第12話「セオリーを誘う罠」

 第七民主共生機構セブンス第十七艦隊だいじゅうななかんたいが動き始めた。

 その数、12,000隻。三笠七海ミカサナナミが調べた話では、最新鋭の高速戦艦を主軸とした打撃艦隊だげきかんたいである。その火力は、恐らく封印艦隊ふういんかんたいを従えた七海達をしのぐだろう。

 そして、そのことはリーチェア・レキシントンも承知の上である。

 艦橋ブリッジ内が緊張に満ちる中、彼女は遺宝戦艦エルベリオンをフルコントロールしながら、絶え間ない加速を続ける。

 そして、オペレーターのヴァルキロイド達は次々と戦況を読み上げた。


「敵艦隊にエンジン光、多数確認」

「左右へと展開中……距離、500,000キルテ」

「敵の射程内へインレンジ。敵艦発砲、来ます」


 1キルテがだいたい、大雑把おおざっぱに言って1kmだ。

 この虚天洋エーテリアでは、あらゆる軍艦が高度な通信能力と索敵能力を持っている。その照準精度は高い。勿論もちろん、お互いにジャミング合戦になるので、初弾の命中はないが。

 だが、エーテルの海という特殊な環境が、奇妙な海戦を人類に強いる。

 激しい電子戦をしながら、結局はのだ。

 だからこそ、艦隊のたてとなる装甲戦艦そうこうせんかんといった、特殊な艦種かんしゅが存在するのだ。

 そして、その盾たる装甲戦艦を全て、七海は置き去りにして進む。


「さて、ミィナ。敵の艦隊が選択する攻撃オプションは何だと思う?」


 モニターと光学ウィンドウが目まぐるしく伝えてくる情報が、スムーズに頭の中に入ってくる。七海のひたいに光る、白金色プラチナ量子波動結晶アユラクォーツのおかげだ。

 思考と記憶に直結した情報処理用の小型端末は、奇妙な万能感すら与えてくれた。

 だが、情報は情報でしかない。

 それを材料に判断し、決断するのが七海の仕事だ。

 そんな七海を抱きかかえるようにしながら、ミィナが平坦な声を小さく響かせる。


「敵は主力を三分割しました。中央の艦隊で我々を迎撃しつつ、左右にそれぞれ展開……最終的に、包囲殲滅ほういせんめつを試みるつもりです」

「そうだね。これはハンニバルが考えた軍事の基本、カンナエの戦いで見せた包囲殲滅だ。逃げ場をなくした僕達は圧殺される。カンナエの戦いと違って、機構軍の艦隊は数で圧倒的に僕達より上だからね」

「ハンニバル……古代ローマ帝国を脅かした英雄の名ですね。軍事の天才であったと記録されてます。ローマは百万の大軍を恐れず、ただハンニバル一人を恐れたと」

「よく知ってるね」

「アニメで勉強しました」


 そう言ってから、あっ! という顔をしてミィナが目をそらした。

 地球への滞在時は、不便だろうと思いつつもエルベリオンの一室から登校してもらっている。これは七海も同じで、朝にリーチェアが大家さんと迎えに来るのだ。この大家さんは、リーチェアとトゥアンナを地球へ逃した城爺の赤城清兵衛アカギセイベイことディーダ・レウナンである。

 七海が引き続き、こちらの戦術を話そうとしたその時だった。

 一際激しい揺れがエルベリオンを襲う。

 リーチェアを囲むコンソールの上に腰掛けていた七海は、あっという間に放り出されそうになった。すかさずミィナが、無駄のない動きで彼を小脇こわきかかえて床に着地する。


「……僕、ちょっと格好悪くないかな?」

「そこまでではないと思います、提督ていとく

「そっか……じゃあ、どこまでかなあ」

「……割りと、格好悪いです。でも、私は平気です。こうしていつも、お支えしますから」

「うん。それじゃあ……リーチェア、始めよう。僕達が封印艦隊のあるじに相応しいという現実を、世界に見せつけるとしよう」


 今、エルベリオンには無数の砲撃が浴びせられていた。

 そして、その着弾でにらいだエーテルの海に、無数の水柱が屹立きつりつする。

 その衝撃は、徐々に範囲を狭めて真紅しんくの巨艦をとらえようとしていた。

 オペレーター達は口調こそ変わらぬものの、わずかに声音に緊張を滲ませる。ミィナもそうだが、ヴァルキロイド達にも感情がやはりあるのだ。七海は呑気のんきに、いつか機会を設けてヴァルキロイド達とも一人一人話したいな、などと思っていた。


「至近弾、夾叉きょうさ! 次弾、直撃が来ます」

「左右の艦隊、増速! 回り込まれます!」

「後続の封印艦隊、一部が追いついてきました。高速突撃艦こうそくとつげきかん、エウリュアレー様から通信。繋ぎます!」


 リーチェは額の量子波動結晶に強い光を灯して、輝く光の中で両手を走らせている。彼女が指で触れて回る光学ウィンドウの全てが、まるで戦いをかなでる楽器のようだ。

 そして、メインモニターの隅に少女の顔が浮かぶ。

 ウィンドウには、七海と同じくらいの年頃の女の子が敬礼していた。


『こちら高速突撃艦エウリュアレー、七海提督ですか? 追いつきました、指示をいます』

「うん。えっと……君、ひょっとして三姉妹?」

『はあ……その、次女です。姉と妹が一人ずついます』

「そうか、そうだよね。それで作戦だけど――」


 その時だった、新たに二つのウィンドウが浮かんで、エウリュアレーを取り囲む。髪型は違うが、似た顔は姉妹だろう。

 ゴルゴーン三姉妹の高速突撃艦が、我先にと喋り出した。


『提督っ! おっす! 追いついたぞー、何か命令くれー!』

『ちょっと、メデューサ! 不敬ふけいでしょ! あ、私は長姉のステンノーであります!』

「ああ、うん。で、命令だけど……変更はないよ。。目の前に敵はいる。そして、エルベリオンより君達の方が速い。この作戦は速度が武器だ」


 三人は、三者三様に不可思議な顔をした。

 高速突撃艦は、小型ながら封印艦隊の中で最もスピードの出る艦艇だ。通常の皇国軍や機構軍でも扱っているが、古代のロストテクノロジーで造られた機械生命体の彼女達は、全てにおいて現行艦船のスペックを上回る。

