第6話「封印されし力」

 艦隊の総旗艦そうきかんであることが前提のため、宇宙戦艦エルベリオンの中には艦長室が二つある。正確には、その片方は艦隊司令が使う部屋だ。

 ヴァルキロイドの皆が整えてくれたので、三笠七海ミカサナナミはその部屋でくつろいでいた。

 その正面には、まだ制服姿のリーチェア・レキシントンがいる。


「ねえ、七海……えっと、いいのかな? こんなにくつろいでいて」

「まあ、あせっても駄目だよ。こういう時は計画性も大事さ。現状把握、そして判断。これの繰り返しだね」

「そう、だけど……」


 今、七海の部屋にはこたつがあった。

 向かい合って座る七海の前で、少しリーチェアは落ち着かない。

 当然だ。

 こうしている今、この瞬間も彼女の妹は戦っている。神星しんせいアユラ皇国こうこくの指導者として立ち上がり、民主主義の名の下に強引な同化政策どうかせいさくを進める勢力と戦っているのだ。

 それは七海も承知の上だ。

 だが、焦ってもエルベリオンの船足は変わらない。

 そして、超弩級ちょうどきゅうのオーパーツ戦艦が一隻増えた程度では、この宇宙は何も変えられないのだ。


「でも、助かったよね。僕の私物は、大半がエルベリオンにひろわれてたみたいだ」

「それは……ごめんなさい。七海の家の、地下に……じいやがエルベリオンを隠したから」

「じいや? ああ、大家さんってまさか」

「うん。わたしとトゥアンナのじいや、城爺しろじいだったの」


 それで合点がいった。

 大家の老人は、常々つねづねリーチェアとトゥアンナを気にかけていた。七海にも親切だったが、当然だ。七海の暮らす足元に、このエルベリオンが埋まっていたからだ。

 そのことを思い出していると、ノックの音が響く。


「どうぞ」


 入室をうながすと、一人のヴァルキロイドが入ってきた。

 彼女は身を正すと、握った拳に人差し指と中指だけを立てて、それを敬礼のように額にかざした。ようにというか、皇国式の正式な敬礼らしい。


「失礼します、トゥアンナ艦長。そして、七海提督ていとく

「提督? 僕がかい?」

「戦時下ですので、皇女殿下が自分のふねにお招きする人間は限られます。白金プラチナ量子波動結晶アユラクオーツをと艦長に言われていますが、名目上提督とお呼びすることにしました」

「成る程。ま、そのへんはおいおい……それにしても、本当にみんな同じ顔をしてるね。ふむ……意外と、これはこれで不便だな」


 生真面目きまじめな無表情で、ヴァルキロイドの少女は直立不動だ。

 神星アユラ皇国では、軍艦を女性のみで運用するしきたりがある。それは、単純に男女比の問題もあるらしい。古来より、。そのため、自然と社会的に女性の進出が活発なのだ。

 もっとも、ヴァルキロイドが使われるずっと前、大昔には……男性型のもっと機械的なアンドロイドをクルーにしていた。だが、必然的に一部の高級士官は生身の女性であり、あやまちをおかして軍務に支障をきたすことが多かったらしい。

 だが、やはり七海は不便だと思う。

 ヴァルキロイド達は皆、顔も声も全く同じなのだ。


「因みに、君。ええと、ヴァルキロイドには個体を識別する名前みたいなものはないのかい?」

「私達に個体名はありません。認識番号でしたら、第七ロット後期型A9-0000317というものが割り当てられています」

「わかった、ありがとう。リーチェア、僕にもお手伝いさんが必要だと思うんだけど、どうかな?」


 こたつに頬杖ほおづえを突いていたリーチェアが「ええ」とジト目でうなずく。

 何だろう、ヴァルキロイドのあれこれを気にかけていると、彼女はいつもの三白眼さんぱくがんから鋭い視線を突き刺してくる。

 その意味はよくはわからなかったが、七海は改めて敷物の上をポンポンと叩いた。


「今日から君をミィナと呼ぶことにするよ。いいかい? ミィナ」

「ハッ! ご命令とあらば。……ミィナ、というのは」

「317だから、ミィナ。名前だよ。それに……よく見ると君、ほかのとはちょっと違うね。ほら、前髪が」


 ミィナと名付けたヴァルキロイドは、前髪の一房ひとふさが跳ね上がっている。

 いわゆるアホ毛とか言われるやつだ。

 慌ててミィナは手でそれを直そうとしたが、なでつける都度ピョコンとその髪だけが重力にあらがっていた。

 そして、リーチェアはますます不機嫌そうに平坦な顔になってゆく。


「ミィナ、僕の副官をやってくれるかい?」

「は、はい。それは構いませんが」

「さ、座って。海図チャートを出してくれると助かるよ。ええと、僕の、そのオデコの」

「七海提督の量子波動結晶は準備中です。では、失礼します」


 ミィナはおずおずとこたつに入ってくる。

 彼女のひたいの量子波動結晶が輝くと、こたつの上に海図が広がった。

 虚天洋エーテリアと呼ばれる、宇宙の底……浮かぶ星々は皆、一つ一つが小島のようだ。そして、エーテルで満たされた虚天洋の海の、その中では生物は生きてはいけない。

 そのことを改めて、ミィナは説明してくれる。


「御存知のように、虚天洋の下、エーテル中ではあらゆる行動が困難です。全ての星はその上に浮いている形になりますが、海面から露出した部分のみが、人間の生存域となります」

