第16話「戦場を離れての勝利」

 それは、とても穏やかな昼休みだった。

 ただ、三笠七海ミカサナナミの周囲はちょっと騒がしい。

 クラスの仲間達は、普段とは全く違うリーチェア・レキシントンの魅力に目を白黒させていた。その正体が、去ったと思われているトゥアンナ・レキシントンとも知らずに。

 トゥアンナは久しぶりの学校で、平和な日常を満喫していた。


「アッー! 汚いな、さすがミィナちゃんきたない!」

「おほめめにあずかり、光栄です」

「褒めてないって! ああ、エグい……ひどい。こんなに、コテンパンに……」

「私の勝利です。……少し、楽しいですね」


 七海の前の席では、最上秀樹モガミヒデキがミィナと一生懸命ゲームを遊んでいる。

 七海のスマートフォンで。

 何故なぜならば、七海が手にしてるものこそ秀樹のスマートフォンだからだ。現在、参謀本部さんぼうほんぶである七海は、秀樹提督ていとくの自慢の艦隊を再編成中である。

 ゲームの一部を丸投げし、それが終わるまでゲームをして遊ぶ。

 秀樹の遊び人としての憎めない横着っぷりは、いつも感心する。

 だが、対戦ゲームではミィナの方が上手のようだ。彼女は無表情で淡々と液晶画面に指を滑らせている。その表情は、戦場で見せるものよりわずかに柔らかく感じた。


「も、もう一回! もう一回だけ対戦だ! ……フッ、本気を出すしかないようだな。うずくぜ……俺のこの手が、疼くぜっ!」

「何かの疾患しっかん中毒症状ちゅうどくしょうじょうの恐れがあります。危険な病気かもしれません」

「違うんだ、ミィナちゃん! 男ってやつは、いつでも心は中学二年生なのさ!」

「理解不能。ですが……やはり、面白い、です」


 なんだか会話はチグハグだが、二人は楽しそうだ。

 そして、それを頬杖おほづえ突いて見守るトゥアンナも優しい笑みをたたえている。それは、常日頃から長年七海が見てきた、安らいだ彼女の魅力的は微笑びしょうだった。

 七海の視線に気付いたトゥアンナは、振り返って手元をのぞんでくる。


「七海さんは、何をしてるのですか?」

「ん、艦隊の再編成……かな」

「やはり、おいそがしいんですのね。どうでしょう、封印艦隊ふういんかんたいの皆様には、大きな被害はでていないでしょうか」

「あ、いや……ゴメン。今はゲームの話。これ、マズルレーンっていうゲームなんだけど、秀樹に頼まれて彼の艦隊を再建しなきゃいけないんだ」

「まあ……」


 トゥアンナと喋りながらも、七海は高速でタッチパネルをタップし、艦隊の状況を把握はあく、残存戦力を整理してゆく。

 秀樹の持つ艦の中でも、最大級の航空母艦を失ったのは痛い。

 加えて言えば、信濃しなのを擬人化した美少女は彼の好みだったらしい。

 だが、七海はそれと別に数値や性能、得意分野等の詳細が大事だ。

 そのままゲーム画面をにらみながらも、七海はトゥアンナを見もせず会話を続ける。目を見て話せば深刻に思われてしまうから、あえて軽く片手間であるかのように語りかけた。


「トゥアンナ、気にしてるかい? リーチェアのこと」

「……やはり、わかってしまうんですね」

「いつも一緒だったからね。実は僕も心配だよ。……あのリーチェアに、一国の皇女としておおやけの場で立ち振る舞う度胸があるかどうか。今頃てんてこ舞いしてるかもしれない」


 トゥアンナがクスリと笑った。

 そう、今のトゥアンナは地球の女子高生、リーチェアだ。

 そして、リーチェアはトゥアンナの名で神星しんせいアユラ皇国こうこくの皇女をやっている。この一週間、金曜日まで入れ替わったのだ。

 現在、皇国の神皇しんおうたる二人の父親は、病に伏せっている。

 実質的には、トゥアンナが最高権力者だ。

 そしてそれを、今はあのリーチェアがやっている。

 やはり、ちょっとだけ不安だ。


「姉様は、いつも物静かで、寡黙かもくで……でも、思慮深しりょぶかく意志の強い方です。わたくし、いつも尊敬してるんです。それに……ずっと、わたくしを見守ってくれていた。今までずっと」

