第23話「勝利への可能性」

 惑星スナイブル、衛星軌道上。

 先に全速で後退した三笠七海ミカサナナミ達は、脱出船団に合流していた。

 もう一隻の第一級非限定遺宝戦艦だいいっきゅうひげんていいほうせんかん、アーティリオンの青い巨体が見える。その周囲で低軌道ステーションに並んでいるのは、超大型の輸送艦である。ちょっとした規模の宇宙コロニーで、当然ながら非武装だ。

 七海は今、リーチェア・レキシントンのいない艦橋ブリッジでいつものように座っていた。

 艦長席はさながら戦闘機のコクピットで、その外縁に腰掛けている方が気楽なのだ。

 だが、前面のモニターに映る少女はうれいを隠せずにいる。


『ごめんなさい、七海さん。この計画はやはり、短慮たんりょだったと思います。そのことで、姉様や七海さん、封印艦隊ふういんかんたいの皆様に迷惑を』


 あの毅然きぜんとしたトゥアンナが、七海にしか見せない表情をしている。

 先程彼女は、第七民主共生機構セブンス元老げんろうが一人、シェヘラザードとの論戦に敗北したのだ。否……論戦にすらなっていない言葉の応酬で、弱さを見せてしまった。

 それを誰が責められるだろうか。

 誰が責めたって、七海は絶対に責めない。

 明朗めいろう快活かいかつなトゥアンナは、皇女であると同時に一人の女の子でしかないのだ。


「気にすることはないよ、トゥアンナ。君の仕事は決断、そして僕達はそれを実行する。あのタイミングで決断しなければ、スナイブルの人達は救えないさ」

『でも、結果的に』

「結果は出てないんだよ、まだ。ま、見てて……とびっきりの解決策を見せようと思うから。そう、最高にドンピシャなやつをね」


 七海達は高速な小型艦のみの編成だったため、追撃戦をまぬれてスナイブル近海まで逃げおおせた。これを追ってくる機構軍の艦隊は、大所帯おおじょたいなのもあって時間がかかるだろう。

