第27話「――撃つ輝きは流星雨」

 遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンの艦橋ブリッジが凍り付く。

 三笠七海ミカサナナミは、幼馴染おさななじみのそんな顔は見たくなかった。

 信じられない、という気持ちに揺れるひとみで、リーチェア・レキシントンに見られたくはなかった。

 だが、今の七海は艦隊司令官……勝利のために戦う週末提督しゅうまつていとくなのだ。

 短い沈黙のあと、そっと彼は口を開く。


「ミィナ、公式な航海日誌こうかいにっしに記録して。リーチェア・アユラ・ミル・アストレア皇女殿下が、慈悲じひ温情おんじょうによって敵旗艦きかんだけの撃沈を提案、しかし僕が却下したと」

「……了解」

「待って、七海っ! ……もう、勝負はついたわ。わたし、わかるの。だから」


 だが、オペレーターのヴァルキロイド達は仕事を続けていた。

 そして、表示される海図チャートの中で第七民主共生機構セブンスの艦隊が動き出す。


「宙面の敵艦隊、移動を開始」

「トゥアンナ殿下の脱出船団に向かっています」

「スナイブルの自転、中継ステーションが惑星の影に入るまで……あと90分」


 七海達の遊撃艦隊エクストラフリートがエーテルの海を離宙りちゅう、飛び立った。

 必然的に、彼等がふさいでいた航路が空いたのである。

 今、足元をゆっくりと大艦隊が進撃し始めていた。

 だからもう、躊躇ちゅうちょや問答の時間はない。


「リーチェア……ごめん。僕が、僕の名のもとに選択し、実行する。だから、大丈夫。君はいつも、いつでも……いつもの君でいて」

「七海……やだ、どうして……そんなの、いつもの七海じゃ」

「エルベリオンは……。それを敵は知った。この手は、一度しか使えない。なら……30,000隻の艦艇を、代価として払ってもらう。この数字は、今しか機構側からげないんだ」


 それだけ言って、七海は前を向いた。

 ここからは一方的な攻撃、虐殺ぎゃくさつ……鏖殺おうさつだ。

 機構軍の艦隊に、こちらを攻撃する手段はない。

 だが、逆は可能だ。


「全艦、倒立とうりつ艦首かんしゅ下げ……エーテルの海に対して、垂直に。全砲門、粒圧最大りゅうあつさいだい……ありったけの火力をぶつけて。こっちの数は少ないけど、一人が七、八隻程撃沈すれば、相手は全滅する。互いにターゲットを重複させないようにね」


 星々の輝く天へと舞い上がった、全ての艦が真下へと舳先へさきを向ける。

 リーチェアが、倒立するエルベリオンの中で艦長席にしがみついた。その横に立ち続ける七海を、ミィナが抱えて守ってくれる。

 今の艦隊はまるで、深紅に燃える無数の火柱だ。

 赤く塗装された全ての艦艇は、眼下を移動する大艦隊へと砲門を向ける。

 そして、七海は迷わず撃てと命じた。


「射撃、始め。徹底的に叩いて、一隻も逃さないで」


 膨大な破壊の光が、驟雨しゅううとなって注いだ。

 虚天洋エーテリアの軍艦は、基本的に真上からの攻撃による防御など考慮されていない。誘導性の低いミサイルくらいしか、真上から落ちてくる脅威はないのだ。全ては、放物線を描くビームの応酬で戦われる。

