第19話「いつでも一人は、二人のために」

 惑星スナイブル。

 莫大ばくだいな資源を内包した、この虚天洋でも有数の鉱山惑星である。ゆえに、長らく第七民主共生機構セブンスの支配下に置かれていた。惑星本来の文化や風土は、すでに博物館でしか見ることはできないという。

 平和のための支配と、豊かな文明と、安定した生活水準。

 だが、実態は急速な自由化のひずみが貧富の差を拡大させていた。

 茜色カーマインの星を光学映像でとらえ、それを艦橋ブリッジのモニターで三笠七海ミカサナナミは見ていた。


「七海提督ていとく、スナイブルです」

「うん。じゃあ、全艦停止。トゥアンナ達脱出船団だっしゅつせんだんを待とうか。機構軍の第十四艦隊だいじゅうよんかんたいは?」

「ほぼ、トゥアンナ殿下と同時期に到着予定です。18時間後に両者は会敵エンカウントします」

「先に仮眠を取っておいてよかったね。長丁場になりそうだ」


 相変わらず七海は、リーチェアの座る艦長席のわきに腰掛けている。

 すぐ側には、直立不動で身を正したミィナが見守ってくれていた。激しい衝撃に襲われても、七海は後の艦隊司令の席には座らないつもりだ。なんだか落ち着かないし、自分はしがない地球人、雇われ提督みたいなものだ。

 だが、仕事はきっちりこなす。

 そう胸中に結んでとなりを見下ろした。

 リーチェアは操艦に忙しく、その視線に気付いてはくれない。


「リーチェア、少し眠れた? 今、地球時間だと、ええと」

「土曜の朝よ。夜明け前ってとこかな」


 いつものリーチェアの声だ。

 そして、見上げて頷く彼女の瞳には力がある。

 もう心配はいらないようだ。

 お互い仮眠を取ることにした時、彼女の寝室に七海もいた。勿論もちろん、就寝したのは自分の部屋だが……こたつでの作戦会議の時から、気になることがあったのだ。

 つい先程のように感じる、二人きりの時間を七海は思い出す。





 戦争とはつまり、その大半が準備で決まる。

 実際に戦火を交える時までに、その瞬間までに、どれだけのことができるか……そんな当たり前なことで勝敗は決まる。創作物の英雄のように、奇抜な作戦も突飛とっぴな計略も、実際にはあまり重要ではない。

 つまり、

 互いに戦術を繰り出し戦う時、最後にものを言うのは準備の結果だ。

 そういった意味では、七海は準備をおこたりたくない。

 しかし、その部屋を訪れたのは戦争のためではなかった。

 単純に心配だったから。


「リーチェア、ごめん。まだ起きてるかな?」


 艦長室の扉をノックする。

 先程、エルベリオンのコントロールをミィナ達ヴァルキロイドに移譲いじょうして、リーチェアも部屋に下がった筈である。

 ただ、こたつでの作戦会議の時から七海は気になっていた。

 ずっと一緒に育ってきた幼馴染おさななじみだから、すぐわかる。

 リーチェアのぼんやりとした印象は、この虚天洋エーテリアでは見られない。学校では目立たぬようにしていたが、ここではトゥアンナと同じ双子の皇女様なのだ。

 だが、その皇女としての仕事を一週間やって、彼女は少し表情にかげりを見せていた。


「……寝ちゃった、のかな? また明日にでも――」


 七海が諦めようとした、その時だった。

 小さく扉が開いて、その隙間にジト目が浮かび上がる。

 並んだ双眸そうぼうはまるで、燃え盛る双子の太陽だ。


「起きてた、よ? どうしたの、七海」

「ああ、リーチェア。ちょっと気になって……少し寝ておかないといけないけど、その前にどうしても顔を見たかったんだ」

「そ、そう……」


 リーチェアは今、寝間着姿ねまきすがただ。

 特に珍しくもないし、これから寝るのだから当然だ。

 ただ、彼女のはだけた胸元には、不思議な紋章もんしょうが金色に光っている。七海の視線が真っ直ぐ注がれているのに気付いて、慌ててリーチェアは襟元えりもとを正した。


「は、入って。ちょっと、散らかってるけど」


 そう言って七海を部屋に招き、リーチェアは床に散らばった本や書類を片付け始める。

 どうやら、七海の心配は的中しそうだ。

 艦長室の作りは、七海が使わせてもらっている部屋と同じ間取りだ。だが、こたつを中心にえて、くつろいだ印象の艦隊司令室と違って、ここは随分殺伐さつばつとしている。調度品のたぐいはないし、分厚い本が机にも山積みだった。

 それを見ていると、リーチェは跳ね放題の蓬髪ほうはつをクシャクシャとかき混ぜる。


「紙媒体の書類ってなくならないの。量子波動結晶アユラクォーツは優れたテクノロジーだけど、神星しんせいアユラ皇国でしか使われていないから。他の星の人と情報を共有する時は、ペーパーが欠かせないわ」