「うん。それで、だけど」

「現在、リーチェア艦長の命令で本艦はミレニア星系の巨大白色矮星きょだいはくしょくわいせいαアルファ417へと向かっています。到着は明日の正午になるかと」


 そこでリーチェアが、表情を引き締める。

 彼女はこたつの上に広がった海図の映像へと、そっと手で触れた。

 白く細い指が走って、映像が拡大されて宙へと浮かび上がる。


「α417、この星には……かつて宇宙を震撼しんかんさせた、神星アユラ皇国のが凍結されてるわ」

「封印艦隊?」

「ええ。エルベリオンとわたしの皇族の血があれば、封印艦隊の凍結を解除できる。今、わたし達が得られる最大にして唯一の戦力よ」


 遥かな太古の昔、かつて虚天洋の先史文明せんしぶんめいは戦っていたのだ。おそらく、虚天洋を守るための戦い……その過程で、遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンのようなオーパーツが建造された。エルベリオンがエーテルの海を離水して飛べるのは、そのためだ。

 リーチェアの話では、宇宙の底たる虚天洋の先史文明は……宇宙の天井と仮定される勢力と戦っていたのだという。今はもう、神話や伝承の中で消えてゆく物語だ。だが、それが事実であり歴史だと、彼女の艦が教えてくれる。

 そして、皇国に残されたのは数隻の遺宝戦艦だけではない。


「先史文明の大いなる遺産……封印艦隊。それは、消え去った先駆者達の末裔まつえいである、わたし達皇族に残されたの。ただ……呼び起こすのには、少し覚悟がいるわね」

「戦力としては、どれくらいの規模になるのかな?」

「その数、5,000隻以上……ただ、数だけを言うなら一個艦隊にも満たないわ。この世界では10,000隻以上の艦艇で艦隊を組むことが普通だから。ただ」

「ただ……?」

「封印艦隊は、普通の戦力ではないわ。一説には、そのありようが今の神星アユラ皇国において、軍事を女性がつかさどる要因になったとも言われているの」


 何にせよ、戦力があるのはありがたい。

 そして、すぐにリーチェアは海図を指でなぞる。

 予定進路がα417から更に伸びて……神星アユラ帝国の母星へとつなががった。そこでは既に、決起したトゥアンナの艦隊が集結中だという。

 封印艦隊を従え、本隊への合流。

 悪くない選択肢だと七海は思う。

 同時に、ベストでもないと直感がうったえていた。

 最適解が脳裏に浮かんで、瞬時に無数の要素と結びついていく。無言で卓上の海図を動かせば、リーチェアもミィナも呆然ぼうぜんとそれを見守った。


「リーチェア、封印艦隊の凍結解除後、これを戦力として迎え入れたら……ここに向って欲しい。恐らく、僕の戦略がドンピシャなら……トゥアンナにとっても、決して悪い話じゃない」

「えっ! ちょ、ちょっと七海。……あなた、正気よね?」

「勿論さ。トゥアンナの本隊は、すぐにも第七民主共生機構セブンスとの戦いを始める。けど、最初からいきなりドンパチにはならない筈さ。互いに艦隊を並べてのにらい……少なくとも、トゥアンナ側からは撃たないと僕は思うよ」

「それは……そう、だけど」


 ミィナが艦橋ブリッジを通じて、仲間のヴァルキロイドに確認してくれた。

 母星に集結中の艦隊は、トゥアンナの遺宝戦艦アーティリオンを総旗艦として出撃予定だ。同時に、第七民主共生機構も主力艦隊の大半を集めてくるだろう。

 数の上では、圧倒的に七海達が不利だ。

 国力差で五倍以上の開きがある。

 だが、それは現時点でのことだと七海は思っていた。


「この戦いには一応、大義名分がある。民主主義を武力で強要してくる第七民主共生機構から、自主独立を希望する星々を守る。まずはそれを、実際にやってみようと思うよ」

「ど、どうやって……ま、まさか、七海っ!」

「うん」


 七海の指が海図に、新たな航路を輝かせる。

 それは、


「さて、ミィナ。バラバラになった僕の家からは、他にも何か拾えてるかな?」

「現在、資材貯蔵庫しざいちょぞうこの一部に保管済みです」

「よかった、制服やかばんは今後も必要になるしね。早速見に行こう。リーチェアも一緒に」


 目を点にして、リーチェアはまばたきを繰り返している。

 だが、七海には焦りも迷いもない。

 そして、ミィナにはそれを疑うという機能がなかった。


「では、資材貯蔵庫へ」


 立ち上がったミィナを追って、七海もこたつを出る。遅れてリーチェアも、わたわたとあとをついてきた。

 恐るべき大提督として虚天洋に名をせる、七海の戦いの静かなる抜錨ばつびょうだった。

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