第18話「奇跡をつくる者達」

 舳先へさきを並べて浮かぶ、あかあお巨艦きょかん

 三笠七海ミカサナナミはいつもの座乗艦ざじょうかん遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンへと帰ってきた。そして、自室でこたつに入って同型艦のアーティリオンを見送る。

 壁面へきめんスクリーンの中で発光信号を出しながら、トゥアンナ・レキシントンは去っていった。

 お茶をれていた副官のミィナが、それを読み上げる。


「七海提督ていとく、トゥアンナ殿下からです。航海の無事と戦果を祈る、以上です」

「ありがとう、ミィナ。答礼とうれいの信号を。勝利の美酒びしゅを君に……いや、少し気障キザ過ぎるな。未成年だからお酒は飲めない訳だし」

「提督、神星しんせいアユラ皇国こうこくでは飲酒は14歳から段階的に合法となります。摂取する酒類のアルコール度数および、摂取量に制限が。……答礼、どうなさいますか?」

「ん、じゃあ……。これでお願いするよ」

「了解」


 ミィナは急須きゅうすを手放すと、ひたい量子波動結晶アユラクォーツに手を当てる。

 緑色の水晶体クリスタル明滅めいめつして、艦橋ブリッジのオペレーター達に七海の命令が伝達された。

 おだやかにいだエーテルの海で、こうして再び七海はトゥアンナと別れた。

 再び会うために、別れた。

 その繰り返しで、再会をちかって約束を常に守る。

 そうすれば、いつか別れる必要がなくなるはずだ。

 そんなことを思っていると、部屋のドアがプシュッ! と圧搾空気あっさくくうきを鳴らして開放される。現れたのは、リーチェア・レキシントンとイシュタル。

 イシュタルは、両手で産着うぶぎにくるまれた赤ん坊を抱いていた。


「やあ、二人共。お疲れ様。……えっと、イシュタルさん、その子は」

「うむ、ワシが今回同胞はらからの一人にせがまれ、産ませた子じゃ。二ヶ月ほどで成長し、その後は歳を取らぬ。この子の艦体モジュールも、順次脱皮だっぴを続けながら艤装中ぎそうちゅうぞ?」

「なるほど」


 リーチェアもイシュタルの赤ん坊に興味津々きょうみしんしんである。

 そんな彼女の横顔を眺めて、ふと七海は気になった。

 常日頃から表情が多彩な方ではなく、学校などでは野暮やぼったい眼鏡めがねもあって無表情、ともすれば無感情とすら思われているリーチェア。だが、彼女は自分を目立たせぬようにして、常にトゥアンナを守ってきたのだ。その真っ赤な瞳は、トゥアンナが真紅しんくならば……彼女は、深紅しんく