「これからも、きっとね。だから、今回のことは彼女が言い出したんだ」

「姉様が? でも、わたくしは……」

「決意と覚悟を持ってなにかをてたら……それにもう、触れてはいけないのかな? 僕はそうは思わないよ」


 せっせとデータを移動させたりして、ゲームの中の美少女艦隊を構築してゆく。

 その手を休めずに、七海は言葉を続けた。


「君が多くの人達のために、自分を殺して捨てたものを……僕とリーチェアがひろったつもりさ。だから、トゥアンナ。君はここにいていいんだ。それに」

「それに?」

「リーチェアはああ見えて、心の中に溜め込むタイプの女の子なんだ。だから、君がずっと皇女をやってて、その犠牲の上に自分が高校生活を満喫まんきつするっていうのは……多分、ストレスになるんじゃないかな」

「あ……確かに、姉様にそういうとこ、あります! ……ふふ、七海さんってやっぱり、姉様のことはなんでもご存知なんですね」

「君と同じくらいにはね」


 秀樹提督の新艦隊については、どうにか目処めどがついた。

 その残りの作業をしながら、七海は少しだけ言葉に緊張感を含ませる。


「……惑星グラン・プールはどうなったかな?」

「昨日、わたくしの遺宝戦艦アーティリオンに戻った時、姉様からの定期連絡を確認しましたわ。流石さすが虚天洋エーテリアはるか上、この通常宇宙に来ていしまうと無時差通信ゼロラグつうしんができないのが不便ですの」

「やっぱり、態度を保留ほりゅうしてるって感じかな?」

「あら! 何でわかったんですの?」


 グラン・プールの首脳陣は、緊急の会合でとりあえずの指針を表明した。

 まず、早急に国としての国民の意志を取りまとめる。

 それまでの間、第七民主共生機構セブンスへの帰順もしないし、神星アユラ皇国の陣営にも参加しない。ただ、今後の方針……永続的なグラン・プールとしての進むべきを決めるまで、機構軍の艦隊から守って欲しい。

 そう言ってくるはずだと、七海は踏んでいた。

 国家の今後、存亡そんぼうがかかっているのだ。

 慎重になるのは当たり前である。

 それに、一部の人間が即答を返してくるよりは、国民にとってもそれが一番いいように思える。決断はリーダー達の仕事だが、その判断材料に関しては熟慮じゅくりょ精査せいさを望みたかった。


「七海さん、どこまで先を読まれてるんですか? わたくしもここまでは」

「トゥアンナ、君はポジティブでカリスマがあって、頭脳明晰で常に公明正大だね。でも、。グラン・プールを解放したら、すぐに皇国側についてくれると思ったかい?」

「す、少しは……友好的な関係が築けると思って」

「それはこれからにかかってる。そして……その間もずっと、機構軍の艦隊は来る筈だよ」


 再度トゥアンナは驚いた顔を見せてくれた。

 そう、これこそが七海がグラン・プールを選んだ理由の一つだ。


「今、皇国の聯合艦隊れんごうかんたいは機構軍の主力艦隊とにらっているね? しかし、まだ大規模な艦隊戦は行われていない。双方、まずは戦争の落とし所を探ってる……そんなとこだと思う」

「ええ。そして、わたくし達皇国の終戦条件は……機構側の同化政策どうかせいさくを断念させることですわ。どんな理想であれ、武力で押し付けていいものではありませんの」

「うん。それについては僕も同意だね」


 だが、機構側はどう思っているのか?

 戦争とは、それ自体が国家間で行われる巨大なである。そして、あらゆる資源が消費されるだけのおろかな行為だ。兵器や資材、そして人材……一度始まれば、戦争は猛烈な勢いで全てをむさぼり始める。

 戦争を始めた段階で、当事国の全てが消耗を強いられ、非生産的な行為に苦しめられるのだ。

 だから、戦争を始めた時に一番必要なのは『戦争の終わらせ方』なのだ。


「わたくしは、今後も機構側が強引に統合、併呑へいどんした星々の解放を目指します。その都度つど、停戦交渉と話し合いを進めつつ……わたくし達の意志を体現する必要を感じましたの」

