第21話「凍れるホットライン」

 三笠七海ミカサナナミにとって、試練の時が訪れていた。

 それは、神星しんせいアユラ皇国こうこく存亡そんぼうをかけたものだ。試練と言うには、あまりに無慈悲むじひで圧倒的な差……厳然げんぜんとして存在する国力の違いを、第七民主共生機構セブンスは見せつけてきた。

 今、二分した艦隊の片方、大型艦のみの編成でキュベレーが敵の第十四艦隊だいじゅうよんかんたいを足止めする。

 その間に、エルベリオンを中心とした高速艦は惑星スナイブルをスイングバイしていた。

 オペレーター達の声も心なしか、艦橋ブリッジの空気に緊張感を滲ませていた。


「スナイブルの重力圏を抜けます。全艦最大戦速」

「脱出船団、アーティリオンを中心に低軌道ステーションへ接舷せつげん。避難民の受け入れを開始しました」

「キュベレー様率いる分遣艦隊ぶんけんかんたい、第十四艦隊と交戦中」


 少ない戦力で七海達は、広い虚天洋エーテリアを西に東にと大忙しだ。

 今日もリーチェア・レキシントンの操艦で、伝説の遺宝戦艦いほうせんかんは全速運転である。

 やはり、突出した打撃戦力であっても、七海の遊撃艦隊エクストラフリートは数が少ない。即応力は高いものの、どうしても対処療法に終始せざるを得ない局面がある。

 そのことは織り込み済みでも、一度直面すればくちびるむしかできない。


「リーチェア、すぐに一戦交えることになると思うけど……準備は、覚悟はいいかい?」

「ん、七海……わたしはとっくに、だよ? それに……最後まであきらめない。例え機構軍の主力艦隊、その大半が相手でも」


 そう、機構軍は数でまさる。

 皇国の聯合艦隊れんごうかんたいと睨み合う主力艦隊だけで、70,000隻以上もの戦力を誇るのだ。その半分以上が、背後で起こったスナイブルの事件へと引き返してくる。

 リベルタ・レムルールス元帥げんすいから一報が入ったのが、先程だ。

 彼女は聯合艦隊を使って陽動作戦を展開、トゥアンナの脱出船団を機構の支配領域へと突入させた。そこまではよかったが……敵の主力艦隊は、当然脱出船団の退路をふさぐ。

 退路が絶たれ、包囲された。

 七海達と脱出船団は、孤立したまま徐々に圧殺されようとしている。

 そして、避難民を迎え入れてるため、トゥアンナは非武装のまま身動きが取れないのだ。


「敵の第十四艦隊が遅かったのは、これは装甲戦艦そうこうせんかん等の大型艦……耐久力のある艦艇かんていのみで構成されていたからだね。この艦隊は、スナイブルまでゆっくりと進む。当然、僕達はその手前で迎え撃たなきゃいけない」

「うん……でも、同時に主力艦隊の一部が引き返してきた。だから、二手に分かれたけど……結果、わたし達は約3,800隻。十倍近く差があるわ」

「キュベレーさんが稼いでくれる時間にもよるけど、不味まずいね……」


 まさに、絶体絶命のピンチだ。

 そして、七海の中では冷徹な判断力が、機械のように全てを計算して処理する。ひたい量子波動結晶りょうしはどうけっしょうが、思考をめぐらせる都度つど輝いた。

 まず、第一にトゥアンナの命を守らなければいけない。

 神星アユラ皇国は、現時点での指導者であるトゥアンナを失えば、戦うことができなくなる。すぐに戦争反対派が台頭して、停戦から終戦、そして戦後処理が始まるだろう。そして、機構は再び虚天洋の実効支配を強めてゆく。


