第10話「閃撃への抜錨」
エーテルの平面大洋とはいえ、宇宙はあまりにも広大だ。
何より、七海はイシュタルを通じて封印艦隊に徹底した
「それを自分でやっちゃうから、やっぱり凄いことなんだよなあ……この
七海は今、エルベリオンの
今、周囲の
封印艦隊の艦艇は全て、自律型の機械生命体だ。
クルーも補給も必要なく、恒星でエネルギーを
ある意味では宇宙戦艦というよりも、宇宙怪獣と言えなくもない。
その代表である長、イシュタルが副官のキュベレーを連れてやってきた。
「イシュタル様、キュベレー様、ブリッジイン」
オペレーターのヴァルキロイドの、平坦な声を聴いて振り向く。
艦長席でアップデート等の作業を進めていたリーチェアも立ち上がった。二人で出迎える少女達は、相変わらず
小さな小さな
「戻られたか、リーチェア殿下。そして、七海
「どうも、イシュタルさん。キュベレーさん達艦隊の皆さんもお疲れ様です」
七海は片膝を突いて、イシュタルの目線に自分の目線を並べる。
封印艦隊最年長の
「お願いしていた通り、偵察任務の方をこなしてくれてましたね。ありがとうございます」
「ミ級
七海がイシュタルを通じて頼んだ、偵察任務。
それは、第七民主共生機構の支配領域内で、支配に不満を持つ地域である。その中から、とりわけ防衛戦力の整った惑星を調べさせていた。
そして、期待通りにイシュタルは仲間達を通じて見つけてくれたらしい。
そのことに改めて礼を言うと、彼女は
「提督の命令は絶対、そしてワシ等封印艦隊は一時的にリーチェア殿下を
「それで結構です。戦果を……大戦果を御覧に入れますので、楽しみに待ってて下さい」
「ほう? それは面白いのう」
小さく
そうこうしていると、頭上から声が降ってきた。
身を正して直立不動のキュベレーが、僅かに声を
「それで、提督! リーチェア殿下と二人で、どこへ? この一週間程、ずっと姿が見えなかったようだが」
「ああ、ミィナも……副官のヴァルキロイドも連れて、地球に戻ってました」
「地球と言うのは、
「いえ、僕もリーチェアも学生なので。高校生をやってるんです」
最初、キュベレーは目を点にして黙った。
理解不能だと言わんばかりに、
だが、我に返った彼女は声を荒げて詰め寄ってくる。
「提督は我等封印艦隊を馬鹿にしているのか! 我等は創造主が
「ええ、そうなんです。キュベレーさん達が最強だと、この一週間ではっきりとわかりました。だから、キュベレーさんにもお礼を言わなければいけません。ありがとうございます」
「なっ……そ、それはどういう意味だ」
耳まで真っ赤になって、たじろいでいる。
「最強の戦力であるということは、その事実を的確な時に情報として広め、事実として成立させることで最大の効率をあげることができます」
「う、ううむ……つまり?」
「僕がお願いした通り、偵察に徹してくれた。だから、敵はまだ封印艦隊の復活すら知らない。そして、それを僕とリーチェアで知らしめます……その時、キュベレーさんの力にお頼りすることになりますが、その強さには全く疑いをもっていません。安心してますよ、キュベレーさん」
ニコリと笑って、七海はキュベレーの青白い手を握る。
そして更に手を重ねて、冷たいひんやりとした感触に自分の熱を伝えた。
ますます赤くなって、キュベレーは黙ってしまった。
「わ、わかっていればいいのだ……我等封印艦隊、ひとまずは提督の指揮下に入ろう。それはイシュタル様も承知しておる。そ、それにだ!」
「ええ。僕とリーチェアが、封印艦隊の実力を再びこの虚天洋に知らしめます。敵は知るでしょう……
「お、おう……うん、そうだな! それがいい! うんうん。なんだ、わかっているではないか。イシュタル様、我等もまずは
キュベレーは
チョロい。
かなりチョロい人らしい。
それは、困惑顔で溜息を零すイシュタルの表情からも明らかだった。
だが、高笑いを響かせるキュベレーを見上げつつ、彼女は再度リーチェアに確認してくる。今までずっと黙っていたリーチェアに、鋭い視線の矢が突き刺さった。
「では、リーチェア殿下……七海提督が指揮官であることを示すように、貴女にも我等の主たる皇家の人間として、力を示してもらわねばならぬが」
「は、はい……うん、わかってます。わたしがあなた達封印艦隊を率いるにふさわしい
「フッ、よい返事じゃ」
それだけ言って、イシュタルはキュベレーを連れて行ってしまった。
外を見れば、周囲の
そして、そのスペックを
イシュタルやキュベレーだけではない、全ての艦のデータが頭に入っていた。
「さて、今後は時間を作って全員と面談もしたいね」
「……5,000隻以上いるけど、全員と会うの? 七海」
「仲間だからね。名前も知りたいし、顔は覚えててあげたい。僕の命令一つで、彼女達は死んでしまうかもしれないから。その責任を少しでも、自分に刻み付けておきたいんだ」
これは、ゲームではない。
これから本当に戦争をするのだ。
有機体の身体を持つアンドロイドと、古代の機械生命体を率いて……リーチェアと二人で、トゥアンナを助けるために戦うのだ。
そのことを改めて確認するように、七海はリーチェアに向き直る。
「ねえ、リーチェア……イシュタルっていうのは、シュメール文明の古い女神の名だ。キュベレーというのも地母神だね。ラクシュミ、フレイア、アマテラス……封印艦隊の艦名は、地球の神話と不思議な
「え、ええ」
「つまり……これは逆じゃないかと思うだ。彼女達が地球の女神の名を
――あるいは、地球の女神達が、イシュタルやキュベレーといった封印艦隊そのものだという考えも成り立つ。
それは、七海の中である仮説へと結びついていた。
このエーテルの海、虚天洋から飛び立てるのは遺宝戦艦のみ。
宇宙の底であるこの場所では、あらゆる艦が洋上を走るしかできないのだ。そしてそれは、脅威のオーバーテクノロジーの産物である封印艦隊の皆も同じだ。
では、どうやって彼女達は地球の歴史に名を残したのか?
どうして封印艦隊は、ここからみて遥か頭上の地球で神話になったのか?
七海の考えが正しければ、それは大きな武器になる。
しかし、今はそのことよりも、リーチェアに伝えねばならないことがあった。
「僕もベストを尽くす。一応考えもなく動くつもりはなくてね。だから、リーチェア……君もまた、自分の力をイシュタルさん達に見せつける必要があるんだ」
「うん。でも……できるかな? わたしに」
「できるかどうかは君次第。そして、やるよ……やり遂げる。僕も一緒だしね」
そう言って、七海はそっと手を出しリーチェアをエスコートする。
七海の手を取り、優雅な軍服姿でリーチェアは再び艦長席に座った。
「七海もさ、艦隊司令の席に……わたしの、後ろに」
「いや、ここでいいよ。君の
七海に頷きを返して、リーチェアが
そこにもう、学校でおどおどして黙りこくる内気な少女の姿はなかった。
「エルベリオン、抜錨! 全艦、我に続け……目標、惑星グラン・プール! 最大戦速!」
艦橋のヴァルキロイド達が、忙しく各艦との連絡を取り始めた。
錯綜する情報が目まぐるしく更新される中、徐々にエルベリオンが加速してゆく。
そのGが、艦の
七海はリーチェアを拘束するようなコンソールの
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