 だから、勝負は一瞬で終わった。

 あっという間に、エーテルの波濤はとうへと一隻、また一隻と沈んでゆく。

 何万人もの命が、次々と烈火に包まれ爆発の中へ消えていった。

 断末魔だんまつまの悲鳴さえも響かぬ真空の中、静かな殲滅戦が短時間で達成される。

 ミィナも流石さすがにあっけにとられていたが、思い出したように呟いた。


「敵艦隊、反応消滅……全滅を確認」

「ん、終わったね。全艦、艦体姿勢を復元。その後、着宙ちゃくちゅう準備」


 七海は少し、振り向くのが怖かった。

 だが、ゆっくりと艦が水平になる中で艦長席へと向き直る。

 リーチェアは、大粒の涙を流して泣いていた。


「勝ったよ、リーチェア。危機は去った……一応ね。だから、泣かないで」

「馬鹿っ! 七海の、馬鹿……そういうの、平気な顔でできる七海じゃないもの……わたし、知ってる。トゥアンナだって。なのに……」

「必要なことだからね。聯合艦隊れんごうかんたい側の負担も減らせるし、機構もこれだけの大艦隊を完全に失ったから、国内で世論が大きく動くと思う。一応、自由民主主義の体裁を取ってるし」

「七海が、怖い人だって記録されちゃう……この虚天洋の歴史に」

「構わないよ。それでも、僕はリーチェア……君達姉妹を支えると決めたんだから。ね、泣き止んで」

「やだ……やだよ。七海が泣かないから、代わりに泣いてるの! こんなのって……あの、優しい七海が……」


 ミィナがそっと離れたので、七海は艦長席へと身を乗り出す。

 そっと手を伸べ、とめどなくあふれるリーチェアの涙をぬぐった。

 だが、その瞬間……ありえないことが起こる。

 七海の学生服のポケットで、地球からずっと黙りっぱなしだったスマートフォンが鳴り出した。聴き慣れた着信音に、リーチェアも驚きの表情を隠せない。

 七海は平静を自分に言い聞かせながら、スマートフォンを手に取る。

 着信、電話である。非通知というか、番号の表示が奇妙な文字列で埋まっていた。


「……もしもし? 三笠七海です」


 回線がつながった向こう側から、予想外の声が響く。


『やあ……君がX艦隊エックスフリート邪龍使じゃりゅうつかいか。三笠七海……ふむ、その名をまずは覚えておこう』

「貴女は、まさか」

『第七民主共生機構元老院、第七元老だいななげんろう……シェヘラザード』


 声の主は、間違いない……トゥアンナと静かなる激論を交わしていたシェヘラザードだ。だが、何故なぜ七海のスマートフォンに? その答も、彼女はあっさりと口にする。


神星しんせいアユラ皇国こうこくは以前、暗殺を恐れて二人の皇女を天高く遠く、頭上の宇宙へと逃した。確か……辺境の惑星、地球、だったかな? 私達元老院の力を持ってすれば、他国の皇族を消すことなどたやすい。敵艦隊の司令官に電話するなど、容易たやすいことさ』

「の、ようですね……でも、X艦隊の邪龍使い?」

『私達、元老院の中でも噂になっている。わず半個艦隊はんこかんたいで、異様な戦果をあげる皇国のX艦隊……禁忌きんきとされたいにしえ封印艦隊ふういんかんたいを蘇らせ、手足のように使役する男。それが君、邪龍使いだ』

「なるほど。それで、御用はなんでしょうか?」


 すぐにミィナが、ひたい量子波動結晶アユラクォーツに手を当てる。

 ややあって、エルベリオンの前面モニターにシェヘラザードの顔が映った。これは、携帯電話を介してシェヘラザードと話す言葉を、七海の脳から量子波動結晶を通じて映像化したものだ。

 音声も鮮明で、シェヘラザードはおだやかな笑みを浮かべる。


『いやしかし、地球では古臭いデバイスを使っているね。正直に言えば、アクセスするのに少し骨が折れたよ』

「なんならメールアドレスもお教えしましょうか? 建設的な提案でしたら、メールをもらってもいいですけど」

『ふふ、この私を前にしても動じぬか……面白い。しかし、大したものだ。オーバーテクノロジーを無数に有しているとは言え、30,000隻を全滅とはね。少しあなどっていたよ。さて』