「最悪、スナイブルの人達を見捨ててトゥアンナには逃げてもらわないとね。アーティリオンも飛べるから、一時的に宇宙の天上まで逃げるって手もある。けど――」

「けど、それはないわ。あの子、できないと思う。助けを求めてる人を見捨てて、自分だけ逃げるなんて……トゥアンナは、そういうことできない子なの」

「だね」


 聯合艦隊が突入してくれる気配はないし、それは危険過ぎる。あっという間に決戦になってしまい、負ければ皇国の戦力再建は不可能だ。

 つまり、現状は遊撃艦隊だけで脱出船団を守らなければいけない。

 それも、後でゆっくり近付く第十四艦隊と、前から引き返してくる大艦隊の両方からだ。

 必死で妙案を模索する七海の耳朶じだを、ヴァルキロイドのオペレーターが美声で叩く。


「七海提督ていとく無時差放送ゼロラグほうそうです。これは……機構の元老げんろう、シェヘラザードの単独声明です」

「元老院が? つないで」

「了解」


 ミィナがすぐに前面のモニターに映像を映し出す。

 そこには、以前も見た少女が穏やかな笑みを浮かべていた。

 実質的に第七民主共生機構を支配する、七人の元老……正確には、七体のシステム。一切の感情、エゴと欲を切り離したマシーンだ。

 静かに喋り出した彼女の名は、シェヘラザード。

 千の夜をつむぐその名は、今の七海達にとっては死刑宣告にも等しい。


『ごきげんよう、神星アユラ皇国の皆さん。そして、不毛な戦争に心を痛めている、虚天洋の全ての人類同胞どうほうの皆さん……私は第七元老だいななげんろう、シェヘラザードです』


 真っ白なドレスが今日も、シェヘラザードを神像のように輝かせている。

 人間とは思えぬ美貌びぼうは、あまりにも玲瓏れいろうなる神々しさだ。

 彼女はゆっくりと言葉を選び、静かに告げてくる。


『現在、我が第七民主共生機構の領土内で、神星アユラ皇国の艦隊が行動中です。一つは、皇女殿下自らが指揮する……。そして、もう一つ……先日から跳梁ちょうりょうする謎の邪神艦隊じゃしんかんたい。機構ではこれをX艦隊エックスフリートと呼称、現在双方を殲滅せんめつすべく軍を展開中です』


 ――

 それが、向こう側から見た七海達の名だ。

 いにしえ封印艦隊ふういんかんたいよみがらせ、その力をひきいて戦う正体不明の戦力。それ自体が強力な宣伝効果を持ち、味方には頼もしく、敵には恐ろしいはずだ。なにより、民衆は英雄や伝説を熱狂的に支持してくれる。

 七海の戦いは常に、無敗神話を確約し続ければならないのだ。


『さて、先程私達元老院は決議を行い、神星アユラ皇国へと降伏勧告を行うことにしました。よって……今すぐ、野蛮やばんな戦争を仕掛けてきた張本人、トゥアンナ・アユラ・リル・アストレア皇女殿下こうじょでんかへと連絡を試みようと思います』


 七海は思わず「不味まずいね」とつぶやきをこぼした。

 映像の中で、少しクラシカルな電話の受話器をシェヘラザードが手に取る。

 恐らく、トゥアンナへのホットラインだ。シェヘラザード達はその気になれば、すぐに好きな人間へと連絡を取ることができるらしい。それだけでもう、巨大な国家の中枢としての力を感じる。

