第24話「最終決戦、開始」
けたたましいアラートの警報音が、
リーチェア・レキシントンはまだ、戻ってきていない。普段は封鎖されている、未整理の区画へと入っていったのだ。このエルベリオンは、太古の文明が作った
「さて、腹をくくる時がきたみたいだね」
七海は額の
同時に、副官のミィナへキュベレーを呼び出すように伝える。その間もずっと、
前方のモニターに、
『七海提督、私だ。艦隊を再編成するのか? そんな時間は』
「交戦ポイントへ移動しつつ、艦隊を再構築するんだ。できるかな? キュベレーさん」
『フッ……イシュタル様なら、無理とは言わんところだな。よかろう! 私に任せろ!』
「ありがとう。
七海の言葉に、キュベレーは目を丸くした。
そして、次の瞬間にはいつもの
『わっはっは! そいつはいい。絶望的ではないと知れるだけでも意味がある。……で、どっ、どど、どんなだ? どう有利な、どれだけの幸運なのだ! 私には、さっぱりわからん!』
「うん、説明するね。敵艦隊は、僕達と戦っていた方と、キュベレーさん達が足止めしていた方、双方が合流して総数30,000隻の大艦隊になった」
『……やはり、わからん! 圧倒的に不利ではないか。こっちは5,000隻を切っているんだぞ!』
「ただ、敵はわざわざ大兵力を合流させた。惑星スナイブルの生存可能率は87%、
『う、うむ。それで?』
ミィナがキュベレーの隣に、海図を表示してくれた。それを覗き込むようにして、隣のウィンドウでキュベレーは首を傾げる。本当にこの場にいて、自分の窓枠から顔を出すような感覚だ。
七海は敵が迫る中で言葉を続ける。
「僕なら、キュベレーさんを追ってきた
『なるほど……確かに! だが、敵はそれを選ばなかった』
「そろそろ
その時だった。
予想通りミィナが、
「七海提督、通信です。
「
『ほう! 敵の総大将……
七海は量子波動結晶を通じて、キュベレーとの通信を打ち切った。
皇国側の大きなアドバンテージは、量子波動結晶でのやり取りで命令伝達が迅速かつ正確に行われることである。巨大な組織である艦隊を運営するにしても、決済の書類も責任者の確認も少なくて済む。
七海が許可すれば、
そのことを改めて考えていると、モニターに軍服の老人が映る。
『こちらは機構軍上級大将、グレッグ・バイツだ。……子供が? しかも、男の子か』
「はじめまして、グレッグ提督。僕は三笠七海、学生です。封印艦隊を含む、この遊撃艦隊の司令官です」
『……了解した。では、改めて
「お断りします」
『ほう? 即答かね』
「思考を挟む余地がない案件ですので」
十代の子供であろうと、敵の提督ならば必要な手続きを経て攻撃する。
命令を遂行する軍人としての、物言わぬ
『考え直し給え。すでに戦力差は明らか、そして君の背後には身動きの取れない
「そう、勝敗は決した……普通ならばそう思いますよね。でも、残念ながら我々は普通の艦隊ではありません。そのことは、これから一戦交えて証明させて頂きます」
『……了解した、貴官の艦隊を
「おてやわらかに、提督。降伏勧告、ありがとうございました」
グレッグは最後に敬礼して、少し笑った。
きっと、七海のことを
当然だが、七海は機構が憎くて戦っている訳ではない。むしろ、地球人という立場から言えば完全に
戦争は常に、感情や情緒とは無縁な理由で始まる。
経済、思想、宗教、資源問題や領土問題だ。
そして、終わるまで憎悪しか生み出さない。
「さて……ミィナ、艦隊再編の
「既にキュベレー様がはじめました。現在、我が艦隊は敵の正面へと展開中。指示通り、装甲戦艦や大戦艦等、防御力の高い艦を先頭に集めています」
「うん。キュベレーさん達を90度回頭させて、横っ腹を見せて
「了解」
現状、取れる戦術は少ない。
選択肢が少ない、むしろ選択の余地がないのだ。
半個艦隊の中で1.000隻とちょっとの、大型艦を横向きに盾にする。そして、その影に小型艦を配して火力を集中、
何より、背後にはトゥアンナ達の脱出船団がいるのだ。
「惑星スナイブルの自転は?」
「残念ながら、中継ステーション周辺が惑星の影に入るには、あと二時間ほど掛かります」
「つまり、二時間耐えれば……一度だけ、退ける。一緒に惑星の影に入って、追ってくる敵艦隊は長く伸びてゆく訳だ。そうなれば、一度の戦闘で対峙する敵の数は減ることになる」
「……長い二時間の始まりですね、提督」
「まったくだね」
30,000隻以上の大艦隊と、正面から戦うことになった。
それでも、背後の脱出船団がスナイブルの影……自転と共に移動する中継ステーションと共に、惑星自体の裏側に行ってくれればまだ先はわからない。
なぜなら、七海にとっての切り札は今もこの艦で奮戦しているから。
すがるような気持ちではなく、もっと確固たる見えない何かをもって、七海はリーチェアを送り出したのだ。
「さて、再編成の方はどうかな?」
「
「敵の主力艦データは頭に入ってる。一番強くても、機構側の砲は
七海はいつもの腰掛けにしているコンソールの上から立ち上がる。
そして、きょとんと見詰めてくるミィナの肩をポンと叩いた。
「僕はちょっと、リーチェアを迎えに行ってくる。艦長代理を頼めるかい?」
「は、はい。あの、七海提督……艦隊司令は」
「戦争ってのは、始まった時には九割が決まってるんだ。始まる瞬間まで、何をどう積み上げていくか……僕はベストの選択肢を選んだし、選び続ける。その、最後のピースを拾いに行くのさ」
「なるほど」
「自信ないかい?」
ミィナは珍しく、
だが、やはり全く表情を変えずにフラットな答を返してくる。
「いえ、艦長代理として操艦を実行します。と、いっても……皇族のリーチェア艦長と違って、艦橋の全員で
「うん」
「可能です、それに……こういう時のベストな対処法を、学校で
「……そう? 意外だな。……なんだか心配になってきたよ」
ミィナは、艦橋にいる全てのヴァルキロイドの姉妹達へと叫んだ。
その瞬間、七海はやれやれと顔を手で
「総員、
静寂。
だが、ミィナもミィナなら、姉妹達も姉妹達だった。
「了解、
「すまんな、みんなの命を俺様にくれ。そして俺様は、皇国の
「艦橋要員の
「では、教育してやろう! 皇国軍の戦い方をな! ふはははは! ……こんな感じです、七海提督。ちゃんと教えられた通りですので、安心していただけるかと」
端正な真顔で、瞬き一つせずミィナは胸を張っていた。
少し、いや……凄く不安だ。
これは、いよいよリーチェアを早く艦橋に戻すべきだと七海は切実に思ったのだった。そして、彼は一人で広大な遺宝戦艦の未整理区画へと挑んでいった。
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