第5話「トゥアンナの決意」
星の海を
厳密には今、
そして、底にはエーテルの海……
エルベリオンの
「艦長、
「周囲索敵、周囲に
「現在座標、神星アユラ皇国領、アードーラ星系」
七海は今、艦長席を包むコンソールの外側に腰掛けている。その中央に収まる艦長のリーチェア・レキシントンはまるでパイロットだ。
実質、彼女が今はエルベリオンを動かしている。
皇族が持つ遺宝戦艦は、その血を引いた者にしか扱えないのだ。
「七海、席に座って。後ろ……わたしの、後ろ」
「ん、ちょっと落ち着かないな、あの席。何で少し高いところにあるのかな」
「あそこは……
「なるほど」
だが、リーチェアの
彼女の側にいてやりたかった。
足元にリーチェアを見下ろすのではなく、同じ目線で
そして、軽い衝撃が艦内に伝わった。
「艦長、着宙完了」
「艦に異常なし」
「引き続き航路を索敵中……次の目標を命令してください」
艦長席に座ったまま、リーチェアが長い長い息を吐き出した。
彼女なりに緊張していたようである。その
そのおでこには、赤い宝石が輝いていた。
彼女達皇国の民が身につける、
「お疲れ、リーチェア。大変なんだね、宇宙戦艦の艦長って」
「特に、遺宝戦艦はね。基本的にわたしとトゥアンナにしか
「そう言ってたね。じゃあ……これを大量配備は無理ってことか」
「製造不可能、発掘されるのを待つしかできないわ」
七海なりに色々考えてみたが、第一級非限定の名は
今、エーテルの
だが、それはあくまでエルベリオンを
そして、ゲームや漫画と違って……一隻の高性能な戦艦だけで勝てる戦争など存在しない。エルベリオンがこの宇宙で最強の戦艦であろうと、艦隊戦の中では旗艦という一つの戦術単位でしかないのだ。
「で、リーチェア。これからの方針だけど」
「ん、それなんだけど……七海、お願いしたいことがあるの。わたしのために……ううん、わたしよりトゥアンナのために――」
リーチェアが何かを言いかけた、その時だった。
無数の光学ウィンドウを並べて浮かべた通信士が、見もせずにコンソールを操作しながら振り返った。
「艦長。本国の母星より発信。エーテル通信による
すぐに全員が、前面中央のモニターを見やる。
巨大な
惑星アユラだと、リーチェアが教えてくれる。
距離にして数千光年、広がる大洋の
すぐにリーチェアは立ち上がると、自分の席から身を乗り出す。
「モニターに出して! ……トゥアンナ、何を始める気なの?」
リーチェアには、放送の主がトゥアンナだとわかっているらしい。そして、七海にもはっきりとわかることがある。
トゥアンナが平和な学園生活を捨ててまで始めること。
それは、戦争。
彼女は確かに、あの日はっきりと告げた。
リーチェアに七海との平穏な日々を
そして、スクリーンの画像が切り替わる。
『この虚天洋に浮かぶ星々の皆様。突然の無礼をお許し下さい。今、あらゆるチャンネルを用いて、この海に暮らす人類の
画面の中に、
薄く透けた、不思議な素材のドレスだ。大胆な露出だが、不思議と神々しさを感じる。色は深海のような深い
額にはリーチェアと同じ、真っ赤な量子波動結晶が輝いていた。
この映像を見る誰もが、美しき皇女に息を飲んだだろう。
そして、顔の作りだけは同じリーチェアがジト目でそれを見詰める。
艦橋内では、まるで鍛え抜かれた兵士のようにヴァルキロイドが全員立って、身を正していた。
『今日は、皆様に残念なお知らせをしなければなりません。
――第七民主共生機構。
それがトゥアンナの敵、そして七海がリーチェアと共に戦う相手の名だ。
だが、それは悪の帝国とか大災害、侵略者や未知の脅威といった雰囲気が感じられない。それは七海が、一応は民主主義の
すぐに七海は、傍らのリーチェアに説明を求めた。
「第七民主共生機構、って? どんな国なのかな」
「
「神星アユラ皇国は?」
「
「……ふむ。他に何かあるでしょ? 正義の民主主義と悪の絶対君主制なんて、単純な話じゃなさそうだ」
第七民主共生機構は、今から数百年前に小さな民主主義国家から始まった。そして、国民が選挙によって政治に参加することで、豊かで安定した
だが、徐々に歴史の歯車が
いつしか民主主義という国家運営のためのシステムが、それこそが至高というカルト的な
「第七民主共生機構は今、民主主義という政治体系を高度にシステム化して運用してるの。そして……それを虚天洋の全ての国家に押し付けようとしている」
「何のメリットがあるんだい? それは」
「民主主義による虚天洋の統一、そして経済や産業、軍事を一つの価値観で
「そりゃ凄いね。凄い絵物語だ」
「ええ、そうね」
ようするに、極端なグローバリズムを押し付けてくるらしい。
そしてそれは、部外者の七海が見ても迷惑なことだ。
民主主義というものは方法論であって、その国家の民が幸せに暮らし、生命と財産、そして人権を保証されればなんでもいいのだ。
国民の幸せが目的であって、方法論に
一方で、民主主義が『国民が不幸になり難いシステム』であることも事実である。
トゥアンナの演説は続く。
『現在、虚天洋に存在する国家のうち、実に八割が第七民主共生機構へと組み込まれました。それは、独自の文化を弾圧し、今までの暮らしを否定する
七海の隣でリーチェアも大きく頷く。
『同じ通貨、同じ市場価値、そして同じ権利と義務。そうして世界を
それは、いつも七海が見てきたトゥアンナの表情だった。
常に真っ直ぐ相手を
そんな彼女が選択した行動には、悲壮な決意さえ感じられる。
そして、七海はその戦いを支えるためにやってきた。
妹を助けると誓ったリーチェアと一緒に、リーチェアごとトゥアンナを守るのだ。
『わたくし達、神星アユラ皇国はここに……第七民主共生機構に対して宣戦を布告します。これより先、第七民主共生機構による
演説は終わった。
同時に通信も途切れ、スクリーンの映像が消える。
代わって広がる光景に、七海は息を飲んだ。
そこには、見たこともない大海原が広がっていた。
エーテルに満ちた宇宙の海、虚天洋。
「凄い……宇宙に色がある。エーテルって、緑色なんだね。なんて深い緑……まるでエメラルドの海だ」
「そう、これが虚天洋、わたし達の宇宙よ。そして……トゥアンナが戦争を選んででも守りたい場所。第七民主共生機構は、民主主義こそが正義という論理のもと、あらゆる国家を強引に吸収合併しているわ。その中で、多くの文化や信仰が失われている」
「全員一緒の世界を作って、それが効率のいい幸せだってことだね。随分と壮大なディストピア計画だ。……わかったよ、止めよう。
七海の言葉に、リーチェアは大きく頷く。
二人で見詰める虚天洋は、恒星からの熱風を受けて静かに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます