第23話「勝利への可能性」
惑星スナイブル、衛星軌道上。
先に全速で後退した
もう一隻の
七海は今、リーチェア・レキシントンのいない
艦長席はさながら戦闘機のコクピットで、その外縁に腰掛けている方が気楽なのだ。
だが、前面のモニターに映る少女は
『ごめんなさい、七海さん。この計画はやはり、
あの
先程彼女は、
それを誰が責められるだろうか。
誰が責めたって、七海は絶対に責めない。
「気にすることはないよ、トゥアンナ。君の仕事は決断、そして僕達はそれを実行する。あのタイミングで決断しなければ、スナイブルの人達は救えないさ」
『でも、結果的に』
「結果は出てないんだよ、まだ。ま、見てて……とびっきりの解決策を見せようと思うから。そう、最高にドンピシャなやつをね」
七海達は高速な小型艦のみの編成だったため、追撃戦を
先程の海戦で、敵主力の艦艇1,000以上を撃沈、ないしは大破させた。
だが、相手は20,000以上もの大艦隊である。
加えて、キュベレーが抑えてくれている
合わせて30,000隻の規模だ。
そして七海は、
「さて、どうするかな……こういう時のセオリーは、逃げの一手だけど」
『まあ、逃げますの?』
「そう、逃げる。で、追いついてきた敵だけを叩いて、また逃げる。その繰り返しさ。けど、それは今回は使えない。ここは機構の領海内で、周囲は敵ばかりだからね」
逆を言えば、現在確認されている艦隊以外に、敵はいない。
今の敵をしのげれば、脱出船団の出港に必要な二週間の時間が稼げるのだ。
ふむと唸って腕組みし、七海は考えを
『それで、あの……リーチェア姉様は? そちらにいないいたいですけど』
「ああ、リーチェアね。
『それに? ……まさか!』
「うん。彼女は今、このエルベリオンの中枢へとアクセスしている。リーチェアはリーチェアなりに、打開策を探してるみたいなんだ」
その可能性を
以前から疑問に思っていた、第一級非限定遺宝戦艦の謎がある。
そして、彼の記憶は一瞬だけ小一時間前へと巻き戻っていった。
一戦交えた後の、撤退。
七海達の艦隊は大きくても
数だけ見れば圧勝だ。
だが、相手が1,000や2,000減ったところで劣勢は変わらない。
こちらの10隻や20隻は、血の一滴にも等しい損耗なのである。
「さて、と……スナイブルまで下がるとして。どうしようか、リーチェア」
そっと傍らの艦長席を見下ろし、呼びかける。
恐らく、
「ごめん、七海……ごめん」
「リーチェアは悪くないよ。最後まで完璧だった」
「わたしがもっと、この子の……エルベリオンの力を引き出せていれば」
「ううん、それは違うよ。どれだけエルベリオンが高性能でも、数の不利は覆せない。基本的にはね。そんな中で、リーチェアのエルベリオンは僕達の絶対的なアドバンテージなんだ」
そう、宇宙の底はまさに
地球では滅びて絶えた太古の
ならば、古代文明の遺産であるエルベリオンは、無数の奇跡を閉じ込めた
「ねえ、リーチェア。前から思ってたんだけど……エルベリオンは、遺宝戦艦は飛べるよね? エーテルの海を飛び立ち、宇宙の天へと向って
「う、うん……あっ! だ、駄目だよ七海っ! 駄目……それは、駄目」
ようやく顔をあげたリーチェアは、少し
だが、その
彼女は呼吸を落ち着かせるように胸に手を当て、話し出す。
「わたしやトゥアンナに、逃げろっていうんでしょ?」
「ん、いや……」
「あの子、逃げないよ……昔からそう。トゥアンナって意外に頑固なの。自分からは決して逃げないし、誰も見捨てない。そんな妹だから……わたしも見捨てられない」
「うん。安心して、僕達には幼い頃からの誓いがある。リーチェアが望み続ける限り、その可能性を
七海は改めて、自分の中の仮説を
今、この瞬間にやるべきは、戦線の再構築だ。だが、どう考えても現状の手札では勝てない。勝負にすらならないのだ。
で、あれば……手札を増やす努力もするべきだ。
そう思うと、自然と封印艦隊のことが思い出されたのだ。地球では女神や地母神として扱われている名を、全ての娘達が個々に持っている。その意味は、ただ一つだ。
