最終話「僕は海、君は艦」
どうやら艦隊決戦の後に気絶して、そのまま週末を過ごしてしまったらしい。目が覚めたのはつい先程で、
七海の側には、制服姿のミィナが控えているだけだった。
そして、慌ただしく着替えて身だしなみを整え、七海は学校へと疾走っている。
遅刻ギリギリの朝、隣を走るミィナだけが息も乱さず寄り添ってくれた。
「七海
「ああ、うん」
春の陽気が温かくて、行き交う者達は皆足早に歩く。
新生活が始まって間もない、どこは忙しい空気が町に満ちていた。
「……また、日常に戻ってきたんだけどね。これは……うん。ちょっと、違うかな」
「七海提督? 何か
「いや、いい。それよりミィナ、少し事情を聞かせて欲しい。いいかな?」
「かしこま!」
真顔でミィナは、皇国式の敬礼を返してくる。
だが、言動が最近は時々変だ。
その理由は、今朝方一斉に
どうやら彼は、ミィナにあれこれ妙な知識を与えているらしい。
ミィナは水を吸うスポンジのように、あっという間に彼の秀樹の色に染まってしまったのだ。それでも常に無表情なので、シュールなミスマッチが笑いを誘う。
「リーチェアはどうしたんだい? どこにもいないんだ。まだ、
「そのことに関しては、リーチェア殿下から口止めされています」
「君、僕の副官だよね?」
「はい」
「……言えない?」
「言えません」
なんだかここ最近で、急激に彼女はふてぶてしくなったような気がする。それでいて、以前にも増して
だが、彼女は機械的な足取りで走りながら言葉を続けた。
「リーチェア殿下は、倒れた七海提督にずっと付き添って看病していました。脱出船団から抜け出て、トゥアンナ殿下も」
「そ、そうなんだ」
「
「ありがとう、ミィナ。……ミィナ?」
「みんなで、提督が目覚めるのを待っていたんです。でも、提督はまるで死んだように眠り続けて、それで両殿下も公務が忙しくなり」
「そうだったんだね」
ミィナは副官として、事の顛末に関しては
宇宙の底で多くの機構軍兵士が、異形の邪龍群を見上げながら死んでいった。
エーテルの海は、生きとし生けるもの全てを許さぬ残酷な大洋なのだ。
「機構軍が新たに艦隊を派遣してくる様子はありません。
「まあ、あれだけの艦隊を全滅させてまだ……僕達と機構の戦力差には大きな
「そのことで、
「大変な仕事だね。でも、大丈夫かな……リーチェアは今、トゥアンナの側にいてあげてるんだろう? 僕はそんな気がするんだけど」
「言えません。秘密だぞい」
「だぞい、って……ミィナ」
やがて、
同時に、七海達の前に学校の校門が見えてくる。
ジャージを着た体育教師が、駆け込む生徒達に何かを怒鳴っている。このままでは遅刻、教師に捕まってしまうだろう。お説教は
「提督……七海提督」
「ん? ああ、ごめん。ミィナ、先に行って。君の脚なら遅刻を免れると思う」
「拒否します」
「えっ?」
「私も、提督をお
「ちょ、ちょっと、ミィナ?」
不意にミィナが、身を寄せてきた。
そのまま密着して、彼女はいつものように七海の腰に手を回す。いつだってミィナは、艦隊司令の席に座りたがらない七海のシートベルトだ。
いつものようにヒョイと、ミィナは軽々七海を小脇に抱えてしまう。
「
「え、あ、ちょっ――」
「七海提督に遅刻など……
あとで秀樹には言っておこう。
あまり妙な言葉を、ミィナに教えないようにお願いしよう。
そう思う七海を抱えたまま、ミィナは軽々と校門を飛び越える。
ギリギリセーフ、まだ担任の教師は来ていない。
「ふう……ミィナ、やり過ぎだよ」
「申し訳ありません、提督。非常時だったので。あっ、秀樹氏。おはようございます」
「よお、七海! ミィナちゃんも。おはよ。……どした、七海? すっげえ疲れてねぇか」
机の上に突っ伏し、首だけを巡らせ七海は秀樹を見上げる。
屈託のない笑顔は、手にしたスマートフォンを指差し楽しげに語りかけてくる。
「七海のお蔭で、今週末にSSRキャラを沢山ゲットだぜ! やっぱ、お前の作る艦隊は強いよ。俺にはそういう頭はないからな!」
「そりゃよかった」
教室は平和そのものだ。
ここは日本で、地球の戦争や紛争とも無縁な土地である。
だが、七海は知っている。
遥か足元、銀河の外……宇宙の底で今も、二つの勢力が戦っているのだ。最悪の民主主義と、最良の専制君主制の戦い。それを
地球とは全く関係がないが、七海には別である。
二人の少女がただの女子高生に戻れるためなら、彼は何でもやるのだ。
「って、お前……リーチェアは一緒じゃないのか?」
「ああ、うん。常に一緒って訳じゃないよ」
「だよな。そうだったら俺、嫉妬が止まらなくなるからな、わはは!」
「でも……まあ、うん。ほら、秀樹、先生が来た」
ばたばたと教室が慌ただしくなる。
ちらりと七海は、リーチェアのいない机を見やった。
彼女がいてくれないと、七海はトゥアンナの助けになれない。
トゥアンナを助けると誓った、リーチェアも支えられない。
「帰ったら清兵衛さんに色々と聞かなきゃな。ミィナが側にいるってことは、僕だけ平和な地球に取り残されたって訳でもなさそうだし」
リーチェアであれトゥアンナであれ、やりそうなことだと思った。
戦いにこれ以上は巻き込めないからと、七海を地球へ置いていった……それは、もし可能なら七海も二人にしてあげたかったことかもしれない。
だが、まだ七海は皇国の雇われ提督だと思う。
その証拠に、近くの机ではミィナが生真面目に担任教師の言葉をメモしている。
教室の扉が、バン! と開いたのは、そんな時だった。
今日の行事連絡をしていた担任教師が、入り口で肩を上下させる少女を振り返る。
「ん、ああ……レキシントン君。遅刻はいけませんよ? さあ、座りなさい」
そこには、長い髪の少女が立っていた。
彼女は豊かな胸へと手を当て、呼吸を落ち着かせる。
そして、顔を上げる。
次の瞬間、教室の空気が顔所の色に染められた。
「あれ? リーチェアさんって……え、嘘?」
「
「ま、まあ、トゥアンナさんと双子だもんね」
「そう、それ! 私もトゥアンナさんだと思った」
きらびやかななのに、どこか深い光沢を
白い肌の顔に並ぶ双眸は、深い
そして、彼女の顔は穏やかな笑みを浮かべていた。
「すみません、先生。
「船? いや君、もっとましな言い訳を考えなさいよ。いいから座って」
「はいっ! あ……みんな、おはようっ!」
誰にとっても再会だった。
そして、新たな出会いだ。
七海も一瞬、彼女がリーチェアかトゥアンナなのか、わからない。
だが、そんな七海を見詰めて、少女はより
「七海、おはよ……ごめん、遅れて」
「あ、ああ、うん。おはよう。そして、おかえり」
まだ、七海達は知らない。
この日、神星アユラ皇国は正式に、聯合艦隊司令長官リベルタ・レムルールス元帥を通じて公式発表を発した。第七民主共生機構との講話準備があること、そして……一連の海戦において、
この事実は、対話を拒んだ機構側からも、
虚天洋、波高し……
週末提督の閃撃艦隊《エクスフリート》 ながやん @nagamono
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