第7話「異形の邪神艦隊」

 三笠七海ミカサナナミは、少しの仮眠をとった。

 その間に、この虚天洋エーテリアと地球との時差ボケを修正しようと思ったのだ。

 艦隊司令用の個室でベッドから起き上がり、身体の気だるさが少し薄らぐのを感じる。立ち上がって側のテーブルに手を伸べれば、就寝前にミィナが渡してくれた量子波動結晶アユラクォーツがある。

 白金プラチナに輝く、小さな水晶体だ。

 それを額につけると、すぐに必要な情報が頭になだれ込んでくる。


「現在、艦内時間は神星しんせいアユラ皇国こうこく標準時で8時前後……地球時間だと日曜日の朝か」


 他にも、このエルベリオンの再艤装さいぎそうが完了しつつあることなどが伝わってくる。

 これだけの巨大な宇宙戦艦でも、エーテルの海を進めば波間に揺れた。今も、静かに小さく上下している。それでも、真紅しんく巨艦きょかん波濤はとうを超えて快速で疾走はしっていた。

 部屋を出て、艦橋ブリッジへ向かう。

 途中、幾度いくどかヴァルキロイドとすれ違い、敬礼を交わす。

 皇国式の敬礼も、七海がすれば少しぎこちない。

 それでも、皆が提督ていとくと呼んでくれるからには、ベストを尽くすつもりだ。その決意も新たに、エレベーターを経由して艦橋へと到着する。


「七海提督、ブリッジ・イン」


 オペレーターをやっているヴァルキロイドの声で、皆が立ち上がって振り向き、敬礼してくれた。同じように敬礼を返して、すぐに艦長席へ歩み寄る。

 すでにリーチェア・レキシントンは、ふねかじをとっていた。

 今日はドレスのような軍服姿で、とても凛々りりしい。跳ね放題の蓬髪ほうはつはそのままに、襟元までぴっちり覆った上着にミニスカートだ。純白の戦衣を着て、リーチェアは紅の視線で七海を見上げてくる。


「おはよう、リーチェア」

「ん、おはよ……眠れた?」

「少しね。でも、十分だよ。どう? その、αアルファ417には無事につきそう?」

第七民主共生機構セブンスの警戒網には引っかからないわ。そういうふうに動かしてるし」


 リーチェアはすぐにコンソールに触れて、小さな電子音を響かせる。

 正面の巨大なモニターが、外の景色を映し出した。

 まるで、窓の外の風景で、それも絶景だ。

 深い緑色の海が、透き通ってどこまでも続いている。地球では存在が一時期否定されていた、エーテルの海だ。ここは宇宙の底で、無重力なのに海がある。そして、エーテルに満ちた海中は死の世界……あらゆる生命いのちが生存を許されない場所だ。