 先程の海戦で、敵主力の艦艇1,000以上を撃沈、ないしは大破させた。

 だが、相手は20,000以上もの大艦隊である。

 加えて、キュベレーが抑えてくれている第十四艦隊だいじゅうよんかんたいも迫っている。

 合わせて30,000隻の規模だ。

 そして七海は、半個艦隊はんこかんたいで無防備な脱出船団を守りながら戦わねばならない。しかも、スナイブルの衛星軌道上まで下がった以上、他に選択肢はないのだ。


「さて、どうするかな……こういう時のセオリーは、逃げの一手だけど」

『まあ、逃げますの?』

「そう、逃げる。で、追いついてきた敵だけを叩いて、また逃げる。その繰り返しさ。けど、それは今回は使えない。ここは機構の領海内で、周囲は敵ばかりだからね」


 逆を言えば、現在確認されている艦隊以外に、敵はいない。

 今の敵をしのげれば、脱出船団の出港に必要な二週間の時間が稼げるのだ。

 ふむと唸って腕組みし、七海は考えをめぐらせる。


『それで、あの……リーチェア姉様は? そちらにいないいたいですけど』

「ああ、リーチェアね。流石さすがの彼女も疲れたみたいだし、それに……」

『それに? ……まさか!』

「うん。彼女は今、このエルベリオンの中枢へとアクセスしている。リーチェアはリーチェアなりに、打開策を探してるみたいなんだ」


 その可能性を示唆しさしたのは、七海である。

 以前から疑問に思っていた、第一級非限定遺宝戦艦の謎がある。

 そして、彼の記憶は一瞬だけ小一時間前へと巻き戻っていった。





 一戦交えた後の、撤退。

 七海達の艦隊は大きくても攻逐艦こうちくかん止まり、要するに船足ふなあしの速い少数編成だったのが功を奏した。こちらも被害を被ったが、より大きな被害を相手に与えた。

 数だけ見れば圧勝だ。

 だが、相手が1,000や2,000減ったところで劣勢は変わらない。

 こちらの10隻や20隻は、血の一滴にも等しい損耗なのである。


「さて、と……スナイブルまで下がるとして。どうしようか、リーチェア」


 そっと傍らの艦長席を見下ろし、呼びかける。

 恐らく、操艦そうかんの際の集中力が途切れたのだろう。リーチェアは両肩を上下させ呼吸をむさぼっている。その浅く短い吐息といきに混じって、かすれた声が返ってきた。


「ごめん、七海……ごめん」

「リーチェアは悪くないよ。最後まで完璧だった」

「わたしがもっと、この子の……エルベリオンの力を引き出せていれば」

「ううん、それは違うよ。どれだけエルベリオンが高性能でも、数の不利は覆せない。基本的にはね。そんな中で、リーチェアのエルベリオンは僕達の絶対的なアドバンテージなんだ」


 そう、宇宙の底はまさに大艦巨砲時代たいかんきょほうじだい

 地球では滅びて絶えた太古の砲艦ほうかんがひしめき合う、エーテルの海……虚天洋エーテリアが広がっているのだ。そこには空母や戦闘機といった概念がいねんはなく、浮かぶ星々の間を行き来する宇宙船は文字通り波間なみまただよう船だ。

 ならば、古代文明の遺産であるエルベリオンは、無数の奇跡を閉じ込めた方舟はこぶねにも等しい。


「ねえ、リーチェア。前から思ってたんだけど……エルベリオンは、遺宝戦艦は飛べるよね? エーテルの海を飛び立ち、宇宙の天へと向ってべる」

「う、うん……あっ! だ、駄目だよ七海っ! 駄目……それは、駄目」


 ようやく顔をあげたリーチェアは、少し憔悴しょうすいしていた。

 だが、そのひとみにはまだ紅蓮の炎が燃え盛っている。妹のトゥアンナが澄んだ真紅ならば、彼女の瞳は深紅……烈火れっかごとき強い光だ。

 彼女は呼吸を落ち着かせるように胸に手を当て、話し出す。


「わたしやトゥアンナに、逃げろっていうんでしょ?」

「ん、いや……」

「あの子、逃げないよ……昔からそう。トゥアンナって意外に頑固なの。自分からは決して逃げないし、誰も見捨てない。そんな妹だから……わたしも見捨てられない」

「うん。安心して、僕達には幼い頃からの誓いがある。リーチェアが望み続ける限り、その可能性を手繰たぐせるために僕も戦う。逃げたりはしないんだけど」


 七海は改めて、自分の中の仮説を紐解ひもといてみる。

 今、この瞬間にやるべきは、戦線の再構築だ。だが、どう考えても現状の手札では勝てない。勝負にすらならないのだ。

 で、あれば……

 そう思うと、自然と封印艦隊のことが思い出されたのだ。地球では女神や地母神として扱われている名を、全ての娘達が個々に持っている。その意味は、ただ一つだ。


「エルベリオンの力で虚天洋を飛び立つ時、どういう感覚なのかな?」

「ん、えと……こう、イメージするの。見えない大きな力が、エルベリオンを掴んで包んで、そして持ち上げる。遥か天上の宇宙、地球がある方向へと引っ張り上げてくれる感じ」