 七海は電話機の向こうに、気配を感じた。

 直接話しているシェヘラザードの他に、何人かの人間がいる。そして、それが人を模した存在、人ならざるものだと直感した。

 黙ってシェヘラザードを監視するような、機械の目。

 同じマシーンとして、巨大な機構を影で操るロボット……元老院の面々だ。

 そして、彼等を代表するようにシェヘラザードの声は典雅てんがに響く。


『クエスチョンだ、邪龍使い。君のX艦隊は……何故、? ここ数週間のうちに多大な戦果をあげたが、それは週末に集中している。思うに、君は地球の人間で、週末しか作戦に参加できない理由があるのではないかな?』

「ええ……僕は皇国のやとわれ提督、週末提督ですので」

『であれば、簡単だ。地球の七曜しちようは虚天洋と一致している……というより、虚天洋から昔に地球へ伝わったものだからね。君のいない平日に、残る全戦力で皇国を叩く。どうかな?』

「やってみてはいかがでしょうか。ただ……これだけの大敗北をしたあと、僕の留守るすを攻めて負ければ……民衆達は元老院を決して許さないと思いますよ」

『ほう? 確か、死せる孔明こうめい生ける仲達ちゅうたつを走らす、という言葉が地球にあるね。君はこの虚天洋に不在でも、皇国の聯合艦隊を勝たせることができるのかな?』

「理論上は可能です」


 ハッタリだった。

 だが、シェヘラザードに既にバレているのだ。

 七海が、この虚天洋では土日しか戦えないということが。


『……どうして、週末提督なのかな? 遺宝戦艦でなら、地球まで小一時間。それに、あの原始的な惑星に価値があるとは思えない。野蛮な未開人の星だ』

「その未熟な星が故国で、そこで僕に平和な学園生活を望んだ女の子がいるんです。そして、その子のために立ち上がった女の子も。だから今、僕はここにいます」

翻訳機ほんやくきの調子が悪いのかな? 学園生活と聴こえたが』

「シェヘラザードさん、はっきりと言っておきましょう。週末提督としての戦いは、僕にとっては片手間かたてま……大事な、大切な日常のに過ぎません。このまま戦争を続ければ、貴女達は僕が学園生活を楽しむ中、週末の僅かな時間を振り向けるだけで……機構はそう遠くない将来、滅ぶでしょうね」


 嫌な汗が背筋に浮き上がる。

 しびれるような緊張感の中で、七海は艦長席のかたわらに腰掛ける。

 リーチェアが、そっと膝に手を置いてくれた。

 真っ赤な瞳の少女から、炭火のようなぬくもりが伝わってくる。


『ふむ……なるほど、わかった。有意義な話ができて嬉しいよ、邪龍使い。せいぜい、週末のバカンスを楽しむ皇国が消えてなくならないことを祈るんだね。次の週末までに、私達は本気で皇国を消し飛ばすことができるのだから』

御随意ごずいいに。僕は一人ではないし、一人だけで戦ってるつもりもありません。週末提督というのは、土日だけ僕が直接手を下す……手を汚すだけの、チームの中のポジションでしかないんです。僕達は協力し、連携して機構との戦争に決着を探すつもりですよ」

『……フッ、怖いもの知らずとは恐ろしいものだ。それと、やはり翻訳機がおかしいらしい。君は肩書かたがきのつづりを間違えている。恐ろしい、絶対に私達が潰さねばならぬ邪悪な存在だ。虚天洋に終焉しゅうえんをもたらすつもりなのかい? まあいい……また会おう、


 ――終末提督しゅうまつていとく

 確かにシェヘラザードは、そう言った。

 通信が切れると同時に、極限の緊張状態から解放された七海はその場に崩れ落ちた。慌てて飛び出してきたリーチェアの胸に抱きとめられ、そのまま彼は意識を失ってしまったのだった。

 それでも、宇宙の底の戦争は続く。

 終結を目指す皇国に対して、自らの終局もさぬ構えの機構……長く続く戦いは今、始まったばかりだった。

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