第22話「龍撃乱舞」

 絶体絶命のピンチは続く。

 第七民主共生機構セブンスの艦隊、その斥候せっこうである500隻を退しりぞけても終わらない。

 三笠七海ミカサナナミは、ここにきて初めて焦りを感じていた。そのまま、前面の巨大モニターの中で対峙たいじする二人の少女を見やる。

 神星しんせいアユラ皇国の皇女、幼馴染おさななじみのトゥアンナ・レキシントン。

 そして、機構の元老院げんろういん末席まっせき第七元老だいななげんろうシェヘラザード。

 二人の問答は今、モニターの片隅に地球帰還までのタイムリミットと共に進んでゆく。月曜日まであと、48時間を切っていた。


『シェヘラザードさん、これ以上の機構の拡大政策は、この虚天洋エーテリアの調和をいちじるしく損ないます。わたくし達脱出船団だっしゅつせんだんを認めぬならば、惑星スナイブルの一部の民を許さぬならば……どうか、話し合いの機会を』

『この虚天洋に我々の民主主義が満ち、完璧な管理体制のもとに統合されれば、真の調和が実現するでしょう。その義務から逃げることは、私にはできません』


 七海が見ても、二人の議論は平行線だ。

 だが、今の彼は遊撃艦隊エクストラフリートの艦体司令としての仕事がある。

 機構の艦隊は、聯合艦隊を牽制する主力から分離した数だけで、20,000隻以上。対してこちらは、3,000隻もない。もともと半個艦隊、5,000隻ちょっとの小さな艦隊なのだ。その中から大型艦を、背後で時間稼ぎの遅滞戦闘ちたいせんとうへ送り出している。

 脚が自慢の小型艦ばかりでは、大艦隊を前に戦闘にすらならないだろう。

 

 封印艦隊ふういんかんたい機械生命体きかいせいめいたい達は、どの艦も驚異的なオーバースペックを誇る。だが、それは『』というだけのキルレシオでしかない。まず数を揃えること、これが艦隊戦の大前提にして必須条件だった。