「みたいだね。これは、惑星グラン・プールの?」

「うん。その事後処理を……トゥアンナの代わりに、皇女としてやったわ。トゥアンナとして。でも、ちょっと……ううん、全然駄目だった」


 ベッドに腰掛け、リーチェアが隣をポンポンと叩く。

 並んで座れば、肩に鈍色の髪がふわりと乗ってきた。もたれかかって寄りかかるリーチェアから、甘やかな匂いが香る。

 不器用で弱さを見せられない少女は、七海にだけはいつも素直だ。

 そして、この時になってふと気付いた。

 思えば、トゥアンナにも見せない顔をリーチェアは、自分には見せていたかもしれない。そう考えて記憶を掘り起こせば、思い当たる過去がいくつもあった。


「リーチェア、全然ってことはないと思うよ?」

「……そうかな。わたし、久しぶりに皇女として働いて思った……トゥアンナはやっぱり、凄い。わたしはずっと、リベルタ元帥げんすい重鎮じゅうちん達に助けられて、政治も軍事もあっぷあっぷしてた。少しね、疲れちゃった」

「なるほど」


 弱気なリーチェアは珍しい。

 でも、今まで全くなかった訳でもない。

 文武両道で快活、いつでも公明正大で物怖ものおじしないトゥアンナは学園のマドンナだった。誰にでも分け隔てなく接し、言うべきを言って何でも耳を傾ける。決して気取らず自然体で、誰からも憧れの目でもって愛された。

 その影に隠れて、トゥアンナを守ってきたのがリーチェアだ。

 七海も含めて三人は、幼少の頃からお互いを支え合うと誓った友達だ。

 友達だと、思ってた。

 七海はそっと、自分の額に触れる。


「皇国では、女性しか軍艦に乗らないんだってね。……特定の男性を除いて」

「うん……ごめん、だまちみたいになっちゃった、よね?」

「間違った戦術じゃないさ。いつの時代でも奇襲は有効だよ。それに、サプライズが嬉しい人だっているさ」

「七海は?」

「誰のサプライズでもいい訳じゃないかな。それだけは、はっきりしてるよ」


 ちょっと迷ったが、七海はリーチェアの肩を抱く。

 ビクリと身を震わせたが、彼女はそのまま身を寄せてきた。


「リーチェア、君がトゥアンナを救おうと思ったこと、それは本物の気持ちだよ。そして、トゥアンナが僕達に平和な日常を望んだこともね」


 その上で、リーチェアは七海を頼ってくれた。

 一緒にトゥアンナを……虚天洋を救ってくれないかと言ってくれたのだ。

 エーテルの海で週末だけ提督をやる、七海の戦いの始まりだ。

 それは、命の危機さえ気にならない、当然で当たり前の日々だ。


「僕達はお互いに支え合い、守り合う。君はトゥアンナを演じてくれたけど、誰でもよかった訳じゃないだろう? リーチェアにしかできないことだったんだ」

「顔が同じだから……基本的に、全身全く同じだもんね。……トゥアンナの方が、かわいい、けどさ」

「あと、発育もいいらしいよ? この間、健康診断でわかった。トゥアンナ、君の制服は少しキツいって」

うそっ! ……そ、そっか……わたしも結構、自信あったのにな」


 ようやくリーチェアは、小さく笑った。

 自分で胸に触れて、その過不足ない膨らみを手で包む。


「トゥアンナの代わりで少し疲れたんだよね、リーチェア。でも、覚えておいて。君が苦労して、慣れない皇女を演じてくれたお蔭で……トゥアンナはようやくまた、昔の笑顔になれたんだ」

「……そう、かな」

「そうさ。君はやっぱり、トゥアンナがてざるを得なかった、大切なものを僕とひろってくれたんだよ。リーチェアは、自分から入れ替わることを提案したんだし。誰よりもトゥアンナが、そのことを知って嬉しかったと思うよ」

「うん……なら、いい。七海がそう言ってくれるなら」


 そう言ってリーチェアは、肩に乗る七海の手に手を重ねてきた。

 それから少しだけ三人の思い出話をして、七海は彼女をベッドで寝かしつける。おやすみの言葉を交わして部屋をあとにするまで、リーチェアは少し甘えた顔を見せてくれた。

 少し安心した七海も、短時間だがゆっくり眠れたのだ。





 そして今、スナイブルでの戦いが始まろうとしている。

 あくまでリーチェアの側でコンソールに腰掛け、しどけなく座る七海。その、終始リラックスした様子に隣のリーチェアも心なしか表情が柔らかかった。

 そして、艦橋の前面モニターの隅に、小さなカウントダウンの数字が灯る。


「あれは? リーチェア」

「今、土曜の朝だから……まるまる二日間、48時間しかない。それまでに、まず機構の第十四艦隊を叩く。絶対にトゥアンナはやらせないし、学校も休まない」

「ん、その意気だね。さて、それじゃあ僕達の仕事を始めようか。少し気の毒だけど……全滅してもらう。行こう、リーチェア……トゥアンナの伝説に、僕達の不敗神話をえる。そうして……機械が統治する第七民主共生機構に、戦争を諦めさせるんだ」


 頷くリーチェアの操艦で、封印艦隊を引き連れ遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンが疾走り出す。

 月曜日までの時間を刻みながら、真っ赤な艦隊は牙をいで爪を隠す……やがて来る、敵の艦隊を待ち伏せするために。そして、気高き皇女の無血脱出を演出するために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る