第13話「衝撃の真実……?」

 勝敗は決した。

 三笠七海ミカサナナミにとって、想定内の結果である。

 第七民主共生機構セブンス軍、第十七艦隊だいじゅうななかんたいは壊滅した。

 単艦突出たんかんとっしゅつした遺宝戦艦いほうせんかんエルベリオンと、わずかな小型艦艇こがたかんてい包囲殲滅ほういせんめつしようとして……その外側から、封印艦隊ふういんかんたいの主力に集中砲火を浴びたのだ。

 それでも、敵は損耗率が五割はんぶんを越えてなお、抵抗した。

 結果、七海は決して手をゆるめず徹底的にこれを排撃はいげき撃滅げつめつしたのだった。


「七海提督ていとく、うかぬ顔をされてますね」


 副官のミィナが。隣から顔を覗き込んでくる。

 七海は今、惑星グラン・プールの宇宙港、中継ステーションから軌道エレベーターで地表を目指していた。VIPビップ用の客室には、向かいに落ち着かぬ様子でリーチェア・レキシントンが座っている。

 彼女は例の華美な軍服姿で、しきりに足を組み替えては窓の外の壁を見ていた。

 七海は七海で、先程の勝利に酔いしれる余裕もない。

 興奮も感動もなく、ただただむなしいだけだ。


「ミィナ、我軍の損耗報告を聞こうかな」

「はい、撃沈4、大破18、中破27、小破71です」

「……4人、死なせてしまったね。まだ、顔も合わせていないのに」

「4隻しか失わなかった、これは大規模な艦隊戦ではむしろ奇跡的だと思いますが」

「数の問題じゃないさ、ミィナ。そして、命を数えて使うような人間は……いやだね」

「……提督は時々、不思議なことをおっしゃいますね」


 不思議そうな顔をして、ミィナは首をかしげた。

 この虚天洋エーテリアよみがえるも、エーテルの藻屑もくずとなって消えた4人は、巡撃艦じゅんげきかんが1、攻逐艦こうちくかんが1、高速突撃艦こうそくとつげきかんが2だ。皆、まだ言葉も交わしていない少女達だった。

 古代の先史文明せんしぶんめいが造った、機械生命体の対人コミュニケーション用の姿……それはうるわしい少女をかたどっている。例え仮初かりそめの姿だったとしても、七海の胸は痛んだ。だが、散っていった命を振り返って感傷センチメンタルひたることは許されない。命を数えてはいけないと思うし、失った者の何万倍もの命を七海は奪ったのだ。


「ねえ、リーチェア。機構軍の艦隊は、どうして早期撤退を選ばなかったのかな?」

「それは……多分、

「ここは反体制の風潮が強い星だけど、機構の支配領域だ。一度引けばすぐ、増援の艦隊と合流して立て直すことができたはずだよ」


 そして、そのことは十分に警戒していた。

 むしろ、そうなるだろうと思っていたのだ。

 今回の作戦としては、第十七艦隊を徹底的に叩き、逃げれば追わずに戦力の再建を許す。戻ってきたら、また叩き潰して敗走してもらう。そうして、トゥアンナ達皇国軍の主力艦隊へ向かう艦艇を少しでも減らす狙いもあった。

 だが、結果は凄絶な剿滅そうめつ……文字通り第十七艦隊は、数百隻を残して消滅した。

 そのことについて、リーチェアは頭上に飛び出た前髪アホ毛を指にもてあそびながら話してくれる。


「第七民主共生機構は、それ自体が民主主義というシステムを運営するためだけに洗練された組織なの。そのため、徹底的な思想統制しそうとうせいとリソース管理が行われているわ」

「それじゃあ、共産主義や社会主義だね」

「……その二つは、どう違うの?」

「国民全員で富を公平に分配し合うのが共産主義、その富を全て国家が管理して統括するのが社会主義、かな? ただ、主体が国家であるという点は凄くよく似ているね」


 そして、両者は前世紀の混沌期において、地球で多くの失敗国家を生んだ。人類はその都度つど学びながらも、その知恵をかしきれずに失敗を繰り返す。

 それでも、その積み重ねが歴史となって未来へ繋がる、そう七海は信じている。

 だから、次の世代、その次の世代が学んでかてとなるような、そんな歴史をきずきたい。この虚天洋の戦いに介入するからには、双子の姉妹を救うと同時に小さなこころざしもある。

 それは秘密にしておきながら、黙って七海はリーチェアの言葉に耳をかたむけた。


「きっと、機構軍には失敗に対しての厳罰があると思う。そういう国だって、よく聞くから。でも、表向きは人類の理想郷ユートピアだってことになってるけど」

「典型的なディストピア国家だね」

「そうね。でも、民主主義は最良で最善なシステムではなくても、最低で最悪な統治を招きにくいことがウリでしょう? それは地球も同じはずよ」

「うん」

「実質、機構の生活水準は高いわ。総員総中流そういんそうちゅうりゅううたってて、自由経済も厳正な公平さで国をうるおしている。理想国家っての、あながち嘘じゃないんだ」


