第8話「守るべき、日常」

 地球人類にとって道の宇宙……虚天洋エーテリア

 エーテルの海に浮かぶ星々を襲う、暴虐的な民主主義の同化政策。

 そして、ついに蘇った太古の邪神群、封印艦隊。

 三笠七海ミカサナナミにとって、この週末は驚きに満ちた発見ばかりだった。そして、幼馴染おさななじみのトゥアンナ・レキシントンと、リーチェア・レキシントン……二人が背負った過酷な運命さだめに、正直身震いがする。

 だが、それも武者震いだと言い聞かせた。

 そして、七海は一番大事なやるべきことから手を付けるのだった。


「よぉ、七海! お前さあ、心配したぜ? どうしたってんだよ」


 月曜日の朝、七海はいつもの学校に来ていた。

 二年生に進級して、ようやく本格的に授業が始まるのだ。周囲の生徒達も皆、いつもと変わらぬ日常の中でめいめいに過ごしている。

 クラスメイトと雑談を交わす者。

 すでに授業に向けて予習を始めた者。

 本を読む者や携帯電話をいじる者など、様々だ。

 そして、語りかけてくれた最上秀樹モガミヒデキも相変わらずの笑顔である。


「うん、ちょっとね」

「ちょっとね、じゃねえよ! お前んち、端微塵ぱみじんになってたじゃねえか」

「あれは……そう、大家さんが建て替える予定で、解体を業者に頼んだんだ」

「そ、そうか。土曜に顔を出したら、びびったぜ」

「実は僕もね、突然のことで……どうやら連絡が滞ってたみたい」


 わかりやすく安堵あんどの表情を秀樹は見せてくれる。

 実は、あのあと七海はリーチェアと共に地球に戻ってきた。

 今、封印艦隊の面々は再艤装さいぎそうしつつ本格稼働の準備中だ。七海が指定した宙域へと移動しながら、徐々に全盛期の力を取り戻しつつある。

 わず半個艦隊はんこかんたい、5,000隻とちょっと……それが七海とリーチェアの手にする戦力だ。

 そして、二人で力を見せつけ納得させねば、彼女達はすぐにあるじをトゥアンナへと求めるだろう。


「ま、それはそうと……英樹、イベントはどうだった? マズルレーンの」

「おっ! よくぞ聞いてくれました!」


 秀樹は得意満面の笑みでスマートフォンを取り出す。

 彼が手慣れた様子で画面を何度かタップすると、すぐにゲーム画面が現れた。マズルレーンは少女の姿をした実在の軍艦を集め、それを編成して戦うアクションRPGのようなゲームである。

 七海は主に、秀樹に頼られ艦隊編成などに知恵を貸していた。


「いやあ、お前もいないしさ。ずっと土日はマズレンやってたんだよ! 見ろ、全国ランキングで50位以内に入ったぜ。しかも、当方に未だ損害を認めず……チカラこそパワーだぜ!」

「力こそパワー……それ、同じ意味だよね。でも、よかった」


 そう言って七海も、自分のスマートフォンを取り出す。

 本当は貰った量子波動結晶アユラクォーツが使えれば便利なのだが、地球ではそうもいかない。

 何より、それではトゥアンナに最初に願われた日常を壊してしまう。

 だから、ミィナに頼んで簡単なアプリを作ってもらった。

 勿論、神星アユラ皇国の文明から見れば、地球のスマートフォンなどは玩具おもちゃですらない。アプリのプログラム制作よりも、地球の技術レベルに合わせて機器を接続する方が難しかったくらいだ。

 七海の携帯電話を見下ろし、秀樹が目を輝かせる。


「おっ、七海もマズレンやんのか! ……ん、見たことないゲームだな」

「ちょっとね。まあ、これは仕事みたいなものかな」

「読めたぜ! 新作のテスターにでもなったか? こんにゃろ、うらやましい奴だ! それに……どのもかわいいじゃんかよ。絵師は誰だこれ。じゃねーか! なんだよ、ただの神かよ!」


 まあ、あながち間違ってはいない。

 封印艦隊の少女達が創造主そうぞうしゅと呼ぶ、それは先史文明の人間達だ。それは恐らく、あの虚天洋に生きる人類にとっては神みたいなものだろう。

 そして、神々の遺産だけが神星アユラ皇国のアドバンテージだ。


「しかし、何だ? これはあれか、SFなのか? スペースオペラなのか!」

「まあ、そんなところかな」

攻逐艦こうちくかん巡撃艦じゅんげきかん? 装甲戦艦そうこうせんかん高速突撃艦こうそくとつげきかん近接格闘艦きんせつかくとうかん……おいおい、何だこりゃ」

「そういうゲーム、なんだと思った方がいいよね。地球の……あ、いや、僕達の知ってる艦種とは違うみたいなんだ。まあ、まずはその特性の把握からかな」


 そう、封印艦隊には特殊な艦が多過ぎる。

 攻逐艦や巡撃艦などはまだいい……それぞれ、地球で言う駆逐艦や巡洋艦にあたる。だが、完全な盾役タンクとして機能する防御力に特化した装甲戦艦や、速力こそが全てという高速突撃艦は現実では見られないタイプだ。近接格闘艦などは、艦首の衝角ラムで体当りして、文字通り格闘戦で敵艦を撃沈するという。