「それで、だ……機構軍としては、恐らく皇国の全面降伏、あわよくば滅亡というシナリオを考えているかもしれない。いずれにせよ、一度でも皇国側が大敗を見せれば、すぐに最後通牒さいごつうちょうを突きつけてくるだろうね」


 さいわいにも、皇国の主力である聯合艦隊を率いるリベルタ・レムルールス元帥げんすいは、聡明な女性らしい。先日少し言葉を交わしたが、七海への警戒心をかぬ態度は逆に信用がおける。

 彼女は、彼女だけは、トゥアンナが旗印はたじるしとして起つことに賛同してくれた。

 今でも皇国内の重鎮じゅうちんには、勝ち目もなく必要性のない戦争を始めたとの声も少なくない。

 そして、それすらも七海にとっては想定内だった。


「で、僕はリーチェアに封印艦隊を預けてきた訳で……心配いらないよ、トゥアンナ」

「そう、ですか? ええ……そうでしたの。実際、姉様は凄いですわ」


 グラン・プールは昨夜、戦力を整えた機構軍の艦隊に再攻撃された。

 が、すでにそのことに対しては備えは万全だった。

 封印艦隊はリーチェアの指揮のもと、徐々に戦力を増やしながら防衛戦闘を継続、再度敵艦隊を撃破した。封印艦隊の少女達は、こうしている間も一時の伴侶はんりょを得て子を産み育んでいる。そして、攻撃が予想されていれば対処は難しくはなかった。


「先日とは攻守が逆転したね? 僕達がグラン・プールを守る側。そこで……先日機構軍の第十七艦隊がやって失敗した包囲殲滅ほういせんめつを……


 そう、逆襲してきた敵艦隊をふところまで引き込み、両翼から回り込んだ艦隊とで圧殺あっさつした。

 何故、数でおとる封印艦隊にそれができたか。

 それは、リーチェアの指揮能力が高かったこと。そして、相手に時間が限られていたため戦力補充が不十分だったこと……そして、七海が最初からそのつもりでリーチェアに指示していたことがこうそうしたのだ。

 史実でも、カンナエの戦いのハンニバルは兵力数では劣っていたのだ。


「で、二度ある事は三度ある……次は機構軍は慎重になる。ならざるを得ない。だから、この週末まではまたにらいさ。それに……皇国の聯合艦隊と向き合う背中で、封印艦隊がくさびとなって打ち込まれている。示威行動じいこうどう苛立いらだってる筈だよ」


 封印艦隊の排除に戦力をけば、その分本隊が手薄になる。

 膨大な国力を誇る機構でも、所有艦艇は無限ではないのだ。


「あとね、トゥアンナ。皇国のお偉いさんに困ったら、こう言って。あの週末提督しゅうまつていとくが言ってたので大丈夫です、って。僕、それだけの実績を作ったつもりだし……今後も勝ち続けるから」

「……七海さん、ありがとうございます。ふふ、姉様が選んだ方だけはありますわ。少しくやしいけど、とても嬉しい……もう、お話は伝わってますわね?」


 七海はリーチェアのふねに乗った。

 つまり、愛を育む仲と公式に見られているのだ。

 だが、トゥアンナは少し悪戯いたずらっぽく笑う。


「でも、まだ秘密がありますの……最高級の軍事機密ですわ」

是非ぜひ聞きたいね」

「まず……わたくしの方が、姉様より少し発育がいいみたいですの。制服がきつくて。午前中の身体測定でも、はっきりしましたわ」

「う、うん」

「そして――」


 この言葉には七海もびっくりした。初めてあせったかもしれない。長らく三人で一緒に育ってきたのに、リーチェアの想いは勿論、トゥアンナの想いにも気付けない時間が長過ぎた。


「そして、神星アユラ皇国では特定の条件を満たせば……

「……えっと、つまり」

「わたくしの艦に乗って、地球に帰ってきましたもの……七海さん。ですから、わたくしはいつか姉様と正々堂々勝負します」


 トゥアンナにだけの、平和のために戦争に勝つ理由が生まれた瞬間だった。遠く宇宙の底で今頃、エーテルの海を見やってリーチェアはくしゃみをしているに違いない。

 タジタジになりながらも、こうして七海の平穏な日常は過ぎてゆくのだった。

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