第4話「その海の名は」
ふと目を覚まして、
瞼を開けて、焦点のピントが次第に合ってゆく。ぼやけた視界が鮮明になると、自分を見下ろし覗き込んでいるリーチェア・レキシントンの顔が見えた。
近い距離に自然と、自分が
「あれ、リーチェア……ここは? ごめん、気を失ったみたい」
「ん、ここはわたしの
「遺宝……戦艦……?」
確かにあの時、七海は見た。
住み慣れた我が家が
そして、その地下から現れたのは……まるで天を
身を起こして、そのことを思い出す。
床に敷いたベストの上に、七海はスエットのままで寝かされていたみたいだ。膝枕してくれていたリーチェアも、今はまだ制服姿である。
だが、彼女の
「リーチェア、おでこに何か……」
「ああ、これ? あとで七海の分も用意させる。あると便利だから」
リーチェアが言い終わるか言い終わらないかの時だった。
突然、プシュッ! と空気が
そして、薄暗い室内に複数の人間が入ってきた。同時に照明が
七海が床だと思っていた、そこは各セクションの座席を仕切る通路だ。
すぐ近くに、恐らくリーチェアが座るであろう艦長の
同様のものが他に六つ程。
その中でも、艦長席の背後に一段高くなった場所がある。
周囲をキョロキョロと見渡していると、やってきた人達がリーチェアと七海の前に整列した。全員がうら若き少女なのにも驚いたが、それよりも――
「みんな、同じ顔だ……姉妹? でも、五つ子というのは」
「リーチェア
無表情で、どこか機械的な少女達の声。
それは、見た目の印象そのままの無機質で平坦な響きだった。
七海は立ち上がると、リーチェアに手を差し伸べる。そうして二人で並ぶと、同じ顔の少女達は少し背が高かった。
全身のスタイルが浮き彫りになった、不思議な素材のスーツをピッチリ着込んでいる。白い肌に黒い瞳、切り揃えた真っ白なショートボブ……そしてやはり、額に宝石。リーチェアのものと違って緑色だ。
すぐにリーチェアは七海に説明してくれる。
「彼女達は、エルベリオンのクルーよ。今まで封印されていたエルベリオンの中で眠っていたの。この艦には百人ちょっと……彼女達は全員ヴァルキロイドよ」
「ヴァルキロイド?」
「生体アンドロイド、って言うのかな? わたしの国、
「なるほど……それより、ね、リーチェア。言葉……通じるけど。日本語だよ? これ」
そこでようやく、リーチェアは額の赤い宝石に触れた。
親指の爪くらいの
「この
「……凄いんだね」
声は空気の振動が伝わって届く。
その震え方を、皇国語から日本語へと作り変えているらしい。
それだけでも、リーチェアの母国の文明レベルが知れる。そして何より、彼女自身の出自に改めて七海は驚いた。
「皇女……お姫様、なんだね。地球じゃない星の」
「うん……驚いた?」
「まあね。でも、リーチェアが小さかったあの時、突然ガキ大将に殴りかかった時ほどじゃないさ」
「――ッ! だ、だって、七海が……止めに入ったトゥアンナも。だから」
「グーで殴ったよね? ドンピシャなパンチだったよ、あれ」
「は、恥ずかしいから! も、もうっ!」
そうこうしていると、ヴァルキロイドの一人が
とても歯切れがよくて、あまりにも透き通った声だ。
「では、そちらの地球人にも量子波動結晶を御用意します」
「ありがと。えっと、色は」
「男性として乗艦されてることからも、
「そ、そそそっ、そうね! ええ、そうだわ! お、おねがいします」
「了解しました」
一人のヴァルキロイドが出ていった。
他の者達は、空いてる席へと座って仕事を始める。
あまりにも統制の取れた、全く無駄を感じない行動だった。
それよりも、あの額につける量子波動結晶には、色に何かしらの意味があるのだろうか? 七海がそのこともリーチェアに聞こうと、隣を見下ろす。
彼女は
周囲でも、ヴァルキロイド達が同様のコンソールで作業中だ。中には、宙に無数のウィンドウを踊らせながら、複数のキーボードを叩いている
そして、リーチェアは七海に、自分の後ろの席に座るよう言って小さく叫んだ。
「艦の現状データを頂戴。皇女権限で全機能を回復させるわ。あと、艦の立体映像を前面スクリーンへ」
「了解、艦長」
やはり、リーチェアは艦長らしい。
つまり、彼女が『わたしの艦』と呼ぶエルベリオンの最高責任者だ。
そして、すぐに周囲360度の内壁を兼ねたモニターの一部に一隻の宇宙戦艦が浮かび上がる。それは七海が思うに、とても趣味的でおかしな、ある意味ではオーソドックスな姿だった。
CG補正されたその映像は、リーチェアの指示でそのまま画面を飛び出し宙へと立体的に浮かぶ。
「第一級非限定遺宝戦艦エルベリオン……わたし達皇族に代々伝わる、由緒正しい艦よ。
「……見るからに、宇宙戦艦……だよね」
巨大な艦体の中央部に、高くなった艦橋構造。その前後に
それは、創作物……いわゆるゲームやアニメでお馴染みの姿に近い。
そのことが逆に、七海には不思議だったのだ。
「宇宙船、なんだよね?」
「ええ」
「僕が知る限りでは……重力下と違って上下の概念がないから、こういう形は無意味な気がするんだけどな。趣味であるという点を考慮しなければ、ね」
「ふふ、そうかもね。でも、七海。一つ教えてあげる」
まだ立ったままの七海を見上げて、リーチェアは
「わたし達の宇宙には上下があるの」
「そうなの?」
「ええ。海があるもの」
「……宇宙の、海?」
「そう。文学表現としての
改めて七海は、エルベリオンの姿を見る。
通常、無重力の空間戦闘を考えれば、艦体は限りなく球形構造に近付いてゆく。宇宙では上も下もなく、相手がいる方向が前となるからだ。無論、内部スペースも同様に、床は天井であり壁となる
だが、エルベリオンの艦橋内は地球の
「七海、ちょっと難しいかもしれないけど……覚えてて。わたしは、わたしとトゥアンナは自身の命を守るために、地球へ飛ばされ身分を
「虚天洋……?」
「宇宙には上も下もない……それは、地球を含む無数の銀河だけ。大銀河、そしてそれすらも内包した膨大な宇宙には底があって、エーテルの海が広がっている。それが、虚天洋よ」
「宇宙の底、かあ」
「地球からでは観測不能な宇宙の下側、そこがわたし達のふるさと」
――虚天洋。
それが、七海の知らない宇宙。地球からは存在を知ることさえできない海らしい。
少しの説明で、七海は納得して理解した。
エルベリオンの姿は宇宙戦艦として趣味的なのではない。
虚天洋という特別な海で運用される艦船なのだ。
「つまり、じゃあ……その虚天洋では、エーテルの海に艦隊を並べて戦うんだ」
「そうよ。そして、エルベリオンを含む遺宝戦艦だけが……虚天洋から離水して通常の宇宙空間を航行可能なの。この艦を含む
「どうしてだい?」
「今のわたし達の文明でも、エーテルの上を飛ぶことはできない。虚天洋を満たしたエーテルは、わたし達の宇宙は……島々のように星が浮かぶ巨大な平面世界のようなものなの」
ヴァルキロイドの一人が振り返り、「あと900秒で虚天洋へ着宙予定」と告げてくる。リーチェアは自分で艦のコントロールを引き受ける
彼女の額で、量子波動結晶が
それはまるで、彼女の胸に燃える炎が具現化したかのように七海には見えた。
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