第10話「閃撃への抜錨」

 三笠七海ミカサナナミはリーチェア・レキシントンやミィナと共に、遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンで虚天洋エーテリアへと戻ってきた。封印艦隊ふういんかんたいとの合流ポイントは、第七民主共生機構セブンス版図はんとを広げる真っ只中である。

 エーテルの平面大洋とはいえ、宇宙はあまりにも広大だ。

 何より、七海はイシュタルを通じて封印艦隊に徹底した隠密行動おんみつこうどうを厳命してある。それに、まだまだ眠りから覚めたばかりの封印艦隊は、再艤装さいぎそう近代改修きんだいかいしゅうの真っ最中である。


「それを自分でやっちゃうから、やっぱり凄いことなんだよなあ……この達は」


 七海は今、エルベリオンの艦橋ブリッジからモニター越しに外を見やる。

 漆黒しっこくの異形が、暗礁宙域あんしょうちゅういきとなった周囲に無数に浮かんでいた。言うなればここは、小惑星の岩屑いわくずが密集した岩礁がんしょうのような海である。身を隠すには持って来いで、近付かれない限りは艦隊の存在に気付かない。

 今、周囲の邪龍じゃりゅうにも似た艦の全てが、作業中の光を無数にまたたかせている。

 封印艦隊の艦艇は全て、自律型の機械生命体だ。

 クルーも補給も必要なく、恒星でエネルギーをたくわえれば体内で魚雷ぎょらいもミサイルも造れる。必要とあらば自己進化し、自己修復機能も有しているのだ。

 ある意味では宇宙戦艦というよりも、と言えなくもない。

 その代表である長、イシュタルが副官のキュベレーを連れてやってきた。


「イシュタル様、キュベレー様、ブリッジイン」


 オペレーターのヴァルキロイドの、平坦な声を聴いて振り向く。

 艦長席でアップデート等の作業を進めていたリーチェアも立ち上がった。二人で出迎える少女達は、相変わらず扇情的せんじょうてきな薄着で、それすら神々しく見せてしまう威厳に満ちていた。

 小さな小さな童女どうじょがイシュタルで、その横のグラマラスな長身がキュベレーである。


「戻られたか、リーチェア殿下。そして、七海提督ていとく

「どうも、イシュタルさん。キュベレーさん達艦隊の皆さんもお疲れ様です」


 七海は片膝を突いて、イシュタルの目線に自分の目線を並べる。

 封印艦隊最年長の超ヱ級大戦艦ちょうえきゅうだいせんかんは、幼い顔立ちに老成した目を細めた。


「お願いしていた通り、偵察任務の方をこなしてくれてましたね。ありがとうございます」

「ミ級高速突撃艦こうそくとつげきかんの子等に行ってもらったが、手頃な惑星が見つかったのう」


 七海がイシュタルを通じて頼んだ、偵察任務。

 それは、第七民主共生機構の支配領域内で、支配に不満を持つ地域である。その中から、とりわけを調べさせていた。

 そして、期待通りにイシュタルは仲間達を通じて見つけてくれたらしい。

 そのことに改めて礼を言うと、彼女はわずかにほおを赤らめた。


「提督の命令は絶対、そしてワシ等封印艦隊は一時的にリーチェア殿下をあるじと認めておる。……まあ、今後もそうあるかどうかは、実力を見てから決めるがのう」

「それで結構です。戦果を……大戦果を御覧に入れますので、楽しみに待ってて下さい」

「ほう? それは面白いのう」


 小さくのどを鳴らして、イシュタルが笑った。

 無垢むくな幼子に見えても、浮かべる笑みは老獪ろうかいさを感じる。

 そうこうしていると、頭上から声が降ってきた。

 身を正して直立不動のキュベレーが、僅かに声をとがらせる。


「それで、提督! リーチェア殿下と二人で、どこへ? この一週間程、ずっと姿が見えなかったようだが」

「ああ、ミィナも……副官のヴァルキロイドも連れて、地球に戻ってました」

「地球と言うのは、はるか天上に浮かぶ辺境惑星へんきょうわくせいだな? 何故なぜ?」

「いえ、僕もリーチェアも学生なので。高校生をやってるんです」


 最初、キュベレーは目を点にして黙った。

 理解不能だと言わんばかりに、ほうけてしまったのだ。

 だが、我に返った彼女は声を荒げて詰め寄ってくる。


「提督は我等封印艦隊を馬鹿にしているのか! 我等は創造主がつくたもうた最強艦隊! この虚天洋にその名をとどろかせた禁忌きんきの力そのものなのだ! それを」

「ええ、そうなんです。キュベレーさん達が最強だと、この一週間ではっきりとわかりました。だから、キュベレーさんにもお礼を言わなければいけません。ありがとうございます」

「なっ……そ、それはどういう意味だ」


 露骨ろこつにキュベレーは動揺した。

 耳まで真っ赤になって、たじろいでいる。


「最強の戦力であるということは、その事実を的確な時に情報として広め、事実として成立させることで最大の効率をあげることができます」

「う、ううむ……つまり?」

「僕がお願いした通り、偵察に徹してくれた。だから、敵はまだ封印艦隊の復活すら知らない。そして、それを僕とリーチェアで知らしめます……その時、キュベレーさんの力にお頼りすることになりますが、その強さには全く疑いをもっていません。安心してますよ、キュベレーさん」


