第19話「いつでも一人は、二人のために」
惑星スナイブル。
平和のための支配と、豊かな文明と、安定した生活水準。
だが、実態は急速な自由化の
「七海
「うん。じゃあ、全艦停止。トゥアンナ達
「ほぼ、トゥアンナ殿下と同時期に到着予定です。18時間後に両者は
「先に仮眠を取っておいてよかったね。長丁場になりそうだ」
相変わらず七海は、リーチェアの座る艦長席の
すぐ側には、直立不動で身を正したミィナが見守ってくれていた。激しい衝撃に襲われても、七海は後の艦隊司令の席には座らないつもりだ。なんだか落ち着かないし、自分はしがない地球人、雇われ提督みたいなものだ。
だが、仕事はきっちりこなす。
そう胸中に結んで
リーチェアは操艦に忙しく、その視線に気付いてはくれない。
「リーチェア、少し眠れた? 今、地球時間だと、ええと」
「土曜の朝よ。夜明け前ってとこかな」
いつものリーチェアの声だ。
そして、見上げて頷く彼女の瞳には力がある。
もう心配はいらないようだ。
お互い仮眠を取ることにした時、彼女の寝室に七海もいた。
つい先程のように感じる、二人きりの時間を七海は思い出す。
戦争とはつまり、その大半が準備で決まる。
実際に戦火を交える時までに、その瞬間までに、どれだけのことができるか……そんな当たり前なことで勝敗は決まる。創作物の英雄のように、奇抜な作戦も
つまり、数が多くて質もよい方が、勝つ。
互いに戦術を繰り出し戦う時、最後にものを言うのは準備の結果だ。
そういった意味では、七海は準備を
しかし、その部屋を訪れたのは戦争のためではなかった。
単純に心配だったから。
「リーチェア、ごめん。まだ起きてるかな?」
艦長室の扉をノックする。
先程、エルベリオンのコントロールをミィナ達ヴァルキロイドに
ただ、こたつでの作戦会議の時から七海は気になっていた。
ずっと一緒に育ってきた
リーチェアのぼんやりとした印象は、この
だが、その皇女としての仕事を一週間やって、彼女は少し表情に
「……寝ちゃった、のかな? また明日にでも――」
七海が諦めようとした、その時だった。
小さく扉が開いて、その隙間にジト目が浮かび上がる。
並んだ
「起きてた、よ? どうしたの、七海」
「ああ、リーチェア。ちょっと気になって……少し寝ておかないといけないけど、その前にどうしても顔を見たかったんだ」
「そ、そう……」
リーチェアは今、
特に珍しくもないし、これから寝るのだから当然だ。
ただ、彼女のはだけた胸元には、不思議な
「は、入って。ちょっと、散らかってるけど」
そう言って七海を部屋に招き、リーチェアは床に散らばった本や書類を片付け始める。
どうやら、七海の心配は的中しそうだ。
艦長室の作りは、七海が使わせてもらっている部屋と同じ間取りだ。だが、こたつを中心に
それを見ていると、リーチェは跳ね放題の
「紙媒体の書類ってなくならないの。
「みたいだね。これは、惑星グラン・プールの?」
「うん。その事後処理を……トゥアンナの代わりに、皇女としてやったわ。トゥアンナとして。でも、ちょっと……ううん、全然駄目だった」
ベッドに腰掛け、リーチェアが隣をポンポンと叩く。
並んで座れば、肩に鈍色の髪がふわりと乗ってきた。もたれかかって寄りかかるリーチェアから、甘やかな匂いが香る。
不器用で弱さを見せられない少女は、七海にだけはいつも素直だ。
そして、この時になってふと気付いた。
思えば、トゥアンナにも見せない顔をリーチェアは、自分には見せていたかもしれない。そう考えて記憶を掘り起こせば、思い当たる過去がいくつもあった。
「リーチェア、全然ってことはないと思うよ?」
「……そうかな。わたし、久しぶりに皇女として働いて思った……トゥアンナはやっぱり、凄い。わたしはずっと、リベルタ
「なるほど」
弱気なリーチェアは珍しい。
でも、今まで全くなかった訳でもない。
文武両道で快活、いつでも公明正大で
その影に隠れて、トゥアンナを守ってきたのがリーチェアだ。
七海も含めて三人は、幼少の頃からお互いを支え合うと誓った友達だ。
友達だと、思ってた。
七海はそっと、自分の額に触れる。
「皇国では、女性しか軍艦に乗らないんだってね。……特定の男性を除いて」
「うん……ごめん、
「間違った戦術じゃないさ。いつの時代でも奇襲は有効だよ。それに、サプライズが嬉しい人だっているさ」
「七海は?」
「誰のサプライズでもいい訳じゃないかな。それだけは、はっきりしてるよ」
ちょっと迷ったが、七海はリーチェアの肩を抱く。
ビクリと身を震わせたが、彼女はそのまま身を寄せてきた。
「リーチェア、君がトゥアンナを救おうと思ったこと、それは本物の気持ちだよ。そして、トゥアンナが僕達に平和な日常を望んだこともね」
その上で、リーチェアは七海を頼ってくれた。
一緒にトゥアンナを……虚天洋を救ってくれないかと言ってくれたのだ。
エーテルの海で週末だけ提督をやる、七海の戦いの始まりだ。
それは、命の危機さえ気にならない、当然で当たり前の日々だ。
「僕達はお互いに支え合い、守り合う。君はトゥアンナを演じてくれたけど、誰でもよかった訳じゃないだろう? リーチェアにしかできないことだったんだ」
「顔が同じだから……基本的に、全身全く同じだもんね。……トゥアンナの方が、かわいい、けどさ」
「あと、発育もいいらしいよ? この間、健康診断でわかった。トゥアンナ、君の制服は少しキツいって」
「
ようやくリーチェアは、小さく笑った。
自分で胸に触れて、その過不足ない膨らみを手で包む。
「トゥアンナの代わりで少し疲れたんだよね、リーチェア。でも、覚えておいて。君が苦労して、慣れない皇女を演じてくれたお蔭で……トゥアンナはようやくまた、昔の笑顔になれたんだ」
「……そう、かな」
「そうさ。君はやっぱり、トゥアンナが
「うん……なら、いい。七海がそう言ってくれるなら」
そう言ってリーチェアは、肩に乗る七海の手に手を重ねてきた。
それから少しだけ三人の思い出話をして、七海は彼女をベッドで寝かしつける。おやすみの言葉を交わして部屋をあとにするまで、リーチェアは少し甘えた顔を見せてくれた。
少し安心した七海も、短時間だがゆっくり眠れたのだ。
そして今、スナイブルでの戦いが始まろうとしている。
あくまでリーチェアの側でコンソールに腰掛け、しどけなく座る七海。その、終始リラックスした様子に隣のリーチェアも心なしか表情が柔らかかった。
そして、艦橋の前面モニターの隅に、小さなカウントダウンの数字が灯る。
「あれは? リーチェア」
「今、土曜の朝だから……まるまる二日間、48時間しかない。それまでに、まず機構の第十四艦隊を叩く。絶対にトゥアンナはやらせないし、学校も休まない」
「ん、その意気だね。さて、それじゃあ僕達の仕事を始めようか。少し気の毒だけど……全滅してもらう。行こう、リーチェア……トゥアンナの伝説に、僕達の不敗神話を
頷くリーチェアの操艦で、封印艦隊を引き連れ
月曜日までの時間を刻みながら、真っ赤な艦隊は牙を
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