 少し芝居しばいがかった仕草のシェヘラザードが、呼び出し音へと首をかたむけた。

 まるで絵画かいがの世界のように優雅ゆうがだが、彼女の言葉一つで七海もリーチェアも、勿論もちろんトゥアンナも未来を閉ざされてしまう。

 映像が切り替わって、シェヘラザードの隣にトゥアンナの姿が浮かび上がった。


『はじめまして、シェヘラザードさん。わたくしがトゥアンナ・アユラ・リル・アストレアです』

『ごきげんよう、皇女殿下。時間が惜しいので単刀直入たんとうちょくにゅうに……今すぐ武装解除し、スナイブルの労働力を誘拐するのをやめていただきたい』

『まず、わたくし達脱出船団は非武装です。希望者のみを、機構の勢力圏内より連れ出す予定ですわ。それを望まぬ者達には、とどまっていただきます』

『非武装……報告では今、太古の禁忌きんきを呼び覚まして使役する、X艦隊が動いているようだが?』


 実質上のトップ会談が、突然始まった。

 今日もトゥアンナは、華美かびなドレスで毅然きぜんとした態度を貫いている。この宇宙の底、虚天洋の覇権は今、両者の間で揺れ動いていた。

 そして七海は知っている。

 トゥアンナは支配や権力を望んではいない。

 だが、自分以外に立ち上がれる人間がいなかったから、迷わず決起した。

 そして、そのことをシェヘラザードは理解した上で、淡々と処理しようと言うのだ。


『シェヘラザードさん。第七民主共生機構の拡大政策で、多くの星が本来あるべき姿を奪われているのは御存知ごぞんじですね?』

『本来あるべき姿、とは? その定義にもよりますが、私達はこの虚天洋の平和と安定を望んでいます。そのためには、民主主義の啓蒙けいもうこそが最も効率がいい……現に、一部の皇族によって戦争が引き起こされ、こうして私は皇女殿下と話しています。そのような統治体系を、私達は決して認めることはできません』


 形式的には、神星アユラ皇国が宣戦布告して始まったのがこの戦争だ。

 シェヘラザードの言うことは事実である。

 だが、トゥアンナは言葉を尽くそうとし続けた。


『スナイブルでは、資源採掘のために多くの労働者階級がしいたげられていると存じています。シェヘラザードさん、彼等を武力で弾圧するのをやめていただけるなら……わたくしは船団を引きあげ、交渉のテーブルにつくことをお約束しますわ』

『……スナイブルでの国政選挙の投票率を御存知かな? 皇女殿下』

『なにを突然……』

『民主主義とは多数決が原則、そして結果を全員で共有することで国を管理運営するシステムです。スナイブルの平均投票率は、38%……特に、若い労働者階級の投票率がいちじるしく低い。ゆえに、機構の国民とは言えないでしょう。であれば……排除することもやぶさかではありません』

『それは暴論ぼうろんです!』


 シェヘラザードの言葉は、全くよどみがない。

 そして、二人の話し合いは平行線のまま続く。

 同時に、ミィナが七海をそっと抱き寄せた。エルベリオンの加速はいよいよトップスピードを迎え、立っているのが難しくなったからだ。

 そして、ミィナが耳元で見上げながら小さくささやく。


「あの方は私と同じ機械ですが、とても怖いです……どうして自分が支えるべき人間を、選別するような言葉で扱うのでしょう」

「さあね。ただ、意思表示がはっきりしているのはありがたいかな。あとは」

「あとは? 七海提督、なにかあるんですか?」

「選挙を日曜日じゃなく、平日にやればどうかなって……僕ならそうシェヘラザードに提案するけどね」


 気が気じゃないのだが、無理に笑ってみせた。

 恐らく、とても悪どい笑顔になっただろう。

 それを見上げるリーチェアが、自分を奮い立たせるように身震いする。一緒にトゥアンナを助けて支える、そうちかった七海の共犯者。そして、七海の未来の伴侶はんりょでありたいと望んで、このふねに乗せてくれた人。リーチェア、そしてヴァルキロイド達や封印艦隊の前では、七海は無敵の週末提督しゅうまつていとくでいなければいけない。

 そうありたいと自分が望んでいるのだ。


「七海提督、敵の艦影かんえいを捉えました。機構の主力艦隊から突出してきた、斥候せっこうの艦です。数は500、その背後に艦影多数……数を確認します、30秒ください」

「リーチェア艦長、全兵装オンライン。フルコントロール、渡します」

「遊撃艦隊全艦、戦闘体制に移行中。高速突撃艦群こうそくとつげきかんぐん、本艦を追い越します」


 こうして、激戦を免れぬ海戦が始まった。

 七海は指揮を執りながらも、話し続けるトゥアンナとシェヘラザードの声をひろってゆく。その言葉には、対話と融和を望みながら戦いを選んだ少女と、人類の平和のために全てを抑圧してゆくマシーンの、もう一つの戦いが浮かび上がっていた。

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