週末提督の閃撃艦隊《エクスフリート》

ながやん

第1話「プロローグ」

 春、爛漫らんまん

 短い春休みの終わりを前に、街は鮮やかに色付き始める。

 そんな中、三笠七海ミカサナナミは夕暮れの教室に呼び付けられた。明日からはもう、おとずれない場所。そしてもうすぐ、新入生がかよってくる一年生の教室だ。

 高校二年生への進級を控える七海は、知っていた。

 春は出会いと別れの季節。

 そして、今の自分が直面するのは後者だ。


「ごめんなさい、七海さん。どうしても、お話したくて」


 窓辺まどべで振り返った少女が、微笑ほほえむ。

 夕日を浴びて茜色カーマインに染まる教室で、その少女だけが黄昏たそがれあらがって見えた。白妙しろたえのようでいて、何者にも染まらぬ長い銀髪ぎんぱつ。そして、白い肌と赤い瞳。

 あまりにも現実離れした容姿は、美少女という形容すらも物足りない美しさだった。


「いや、大丈夫だよ。でも、どうして?」

「どうして、とは」

「家じゃ、駄目なのかなと思って」


 その少女の名は、トゥアンナ・レキシントン。

 詳しくは知らないが、外国から来た御近所ごきんじょさんである。彼女の双子の姉と七海と、三人は幼馴染おさななじみだ。もう十年以上一緒で、気心の知れた親友である。

 そして、その時間が終わろうとしていた。


「もう、学校に来るのも最後だから……わたくしのわがままですわ」

「……うわさ、本当なんだね。国に帰る、って」

「ええ。だから……七海さんにはちゃんとお別れを言いたくて」


 トゥアンナは笑っている。

 それは、長らく日常を共にした笑顔ではなかった。

 悲しみや喜び、そうした気持ちのずっと向こう側……年頃の乙女が浮かべるには、とても残酷にさえ思える微笑びしょうだった。

 突然、トゥアンナが遠くなってしまった、そんな気がした。

 そして実際、もう遠くへ行ってしまう。

 だが、七海にそれを引き止める権利はない。


「七海さん、今までわたくしと仲良くして下さって、ありがとうございます」

「いや、そんな……さびしくなるね」

「ええ、とても」

「手紙、書くよ。電話もする」

「……ごめんなさい。とても、嬉しいですわ。けど……わたくしの国は遠過ぎるから」


 硝子細工ガラスざいくのような笑みのままで、トゥアンナは目をせる。

 はかなげで、春のそよかぜでも吹き飛んでしまいそうだ。

 七海はトゥアンナの生まれた国を知らない。

 彼女達双子の姉妹は、一度も故郷のことを語ったことがなかった。


「姉様のこと、よろしくお願いしますわ」

「ああ。彼女は残るんだよね」

「はい。姉様は……姉様だけは、巻き込みたくないから」


 遠くで、野球部のランニングが聴こえる。息を合わせて掛け声をつらねる、その駆け足がすぐ近くを通り過ぎた。

 徐々に夕闇ゆうやみが迫る中で、再度トゥアンナは前を向く。

 真っ直ぐ、七海を見詰めてくる。

 とても強い輝きをともした、真紅スカーレットの瞳が揺れていた。


「七海さん、お別れです……できれば、わたくしのふねに乗ってほしかった」

「……艦?」

「いいえ、それはかなわぬ夢。そして、どうか姉様をよろしくお願いします。姉様には……七海さんと平和な毎日をこの地球で送ってほしいですの」


 それは妙な会話だった。

 七海は、節々ふしぶしにじむ違和感を感じても、言葉をはさめない。

 でも、トゥアンナの望むことは痛い程に伝わってきた。

 だから、気持ちをいつわり笑顔で頷く。


「任せて、トゥアンナ。忘れたのかい? 僕達はいつも三人だった。いつでも、そしていつまでもね。約束、覚えてる?」

「ええ……いつでも三人は、お互いに助け合う。いかなる時も、支え合う」

「それは僕のちかいでもあるのさ。だから……何も心配はいらないよ、トゥアンナ」


 斜陽しゃようの光が、七海の心をセンチメンタルに沈めてゆく。

 言葉にできぬ胸騒ぎが、思考を挟まぬ声になった。


「トゥアンナ、一つ聞いていいかな? ……急な帰国、だよね」

「ええ」

「手紙も電話も届かない場所、か。何だろう……少し不安かな。だって、今のトゥアンナもそういう顔をしているから」

「わたくしが、ですか?」

「うん。多分、僕と一緒さ。怖い、のかな? 何かが。だから、あの約束を果たすよ。君を、守る。だから、言って……君の心配の原因を教えてよ」


 その時、その瞬間だった。

 わずかな刹那せつな、トゥアンナが涙をこらえるように顔をゆがめた。

 それは、いつもの見慣れたトゥアンナの表情とつながって見える。慣れ親しんだ幼馴染、気安い仲の女の子だ。おしとやかで文武両道、何をやっても華麗にこなす学園のマドンナ……少し悪戯いたずら好きで好奇心が旺盛おうせいな素顔だった。

 だが、すぐに彼女は仮面をかぶり直す。


「……いけませんわ、七海さん。ふふ、だって」


 そして七海は、我が耳を疑った。

 同時に、その言葉に嘘偽うそいつわりがないことをさとる。

 直感がトゥアンナという人間の全てから、疑いようのない真実の確証を引き出していた。


「だって……


 ――戦争。

 確かに彼女はそう言った。

 そして、それが彼女の学校での最後の言葉になった。

 二年生へと進級することなく、トゥアンナは故郷へと去った。

 最後まで七海を安心させようとする笑顔が、どこか切なくて胸に残る。その理由としては、戦争という言葉はあまりにも物騒で、奇妙な説得力を抱かせた。

 美貌びぼうの幼馴染と、戦争。

 全く紐付ひもづかない二つが、同じ運命の上にある現実……それを七海は想いながら、新学期を迎えることになるのだった。

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