「リーチェア、エルベリオンは艦隊から離脱、突出して。前に、出るしかない」

「う、うんっ! ……七海。わたしは大丈夫だから。平気、だから。他のふねの子達を見ててあげて。あなた、艦隊司令なんだから」

「うん。旗艦きかんの方は頼むよ。なかなかに不味まずいことになったけど、やってみるさ」


 エーテルの波濤はとうを越え、遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンが加速する。

 揺れる艦橋ブリッジで、七海はリーチェアのかたわらに腰掛け脚を組み直す。

 もっと揺れが酷くなっても、副官のミィナが支えてくれるだろう。物理的に。それは健康で健全な十代の少年にとって、もの凄く格好悪いのだがしかたがない。

 あの、一種お立ち台みたいに悪目立わるめだちする艦隊司令席に座るのは御免ごめんだ。

 艦橋の全てを見下ろす位置に収まってるより、リーチェアの隣にいたいのだ。


「全艦に伝達、減速して縦列陣形じゅうれつじんけい縦隊じゅうたいへ。ミィナ、斥候の小艦隊との戦闘で被害は?」

「撃沈された艦はありません。近接格闘艦きんせつかくとうかんが中破4、高速突撃艦こうそくとつげきかんが中破2、小破3です」

「今後、損傷した艦はすぐに艦隊を離脱、下がってトゥアンナの脱出船団に合流して」


 リーチェアが忙しく周囲のコンソールに両手を滑らせる。

 戦争をかなでる指と指とが、浮き上がる光学キーボードに踊った。

 七海もひたい量子波動結晶アユラクォーツに念じて、自分だけの海図チャートを目の前に表示する。

 惑星スナイブルを挟んで、後でキュベレー達大型艦の時間稼ぎ、前では機構の主力艦隊が迫っている。七海達は半個艦隊のさらに半分で、それを相手にしなければいけない。

 七海の命令で、小型の高速艦が全て縦に並んでゆく。

 その立体映像に手を入れ、直に触って七海は言葉を続けた。


「敵艦隊に対してななめに、そう……真正面から力を受けず、流すように斜めに。これはつまり、みたいなものだよ」

「龍の身体、ですか?」

「そう、龍」


 首を傾げるミィナを振り返りながら、七海は艦隊陣形を組み直してゆく。

 敵に対して細く長く伸び、まるで戦場の対角線たいかくせんのように艦が散らばる。それは、長い胴体をくねらせ飛ぶ龍のイメージだ。

 そして、そこから単艦で突出したエルベリオンは、である。


「全艦、斜めに真っ直ぐ並んで、ローテーション。龍の頭の部分を交代しながら陣形維持」

「つまり、この長い龍の身体をグルグル回すんですね? 七海提督ていとく

「そう。敵に対して斜めになってるから、頭は前、尻尾は後。一番攻撃を浴びやすい頭は順次交代しながら循環させてあげて」

「徹底させます」


 ミィナが額の量子波動結晶に手を当てる。

 緑色に輝くそれが、七海の言葉を理解した彼女の意志を艦隊内へ伝えた。

 小さな艦隊は怒龍どりゅうとなって、その手に握られた宝玉が輝き飛び出る。

 艦隊から完全に離れたエルベリオンに、七海は冒険的な操艦そうかんを命じた。


「リーチェア、ここからは君の操艦にかかってる。エルベリオンのスペックで、どこまでやれるか、だけど」

「わたしは、どこまでもやるよ? この子はわたしの艦、全てを知ってる訳じゃないけど……知ってる全てでわたしは戦う」

「……やっぱり、全部掌握しょうあくしてる訳じゃないんだね」

第一級非限定だいいっきゅうひげんていの遺宝戦艦って、巨大なブラックボックスみたいなものだから。でも、わたしにはその力を何分の一かでも引き出せる。だから、戦うんだ」


 エルベリオンの戦艦としてのスペック、これは突出している。

 勿論もちろん、高性能な戦艦一隻では戦局はなにも変わらない。だが、ごくごく局所的なレベルでは、戦場へと小さな波紋はもんを投げかけることができるだろう。それは広がるほどにさざなみを呼んで、大きなうねりになるかもしれないのだ。


「実質、エルベリオンの装甲……フラクタル・フェイズシフト・フィールドを撃ち抜くには、大戦艦レベルの粒圧りゅうあつを持つ砲が必要になるわ。つまり」

「つまり、敵主力の前面にいる小型艦からは、致命打はもらわないってことだよね?」

「サンドバッグになるけど、倒れないとは思う、かな」

「いいよ、一緒に殴られてみよう」


 直後、衝撃。

 龍をかたどる艦隊から離れたエルベリオンを、敵の集中砲火がとらえつつあった。

 透き通る翡翠ひすいごときエーテルが逆巻き、水柱が無数に周囲を囲む。

 艦橋のオペレーター達が、忙しく報告を読み上げた。


「至近弾! 夾叉きょうさ! 次弾じだん、当たります」

「フラクタル・フェイズシフト・フィールド展開、砲打撃戦ほうだげきせん用意」

「主砲へとエネルギーを回します。コントロールをリーチェア艦長へ」

「全兵装、ロック解除。ミサイル、副砲をオートへ」


 突然、単艦で突出したエルベリオン。

 そして、小さな艦隊は細く長く伸びて持久戦の構え。

 予想通り、敵は数を頼みに両方へと攻撃を選択した。

 敵艦の半分を引き受けるだけの力は、エルベリオンにあると思いたい。そして、それを操るリーチェアを信じたい。

 綱渡りタイトロープにも等しい布陣だが、七海に許された選択肢の中ではベストな最適解さいてきかいだった。

 リーチェアは座席の左右にある球形の操縦桿へ両手を置く。

 途端にエルベリオンは、爆発的な加速の中で揺れ始める。

 回避運動の中で、敵のビームが何度も艦体を擦過さっかする。展開した力場、いわゆるバリアであるフラクタル・フェイズシフト・フィールドが輝きを放って揺れた。


「前部主砲、一番から九番まで粒圧最大! 照準をわたしの思考と感覚へ……発射っ!」


 女性だけで構成される皇国の艦隊では、量子波動結晶というテクノロジーが一種の強みだ。リーチェアは今、エルベリオンの全てが己の肉体になったかのように巨艦を躍動させる。

