか?」

「GPSラップタイマーが使える」

「なら、今回はあんたたちのラップタイマーを使わせてもらうがいいな」

「異論ない」


 ジョージはのっそりとエンツォの前に歩み出るとやつは威圧感たっぷりにいう。まるで立ち上がったヒグマみたいだ。長身のエンツォがジョージに見下ろされている。


「まあ、せいぜい、頑張るんだな」


 勝ち誇ったように笑いながらジョージは台車軍団を引き連れて、遊歩道を上っていく。なんだこの世紀末感。その姿を見送ると、おれとカオルはエンツォのもとに駆け寄った。


「大丈夫? エンツォ」カオルが心配そうにたずねる。

「はは、大したことない。小物がキャンキャン吠えただけのことだ」

「でも、大熊高校のハントラ部といえば、県大会でも優勝したことのある強豪校だよ。それに、シングルはいいとしてタンデムはどうするの?」

「タンデム?」


 おれがオウム返しに聞くと、エンツォが答えた。


「二人乗りのライドスタイルだ。さっきパヤオが練習していたみたいに、一人が平床テーブルに乗って操縦手ハンドラーを務め、もう一人がカートの加減速を担当する加速手スラスターを務めるというわけだ」

「ちょっと待って。そうすると、シングルの二人はいいとして、タンデムはだれが乗るの? おれ、まだ基本の乗り方さえちゃんとできないよ」

「はっはっは……」

 エンツォは腰に手をあて高笑いをする。何か秘策でもあるのだろうか。すると突然、握りこぶしを作り、坂の上にむけて叫んだ。


「汚ねえぞっ! 初心者がいると知ってハメやがったな!」

 気づくの遅っ!

「ちょっと、まんまと相手の策略にハマってるじゃないですか! どうするつもりなんですか? この場所は車検くるまけんの練習場なんでしょ!?」 

「まあ、そう焦らなくても大丈夫だ。オレとコウバンは大抵のやつには負けないからな。パヤオにまで出番が回ることはないだろう」

「それだといいけど……でも、相手だいぶ強そうでしたよ?」


 そういうと、エンツォは呆れたようにふんと鼻を鳴らして笑った。


「強そうなやつが勝つんじゃない。速いやつが勝つのさ」


 本当に大丈夫かよ……

 一抹の不安が胸をよぎったものの、一方ではエンツォたちなら何とかするのではないか、という漠然とした期待があるのも事実だった。

 ここから見える街並みが淡いオレンジに染まり始めている。スタート時刻の午後五時が近づいていた。

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