第20話「POWER WAR」

 待つだけの時間は、辛い。

 三笠七海ミカサナナミは、そのれるような落ち着かなさを隠してたたずむ。

 指揮官たるもの、絶対に狼狽うろたえる様を見せてはいけない。

 艦内、ひいては艦隊全体の士気モラルかかわる。

 そう思う一方で、この封印艦隊ふういんかんたい遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンの空気が、そういった既存きぞんの軍隊とはまるで違う雰囲気であることも承知の上だ。

 一言で言うと、緊張感がない。

 ヴァルキロイドも機械生命体の軍艦達も、常在戦場じょうざいせんじょうゆえの柔軟なメリハリがあった。


「A9-0000317、あなたには名前というものがあると聞いた。七海提督ていとくから命名されたそうだが」

「私もその話に興味がある。説明を」

「了解です。私達は同じロットゆえに、同じ遺伝子デザインで精製されています。それは地球人類にとってはいささか奇妙、ともすれば違和感であり――」


 エルベリオンの艦橋ブリッジは平和だ。

 副官のミィナは、姉妹である他のヴァルキロイド達と話し込んでいる。オペレーターの数は五人で、皆が真剣な表情でミィナの言葉に耳をかたむけていた。

 それを見やるリーチェア・レキシントンも表向きは落ち着いている。

 だが、彼女の焦燥感しょうそうかんを七海は敏感に感じ取っていた。

 そういうところだけは、長らく一緒に暮らしてきた幼馴染おさななじみとしての気遣いができるのだ。


「リーチェア、大丈夫? まだ始まらないよ、戦いは。でも、待つのは辛いよね」

「七海……うん。なんだろ、嫌な予感がするの。わたし達、今まで簡単に勝ち過ぎてたから」

「言う程簡単じゃないんだけどなあ。でも、圧勝が続いたから……そして、それが局所的な戦術的勝利でしかないから。いまもって皇国は機構に全てで劣ってて、戦争が続けば負けるんだよね」


 神星しんせいアユラ皇国こうこく第七民主共生機構セブンスの戦力差は明らかだ。

 国の規模が違う、国力差は比べることすらはばかられる程に歴然としている。

 だが、その事実が今まで機構の横暴ともいえる拡大政策を黙認してきた。誰も声をあげず、誰も立ち上がらなかったから……この虚天洋エーテリアは今、半分以上がディストピアに沈みつつある。

 どんな理想郷ユートピアであれ、武力で強要すればそれは悪徳なる圧政だ。

 リーチェアは艦長席から、傍らの七海を見上げてくる。


「ねえ、七海。今すぐ惑星スナイブルに入港しちゃうのはどう? すぐそこまで来てるんだし。わたし達も避難民を乗せれば、トゥアンナの仕事が減るんじゃないかな」


 今、反機構を訴えた労働者階級がスナイブルで決起している。

 そして、それを鎮圧するべく機構の第十四艦隊だいじゅうよんが接近中だ。恐らく、暴徒として武力で平定するつもりだろう。機構の領土内には、こうした地域がいくつもある。言うなれば、宇宙規模のグローバル化を推し進めた弊害へいがいだ。

 だが、機構の中枢部、元老院げんろういんと呼ばれるロボット達にはそれをマイナスと認識していない。

 冷徹な機械として、民主主義を維持して広めることだけが連中の全てなのだ。


「リーチェア、今の僕達封印艦隊はここで待機がいいと思う。今動いて、ここに僕達がいることを機構に教えてやる必要はないよ」

「そうかな……うん、そうだね。七海が言うなら」

「惑星グラン・プールもそうだったけど、ここはもう機構の内部なんだ。広がり過ぎた末端とはいえ、敵地だからね」


 今、七海達の遊撃艦隊エクストラフリートはスナイブルから離れた波間に漂っている。一番外側の衛星軌道状を回る、スナイブルの六つ目の月の裏側にいるのだ。一部の小型艦を観測班として散らし、主力は息を潜めている。

 今はただ、待つ。

 だが、七海も内心は焦りを感じていた。

 艦橋メインモニターのすみでは、日常生活の復帰までのカウントダウンが進んでいる。

 ここに到着してから二時間が経過し、その間ずっと緊張が続いている。


「そういえば、リーチェア。その、一つ確認したいことがあるんだ」

「うん」

「その……このエルベリオンのことだけども。地球と虚天洋の往復、結構早いよね。小一時間って感じで。物理的に何光年とかいうレベルじゃなく、うんと離れてると思うんだけど」

「ああ、そのことね」


 話していれば気がまぎれるのだろう。

 どこかぼんやりとした印象のジト目を、リーチェアが輝かせる。


「ここは宇宙の底で、七海達の地球ははるか頭上……光の速さでも、何十億年もかかると思う。ただ、エルベリオンやトゥアンナのアーティリオン、第一級非限定遺宝戦艦だいいっきゅういほうせんかんにはエーテルの海を飛び立つ力がある」

「他のふねはみんな、虚天洋の海に浮かぶ洋上艦だものね。封印艦隊のみんなも同じだ」

「そう。太古の先史文明せんしぶんめいが残した遺宝戦艦……その力をたくされたわたし達皇族は、使うことはできても解析することができないの。……ゴメン、正直わからないことの方が多いわ」


 この虚天洋に、かつて一大文明を築いた古代人……彼等は驚異的な科学力を持ち、宇宙のそらと戦っていた。七海達地球人から見れば、途方もなくスケールの大きな宇宙戦争だ。宇宙に上下があり、その底と天上に分かれて戦っていたのだ。

