第17話「激動、暗雲、嵐が来る」

 再び三笠七海ミカサナナミは、エーテルの海が広がる虚天洋エーテリアに戻ってきた。

 宇宙の底への週末旅行も、二度目となれば慣れたものである。

 前回と違うのは、座乗艦ざじょうかんがトゥアンナ・レキシントンの第一級非限定遺宝戦艦だいいっきゅうひげんていいほうせんかんアーティリオンであるということ。深い海のあおたたえた、エルベリオンの同型艦だ。

 艦橋ブリッジ内部もやや同じで、ヴァルキロイド達が忙しく働いている。

 艦長席でコントロールするトゥアンナが、リーチェアと同じことを言ってきた。


「七海さん、お座りにならないんですか? どうぞ、わたくしの後ろに」

「いや、何か……一番高い場所の座席って、落ち着かないんだよね。ここにいさせてよ、トゥアンナ」

「まあ! また、無自覚にそんなことを言って……ふふ、あいかわらず、ズルい人」

「えっと、それは」

「いいんです、ここにいてください。もうすぐ虚天洋へと着宙ちゃくちゅうしますわ」


 トゥアンナは神星しんせいアユラ皇国こうこくの皇女であると同時に、このアーティリオンの艦長だ。そして、非常識な最強遺跡オーパーツであるアーティリオンは、必要に応じて彼女がフルコントロールする。

 リーチェアの操艦そうかんは、メリハリの効いた思い切りのいいものだった。

 だが、トゥアンナのアーティリオンはまるで豪華客船ごうかきゃくせんのように静かにぶ。

 やがて、静かな衝撃が小さな揺れとなって、七海に虚天洋への到着を告げてきた。

 すぐに、となりに立つミィナがひたい量子波動結晶アユラクォーツを装着する。


「七海提督ていとくも情報の更新を。リアルタイムで封印艦隊ふういんかんたいつなぎますので」

「ん、わかった。ええと……どこにしまったかな」


 七海は学生服のポケットをあちこち探す。

 ズボンのポケットから、ハンカチと一緒に白金色プラチナに縁取られた小さな水晶体クリスタルが現れた。それを目にして、トゥアンナが小さく溜息ためいきこぼす。


「七海さん、そんなところに入れて……もっと慎重しんちょうかつ丁寧ていねいに持ち歩いてくださいな」

「ああ、ごめんごめん。今度、入れ物を考えておくよ。なにか丁度ちょうどいいばこがあれば」

「……あとでこちらで用意しますわ。もう、本当に……ふふ。でも、その量子波動結晶の色……姉様との今後、ちゃんと考えてくださいね? 勿論もちろん、わたくしとのことも」


 七海が額につける量子波動結晶、その色は特別な人間だけに許された輝きだ。

 ……すなわち、皇族の子女をめとった人間だ。どうやら七海は、そういうことになっているらしい。

 脳裏に念じると、すぐに量子波動結晶から情報が雪崩込なだれこんでくる。

 同時に、艦橋前面のメインモニターに無時差通信ゼロラグつうしんでリーチェアの顔が映った。

 いつもの軍服姿も凛々りりしいが、皇女としてトゥアンナのドレスを着ている彼女もなかなかだ。背後のリベルタ・レムルールス元帥げんすいへと、画面を指差し確認している。


馬子まごにも衣装、っていうのかな?」

『ん? 七海、なにか言った?』

「いや、なにも。それより、相変わらず髪がねてるよ」

『……くせなの。トゥアンナみたいにストレートならいいのに』


 小さく笑って、リーチェアは鈍色の蓬髪ほうはつを手でいらう。

 すぐにリベルタが「皇女殿下」と行儀の悪さをたしなめた。

 その間も七海は、平日の五日間で起こった出来事、戦況や艦隊状況を頭の中に広げてゆく。こういう時、思考に直結する量子波動結晶はとても便利だ。


「ん、封印艦隊のふねが……増えてる、ね」

『ええ。その、なんていうか……イシュタルさんにも確認したけど……こっ、ここ、子作り、したって。ほ、ほら! ずっと封印されてたし、久しぶりだからって」

「そう。じゃあ……新しく生まれた艦と、その両親。どっちも母親だろうけど、リストアップしておいてくれるかな?』

「うん。でも、どうするの?」

産休さんきゅう育休いくきゅう。僕の艦隊はなるべく、ホワイトな職場を目指してるからね』


 真っ赤に塗られた封印艦隊も、一隻一隻は七海と何ら変わらない女の子だ。例えそれが人間とのコミュニケーション用に造られた、仮初かりそめの姿だとしても、である。

 ちなみにリーチェアの説明では、生まれたての艦もすぐに成長するという。

 艤装作業ぎそうさぎょうを自分で行いながら各部を最適化し、両親のどちらかと同じ艦種かんしゅになるという。そして、強力な艦……例えばイシュタルのような超ヱ級大戦艦ちょうエきゅうだいせんかんなどは生まれにくいそうだ。


「さて、あとは……聯合艦隊れんごうかんたいの方はどうかな? まだにらみ合い?」

『そうね、小規模な小競こぜいレベルの応酬はあるけど。なにせ、一度始めちゃったら虚天洋を二分する大海戦になっちゃう。そして多分……わたし達が全滅するまで、第七民主共生機構セブンスの艦隊は戦いをやめないと思うわ』