 燃え盛る緋眼ひがんは、時に炭火すみびのように温かく、時には紅蓮ぐれん業火ごうかとなって敵をにらむ。

 だが、今日のリーチェアは少し精彩せいさいを欠いてるように七海には見えるのだった。


「ね、ねえ……イシュタルさん。そ、その……だっ、だだ、抱いて、みても、いい?」

勿論もちろんじゃ、リーチェア殿下。もう首はわっておる」

「あ、ありがと! わぁ……ふわふわしてて、温かい。何だか、怖いくらい柔らかいのね」


 七海はこたつに頬杖ほおづえをついて、その姿に目を細める。

 赤ん坊はつぶらな瞳でじっとリーチェアを見上げて……不意に、表情をくしゃりとゆがませる。次の瞬間、あっという間に泣き出した。火がいたように、とはよく言ったものだ。

 不思議とイシュタルは、優しい顔をしていた。

 あわあわと取り乱すリーチェアに、見かねたミィナが立ち上がって駆け寄る。


「リーチェア艦長、私が」

「あ、うん……ご、ごめんなさい。何か、ご機嫌ナナメみたい……わたし、嫌われちゃったかな」

「いえ、単に抱き方が下手へたなだけかと思われます。もっとこうして、心臓に耳を当ててあげるように抱くほうが効果的との検索結果があります」

「そ、そう。やっぱり、心臓の音が安心するのかな?」

「因みに、私達ヴァルキロイドには心臓に相当する内臓がないため、効果は得られません。……やっぱり、駄目ですね」


 ミィナも少し残念そうな顔をした。

 イシュタルが再び抱いてやると、その声が徐々に静まってゆく。

 これには七海も、ホッとした。

 そして、少し残念そうに苦笑するリーチェアと目が合う。彼女は七海を安心させるように、小さく舌を出して肩をすくめた。

 イシュタルがあやしながら抱いて歩くうちに、赤ん坊は寝入っていったようだった。


「駄目ね、わたし。でも、赤ちゃんって凄い……守らなきゃ。そうでしょ? 七海」

「うん。とりあえず、今回出産したふね、及びそのパートナーだった艦を一時的に封印艦体ふういんかんたいの編成から外すことにしてる。それと……」

「それと?」

「リーチェアもきっと、いいお母さんになるよ。多分、今がその時じゃないだけさ」

「っ! ……ま、またそういうこと、言う、し……そんな、すずしい顔で」

「さて、作戦会議を始めようか」


 こたつに入ったリーチェアは、真っ赤になってうつむいてしまった。

 イシュタルとミィナも座り、四人でたくを囲む。

 すぐにミィナが、お茶やみかんの籠をどけて海図チャートを表示してくれた。彼女の量子波動結晶から投影される光が、立体映像となって虚天洋エーテリアの一部を精密に浮かび上がらせる。


「さっきトゥアンナとも確認したけど……第七民主共生機構セブンスの艦隊、その大半がここに展開している。その数、70,000隻以上。睨み合う皇国の聯合艦隊れんごうかんたいが38,000隻。ちなみに向こうは七個艦隊相当の戦力を出してるけど、まだ本国に余裕がある」

「それに対して、我が軍の聯合艦隊はほぼ全戦力を総動員した数です」


 ミィナの言葉に、七海も頷きを返す。

 機構と皇国、その国力差はあまりにも膨大だ。

 しかし、トゥアンナの決意と覚悟はにぶらない。そして、彼女は自分だけ安全な場所にいるような少女ではなかった。だから、七海も全力を尽くさねばならない。

 今回は、トゥアンナの提唱する機構の拡大政策阻止かくだいせいさくそしのための、大事な戦いだ。

 惑星スナイブルで意思表示をした、機構の支配をよしとしない民を捨て置けない。もし見殺しにすれば、トゥアンナの大義名分は崩壊する。


「さて……現在、僕達は惑星グラン・プールを出港し、スナイブルへ向かっている。けど、えてスナイブルには入港しない」

「ほう? 何か考えがあるのじゃな? 提督」


 イシュタルが面白そうに片眉かたまゆを跳ね上げた。

 大きく頷いて、七海は自分でも額の量子波動結晶に考えを念じる。

 すぐに、七海達の遊撃艦隊エクストラフリートの座標と進路が立体映像に加わった。


「スナイブルもまた、機構の支配領域……そして、グラン・プールからは距離がある。トゥアンナが考えたのは、スナイブルから反機構の意志を持つ民の救出なんだ。超大型輸送艦1,000隻からなる脱出船団を編成、彼女自身が指揮してスナイブルに向かう」


 そのことも海図に表示させると、リーチェアが血相を変えた。

 イシュタルもわずかに顔を緊張させる。

 だが、淡々と七海は言葉を続けた。

 他ならぬ七海自身が、一番危険を感じている。そして、正気の沙汰さたとは思えないことも事実だ。だが、それを言うなら七海達が演出してきた勝利事態が、薄氷はくひょうむような危ういものだと思われているだろう。

