第15話「皇女殿下、予定外!?」

 三笠七海ミカサナナミは、パンツ一丁いっちょうで医師の前に立った。

 健康診断けんこうしんだんだ。

 仮にも一国の提督ていとくとして采配を振るうからには、健康状態はとても大事だ。そういった意味では、第一級非限定遺宝戦艦だいいっきゅうひげんていいほうせんかんエルベリオンには、運動不足を強く痛感させられた。

 リーチェア・レキシントンの操艦そうかんあらいというか、グイグイと機敏きびんで迷いがないからだ。

 だが、そんな彼女の横に七海は並び続ける。

 自分だけではれず、ミィナに支えられるのは少し恥ずかしいが。


「はい、三笠君。健康ですね」

「ありがとうございます、先生」


 服を着て、次の順番の生徒へと場所を譲る。

 七海はまた、地球へと帰ってきて月曜日を迎えていた。今日は四月の新学期ということもあって、午前中は健康診断で潰れる。

 会場の視聴覚室しちょいうかくしつを出ると、早速友人の最上秀樹モガミヒデアキが声をかけてきた。


「よぉ、七海! 身長伸びたか?」

「いや、全然……160cmセンチドンピシャだったよ」

「へへー、俺は3cm伸びたぜ。やっぱモテるには180は欲しいよな!」


 内心、165cmでいいと七海は思った。

 せめて、リーチェアとトゥアンナ、二人の幼馴染おさななじみよりは身長が欲しい。誰にも言ったことはないが、密かな悩みである。ほんの1、2cm程、七海の方が小さいのだ。

 逆に秀樹は、インドア派でゲーム三昧なのに高身長で運動神経もなかなかだ。

 顔も、悪くないと思う。

 何より、相手の別なく気さくで親切なナイスガイだった。


「次は……視力測定だね」

「うし、体育館に行こうぜ。……

「ん? 秀樹、遠回りになるけど」

「バカ、さっしろ」

「むしろ……通報しろ?」

のぞかねえよ! 除きなんて下品な真似まねはしねぇ……が、。それだけだ」


 格好良くキメてるが、それだけでも十分に変態と言えるのではないだろうか。

 今、保健室では女子が身体測定を受けている。

 ようするに、身長や体重は勿論もちろん胸囲バストサイズなんかも測っているのだ。

 そこに夢と希望を抱かぬようでは終わりだと、笑って秀樹が肩を叩いてくる。自然と七海は、幼馴染の二人のことを思い出した。

 意識したことはなかったが、二人とももスラリとしてスタイルがいい。

 目立つトゥアンナは当然、地球では地味な眼鏡めがねのリーチェアもだ。


「ふむ……そう言われてみれば、気になるような、そうでもないような?」

「だろ?」

「その方が健康的だろうね。うん、気になることにするよ」

「よしよし、わかってんじゃんかよ。行こうぜ、体育館! 保健室前経由で!」


 今日も学校は平和だ。

 他のクラスの生徒達も、そぞろに廊下を歩いている。

 そのまま流れに乗って続きながら、七海はぼんやりと過去のことを思い出していた。

 小さな頃から仲良し三人組で、小学校中学年くらいまでは一緒にお風呂にも入っていたと思う。まだ、自分が二人の幼馴染とは違う性別だと思わなかったのだ。

 なんとなく女の子は、スカートをはいてもいい子、くらいの認識しかなかった。

 試しに七海もスカートをはいてみた時期もあったが、あれは落ち着かなかったと振り返る。そんな二人を、そういえば異性として見たことがない七海だった。


「因みに七海、今回から座高ざこうの測定が廃止になったろ?」

「ああ、そういえばそうだね」

「あれさあ、何十年もずーっと測ってきたらしいけどよ……まーったく意味がなかったらしいぜ。一度も有効に活用されたことがないってさ」

「そうなんだ……まあ、そういうデータもあるよね」


 秀樹は校則でスマホをいじれないからか、普段にもましてよく喋る。もともと歩きスマホをするタイプの人間じゃないが、携帯電話の使用が許される休み時間にはゲームに夢中だ。

 すぐに話は、彼がハマっている海戦ゲーム、マズルレーンの話題になった。


「そういえば、七海……俺な、俺……やられちまった」

「あれ? この間は全国ランキングで50位以内になったって」

「ああ! お前の艦隊編成は完璧だった。信濃しなのちゃん……流石さすが超弩級装甲空母ちょうどきゅうそうこうくうぼ、ふっ……ただの天使かな? なんてな」

「それで?」

「おう! それで……本当に天使になっちまった。天国にいっちまったんだよ」


 大げさに肩をすくめて見せて、秀樹は遠い目をした。

 つまりこういうことだ。

 ランキングで高順位になった喜びで、さらなる高みを目指して秀樹はゲームを遊び続けた。だが、七海と連絡が取れなかった土日に、彼はついつい調子に乗ってしまったのだ。いつもなら帰港するべきである艦隊を、そのまま次の海戦へと出撃させたのである。

 ざっと話を聞いただけでも、中核をなす巨大空母が撃沈されたことがわかった。

 他にもちょこちょこと、レアリティの高い艦が失われている。


「それは困ったね」

「信濃ちゃんはSSRだしよぉ、俺は好きなんだわ……お嬢様じょうさまタイプだけど快活かいかつ活発かったつ物腰穏ものごしおだやかで優しいけど、変に押しが強いタイプの娘」

「……例えば、トゥアンナみたいな」

「そう、トゥアンナみたいな。はぁ……七海提督大明神様ナナミていとくだいみょうじんさま、艦隊の再編をあとでたのむぜ」

「了解だよ、秀樹」


 トボトボと二人は、保健室へ向かって歩く。

 体育館とは完全に逆方向だが、意外と秀樹と同じことを考える人間は多いらしい。だからだろうか? 廊下で固まって話す複数の女子グループから、殺気をはらんだ刺々とげとげしい視線が放たれていた。

 それでも気にしない秀樹は、大物だと思う。

 気にならない自分は……やっぱり少し、おかしいだろうか?