「エルベリオンの力で虚天洋を飛び立つ時、どういう感覚なのかな?」
「ん、えと……こう、イメージするの。見えない大きな力が、エルベリオンを掴んで包んで、そして持ち上げる。遥か天上の宇宙、地球がある方向へと引っ張り上げてくれる感じ」
「なるほどね。ここが宇宙の底だから、そういう理屈もあり得る訳だ」
そこまで言って、七海が説明を挟もうとした時だった。
言わんとすることに気付いたのか、リーチェアが話に先回りして立ち上がる。
「七海、まさか……え、ちょっと待って。でも……そんなの、無理だよ」
「ん、まあ……ただ、古代の人達は封印艦隊と一緒に、宇宙の天と戦ってた。つまり、昔はできたんだ。理屈ではね。状況証拠しかない訳だけど」
「なら、心当たり、なくも、ない、かも……その」
這い出るようにして、リーチェアが艦長席を抜けてくる。
ちょうど今、艦橋のオペレーター達には休息を取らせている。副官のミィナもいないので、二人きりだ。
少しよろけた彼女を、七海はそっと抱き寄せ支えてやる。
「七海、あのね……この子、エルベリオンは……まだわからないことが多いの」
「うん」
「でも……もっとわかろうとするなら、そこに勝機があるなら……わたし、やってみる、よ?」
無理に笑って、リーチェアは大きく頷いた。
「巨大なオーパーツである遺宝戦艦には、まだ解析していない区画が沢山あるの。艦内でも、自由に行き来できるのは六割くらい。機能にいたっては、一割も
「もしかしたら……僕の仮説を裏付ける機能が眠ってると思うんだ。それにだけ
「うん。少しでも可能性があるなら……スナイブルまでオートで、次の戦闘まではそうして、その間にわたしが」
彼女は、
豊かな胸の実りは、その谷間に金色の紋章を輝かせていた。
その波打つ光沢をなるべく見ないようにして、七海は頷いた。
平然としてるように見せつつ、リーチェアの無自覚な美しさに鼻の奥が熱くなった。裸の付き合いだってあいった仲、
「リーチェア、僕にはどうやるかがわからないけど……このエルベリオンの眠れる力を、引き出せるかな。その方法があるなら、やっておきたいんだ。後悔だけは、したくない」
「うん……そだね、うんっ! ……もう一度、艦の中枢にアクセスしてみる」
リーチェアがまだ小さかった、地球に逃げ延びる前の話だ。記憶すらおぼろげな幼少期、彼女はこのエルベリオンを受け継いだ。その胸に輝く紋章の力で、古代の遺産を
恐らくそこに、今の七海が一番欲しいカードが眠っているかもしれないのだ。
「
「その時は、僕に任せて。……トゥアンナには逃げてもらう。脱出船団を置き去りにしてね。僕は脱出船団を盾にして、トゥアンナのアーティリオンの退路を確保する」
「そ、そんなの駄目っ! ……七海に、似合わないし。それに……トゥアンナのためだけに汚れない、で。わたしも一緒に、そゆの、その……汚れるのも、一緒が、いいから」
そう言ってリーチェアは、
そんな彼女を艦橋から見送り、七海は他の策も考えてみた。
スナイブルの衛星軌道上までの時間は、あっという間に過ぎ去ったのだった。
そして時間は現在へと戻る。
説明を受けたトゥアンナは、しばし考え込む素振りを見せた。
『わたくしのアーティリオンは、現在全ての兵装をロックしてますわ。でも、それを
「いや、それは駄目だよ。いいかい、トゥアンナ……君は
『わかり、ましたの……でも。……ううん、昔から七海さんはそうでしたわね。そして、姉様も。わたくしはわたくしの役を演じて、なすべきことをなしましょう』
そして、艦橋にアラートが響く。
休憩中だったオペレーター達が、一斉に戻ってきた。
ミィナが命じてすぐ、モニターに映像が表示された。それは、分かれていたキュベレー達の艦隊と……それを追ってきた、機構軍の第十四艦隊だ。
七海達と交戦した主力艦隊も迫る中、逃げ場のない戦いが始まろうとしていた。
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