第24話「最終決戦、開始」

 けたたましいアラートの警報音が、艦橋ブリッジの空気を震わせる。

 三笠七海ミカサナナミ溜息ためいきをついて、空っぽの艦長席を見下ろした。

 リーチェア・レキシントンはまだ、戻ってきていない。普段は封鎖されている、未整理の区画へと入っていったのだ。このエルベリオンは、太古の文明が作った遺宝戦艦いほうせんかん……使用する皇族達にとっても、全てを掌握できぬ遺跡なのだ。


「さて、腹をくくる時がきたみたいだね」


 七海は額の量子波動結晶アユラクォーツに念じて、素早く艦隊の再編成計画をまとめた。

 同時に、副官のミィナへキュベレーを呼び出すように伝える。その間もずっと、雪崩なだんでくる情報が脳裏にあふれて、オペレーター達も忙しそうに報告を読み上げている。

 前方のモニターに、族長艦代理ぞくちょうかんだいりのキュベレーが映った。

 りんとした佇まいはいつもと変わらないが、心なしか疲れが見て取れる。


『七海提督、私だ。艦隊を再編成するのか? そんな時間は』

「交戦ポイントへ移動しつつ、艦隊を再構築するんだ。できるかな? キュベレーさん」

『フッ……イシュタル様なら、無理とは言わんところだな。よかろう! 私に任せろ!』

「ありがとう。海図チャートを確認してほしいけど、そう悪くない幸運もある。僕達が少数ゆえに引き寄せた、有利な……というよりは、最悪の事態を避けられる要素がね」


 七海の言葉に、キュベレーは目を丸くした。

 そして、次の瞬間にはいつもの豪胆ごうたんな笑いを見せてくれる。基本的に彼女は実直でシンプル、とても強いメンタリティを持っている。あの超ヱ級大戦艦ちょうエきゅうだいせんかんイシュタルに次ぐ存在、装甲戦艦そうこうせんかんキュベレーの名は伊達だてではないのだ。


『わっはっは! そいつはいい。絶望的ではないと知れるだけでも意味がある。……で、どっ、どど、どんなだ? どう有利な、どれだけの幸運なのだ! 私には、さっぱりわからん!』

「うん、説明するね。敵艦隊は、僕達と戦っていた方と、キュベレーさん達が足止めしていた方、双方が合流して総数30,000隻の大艦隊になった」

『……やはり、わからん! 圧倒的に不利ではないか。こっちは5,000隻を切っているんだぞ!』

「ただ、敵はわざわざ大兵力を合流させた。惑星スナイブルの生存可能率は87%、虚天洋エーテリアのエーテルに浸ってるのは南極付近のごくごく一部だ。そして、その近くにトゥアンナ達の脱出船団だっしゅつせんだんが集まる中継ステーションがある」

『う、うむ。それで?』


 ミィナがキュベレーの隣に、海図を表示してくれた。それを覗き込むようにして、隣のウィンドウでキュベレーは首を傾げる。本当にこの場にいて、自分の窓枠から顔を出すような感覚だ。

 七海は敵が迫る中で言葉を続ける。


「僕なら、キュベレーさんを追ってきた第十四艦隊だいじゅうよんかんたいで中継ステーションを攻撃、本隊主力で僕達遊撃艦隊エクストラフリートを抑え込む。こうなるともう、ほぼほぼみ、だよね?」

『なるほど……確かに! だが、敵はそれを選ばなかった』

「そろそろ降伏勧告こうふくかんこくがくると思う。一同に介した30,000隻は、言ってみれば機構側の提督ていとくの温情、かな? これだけの数に迫られたら、降伏を受諾しやすいからね」


 その時だった。

 予想通りミィナが、無時差通信ゼロラグつうしんの受信を報告してくる。


「七海提督、通信です。第七民主共生機構セブンス軍所属、グレッグ・バイツ上級大将じょうきゅうたいしょうです」

つないで」

『ほう! 敵の総大将……つらを拝んでやろうではな、あ、あれ? 七海提督、私のウィンドウが! 小さく……と、閉じないでくれ! 敵将の顔を――』


 七海は量子波動結晶を通じて、キュベレーとの通信を打ち切った。

 すでに計画内容は送信してある。

 皇国側の大きなアドバンテージは、量子波動結晶でのやり取りで命令伝達が迅速かつ正確に行われることである。巨大な組織である艦隊を運営するにしても、決済の書類も責任者の確認も少なくて済む。

 七海が許可すれば、封印艦隊ふういんかんたいの娘達からヴァルキロイドまで、全員が彼の頭の中へアクセスできるのだ。

 そのことを改めて考えていると、モニターに軍服の老人が映る。


『こちらは機構軍上級大将、グレッグ・バイツだ。……子供が? しかも、男の子か』

「はじめまして、グレッグ提督。僕は三笠七海、学生です。封印艦隊を含む、この遊撃艦隊の司令官です」

『……了解した。では、改めて貴官きかんへと降伏を勧告する。貴官はよく戦った……おとなしく武装解除し、こちらの指示に従いたまえ』

「お断りします」

『ほう? 即答かね』

「思考を挟む余地がない案件ですので」


 精悍せいかんな顔つきに深いシワを刻んだ、老将の貫禄がグレッグにはある。まるで巨大な岩山のような威圧感だ。百戦錬磨ひゃくせんれんまを思わせるその表情は、七海に驚きこそしたが狼狽うろたえてはいない。