 そう思っていた時だった。

 突然、バン! と保健室の扉が開かれる。

 そして……下着姿の少女が堂々と歩み出た。


「うおおっ!? な、何だっ!? み、見るな七海! 見ちゃいけない! 紳士しんしとして!」


 何のかんので秀樹が目をつぶり、さらに七海の目を両手でおおってくる。

 指の隙間から見たが、周囲を騒然とさせているのは、ミィナだった。

 彼女は何故なぜか、学校の制服をたたんで小脇こわきかかえ、そのままこちらへ平然と歩いてくる。あまりに堂々とした態度に、静まり返った周囲は見詰めるしかできない。

 その場の視線を余さず集めて、ミィナは七海と秀樹に気付いた。


「七海提督、お疲れ様です。提督も健康診断ですか?」

「あ、うん。それより……ミィナ、服を」

「次は音楽室にて、さらなる検査が予定されています。脱ぐために着るというのは、私にはあまり効率的とは思えないのですが」

「そ、そう……でも、着たほうがいいよ? 風邪かぜ、引くから」

「なるほど、そういった観点から言えば、確かにそうですね」


 相変わらずの澄まし顔で、ミィナは全く動じていない。

 そして残念なことに、彼女の肢体したいを見ても七海も変な気が起こらない。彼女は頼れる副官で、一緒に二人の皇女を支える仲間だ。

 過不足ない肉体の起伏と、抜群のスタイルをかたどる優美な曲線。

 白い肌がまぶしいが、これといって情動を揺さぶられたりはしなかった。

 だが、目を瞑ったまま秀樹が悲鳴のように叫ぶ。


「ミィナちゃん! 駄目だぜ……女の子はいつか、脱ぐための服で着飾って好きな人とデートするのさ。だから、そいつはいけねえ!」

「デート、とは」

「男と女で、遊びに行くんだよ! 買い物をしたり、一緒にランチして、映画を見たり」

「どのような目的があるのですか?」

「ち、違うぜ! それは違うぜ、ミィナちゃん……勘違いしている! 男がみんな、そういうエッチなゴニョゴニョが目的と思わないでくれ。そ、そりゃ、多少は……でも!」

「……性行為せいこうい双方合意そうほうごういのもとに行うための事前交渉じぜんこうしょう、ということですね」


 ミィナが珍しく、真顔まがおのままほおを赤らめた。

 そして、さらなる悲劇が再び保健室の扉を開く。


「ちょ、ちょっと、リーチェアさんっ! 駄目だよ、ねえ!」

「服着て、服! ああもうっ! ……悔しい、地味なくせにスタイル抜群じゃん?」

「あーそれ、あたしも思った。ってか、服着なきゃ、リーチェアさん」

「大丈夫です、それよりミィナさんをなんとかしないといけません!」


 再び下着姿の少女が飛び出してきた。

 つややかな銀髪ぎんぱつに赤い瞳、白い肌には少し大人びたレースの下着が魅力的だと思う。多分、そうなんだと思う。だが、七海には見慣れた幼馴染の半裸で、これが全裸であっても同じだと感じるだけだった。

 彼女はミィナの腕をそっとつかむ。


「あ……ええと、ん……リーチェア艦長」

「さ、ミィナさん。中で服を着ましょう」

「了解しました」

「ふふ、皆さんビックリなさってます」


 その原因の半分は、あとから出てきた少女のせいだ。

 リーチェアと呼ばれていた彼女は、入り口から顔だけを出すクラスメイト達を振り返って、優雅ゆうが微笑ほほえむ。心なしか誰もが皆、普段とは違う表情を顔に浮かべていた。

 そして、彼女は七海と秀樹に気付いて、瞳を輝かせる。


「まあ、七海さん。どうかされましたか? その、秀樹さんの様子が」

「ん、まあ……とりあえず、ミィナもだけど服を着たほうがいいね」

「あら……あらあら? わたくしったら、つい夢中で。ふふ、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね、七海さん」

「そう言うけど、全然恥ずかしそうに見えないんだけど……」

「見られて恥じ入るような身体ではありません。両親にも家族にも、臣民しんみんにも誇れる自分ですから」


 駄目だ、話があまりよく通じていない。

 彼女が、久々の学校ではしゃいでるからだと七海は思った。

 そう、皆がリーチェアだと思って接している少女……すでに転校して故国ここくに帰ったと思われている、

 彼女は伊達眼鏡だてめがねを少し下にずらして、悪戯いたずらっぽい目を細めて笑うのだった。

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