 エルベリオンが向かう先に、ぼんやりと光る星が浮かんでいる。

 北半球の一部を海面に出した、それは巨大な白色矮星はくしょくわいせいだった。

 リーチェアが立ち上がると、彼女のひたいで赤い量子波動結晶がきらめく。


「両舷減速、そののちにエンジン停止。艦のコントロールを通常モードへ」


 すぐに周囲のヴァルキロイド達が復唱し「アイハブ」と短く返してくる。

 艦長席からリーチェアが単身でコントロールすることもできるが、その全てをヴァル気ロイド達へと移譲する。そうして彼女は、まるでコクピットのような座席から飛び降りた。

 手を取ってそれを助けながら、七海は広がる景色に目を細めた。


「あれが、α417……凄い景色だね

「多分、地球人でこの世界を見たのは、七海が初めて」

「まあ、感慨深かんがいぶかいけど……まずは仕事を優先しよう。その、封印艦隊ふういんかんたいってのは」

「待ってて、すぐに呼び出す。呼びかけて、みる」


 そう言って突然、リーチェアは軍服の胸をはだけた。

 それとなく目をそらした七海は、改めて正面の巨大な恒星を見やる。その質量は小さくなっており、老年期を迎えた星だ。それでも、消滅するのにまだ何万年もかかるだろう。

 どこか老成して見える青白い炎をまとって、エーテルの波間に浮かぶα417。

 見惚みとれていると、隣でリーチェアが静かに言葉を選ぶ。


「神星アユラ皇国皇女、リーチェア・アユラ・ミル・アストレアが命じる! 我が呼び掛けに応えて、ながき眠りより目覚めなさい……封印されし者達よ!」


 リーチェアの胸で、あの紋章が光っていた。

 小さい頃はなかった、まるで象形文字を集めた不思議な模様だ。

 あざのように、傷跡よりも鮮明にきざまれた謎の文字。それがまた、金色こんじきの光を放っている。思わず隣にその輝きを見下ろして、再度七海は目を逸らした。

 昔はリーチェアは勿論もちろん、トゥアンナとも一緒にお風呂に入ったことがある。

 小学校三年生くらいまで、そうだった気がする。

 だが、わずか数年で二人の少女は美しく成長した。

 誰もが憧れるトゥアンナは当然、地味な眼鏡で自分を隠していたリーチェアもだ。

 そんなことを思い出していると、不意に艦が強く揺れる。鳴動と共に、正面の白色矮星α417が震え出した。艦橋内のヴァルキロイド達も慌ただしくなる。


「恒星内部に高エネルギー反応多数」

「信号受信、封印艦隊からです」

「ぞくぞく浮上中、数は5,000以上。現在も増加中」


 七海は言葉を失った。

 それは、想像していた姿とまるで違う。

 地球の価値観で見て、娯楽作品に出てくるような洋上艦そのままのエルベリオンとも違うのだ。

 例えるなら、それは

 群れなす邪龍の艦隊だ。


「これが、封印艦隊」

「ええ。はるかな太古、先史文明が私達皇国に残した遺産……」


 恒星から次々と飛び出してくる、魚龍サーペントの群れ。そう、エーテルに浮かんで泳ぐ姿はまるで古代魚こだいぎょだ。そのどれもが、刺々とげとげしい装甲に覆われている。

 形はどれも違って、同じものは一つもない。

 あっという間にエルベリオンは、禍々まがまがしい龍の群れに囲まれてしまった。

 そして、オペレーターのヴァルキロイドが振り返る。


「リーチェア艦長、封印艦隊の族長艦ぞくちょうかんが乗艦を求めています」

「乗艦を許可します。……七海、ここからが正念場だよ? わたしを、支えてくれる?」


 無言で七海は頷き、リーチェアの手を握る。

 少し驚いた顔のあとで、伏目がちにうつむきながらリーチェアも手を握り返してきた。

 程なくして、艦橋の扉が圧搾空気あっさくくうきの抜ける音と共に開かれる。

 そこには、これまた以外な光景が広がっていた。

 そして、七海には逆にお馴染なじみみというか、見覚えのあるキャラクター然とした少女達が歩み出る。ヒラヒラと布地面積の小さな薄着で、あらわな素肌は青白い。


「乗艦許可に感謝を。ワシが封印艦隊の族長艦、イシュタルじゃ。お初にお目にかかる、リーチェア殿下でんか


 長い長い金髪をツインテールに結った、小さな女の子がそこにはいた。太古の地母神ちぼしんの名を名乗った少女は、どう見ても十歳前後だ。その目だけが、美しい輝きをそのまま老成ろうせいさせている。まるで、目の前の白色矮星のようだ。

 そして、イシュタルの隣には長身でグラマラスな女性が立っている。

 その女性を振り返って見上げ、イシュタルは静かに言葉をつむいだ。


「キュベレー、リーチェア殿下に御挨拶ごあいさつせよ」

「ハッ! 私は大戦艦キュベレー、これより我々封印艦隊はリーチェア殿下の麾下きかへと……入る、つもりだが。それより」


 キツそうな目をさらに細めて、キュベレーは七海をすがめた。

 そして、そのまま胡乱うろんげな視線でリーチェアをも見やる。


「……何故なぜ、軍艦に男が乗っている! しかも、その量子波動結晶の色は……ま、それはいい。だが、この際だからはっきり言おう。何故、トゥアンナ殿下ではないのだ!」


 イシュタルが静かに「これ、キュベレー」とたしなめる。

 だが、大きな胸を揺らしてキュベレーはさらに口調を強めた。


「封印中もデータ収集はさせてもらっている。双子の皇女は確か、遺宝戦艦いほうせんかんをもって上の宇宙へ逃されていたと聞く。トゥアンナ殿下は聡明そうめいで文武両道、非常に優れた人間だが」


 七海と繋いだ手を、ビクリとリーチェアは震わせた。

 だから、七海はより強く優しく、その手を握り締めて言葉を挟む。


「発言をよろしいですか? リーチェア艦長。それに、キュベレーさんもイシュタルさんも」


 無言でうながす気配が満ちたので、七海は一歩前へと歩み出る。


「僕は、三笠七海。リーチェアとトゥアンナを救い支えると誓った者です。そして、これまでずっと二人と一緒に暮らしてきました」

「なっ……それでか! ううむ、そうか……ならば男でも乗艦せねばならんな。ふむ」


 キュベレーは七海を見て、その額に輝く白金の量子波動結晶を見やる。

 だが、不満げに腕組み、彼女は再びリーチェアへと鋭い言葉を投げつけた。


「トゥアンナ殿下はどうした? 我々は皆、皇国のために死力を尽くすよう、創造主に定められている。だが……それだけの力を示してもらわねば、従うことはできない」

「そ、それは……わかってるわ。トゥアンナは今、主力艦隊を集めて行動中よ。敵は、第七民主共生機構。その不当な拡大政策に、虚天洋の星々がさらされている」

「ならば、我々は皇国の剣となって戦おう。すぐにトゥアンナ殿下に合流したい、許可を!」


 キュベレーは要するに、自分達を起こした皇女のリーチェアに不満があるらしい。七海も、普段の学校での見慣れたリーチェアならば、同じことを思ったかもしれない。

 だが、今の彼女はもう違う。

 華やかな妹を陰ながら見守ってきた、地味で内気な姉はもういないのだ。

 そして、それを証明せよとイシュタルも無言で見詰めてくる。

 ならば、その手助けをするのも七海の役目だ。


「キュベレイさん、そしてイシュタルさん。どうでしょう? 僕とリーチェアが貴女達あなたたちにふさわしい人間かどうか……最初の戦いで証明させていただけませんか?」


 ふむ、とキュベレイは唸って黙る。

 逆に、イシュタル真っ直ぐ七海を見上げて頷いた。


「よかろう、少年。お主はリーチェア殿下が見初みそめた男、そのお主が言うのだから機会を与えることとしよう。じゃが、ワシ等を満足させられぬようなら……」

「ええ。その時はトゥアンナの元へ行くといいでしょう。でも」

「でも? なんじゃ」

「僕は予想は裏切っても、期待は裏切らないつもりですよ」


 そう言って七海は、精一杯の虚勢をはった。ハッタリ、不遜ふそんに見えろとばかりに不敵な笑みを浮かべてみる。それがイシュタルの目にどう映ったかはわからない……だが、彼女は面白そうにニヤリと笑い返してくるのだった。

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