 だからこそ、奇跡的な戦いの連続を、後の歴史に奇跡そのものとしてきざまなければいけない。

 皇国でもトゥアンナに反対する一派に対して、常に実績を示す必要があるのだ。


「機構側に通告の上で、武装解除したトゥアンナのアーティリオン、および非武装の400隻でスナイブルに入港する。そして、順次避難希望者を乗せる予定だよ」

「待って、七海! ……武装解除? そんなことしたら、トゥアンナは」

「もし、機構の本国から来た艦隊と交戦すれば、一方的に殲滅せんめつされてしまうね」

「無茶だわ! せめて護衛の艦隊を」

「ん、それは無理かな。それに、彼女もいらないと言ったし、僕も駄目だと思う」


 リーチェアは三白眼気味の瞳を小さく丸めて、目を見開いた。

 七海はそんな彼女を真っ直ぐ見て、言葉を続ける。


「まず、聯合艦隊から艦艇を割けない。今の状態でも危うい均衡だからね。それはリベルタ元帥にも話しておいた。その上で……トゥアンナが単艦で脱出船団を率いると自分で言い出したんだ。敵に攻撃の正当性を少しでも与えぬよう、非武装でね」

「どうして……無茶よ」

「だが、無理じゃない。何故なぜなら、僕とリーチェアやミィナ、そして封印艦隊が……僕達、遊撃艦隊がいるから大丈夫さ。ミィナ」


 リーチェアを安心させるように、七海は微笑ほほえむ。

 演技ではなく、そうしたくて出た自然な笑顔だ。

 そして、作戦の概要がいようをミィナが説明し始めてくれた。


「はい、提督。まず、聯合艦隊の一部で陽動ようどうをかけ、そのすきに機構領内へとトゥアンナ殿下の脱出船団が侵入、スナイブルに入港します。避難希望者は推定で5,000万人、スナイブルの人口の80%程と思われます。予定では、収容まで二週間。ただし、その間に敵の第十四艦隊だいじゅうよんかんたいが攻めてきます」


 機構の領土は広い。

 ただ、その広さは攻める時には不利にもなる。

 トゥアンナが民を救う二週間の間に、敵の第十四艦隊から脱出船団を守り切れば、勝算はある。次の増援がスナイブルに到着するには、オンステージしているどの機構軍艦隊も遅過ぎる。

 勿論もちろん、聯合艦隊とにらみあう主力から兵力が向けられる可能性もある。

 その事態も七海は考えているし、すでに脳裏に対策が浮かんでいた。

 ここまででようやく、イシュタルがミィナの言葉に口をはさんでくる。


「七海提督。封印艦隊で子をなした艦、約200隻が今回の編成から外れておるが。……ワシもかや? すぐにでも戦えるが」

「イシュタル様、それについては七海提督が産休だと」

「産休……産後の肥立ひだちがどうこうというのは、人間に限った話じゃからのぬ。ワシ等は機械生命体、戦線復帰に問題はなかろう」

「いえ、それは提督がお望みの形ではありません。ですから、イシュタル様……どうか産休を取って待機し、しばらくパートナーと母親をやってほしいそうです。つまり」

「つまり?」

「産休に関しての異議申し立ては、これを却下します。甘受かんじゅして、そしてできれば……七海提督に感謝を。、と」


 ミィナがキリリとドヤ顔である。

 場が静まり返った。

 リーチェアもイシュタルも、目を点にしてしまった。

 七海も、ミィナの意外な茶目っ気に驚く。だが、彼女は真顔まがおでもう一度「産休だけに、サンキュー」と繰り返した。


「……ミィナ、もしかして……秀樹ヒデキから色々と教わった?」

「はい。最上秀樹モガミヒデキ氏はとても親切で優しい方です」

「わかった、僕からそれとなく言っておくよ。色々とね。あまり変な影響を受けても困るけど……でもミィナ、彼は君が言う通り素晴らしい友人だ。仲良くしてくれると嬉しい」

「了解です。……何か私は失敗をしたのでしょうか」

「少しね」


 凛々りりしい真剣な表情で、ミィナは「てへぺろ!」と敬礼けいれいをした。

 やはり、地球に戻ったら一度秀樹とじっくり話をする必要がある。そう思って、七海は細々こまごまとした点をリーチェアやイシュタルと詰めることにした。

 既にもう、大規模な救出作戦……後に『』と呼ばれる戦いは始まっているのだった。

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