 だが、それを他者に押し付ければ、それは大きなお世話というものである。

 まして、武力を持って併合を迫るなど、言語道断ごんごどうだんだ。

 そんなことを考えていると、ちらりとリーチェアが客室のドアを見やる。


「で、七海。何だか、さっきから視線を感じるんだけど」

「ん? そうかい」


 ミィナが立ち上がって、そっとドアを開く。

 すると、バタバタと数人の少女が雪崩込なだれこんできた。

 青白い肌の露出が過多な、薄着の女の子……封印艦隊ふういんかんたい戦乙女いくさおとめ達だ。


「イテテ……ちょっと、メデューサ! 重い! あんた、また太ったでしょ!」

「ステンノー姉様、提督と殿下の前で、その……」

「わはは、ステンノーもエウリュアレーも、気にしない、気にしない!」


 確かその名は、高速突撃艦の三姉妹だ。

 先程通信でやり取りしたが、直接会えばやはりただの女の子だ。

 否、皆が皆それぞれに、目の覚めるよ言うな美少女だった。

 年の頃は少し下、中学生くらいだろうか。

 三人はようやく立ち上がると、横に並んで一斉に敬礼する。


「七海提督! リーチェア殿下! し、失礼しました!」

「それでは、我々は失礼致します!」

「え、帰んの!? どしてさ、折角せっかく部屋に入れてくれたから、チャンスだよー」


 だいたいわかった。

 強気で勝ち気なのが長女のステンノー、控え目で生真面目きまじめなのが次女のエウリュアレー、そして大雑把おおざっぱ物怖ものおじしないのが末娘のメデューサだ。

 姉妹だけあって顔立ちは似ているが、髪型と表情が全くの別人を思わせる。

 七海はふと、ほおがほころんだ。

 戦争をすると決めて望んだ戦いでの、想像を超えて襲った虚無感が少しだけ払拭ふっしょくされる。


「ああ、三人共いいかな? 少し楽にして。のぞき見は困るけど、僕もリーチェアも怒ってはいないよ? 今度からは気軽に声をかけてくれると嬉しいよ。ね、リーチェア?」

「そ、そうね……あなた達が命を預ける提督ですもの、気になるのもわかるわ」


 三人は一斉に、あどけない笑顔になった。

 そして、メデューサがグイグイと迫ってくる。

 体の発育も彼女が一番健康的で、無邪気な表情に似合わず肉体の起伏はメリハリが聞いててとても豊満だ。


「なあなあ、提督! さっきのすげーな! 全部計画通り?」

おおむね、ね」

「やるなあ……アタシ、気に入ったよ! 今度、アタシのふねにも乗っていいよ!」

「あ、ありがとう? えっと……その、皇国には何かこう、そういうしきたりがあるのかな」


 リーチェアが何かを言おうとして、あうあうと口ごもる。

 だが、構わずメデューサはあっけらかんと言い放った。


「あれ、知らないの? 男に艦に乗って欲しいなんて、!」


 客室が静まり返った。

 一瞬、七海は何を言われてるのかわからなかった。

 辛うじてミィナを振り返れば、彼女はいつもの怜悧れいりな無表情で頷く。


「ちょ、ちょっとメデューサ! 提督、失礼をおびします。ゴメンナサイ!」

「えー? だって、エウリュアレーだって他のと色々産んろ産ませたりしたじゃん。まあ、キュベレー様に一途でゾッコンなステンノーだけ、まーだ誰とも子作りしてないけどさー」

「……う、うるさい! 私はキュベレー様の子を産むと決めてるのだ!」


 かしましい三人の前で、ミィナが説明してくれた。

 つまり、封印艦隊では艦種を問わず気の合った艦をパートナーとして、子をもうける……新型艦が新造される。そのため、損耗があっても時間が立てばある程度の戦力が補充し直されるのだ。

 パートナーとして認めた同族を自分の艦に招き、自分と同じ艦種を新たに産む。

 こうして封印艦隊は、常に戦力を維持してきたのである。

 そして、それは先史文明を始祖しそとする神星しんせいアユラ皇国、特にその皇室でも同じだ。


「えー、提督知らなかったの? 白金色プラチナのやつオデコにつけてるからさー、アタシもう子作りし始めてるんだと思ってた!」

「ああ、それで……そういう意味なんだね」


 改めて七海は、額の量子波動結晶アユラクォーツに手をやる。

 目の前でリーチェアは、赤面にうつむきながら固まっていた。

 おずおずと口を開いて、小さな声で謝ってくる。


「ふ、古いしきたりだから……で、でも……トゥアンナが、七海を自分の艦に誘ったって、聞いて……」

「うん。でも僕、振られたよ? それに、今はリーチェアのエルベリオンに乗ってる。僕の座乗艦ざじょうかん、封印艦隊の旗艦きかんは君のエルベリオンだ」

「はわわ……七海っ! そ、そういうこと、真顔で言わないでよ! わ、わたし、そのあの……」


 ゴルゴーンの三姉妹が笑った。

 あのミィナですら、表情が柔らかくなったように思える。

 地表に降りるまでの小一時間の旅で、初めて客室内が笑いで満たされた瞬間だった。


「そういえば……君達三姉妹に聞きたいことがあるんだけど。地球、って知ってる? 来たこと、あるよね?」

「チキュウ? なんだー、提督スケベだな! ムッツリってやつかー? えっと……ああ! 天の彼方に浮かんでる星! 提督の故郷なんだよね!」

「……エウリュアレー、あとお願い……メデューサのせいで私、頭が痛くなってきた」

「ステンノー姉様、気を確かに」


 メデューサは腕組み天上を見上げて、難しい顔をした。

 だが、ややあって彼女は満面の笑みになる。


「わかんねえ! 忘れた! わはは……ゴ、ゴメンナサイ。でも、アタシ達の創造主そうぞうしゅは天の軍勢と戦ってたから、天の果てまで攻めてったって話なら沢山あるぞ!」

「そう……やっぱりか。ありがとう、メデューサ。あと、ステンノーとエウリュアレーも。あと、そうだね……次からはもっとフランクに、カジュアルに接してほしいな。これは提督としての命令じゃなく、お願い。いいかい?」


 三者は三様に互いを見詰め合って、大きく頷く。

 そんなこんなで、一同を乗せた地上への臨時便りんじびんは、軌道エレベーターを真っ直ぐ大地へ向かって降りていった。解放されし民の歓声に満ちた、緑の星へ。

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