第3話「大いなる船出」
始業式、入学式、そしてそれぞれの学年集会等……春の行事でバタバタしてるうちに、週末が訪れた。
だが、
家には今、自分しかいない。
そして、そんな生活になって随分
「ま、トゥアンナはもういないけど……リーチェアは大丈夫だろうか」
寝る前に少し机に向かおうと思って、台所でお茶を用意する。濃い目のコーヒー、これはインスタントだ。粉を
古い
あの有名な、日曜の終わりを告げる
家賃は安い。
かなりガタピシとした家だが、大家は気のいい人で何かと七海の世話も焼いてくれる。そういえば、あの老人は双子にも親身になっていた。トゥアンナとリーチェアも、親がいない。
それもまた、七海と親しい理由の一つかもしれなかった。
「さて……ん? メールだ」
ふとスマートホンが歌って、小さな明かりが
テーブルの上のそれを拾い上げて、そっと七海は指を
どうやら、彼は熱中しているゲームで戦果をあげたらしい。その手伝いをした七海に、律儀に短くお礼のメールをくれたのだ。
「なるほど、ドンピシャだったんだ。うん、それは
軽めの返信を送って、そのまま七海は自室へと移動した。
上下
それでも、いつもは
ある時はトゥアンナが、またある時はリーチェアが。
どちらが先かの話で、気付けば三人になるのがいつものパターンだ。そのことを今はもう、
「明日にでも、リーチェアを
明かりを落とした
その時、ふと庭の方に気配を感じた。
声がしたかもしれない。
そして、震えた声音の主に心当たりがあった。
気のせいかとも思ったが、すぐに七海は
月夜の晩、
青白い光の中、庭に一人の少女が立っている。
思わず七海は、その名を呼んだ。
「こんばんは、さっきぶり。どうしたの、リーチェア」
そこには、リーチェア・レキシントンが立っていた。
学校で見た時と同じ、制服姿だ。ちょっと少女趣味なブレザーで、七海達二年生はタイの色が緑だ。それが今、ジャケットのボタンを外しているリーチェアの首で揺れている。夜風に遊ばせる
彼女は小さな声で、じっと七海を
「……ごめん、七海。あの、ね……あの」
「うん。何かあった? あった、よね。トゥアンナがいなくなったんだもの」
「う、うん」
「あがってってよ。まだ外は寒いよ? お茶くらいは出すからさ」
だが、その場に立ち尽くしてリーチェアは動かなかった。
そして、彼女の視線が真っ直ぐ七海に注がれる。
普段は眠たげなジト目が、強い光に満ちていた。
「あのね、七海……あの約束、覚えてる?」
あの約束とは、三人の
リーチェアとトゥアンナ、そして七海……幼馴染の三人は、互いに助け合う。そうやって必ず支え合うと、約束したのだ。
実際、七海は二人に今まで何度も助けられた。
ぼんやりとおとなしい子供だった幼少期は、一度ならずいじめられたことがある。そんな時に、
いつも、いつでも……リーチェアは妹と七海のために
地味な姉はキレるとヤバい、危ない奴だという
「約束、忘れたことはないよ。リーチェア」
「うん……あ、ありがと。だから……わたしも、そのこと、忘れてないから。忘れたく、ないから」
そう言って彼女は、
そして七海は、初めて見た。
眼鏡を外した素顔のリーチェアは……普段の地味なイメージを一瞬で焼き尽くしてしまった。ずっと一緒だった幼馴染の印象が、消滅する。
トゥアンナと同じ作りの顔に今、鮮やかな
メガネのレンズ越しに見る、くすんだ
「リーチェア……目が」
「わたし、トゥアンナを助けに行く。行ってくるんだ、これからすぐ」
いつも、太陽と月のようだと思っていた双子の姉妹。
全てを照らす太陽は、トゥアンナ。そして、静かに光るのはリーチェア。
だが……事実は、逆だった。
誰もが見上げる優しいお月さまは、トゥアンナの方だ。
そして……直視の許されない輝きを、リーチェアは秘めていた。
月は太陽の照り返しで光っている。
常にトゥアンナの活躍を見守ってきた、リーチェアこそが妹の太陽だったのだ。
「トゥアンナとふるさとが危ないの。だから、わたしも行く」
「……そっか」
「だから、その……七海、あのね」
「じゃあ、決まりだね」
そのまま、静かにリーチェアに歩み寄る。
「リーチェアがトゥアンナを守るなら、君ごと二人を僕が守るよ」
「……っ! それは……でも、いいの?」
「
「まさかっ! でも」
トゲトゲみたいな
だが、七海の即決に
何も判断していないし、考えも挟まない。
ただ、それが当然だから。
「トゥアンナにはフラれちゃったけどね……ええと、なんだっけ」
「フッ、フフ、フラれた!? ……やっぱり。あの
「そう、静かに僕にこう言った。……『わたくしの
何故か、リーチェアは顔を真っ赤にした。
きっと、彼女の母国の言葉なのかもしれない。
わたくしの艦に乗ってほしかった、そういう言い回しの
その時はまだ、七海は
深い意味などない。
ただ、それがあの時一瞬だけ素顔を見せた、トゥアンナの
「……わかった。じゃあ、七海」
「うん」
「
「当然さ。任せて、リーチェア」
大きく
彼女の長い
「ありがと……七海。じゃあ、行くね?」
「ああ。でも、今すぐかい?」
「うん。駄目、かな」
「いや、全然。それで、これから具体的には――」
その時、シュルシュルとリーチェアが制服のタイを
そして、七海は目撃した。
胸の谷間の、その上に……不思議な
それは
何かの文字にも見えるし、紋章のようにも思える。
同時に、大地が突然揺れ始めた。地震を感じた次の瞬間には、立っているのも難しい激震が七海を包む。
激しい縦揺れの中で、リーチェアが小さく
「
リーチェアの胸が輝きを増してゆく。
そして七海を包む、闇。
腕の中にリーチェアを守りながら、振り向いて七海は目撃した。
長年暮らした我が家を
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