 ニコリと笑って、七海はキュベレーの青白い手を握る。

 そして更に手を重ねて、冷たいひんやりとした感触に自分の熱を伝えた。

 ますます赤くなって、キュベレーは黙ってしまった。


「わ、わかっていればいいのだ……我等封印艦隊、ひとまずは提督の指揮下に入ろう。それはイシュタル様も承知しておる。そ、それにだ!」

「ええ。僕とリーチェアが、封印艦隊の実力を再びこの虚天洋に知らしめます。敵は知るでしょう……先史文明せんしぶんめいが残した神々しき最強艦隊の荘厳そうごんさを」

「お、おう……うん、そうだな! それがいい! うんうん。なんだ、わかっているではないか。イシュタル様、我等もまずは肩慣かたならし、久々の戦ゆえ……まずはお手並み拝見と行きましょう!」


 キュベレーは上機嫌じょうきげんで笑っている。

 

 かなりチョロい人らしい。

 それは、困惑顔で溜息を零すイシュタルの表情からも明らかだった。

 だが、高笑いを響かせるキュベレーを見上げつつ、彼女は再度リーチェアに確認してくる。今までずっと黙っていたリーチェアに、鋭い視線の矢が突き刺さった。


「では、リーチェア殿下……七海提督が指揮官であることを示すように、貴女にも我等の主たる皇家の人間として、力を示してもらわねばならぬが」

「は、はい……うん、わかってます。わたしがあなた達封印艦隊を率いるにふさわしい皇女こうじょかどうか、その目で確かめて下さい」

「フッ、よい返事じゃ」


 それだけ言って、イシュタルはキュベレーを連れて行ってしまった。

 外を見れば、周囲のふねの中で一際巨大な威容がすぐ横にそびえ立っている。超ヱ級大戦艦、イシュタルの本体だ。真紅の巨艦であるエルベリオンよりも大きく、並べばまるで大人と子供だ。

 そして、そのスペックをすでに七海は熟知している。

 イシュタルやキュベレーだけではない、全ての艦のデータが頭に入っていた。


「さて、今後は時間を作って全員と面談もしたいね」

「……5,000隻以上いるけど、全員と会うの? 七海」

「仲間だからね。名前も知りたいし、顔は覚えててあげたい。僕の命令一つで、彼女達は死んでしまうかもしれないから。その責任を少しでも、自分に刻み付けておきたいんだ」


 これは、ゲームではない。

 これから本当に戦争をするのだ。

 有機体の身体を持つアンドロイドと、古代の機械生命体を率いて……リーチェアと二人で、トゥアンナを助けるために戦うのだ。

 そのことを改めて確認するように、七海はリーチェアに向き直る。


「ねえ、リーチェア……イシュタルっていうのは、シュメール文明の古い女神の名だ。キュベレーというのも地母神だね。ラクシュミ、フレイア、アマテラス……封印艦隊の艦名は、地球の神話と不思議な合致がっちがある」

「え、ええ」

「つまり……これは逆じゃないかと思うだ。彼女達が地球の女神の名をかんしているんじゃなくて、


 ――あるいは、地球の女神達が、イシュタルやキュベレーといった封印艦隊そのものだという考えも成り立つ。

 それは、七海の中である仮説へと結びついていた。

 このエーテルの海、虚天洋から飛び立てるのは遺宝戦艦のみ。

 宇宙の底であるこの場所では、あらゆる艦が洋上を走るしかできないのだ。そしてそれは、脅威のオーバーテクノロジーの産物である封印艦隊の皆も同じだ。

 では、どうやって彼女達は地球の歴史に名を残したのか?

 どうして封印艦隊は、ここからみて遥か頭上の地球で神話になったのか?

 七海の考えが正しければ、それは大きな武器になる。

 しかし、今はそのことよりも、リーチェアに伝えねばならないことがあった。


「僕もベストを尽くす。一応考えもなく動くつもりはなくてね。だから、リーチェア……君もまた、自分の力をイシュタルさん達に見せつける必要があるんだ」

「うん。でも……できるかな? わたしに」

「できるかどうかは君次第。そして、やるよ……やり遂げる。僕も一緒だしね」


 そう言って、七海はそっと手を出しリーチェアをエスコートする。

 七海の手を取り、優雅な軍服姿でリーチェアは再び艦長席に座った。


「七海もさ、艦隊司令の席に……わたしの、後ろに」

「いや、ここでいいよ。君のとなりにいる。すぐそばにいる。……じゃあ、始めようか」


 七海に頷きを返して、リーチェアが凛々りりしい声を響かせる。

 そこにもう、学校でおどおどして黙りこくる内気な少女の姿はなかった。


「エルベリオン、抜錨! 全艦、我に続け……目標、惑星グラン・プール! 最大戦速!」


 艦橋のヴァルキロイド達が、忙しく各艦との連絡を取り始めた。

 錯綜する情報が目まぐるしく更新される中、徐々にエルベリオンが加速してゆく。

 そのGが、艦の慣性制御かんせいせいぎょシステムで相殺しきれぬ程に、高まってゆく。

 七海はリーチェアを拘束するようなコンソールのわきに腰掛け、なるべく平然とした顔で幼馴染おさななじみに寄り添った。

 紅蓮ぐれんに燃えるくさびと化して、エルベリオンは恐るべきスピードで第七民主共生機構の勢力圏内へと飛び込んでいった。

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