第1話 これがおれの虹色ライフ!?

 おれの通う県立入舟高校は、この片田舎の港町にある学校としてはそれなりに規模の大きな高校だ。部活動も盛んで大小60もの部活動があると高校入学時のガイダンスにも載っていた。

 運動部には陸上部やサッカー部、野球部などはもちろんのこと、ロッククライミング部、フライボード部、スカイダイビング部なんて狂気の沙汰としか思えない部活も存在していた。文化部に至っては、エアギター愛好会、ビブリオバトル部、オーラソーマ部みたいな、それがなんの活動をしているのかわからない部活が山ほどあって、それらをいちいち見学して回るのも面倒なほどだ。

 ただ、そのガイダンスに記載されていた部活の中で気になる部活があったのも確かだ。

 それは、自動車研究部だ。自動車研究部の紹介ページには『モータースポーツを通して、親睦を図り、個人の能力を伸ばします』と書いてあったのだ。

 おれは小さなころから車が大好きだった。この町には鉄道がなかったので、多くの子供が鉄道にハマる幼少期に、おれは慣れ親しんでいる車に興味を持ったのだ。

 自家用車はもちろん、F1やWRC、ツーリングカー選手権といったモータースポーツも大好きだったし、それにとどまらずMotoGPなどのバイクレースや、空のF1ともいわれるエアレースなど、とにかく動力機によるレースに夢中だった。

 せっかく高校生になったのだから、そうしたおれのモータースポーツ趣味が生かせる部活に入ってみたい、と思うのも当然のことだ。

 実は以前に一度、自動車研究部のクラブ見学をしようと部室をたずねてみたことがあった。しかし、そのときは部室にはだれもおらず、それどころかドアノブにはうっすらと埃が積もっていて、しばらく使われた形跡すら感じられなかったのだ。

 だから、おれは自動車研究部は廃部になったのだとばかり思っていた。


 そして今。

 背中に大きく『車検』と刺しゅうされた一団がおれの横を通り過ぎていった。

 車検といえば自動車が日本の公道を走行するのに適合しているかをチェックするため、法律で義務付けられた保安検査のことだけど……

 自動車研究部、略して車研が誤植で車検になったとか?

 いや、彼らはここの生徒じゃないのかもしれない。なんだかおれたちよりもずいぶんと年上に見えるし、それに彼らがまとう雰囲気は高校生のそれじゃない。

 本当に地球の危機に立ち向かうヒーローのように達観しているのだ。

 そんなことを考えていると、車検と大きく刺しゅうされたそのツナギの一団が、校門のあたりで立ち止まった。


「君」


 おれの耳に、低い魅惑的な声が聞こえた。おれはきょろきょろと周りを見回す。下校途中だった生徒たちは、通路の両端に固まって身を寄せ合ってひそひそなにかを話していて、通路に突っ立っているのはおれ一人だった。


「え、おれ?」


 びっくりして自分を指さしたところで、車検と書いたツナギをきた三人のうちの一人が「そうだ」といって振り返った。

 くりんとした柔らかなパーマ頭の彼は、イタリア人のように彫りが深く、鼻も高い濃厚な顔立ちで、少しえらの張ったあごには薄くひげが伸び、おおよそ高校生の顔には見えない。明らかにおれよりも一回りくらい上の年齢に見える。


「君は、乗り物が好きかい?」


 車検の人から突然質問が飛ぶ。


「ええ、まあ。好きですね」

「本当か!」


 そのイタリア中年風男子は飛びつく勢いでおれの元へ駆け寄り、両手でおれの手を握った。


「ときに、君はレースは好きか?」

「レース? F1とかそういうのですか?」


 イタリアーナはこくこくと大きくうなずいている。これは、間違いない。この人たちはきっと自動車研究部の人たちだ!


「はい、おれ、車とかモータースポーツとかそういうのが大好きで、できることなら自分でそういうモータースポーツをやってみたいと思っていたんです!」


 これだ。

 ついに見つけたのだ。おれの虹色の高校生活!

 だって考えてもみろ。

 陽炎のゆらめくサーキットのアスファルトの上、レーシングスーツに身を包んだおれ。フルフェイスのヘルメットのミラーシールドをあげ、そばで大きなパラソルをさしているレースクイーンにこういうんだ。


「だれよりも速く、お前の元へ戻ってくるさ」


 これだよ! これ!!

 おまけに、レーシングドライバーがモテないわけがないだろう! サッカー野郎なんて目じゃないぞ!

 オレンジ色のつなぎをきた男はテンションアゲアゲで握ったおれの手をぶんぶんと振る。どうやら歓迎ムードだ。 


「そうか! 実はオレたち、今月中にあと二人、部員を見つけなければ廃部になるところで、乗り物やレースが好きな生徒を探していたんだ! 君、名前は?」

「おれ、一年B組の来道らいどう駿しゅんです!」

「おお、シュンくんか! それで、シュンくんはオレたちの部に入部してくれるのか⁉」

「はい! もちろん、おれ、入部させてもらいます! 自動車研究部に!!」


 おれが声高らかに宣言したところで、そのイタリア人風男子は豪快に笑い声をあげた。


「ははは、なにをいっているんだ君は。自動車研究部は三月ですでに廃部になっている。オレたちは『荷車検査部』だ!」


 は?

 にぐるまけんさぶ。

 って、何部ですか、それ……?

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