「困るなあ、そういうの。さて、じゃあ週末提督しゅうまつていとくを始めようか。手始めに――」


 その時だった。

 額に手を当て、ミィナが量子波動結晶の光を明滅させる。

 ヴァルキロイド同士の通信が入ったようだ。

 同時に、画面に映るリーチェアの背後でも、エルベリオンのヴァルキロイド達が慌ただしくなる。


「七海提督」

「どうしたの、ミィナ」

「ええと……ゴホン、いい知らせと悪い知らせがあります。どちらから確認なさいますか?」

「……秀樹ヒデキあたりに吹き込まれたね? そういう台詞せりふは真顔で言っても決まらないよ」

「そう、でしたか。すみません、まだ笑顔に慣れなくて」

「気にすることないさ。トゥアンナ、彼女の情報をモニターに」


 すぐに艦長席のトゥアンナが、宙に浮かぶ光学キーボードへ指を走らせる。

 まるでピアノをかなでる歌姫ディーバのようだ。

 リーチェア達の映像が少し小さくなって、その横に地球型の惑星が映し出される。茜色カーマインの大地を持つ、少し荒涼こうりょうとしたイメージの星だ。


「こちらは機構の領内にある、惑星スナイブルです。御覧ごらんの通り、生活環境はあまりよくないのですが、かなりの資源埋蔵量を誇る星ですね。機構の重産業の大事な基盤の一つです」

「ふむ……ここでなにが? いや、なにかあったんだね」


 ミィナがうなずく。

 七海にだって、予定外なことが起こる。

 どちらかと言うと、今までトントン拍子に上手く進んでることの方が想定外だ。機構軍だって馬鹿じゃないだろうし、そもそも物量差を考えれば相手が馬鹿でも七海達の勝算は低いのだ。

 なので、あまりかしこく立ち回られないようにしている。

 常に七海が聯合艦隊とは別の遊撃艦隊エクストラフリートとなって、自分からイニシアチブをにぎって能動的な作戦行動を心がけているのだ。


「続けて、ミィナ」

「はい。リーチェア殿下とも無時差通信を共有します。このスナイブルで今、世論よろんが真っ二つに割れています。機構の支配による安定を望む少数派と、鉱山等での重労働からの解放を望む多数派とですね。政府機能が停止して、既に12時間が経過しています」

「ふむ……内乱かクーデターか、それとも」


 画面の中のリーチェアが、七海の言葉尻を拾う。


『七海、この星は一部の特権階級が資源を管理し、労働者階級は過酷な環境で使役しえきされてるわ。そして、支配層は大多数が機構への恭順派きょうじゅんはなの』

ほど、ブラック企業ならぬブラック惑星か」

すでに政府機能が麻痺してるとして、機構側の艦隊が向かってると思う。衛星軌道上から武力で鎮圧、事態の沈静化をはかるつもりね』

「結構怖いことするよね、機構って」


 前から違和感があった。

 何故なぜ、民主主義という『最高の統治は期待できないが、最悪の統治は回避できるシステム』で、こうも覇権主義的な国家が誕生してしまったのだろう。

 その答えが、唐突とうとつに向こうからやってくる。

 艦橋のオペレーターの一人が、七海達を振り返って静かに報告を告げてきた。


「トゥアンナ艦長、機構側からの無時差放送です。虚天洋全域に向けての発信です」


 すぐにトゥアンナが、再度前面のモニター内に手を加える。

 惑星スナイブルの映像も小さくし、新たに一番大きなウィンドウを広げた。

 そこには、一人の美しい少女が現れる。

 真っ白なドレスは、とても簡素で飾り気が全くない。それなのに、一目で特別なドレスだと知れるのは、少女の美貌を無言で表現しているからだろう。

 純白の少女は、翡翠色ジェイドグリーンの長い髪をかきあげ微笑ほほえむ。


『虚天洋でこの放送をお聞きの、全ての人類同胞へとお伝えします。私は第七民主共生機構、第七元老だいななげんろう……シェヘラザード』


 その少女は、地球の寝物語に登場する姫君の名を名乗った。

 あるいは、この虚天洋の物語が太古の昔、地球に伝わったのか。

 ともあれ、量子波動結晶で言葉を自動翻訳されて聴く七海にも、確かに日本語ではっきりと聞こえる。それはとてもんだ声で、ともすれば透明過ぎる怜悧れいり声音こわねだった。


「第七元老? 元老ということは」

「そうです、七海さん。第七民主共生機構には元老院げんろういんが存在し、現在は七人の元老が三権さんけんを見守っています。時には国のために、彼女達はあらゆる物事に干渉してきますの」

「……トゥアンナ、あっちは民主主義なんだよね?」

「ええ。その民主主義で虚天洋を満たすべく、版図はんとを広げてますわ」


 初めて知る、敵の実態。そして、民主共和制でありながら覇権主義じみた拡大政策を推し進めている、その意味が少し理解できた。

 シェヘラザードは言葉を続ける。


『現在、神星アユラ皇国と私達は望まぬ戦争に突入しております。そして今、新たに惑星スナイブルに危機が訪れました。よって、元老院は議会へと艦隊派遣を進言しました。第十四艦隊を派遣し、速やかにスナイブルの安定化を図ります』


 有り体に言えば、トゥアンナの決意に触発された人間を鎮圧、弾圧すると宣言しているのだ。そして、他ならぬトゥアンナ自身が、真っ直ぐな瞳でそれを見詰めて一言零す。

 それは衝撃の真実で、七海の中のあらゆる算段を修正させた。


「七海さん。第七民主共生機構の元老院は、七人とも高度な人格を持つシステム……


 民主主義を公平に、そして厳正に監視するためのシステム……汚職も横領も、私利私欲もない完全無欠の政治力。それが元老院の正体。民主主義の啓蒙けいもうを武力で行う、機構の中心にして全てなのだと七海は知ることになるのだった。

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