 前部の三つの三連砲塔が、九本の光条こうじょうを走らせた。

 その先で爆発が連鎖し、その奥からさらに敵が迫ってくる。

 それは、波間を越えて押し寄せる艦隊の壁だ。

 既に目視の距離で迫る敵艦は、ひしめき合うように、競って奪い合うように殺到さっとうする。

 そして、二つの軍勢が戦い合う理由が、まだ言葉の刃を交えていた。

 トゥアンナは敵地で無防備ながらも、決して臆することなく言葉を選んでいる。


『民主主義とは、あくまで国家を維持運営する手法の一つのはずです。それを何故なぜ、こうも他の星々へ押し付けるのですか?』

『それは、人類にはベストな選択肢などないからだ。であれば、モアベターな民主主義で統一することが、もっとも平和な状態を生みやすい。現に……専制君主制せんせいくんしゅせいの皇国は今、自ら戦争という選択をして機構に敵対している』

『わたくしが戦争を選択したこと、そのおろかさは承知しております。ですが――』

『一人の愚か者が国を左右する、それはあってはならぬことだ。トゥアンナ殿下、貴女の子、孫、さらにその子と孫、その先全ての子と孫……誰が愚者ぐしゃで誰が賢王けんおうか、今ここですぐにわかりますか?』


 幼稚ようちな問答だ。

 トゥアンナは機知きちみ利発的な少女だが、真っ直ぐ過ぎる。

 そして、シェヘラザードはシステムの末端としての機能としてしか話していない。

 そんな対話がむなしく空転する中、七海は艦隊をモニターしながら大軍を相手にしていた。


「よし、龍の陣形を維持したまま徐々に後退……エルベリオンはこのまま前進」

「提督、旗艦が孤立して包囲されますが」

「エルベリオンの左右に回り込んでくる艦は、龍の頭で叩く。ただし、必ず艦隊の陣形が相手に対して斜めになるよう気をつけて」

「了解、各艦に伝えます」


 ミィナはオペレーターのヴァルキロイド達と忙しく通信のやり取りをする。そして、その間ずっと七海の二の腕を抱き締めていた。

 すでにもう、エルベリオンは何度もビームやミサイルの直撃を受けている。

 強力な力場によってダメージは貫通していないが、もはや回避は無意味な程の距離で敵に肉薄していた。リーチェアは目まぐるしい操艦の中で、額に汗を玉と浮かべている。

 七海も戦況を見極めるべく、集中力を研ぎ澄ました。


「ミィナ、損耗そんもうは」

「キュベレー様側は軽微、2%程が脱落して脱出船団に合流しました。こちらは8%程です」

「全体で一割が戦闘不能か……撃沈された子は?」

「14隻です」

「……あとで名前を教えてくれるかな。さて」


 七海は傍らのリーチェアに転進てんしんうながす。

 ゆっくりエルベリオンは、敵の眼前でターンし始めた。同時に、真横を向けた一瞬で、前後あわせて五つの三連砲塔が火を吹く。

 最後に艦尾側からミサイルをばらまきながら、エルベリオンは背を向け後退し始めた。

 それは、波打つ龍となった艦隊そのものが下がるのと同時。

 そして、為政者いせいしゃ達の対話も終わりを告げる。


『トゥアンナ殿下、私達は完璧な統治システムとして機能し、虚天洋のあらゆる人類の平和のために活動しています。繰り返しますが、戦争を起こしたのは専制君主制国家の特権階級、つまり貴女です』

『否定はしません。しかし』

『話は終わりです。我が機構の艦隊は惑星スナイブルで貴女の脱出船団を包囲、これを殲滅します。反機構の民もろとも……潜在的なテロリズムに繋がりかねない異分子ですので。その段階で無条件降伏を勧告しますので……戦後処理がしたくば今すぐ逃げ出すことですね。では』


 シェヘラザードの姿がモニターから消えた。

 同時に、トゥアンナの映像も何かを言いたげにしたまま薄れてゆく。

 七海もようやく緊張を解いて、学生服の襟元えりもとゆるめるのだった。

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