 だが、海図チャートを見ればすでに七海の艦隊行動は破綻して見えた。

 エルベリオンに追いついてきた高速突撃艦、そしてすぐ後に近接格闘艦きんせつかくとうかんと、辛うじて攻逐艦こうちくかん……装甲戦艦そうこうせんかん大戦艦だいせんかん巡撃艦じゅんげきかんは背後に取り残されている。

 大きく二つの艦隊に分断され、しかも倍の敵に前衛だけが包囲されようとしていた。

 しかし、リーチェアは忙しい中で声を張り上げる。


「エルベリオンの主砲で援護するわ! 突っ込んで暴れて……あなた達の道は、このリーチェア・アユラ・ミル・アストレアが切り開く!」

「と、言う訳だよ。よろしく」


 七海の言葉に、三姉妹はそれぞれ自分のウィンドウから姉や妹を見やる。

 だが、すぐにうなずきを交わし合って、敬礼に身を正した。


『うっす、りょーかいっ! でわでわ……とっつげきーっ!』

『了解しました! 突っ込みます!』

『あーもぉ、なんかこれさあ……一万年前も似たようなこと、なかった? ううう』


 すぐ横を、高速突撃艦の群れがすり抜けてゆく。

 その間も、敵艦隊からの砲撃が徐々にエルベリオンをとらえようとしていた。左右からも、包囲を完成させつつある別働隊の攻撃が始まる。

 だが、リーチェアが大胆な操艦で叫ぶ。

 同時に、巨大なエルベリオンの艦体が急旋回……


「艦長、直撃弾! フラクタル・フェイズシフト・フィールド最大出力」

「落ち着いて、みんな! 正面の敵が回頭中ね? でも、この距離でエルベリオンの装甲はけないわ。むこうの主砲粒圧しゅほうりゅうあつ最大加圧さいだいかあつで34万! 撃沈距離20.000キルテに入るまで、フィールドではじける!」


 因みに、エルベリオンの主砲粒圧は48万……この距離からでもあらゆる敵艦を撃沈可能である。直撃させればの話だが。もし当たれば、安々とフラクタル・フェイズシフト・フィールドを突き破り、爆散する敵艦をエーテルの藻屑と変えるだろう。

 刹那せつな、激しい衝撃に艦が揺れる。

 だが、真横になりながら敵へと滑るエルベリオンの砲塔が、全て正面の艦隊を向く。

 リーチェアの声が、りんとして響いた。


「主砲、一番から五番まで……照準っ! 発射!」


 ブリッジの前部に三基、後部に二基、三連砲塔が全て敵を向く。

 基本的に両軍の軍艦は、地球で言う砲艦時代のものとコンセプトは似ている。最大火力を発揮するのは、艦の左右に並ぶ全ての砲を向けた時だ。

 だから、攻撃に移る時は……

 そのために回頭する瞬間は、無防備なすきでしかない。

 包囲を完成させつつある中、機構軍の指揮官は火力の集中を選んだのだ。

 だが、理想的な包囲殲滅戦は……実現しない。


「高速突撃艦、多数前面を突破! 反転します!」

「続いて近接格闘艦。前方の艦隊に喰らいつきました」

「あ……イシュタル様から通信が入ってます」


 繋いでもらうと、あきれた様子のイシュタルがアップで映った。

 だが、心なしか楽しそうである。


『七海提督……包囲殲滅作戦の外側にいるんじゃが』

「ええ。外に訳ですからね」

『尻を向けてる左右の艦隊を、ワシ等に撃てと?』

「ええ、予想通り……ドンピシャですよ。さ、戦争の時間です。徹底的に蹂躙じゅうりんしてください。僕達は前衛が穴を空けた前方の艦隊を殲滅しつつ、そのまま包囲の外に出ます」


 今、左右から背後へと包囲してくる敵艦隊は……遅れてあとから来た封印艦隊の主力に背を向けている。包囲の内側、七海達に砲を向けているからだ。

 敵将はこちらの連携不足、指揮系統の乱れを感じたかもしれない。

 だが、主力を置き去りにしたのではない……七海は主力を後方に置いておいたのだ。久遠くおんの眠りから目覚めた邪龍達じゃりゅうたちの鼻先で、機構軍はさかしく包囲を完成させた訳である。内側から破られると同時に、外側から牙と爪で引き裂かれるとも知らずに。


『ハハハッ! これは愉快……どれ、それではワシ等の力、とくと御覧ごろうじよ! キュベレー、皆も! 思い出させてやるがよいぞ……かつて虚天洋をべた神々が残した力、我等が封印艦隊の力を!』


 背後で破滅が始まった。

 機構軍は、包囲の外側から無残に食い破られる。

 そこにもう、数の優位は存在しない。

 そして、絶望の声なき悲鳴を全身で受け止め、平然と七海は指揮をる。リーチェアの操艦で、前面の艦隊に空いた風穴からエルベリオンはそのまま突き抜けた。

 敵はおろか、味方にも『無策な突撃』を演じてみせた、七海の勝利だ。

 彼にはこの、あまりにも劇的な演出された勝利が必要だったのだった。

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