 十代の子供であろうと、敵の提督ならば必要な手続きを経て攻撃する。

 命令を遂行する軍人としての、物言わぬ矜持きょうじがはっきりと感じられた。


『考え直し給え。すでに戦力差は明らか、そして君の背後には身動きの取れない皇女殿下こうじょでんかがいる。既に勝敗は決した』

「そう、勝敗は決した……普通ならばそう思いますよね。でも、残念ながら我々は普通の艦隊ではありません。そのことは、これから一戦交えて証明させて頂きます」

『……了解した、貴官の艦隊を殲滅せんめつする』

「おてやわらかに、提督。降伏勧告、ありがとうございました」


 グレッグは最後に敬礼して、少し笑った。

 さびしい、どこか疲れたような見えだった。

 きっと、七海のことをうれいてくれているのだ。

 当然だが、七海は機構が憎くて戦っている訳ではない。むしろ、地球人という立場から言えば完全に外様とざま、無関係な第三者である。あくまでトゥアンナが機構の拡大政策に警鐘けいしょうを鳴らし、神星しんせいアユラ皇国こうこくが戦争に踏み切ったのだ。

 戦争は常に、

 経済、思想、宗教、資源問題や領土問題だ。

 そして、


「さて……ミィナ、艦隊再編の進捗しんちょくはどうかな?」

「既にキュベレー様がはじめました。現在、我が艦隊は敵の正面へと展開中。指示通り、装甲戦艦や大戦艦等、防御力の高い艦を先頭に集めています」

「うん。キュベレーさん達を90度回頭させて、横っ腹を見せてたてになってもらう。その影から、各艦で攻撃。近接格闘艦きんせつかくとうかんは慎重に、少しずつ装甲戦艦達を衝角で押してあげるように言って」

「了解」


 現状、取れる戦術は少ない。

 選択肢が少ない、むしろ選択の余地がないのだ。

 半個艦隊の中で1.000隻とちょっとの、大型艦を横向きに盾にする。そして、その影に小型艦を配して火力を集中、丁寧ていねい各個撃破かっこげきはで一隻一隻沈めていくしかない。

 何より、背後にはトゥアンナ達の脱出船団がいるのだ。


「惑星スナイブルの自転は?」

「残念ながら、中継ステーション周辺が惑星の影に入るには、あと二時間ほど掛かります」

「つまり、二時間耐えれば……一度だけ、退ける。一緒に惑星の影に入って、追ってくる敵艦隊は長く伸びてゆく訳だ。そうなれば、一度の戦闘で対峙する敵の数は減ることになる」

「……長い二時間の始まりですね、提督」

「まったくだね」


 30,000隻以上の大艦隊と、正面から戦うことになった。

 それでも、背後の脱出船団がスナイブルの影……自転と共に移動する中継ステーションと共に、惑星自体の裏側に行ってくれればまだ先はわからない。

 なぜなら、七海にとっての切り札は今もこの艦で奮戦しているから。

 すがるような気持ちではなく、もっと確固たる見えない何かをもって、七海はリーチェアを送り出したのだ。


「さて、再編成の方はどうかな?」

流石さすがはキュベレー様です。装甲戦艦及び大戦艦、回頭しつつ配置につきます。全艦艇、密集隊形へ移行。あと300秒で双方の射程距離に入ります」

「敵の主力艦データは頭に入ってる。一番強くても、機構側の砲は粒圧りゅうあつ34万だ。それでは、よほどの接近戦で撃たれない限り、封印艦隊の娘達のフラクタル・フェイズシフト・フィールドは貫けないよ。さて、ミィナ」


 七海はいつもの腰掛けにしているコンソールの上から立ち上がる。

 そして、きょとんと見詰めてくるミィナの肩をポンと叩いた。


「僕はちょっと、リーチェアを迎えに行ってくる。艦長代理を頼めるかい?」

「は、はい。あの、七海提督……艦隊司令は」

「戦争ってのは、。始まる瞬間まで、何をどう積み上げていくか……僕はベストの選択肢を選んだし、選び続ける。その、最後のピースを拾いに行くのさ」

「なるほど」

「自信ないかい?」


 ミィナは珍しく、真顔まがおで考え込む素振りを見せた。

 だが、やはり全く表情を変えずにフラットな答を返してくる。


「いえ、艦長代理として操艦を実行します。と、いっても……皇族のリーチェア艦長と違って、艦橋の全員でかじ索敵さくてき測距そっきょ火器管制かきかんせいを分担する必要がありますが」

「うん」

「可能です、それに……こういう時のベストな対処法を、学校で最上秀樹モガミヒデキ氏から既に学習済みです」

「……そう? 意外だな。……なんだか心配になってきたよ」


 ミィナは、艦橋にいる全てのヴァルキロイドの姉妹達へと叫んだ。

 その瞬間、七海はやれやれと顔を手でおおう。


「総員、傾注けいちゅう。……ゴホン! 宇宙の海は俺様の海! 野郎共やろうどもいかりをあげろ! 俺様達のやり方を連中に見せてやれ!」


 静寂。

 だが、


「了解、抜錨ばつびょうします。艦長代理、指示を」

「すまんな、みんなの命を俺様にくれ。そして俺様は、皇国の始祖帝しそていの元へされるであろう!」

「艦橋要員の生殺与奪権せいさつよだつけんをA9-0000317に……ミィナ艦長代理へ譲渡じょうと

「では、教育してやろう! 皇国軍の戦い方をな! ふはははは! ……こんな感じです、七海提督。ちゃんと教えられた通りですので、安心していただけるかと」


 端正な真顔で、瞬き一つせずミィナは胸を張っていた。

 少し、いや……凄く不安だ。

 これは、いよいよリーチェアを早く艦橋に戻すべきだと七海は切実に思ったのだった。そして、彼は一人で広大な遺宝戦艦の未整理区画へと挑んでいった。

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