第2話「始まりの春」
新学期、一日目の朝が始まった。
始業式を待つ教室の二年生は、クラス替えがあって
そんな中、
昨日、こうして校庭を眺めていた少女は、もういない。
そして、彼女の力になることができないのだ。
「よっす、七海! ヘヘッ、また一緒だな!」
不意に、バン! と肩を組まれた。
間近に見上げれば、長身の少年がニヤリと笑っている。一年生の時からの友人、
その彼が、教室を見渡し声を潜める。
「なあ……本当にトゥアンナ、いないんだな。お前、何か聞いてないか?」
「ん、そうだね。帰国するっていう話は聞いてたけど、詳しくは」
「そっかー、
秀樹は、ほぼ全ての男子がそうであるように、トゥアンナ・レキシントンに恋をしていた。それは、この学校では学年を問わないし、性別の
学園のマドンナという言葉すら、
その少女はもう、学校にはいないのだ。
「あーあ、知ってたら俺も告白したのになあ」
「そう? ……意外だな、それは」
「や、俺だって
秀樹は、いわゆるオタクだ。
だが、そのお
それに、秀樹は七海を利用しようとする
あのトゥアンナの幼馴染を見て『
その秀樹が、思い出したようにスマートフォンを取り出す。
「あ、そうだ! 七海、また頼むよぉ……俺ぁこの、編成とか設定とかが苦手なんだよなあ」
「ん、いいよ。前に僕が組んでみたの、どうだったかな?」
「もち、バッチリよ!
秀樹と一緒にスマートフォンを覗き込み、その画面に指を走らせる。
因みに七海は
こうして一緒にいる二人を、女子達は遠くから眺めて甘い
二人が
「このイベントさ、もっと持久力のある艦隊編成で挑みたいんだよ。けど、さあ」
「どの
「そう! そうなんだよ! 神イラスト過ぎる……その全てが、俺に訴えて来るんだよ! 私を主力艦隊に配備して、お兄ちゃん(はぁと)ってな!」
秀樹はゲームが大好きだが、数値や結果よりもプレイスタイルに
ゲームの内容としては、戦闘時にシューティングゲーム要素があるシミュレーションである。
だが、マズールレーンに以前から秀樹はハマっていた。
七海は以前の自分の編成表を眺めて「ふむ」と唸る。
「前回の速攻を重視した攻めの布陣、
「ああっ!
「勿論、全部は外さないけど……むしろこういうのは、どうかな」
七海自身は遊んではいないが、いつも秀樹の隣で見ている。
頭のなかに、実装済みのあらゆる軍艦データが揃っているのだ。だから、言うなれば彼は秀樹
だが、ふと脳裏を双子の声が横切る。
『ふふ、お二人はいつも仲がいいんですのね。ね? 姉様』
『……わ、わたしも、やろうかな……教えて、くれる? 秀樹も……つっ、ついでに、七海も』
七海は
秀樹はトゥアンナが好きだった。
けど、四人でいる時は友人としての自分を優先してくれてたのだ。
「ん、どした? 七海」
「……ううん、別に。で、空母を
「信濃たんキター! なるほど、コスト的にも
「燃費に関しては、
「おお……おお! っしゃあ、出撃すんぜ! ありがとな、七海」
無邪気な笑顔で、ワシワシと秀樹が頭を
騒がしい教室の空気が一変したのは、そんな時だった。
扉が開かれる音へと、皆の視線が沈黙と一緒に突き刺さる。そこには、一人の少女が立っていた。どこかくすんだ、
周囲が無責任に騒がしくなった。
「なんで、リーチェアさんの方が残ったんだろ……」
「シッ! 聴こえるって。故郷の人達だって、私達と一緒だからじゃない?」
「リーチェアさんよりは、トゥアンナさんがいいもの」
「リーチェアさんって、地味だよね。運動全然駄目だし、なんか暗いし」
彼女の名は、リーチェア・レキシントン。
あのトゥアンナの双子の姉である。その姿は、ほぼ毎日一緒の七海が見ても両者にシルエットの違いは少ない。同じ身長、同じ容姿……だが、イメージは全く異なる。
七海はすぐに、入ってきたリーチェアに声をかけて歩み寄る。
当然のように、秀樹もそれに続いてくれた。
「やあ、リーチェア。今年は一緒のクラスだね」
「よう! お前さんだけ、別のクラスだったもんなあ。ま、改めてよろしく頼むぜ!」
リーチェアは少しおどおどしてたが、七海を見ると安心したように胸を
「あ、ありがと……よかった。知ってる人、いて」
二人はいわば、光と影……太陽と月だ。
トゥアンナは姉を慕って、いつもリーチェアを照らしていた。
だが、二人は
リーチェアは目立たぬ存在だが、トゥアンナをいつも少し離れて見守っていた。それを七海は知っていたし、三人には幼い頃からの
「周りな、気にすんなよ? リーチェア」
「う、うん。ありがと、秀樹。七海も、ありがと……」
見る者が見れば、華やかなトゥアンナの
確かに、勉強以外は何をやらせてもトゥアンナが達者だった。
だが、そんな妹の
そして、ふと七海は思い出す。
トゥアンナとの別れの瞬間の、あの言葉を。
「ねえ、リーチェア。君の母国って、その……少し、
「えっ? ん……逆、かな。揺るがないよ、
「そうなんだ。実はトゥアンナが、これから戦争だって」
その時の、リーチェアの表情を七海は見逃さなかった。
「ごめん、わかんない……ごめん。でも、どうして?」
「ん、まあ……助けたいからね。トゥアンナも、リーチェア、君も」
秀樹がニヤリと
「僕達三人の約束は、今も生きてるよ。だから、何かあったら
「くーっ! 俺も美少女双子姉妹の幼馴染がほしいだけの人生だった! ……ま、俺も気軽に頼ってくれよな。なーんもできねえけど、うはは、はは!」
リーチェアは、何度も大きく頷いた。
そうこうしていると、校内放送が始業式の開始を呼びかけてくる。周囲が
その時、もう一つだけ七海はリーチェアに
「あとさ、リーチェア。あの、トゥアンナに『わたくしの
何故かリーチェアは、顔を真っ赤にした。
ボンッ! と
本当に地味で、トゥアンナとは大違いだ。
だが、人は皆が違うもの……そして、七海にとっては二人は両方共大事な幼馴染、等しく同じ存在だ。そのことを知ってくれてる秀樹に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます