第9話「出港、再び宇宙の底へ」
まずは、無事に金曜日まで学園生活を
そして今、再び星の海へと戻る準備中だ。
巨大な
町外れの砂浜までは、あの大家さんが送ってくれた。
老人の名は、
リーチェアとトゥアンナに仕えた
助手席の七海は、改めてディーダの横顔を見やる。
「はは、何かワシの顔についてますかな? 七海
「いえ……あと、以前みたいに呼んでもらえると助かります、大家さん」
「助かっているのはワシ等なんじゃが、確かに。ワシも、不敬とは思いつつリーチェア様とトゥアンナ様を実の孫のように感じておりました。七海提督も……いえ、七海君もそれは同じなのですじゃ」
夜の海は真っ暗で、遠くに
寄せては返す波の音が、夜風に乗って静かに車を揺らしていた。
七海にとって、ディーダは小さな頃からずっと大家さんだった。今は見る影もない程に破壊されてしまった、七海の我が家。両親が海外に長期出張で、本当によかったと思う。
そういえば、と七海は以前からの疑問を口にした。
「大家さん、どうしてリーチェアとトゥアンナは
「ふむ、そのことはまだお話されてませんでしたか、リーチェア様は」
振り向くと、後部座席ではリーチェアが
下着姿の彼女は、ミィナに学校の制服を預けてている。あのやたらと
「ちょ、ちょっと、突然振り返らないで……はっ、はは、恥ずかし……」
「ああ、ごめん」
「もぉ」
下着姿のリーチェアは、語気を荒げるようなことはしなかった。
昔から、どこかボーッとして見えるジト目の女の子。鋭い
だから、今は笑って再び前を向く。
心なしか楽しげに、ディーダも先程の話の続きをしてくれた。
「神星アユラ皇国を今
「その方が
「
「……それほどまでに危険な相手なんですね、第七民主共生機構は」
「ワシは正直、民主主義がそんなに素晴らしいかどうかがわからんのですじゃ。じゃが、連中は必要とあらば正義のためと言って、暗殺からテロまで何でもやらかしますのう」
恐ろしい話だ。
国家が主導するテロリズムは、それはもうテロリズムとは呼べない。
国家や行政、支配者層に対して、暴力を用いて政治的主張をするのがテロリズムだ。だが、それを国家が自らやるならば、それはもう戦争行為に片足を突っ込んでいる。
背後から、着替えを終えたリーチェアが髪をたくし上げながら言葉を
彼女は運転席と助手席の間から顔を出して、ディーダの言葉を拾った。
「
「じゃあ、トゥアンナがこの間してた演説は」
「前からお父様が主張し続けていたことを、トゥアンナは自分の言葉にしたわ。あの子、いつも意志が強くて主張は明確でしょ? 自分の考えを柔軟に良くしていける子なの」
最後にリーチェアは、額に
眼鏡を外した彼女は、
そして、彼女の帰りを待つ
安全運転で車は、右に左にと
ミィナが透明で平坦な声をあげたのは、そんな時である。
「七海提督。提督も着替えて下さい。艦隊司令用の軍服を御用意しましたので」
「ああ、あれね……その、やっぱり僕も着替えないと駄目かい? 派手だよね、あれ」
「艦隊司令としての威厳が求められています。副官として着用をお願いする
「うーん、わかったよ。考えておく」
ミィナは他のヴァルキロイドがそうであるように、無表情で無機質だ。
そんな彼女も今、学校の制服を脱いでいる。
真っ裸だ。
七海は気にしないが、リーチェアが両手を伸ばして顔を包んでくる。
ゴキリ! と首の鳴る音が聞こえそうなほど、強く
「ミィナ、まずは早く着替えて。もうっ、どうして全部脱ぐ必要があるのよ」
「ヴァルキロイド用の艦内スーツは、ヘルメット装着時は真空の宇宙でも活動できるように設計されており、
「わかったわ、わかった。わかったから……は,早く着替えなさいよ。
ミィナもそうだが、ヴァルキロイド達はいつも白いスーツを着ている。首から下がすっぽりと覆われる、ダイバーがマリンスポーツで着るようなものだ。ところどころにメカニカルな
エルベリオンの艦内では、ミィナ達は全裸と変わらぬシルエットで働いている。
動じる七海ではなかったが、約得かと言われれば否定する気持ちに自信がない。
「あ、でもミィナ」
「はい。何でしょうか、七海提督」
「あまり学校では目立ってはいけないよ。前にもお願いしたけど」
「はあ……しかし、要求に対してスペック上のベストで応えることは、これはヴァルキロイドとしてインプットされた本能です。手を抜くというのは、少し難しいかと」
当然と言えば当然だが、ミィナはとても美しい容姿をしている。
どこか
そのおかげで、七海とリーチェアには忙しい一週間だった。
体育の授業で、ミィナが100
それでますます、ミィナの人気は白熱していた。
だが、それが
「何故、この星の人間はヴァルキロイドの私にこうも興味を向けるのですか? 七海提督、リーチェア艦長。私には理解に苦しみます」
七海はリーチェアと顔を見合わせ、肩を
ディーダだけがおかしそうに笑っていた。
「いいかい、ミィナ。君は一般的な人間の美的感覚に照らし合わせると、とても美しいんだ」
「それは、皇室が運用する遺宝戦艦のクルーとして造られたヴァルキロイドだからです」
「確かにね。でも、地球人にはそういうった
「……わかりました。以後、目立たぬように気を付けます」
そうしてくれると嬉しい、そう思ってそのまま七海は
だが、ミィナはよせばいいのに言葉を続けた。
「リーチェア艦長が何故、地球で変装して能力を
「……う、うるさいわね。昔から目つきが悪いっていわれてるの。それが、こんな真っ赤な目じゃ、怖いじゃない。だから、
「運動に関しても、見事なカモフラージュです。とてもトゥアンナ殿下と同じ遺伝子を持った双子の皇女殿下とは思えません」
「ちょっとミィナ? あんたね」
「勉学以外の全てで、おおよそ同世代の女子よりかなり低い能力値を
「
リーチェアが赤くなって、ツンと指でミィナの額を押す。
ずっと表情の変わらぬミィナの頭上で、飛び出て立った一房の前髪が揺れた。
そうこうしている間に、車は目的の砂浜へと到着する。
周囲には民家や商店がなく、この春先に訪れる者もいない。
すぐに車を降りたリーチェアは、額の量子波動結晶を輝かせた。
「エルベリオン、浮上。周囲の1km四方に対してアナログジャミング開始」
アナログジャミングとは、文字通り生物の五感、特に視覚と聴覚を撹乱することである。恐らく、周囲からは見えない
真っ直ぐ
七海はミィナの手に持つ軍服から、
そうして、見送ってくれるディーダに向き直るや、背筋を伸ばして敬礼した。
「では、ちょっとアレコレやっつけてきますので。また日曜の夜あたりに」
「リーチェア様を、そしてトゥアンナ様を頼みますぞ、七海君」
「ご安心を……こんなことはさっさと終わらせるに限りますから。僕は、必ず三人での日常生活を取り戻す、そう決めてるんです」
そう言って、制帽を
エルベリオンからの
毎日リアルタイムで報告を受けているが、あまりにも思う通りに行き過ぎているから。
過信を知らぬ男、三笠七海の勇名を
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