 その時代に、封印艦隊や遺宝戦艦が建造された。

 古代人は突如とつじょ痕跡もなく消え去ったが……リーチェア達皇国の一族に遺産を残したのだ。


「僕は前から思ってたんだけど……イシュタルさんもキュベレーさんも、封印艦隊の女の子はみんな、地球の女神めがみ地母神ちぼしんの名前だよね」

「あ、うん。七海、前からそれを気にしてる、よね?」

「彼女達が地球の神様の名前なんじゃなくて、逆かなって。地球の神様がみんな彼女達の名前をもらってる……もしくは、


 だとすれば、七海の中の仮説が一層信憑性しんぴょうせいを帯びる。

 この虚天洋では、あらゆる艦船はエーテルの海を走ることしかできない。平面の宇宙では、大昔の大艦巨砲主義たいかんきょほうしゅぎが今も続いている。ビームの粒子を放つ大砲と、誘導性の極めて低いミサイルで撃ち合う……ノーガードで殴り合うのだ。

 そんな中でも、遥か頭上の地球の、さらに向こう……天と古代人は戦っていた。

 そして、地球にも封印艦隊は足跡を残している。

 結論は七海の中で形をなしつつある。

 確証はないが、論理的には合理性が確立し始めていた。

 だが、リーチェアとの会話が一方的に終わりを迎える。


「観測班より入電、スナイブルに近付く艦隊アリ。これは、トゥアンナ殿下の脱出船団です」


 ヴァルキロイドのオペレーターが、静かに叫ぶ。

 それで彼女達は、地球文化をミィナに強請る時間を終わらせてしまった。即座にオペレーターとしての仕事に戻れば、生体アンドロイドである以上に機能美のかたまりとして働き出す。

 七海は静かに深呼吸して、なるべくゆっくりと話した。


「機構の第十四艦隊は? 僕の予想では、トゥアンナとほぼ同時に来ると思ったんだけど」


 前面のモニターに脱出船団が大映しになる。

 旗艦きかんの青いアーティリオンは今、武装を全て解除したまま波間に揺れていた。その背後には、超巨大輸送艦が並ぶ。どれも何十万人もの人員を輸送できる、ちょっとした移動スペースコロニーだ。勿論もちろん、武装はない。

 これだけの大船団を、短時間で用意する……大変な仕事だったと思う。

 ただでさえ、神星アユラ皇国は戦争のために無理を強いられている。

 それでもトゥアンナは、現在の皇国で一番の権力を掌握して腕を振るっていた。聞けば、反対派も多数いるというが、彼女は七海にもリーチェアにも愚痴ぐちこぼさない。自分の権限を最大限に使って、機構以外に敵を作らず心をくだいてきたのだ。


「七海提督、別の班からも報告があります。機構軍の艦隊を発見しました。三時間後にスナイブルへ到着します」

「三時間か……微妙なタイムラグだね」


 モニターが二分割され、その片方に機構軍の艦隊が映し出された。

 それを見詰めて、リーチェアが首を傾げる。


「もう少し鮮明な映像が欲しいわね。ちょっと、なにかこう……変、かも」

「リーチェア? どうかしたの?」

「本来なら、機構軍の艦隊の方が先に到着してもおかしくないもの。わたし達はエルベリオンと封印艦隊だから、例えば大型の装甲戦艦そうこうせんかんなんかでも、通常のものよりは速いけど」


 リーチェアは、さらに送られてくる映像に目を凝らす。

 すぐに七海は、彼女の感じた違和感の正体に気付いた。

 次の瞬間、ひたい量子波動結晶アユラクォーツを輝かせて叫ぶ。


「今すぐ族長艦代理ぞくちょうかんだいりのキュベレーさんにつないで。……やっぱり、敵は馬鹿じゃない訳だ」


 すぐにオペレーターのヴァルキロイドが回線を確保する。

 長身のグラマラスな女性が映った時には、もう七海は即断即決で命令を下していた。


「キュベレーさん、艦隊を再編成したいんです。装甲戦艦を主軸に、船足ふなあしの遅い艦だけの艦隊と、エルベリオンを中心にした高速艦だけの艦隊。どれくらいかかりますか?」

やぶからぼうな話だな、七海提督。ん……今すぐにでもできるが、そうだな。一時間とかかるまい。このキュベレー、イシュタル様から族長艦代理を仰せつかっているのだ。やってみせるさ!』

「ありがとうございます。キュベレーさんは確か装甲戦艦ですよね?」

『うむ! 我が鉄壁てっぺきの守りは、太古の昔よりイシュタル様を守ってきた最強のたて! わっはっは!』

鈍足組どんそくぐみを率いて、今すぐ第六衛星の影から抜錨してください。敵の第十四艦隊の足止めをお願いします」

『私達だけでか?』

「頑張る必要はないんです。会敵エンカウント後、ダラダラ戦いながら下がってください。下がって下がって下がりまくって、敵の進軍速度だけはいでもらえれば」

『むう……遅滞戦闘ちたいせんとうで時間を稼げというのか? 何故なぜだ……さっぱりわからん! が、承知した。私は馬鹿だからな、お前やイシュタル様の言う難しい話はわからん! が、信じるぞ!』


 リーチェアが察した通り、機構軍の艦隊は……ほぼ全てが大型艦船、大戦艦や装甲戦艦で占められている。故に船足が遅くなり、トゥアンナの脱出船団の方が先にスナイブルについたのだ。

 この意味するところを、即座に七海は看破した。

 そして、疑問を持つ余裕などない。

 敵は今……七海達を引きずり出すため、そして遅滞戦闘を強いるための進軍を始めたのだった。

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