「なるほどね。ここが宇宙の底だから、そういう理屈もあり得る訳だ」


 そこまで言って、七海が説明を挟もうとした時だった。

 言わんとすることに気付いたのか、リーチェアが話に先回りして立ち上がる。


「七海、まさか……え、ちょっと待って。でも……そんなの、無理だよ」

「ん、まあ……ただ、古代の人達は封印艦隊と一緒に、宇宙の天と戦ってた。つまり、昔はできたんだ。理屈ではね。状況証拠しかない訳だけど」

「なら、心当たり、なくも、ない、かも……その」


 這い出るようにして、リーチェアが艦長席を抜けてくる。

 ちょうど今、艦橋のオペレーター達には休息を取らせている。副官のミィナもいないので、二人きりだ。

 少しよろけた彼女を、七海はそっと抱き寄せ支えてやる。


「七海、あのね……この子、エルベリオンは……まだわからないことが多いの」

「うん」

「でも……もっとわかろうとするなら、そこに勝機があるなら……わたし、やってみる、よ?」


 無理に笑って、リーチェアは大きく頷いた。

 ね放題の髪が揺れて、気丈な彼女の美貌を静かに飾る。


「巨大なオーパーツである遺宝戦艦には、まだ解析していない区画が沢山あるの。艦内でも、自由に行き来できるのは六割くらい。機能にいたっては、一割もかしきれてないと思う。だから」

「もしかしたら……僕の仮説を裏付ける機能が眠ってると思うんだ。それにだけけるのは危険だけど」

「うん。少しでも可能性があるなら……スナイブルまでオートで、次の戦闘まではそうして、その間にわたしが」


 彼女は、華美かびなドレスにも似た軍服の胸元をはだける。

 豊かな胸の実りは、その谷間に金色の紋章を輝かせていた。神星しんせいアユラ皇国こうこくの皇族であることを示すもので、このエルベリオンや封印艦隊に反応して光る。

 その波打つ光沢をなるべく見ないようにして、七海は頷いた。

 平然としてるように見せつつ、リーチェアの無自覚な美しさに鼻の奥が熱くなった。裸の付き合いだってあいった仲、幼馴染おさななじみだからといって、今は健康な男女なのだ。


「リーチェア、僕にはどうやるかがわからないけど……このエルベリオンの眠れる力を、引き出せるかな。その方法があるなら、やっておきたいんだ。後悔だけは、したくない」

「うん……そだね、うんっ! ……もう一度、艦の中枢にアクセスしてみる」


 リーチェアがまだ小さかった、地球に逃げ延びる前の話だ。記憶すらおぼろげな幼少期、彼女はこのエルベリオンを受け継いだ。その胸に輝く紋章の力で、古代の遺産を継承けいしょうしたのだ。その時、艦の中枢……現在は閉鎖されてる区画の奥へと降りたと言う。

 恐らくそこに、今の七海が一番欲しいカードが眠っているかもしれないのだ。


ちなみにもし……もし、わたしがこの子の力をこれ以上引き出せなければ」

「その時は、僕に任せて。……トゥアンナには逃げてもらう。。僕は脱出船団を盾にして、トゥアンナのアーティリオンの退路を確保する」

「そ、そんなの駄目っ! ……七海に、似合わないし。それに……トゥアンナのためだけに汚れない、で。わたしも一緒に、そゆの、その……汚れるのも、一緒が、いいから」


 そう言ってリーチェアは、ほおを赤らめうつむいた。

 そんな彼女を艦橋から見送り、七海は他の策も考えてみた。

 スナイブルの衛星軌道上までの時間は、あっという間に過ぎ去ったのだった。





 そして時間は現在へと戻る。

 説明を受けたトゥアンナは、しばし考え込む素振りを見せた。


『わたくしのアーティリオンは、現在全ての兵装をロックしてますわ。でも、それをけば……たった一隻ですが、わたくしのアーティリオンもそちらに加われば』

「いや、それは駄目だよ。いいかい、トゥアンナ……君はかつがれる神輿みこしであり、戦いの正当性を示すシンボルなんだ。スナイブルから無血の脱出劇を演じる、主演女優なんだよ? 僕達演出家にまかせて、堂々と皇女を演じてて。いい?」

『わかり、ましたの……でも。……ううん、昔から七海さんはそうでしたわね。そして、姉様も。わたくしはわたくしの役を演じて、なすべきことをなしましょう』


 そして、艦橋にアラートが響く。

 休憩中だったオペレーター達が、一斉に戻ってきた。

 ミィナが命じてすぐ、モニターに映像が表示された。それは、分かれていたキュベレー達の艦隊と……それを追ってきた、機構軍の第十四艦隊だ。

 七海達と交戦した主力艦隊も迫る中、逃げ場のない戦いが始まろうとしていた。

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