 七海は地球に戻るまでずっと、彼女達のスペックの把握はあくに努めてきた。

 今では、だいたいのイメージがつかめつつある。


「おっ、このイシュタルちゃんってかわいいな! ロリコンじゃないけど、ぶっちゃけ俺は小さな女の子が大好きだからよ」

超ヱ級大戦艦ちょうエきゅうだいせんかん、イシュタル。彼女、この中で最年長らしいよ? ……まあ、僕はまず彼女を納得させないといけないんだけど」

「……マジ? もしかして、ロリババァ?」

「そういう感じかも」


 秀樹はもう、こりゃたまらん! といった表情でうなった。

 だが、そうこうしていると教室の空気が一瞬静まり返る。

 誰もが突然、手を止め話すのをやめた。

 そんなクラスメイト達の視線の先に、一人の少女が立っている。野暮やぼったい眼鏡めがねに、くすんだ鈍色にびいろ蓬髪ほうはつ。そして、無表情で平坦な顔。

 リーチェアは小さく「お、おはようございます」とつぶやき、教室に入ってきた。

 七海にはまだ、信じられない。

 彼女が巨大な宇宙戦艦を操り、妹のために戦おうとしていることを。

 七海がリーチェアと目線で挨拶を交わす。

 そして、秀樹は遠慮なく声をかけた。

 それで周囲も、元の騒がしさを取り戻す。


「おっす、リーチェア! お前さ、知ってたか? 七海の奴、借りてる家がブッ壊されたらしいぞ。大家が解体したんだと。まあ、ボロ屋だったからなあ……雰囲気、好きだったんだが」

「お、おはよ、秀樹。七海も。ん……えと、そ、そう。そうなの、七海の家は、えっと、建て替えるから」

御近所ごきんじょだもんな、リーチェア。あ! お前、まさか……当面の住処がないからって、七海を家に連れ込んだりしてないだろうな」


 ギクリ! とリーチェアは目が泳いだ。

 いつもの眠そうなジト目で、彼女は視線をらす。

 七海はいつもの笑顔だったが、決して口にしなかった。

 地球に戻ってきても、彼女と一緒に遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンで暮らしているだなんて、言えない。あまつさえ、同じ顔の美少女達が周囲に沢山いて、その中の一人が副官などとは言えなかった。


「まあ、当面の心配事は何もないよ。ちゃんと寝る場所もあるし、ご飯も食べてる」

「そっか、まあそうだよな。リーチェアも、スマン! 俺は下世話なことを想像して、うらやましいと思ってしまったぜ」


 こんな屈託くったくのないところも秀樹の魅力だ。

 彼は他のクラスメイトが突然肩を組んできて「何だよー、おう!」と、そっちのグループへ向かう。一度だけ肩越しに振り返る彼に、七海はリーチェアと一緒に手を振った。

 そして、二人きりになるなりリーチェアがささやく。

 その声は、以前からの自信なさそうでどこか暗い彼女を彷彿ほうふつとさせた。


「ね、七海……わたし達、帰ってきちゃってよかったのかな?」


 今、こうしている間も虚天洋には戦いが始まろうとしている。

 七海の目算でも、一週間とたたずに戦端は開かれるだろう。

 何故なぜなら、敵である第七民主共生機構セブンス譲歩じょうほ妥協だきょうの意志が見られないからだ。

 一般的に、軍事力とは国防のためであると同時に、外交上の手札カードとしても機能する。双方の戦力を互いに探り合う中で、如何いかに戦争が不経済か、人的資源を消耗するかがわかるはずだ。

 聡明そうめいな人間ならば、この段階で戦争を回避する。

 だが、それを今回は敵に求められないだろう。

 言うなれば、第七民主共生機構は、。国民がどう思っているかはいざ知らず、七海の第一印象は手厳しい。ようするに、民主主義という宗教を盲信し、それを周囲に押し付けて回るカルト教団のようなものなのだ。


「大丈夫さ、リーチェア。あと、僕達はトゥアンナのためにも、なるべく普通の生活を送るべきだ」

「トゥアンナの、ため?」

「うん。彼女の決意と覚悟は、彼女からトゥアンナ・レキシントンという女の子の学園生活を奪ってしまった。その彼女が、願った。僕とリーチェアには、普通の暮らしを満喫して欲しいって」


 恐らくもう、トゥアンナは地球に戻らないと決めたのだろう。

 そして、生まれ育った宇宙の底、虚天洋では皇女として戦わなければいけない。

 そんな宿命に、大事な幼馴染だけをさらしてはおけないのだ。

 だが、七海達に平穏な日々をと祈った彼女の意志、その優しさも尊重したい。


「一応、手は全て打ってある。僕の予想がドンピシャなら……次の週末は忙しくなるよ。リーチェアもゆっくり休んで、あと……学園生活を楽しまなきゃ。ね?」

「う、うん。でも……ん、わかった。トゥアンナ、いつもいい子だもの、少し心配……きっと、あの子は頑張り過ぎちゃうから。早く、戦争を終わらせるんだ」


 そう言って、リーチェアは七海の机から離れた。

 そして、担任の教師が一人の女生徒を連れて入ってくる。

 予定通り、転校生だ。

 そう、全ては予定通り……こうしている今も、七海がイシュタル達に残してきた策は動き続けている。次の合流ポイントは、トゥアンナ達皇国艦隊の本隊とは真逆まぎゃくの場所だ。


「よーし、お前等座れ座れ! 転校生を紹介すっぞ。おう、自己紹介」

「はい。認識番号、第七ロット後期型A9-0000317……ミィナとお呼び下さい」


 そして、顔見知りの転校生は身を正して敬礼した。

 七海にとって、週末提督しゅうまつていとくと高校生との二重生活がこうして始まるのだった。

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