第25話「彼女の中のヒーロー」

 激しい振動にあしを取られながらも、天地英友アマチヒデトモは走る。

 巨大なロボセイヴァーの一歩が、街を破壊し、アスファルトを波立なみだたせる。その中を、転がるようにして英友は走り抜けた。

 だが、あまりに一歩の大きさが違い過ぎる。

 見上げる巨影きょえいの背中を見送った、その時だった。

 上から声が降ってくる。


「ヒデッ! 急いで! そいつは、アタシがおさえてみせるっ!」


 空から真っ逆さまに、巨大な戦闘機が急降下してきた。

 それは、タラスグラールの支援メカ、スカイアークだ。そして、その操縦席そうじゅうせきからスピーカーで叫んでいるのは……アーリャ・コルネチカの声だった。


「アーリャなのかっ!? 何でそれに乗ってる!」

「無個性だって動かせるなら……学園長がくえんちょうから借りたのよ! いいから行って!」


 スカイアークからビームのつぶてが無数にロボセイヴァーに浴びせられた。だが、ビームバルカン程度では、ひるませることすらできない。

 それでも、鬱陶しそうに両手を振ってはたき落とそうとする。

 ロボセイヴァーの脚が止まったあとも、英友は走り続けていた。


「ヘナァ! カトンボがよぉ……邪魔してくれるんじゃ、ねえええええっ!」


 再びロボセイヴァーの手から、怪光線かいこうせいとでも言うべき輝きが放たれた。

 半分オートで飛んでいるから、スカイアークは錐揉きりもみで緊急回避きんきゅうかいひ……だが、中に乗ってるのは無個性のアーリャ、訓練を受けたこともない素人しろうとなのだ。

 悲鳴が響く中でも、アーリャの無事を祈りながら英友は走る。

 胸が焼けるように痛い。

 出入りする空気がのどを切り刻む。

 それでも、英友は歯を食いしばって、駆ける。

 その向かう先に、見るも無残むざんなタラスグラールが突っ伏していた。


「タラスグラール……うそだろ、おいっ! 真心マコロ! 返事をしろっ、真心!」


 瑪鹿真心メジカマコロの愛機、タラスグラール。

 地球圏ちきゅうけん最強のヒーローは今、火花が舞い散る破損にまみれながら、うつせに倒れていた。英友の呼びかけに、片目を開けて無理に微笑ほほえむ。その顔は半分が、流体繊維素材りゅうたいせんいそざいによる人工皮膚じんこうひふが破れて、マシーン本来の姿が丸見えになっていた。

 ゆっくり両手を地に突き、タラスグラールが立ち上がろうとする。

 あちこちからあふる人工筋肉の潤滑液じゅんかつえきが、まるで鮮血のようだ。

 どろりとれた血溜ちだまりのような赤を踏み、英友は見上げる。

 つんいに身を起こすタラスグラールは、すでにボロボロだった。


「大丈夫、だよ……ヒデ君、さがって、て……私は、みんなを……世界を、守ら、なきゃ」

「もういいっ、真心! このままじゃ、お前が」

「ううん、平気……これが、私の……つぐない、だから」

「お前……まさか」

「……うん。そう、だよ? 私が……私の、『孤性ロンリーワン』が……この地球を、滅茶苦茶めちゃくちゃに、しちゃった……だから、私は、戦うの……みんなを、世界を、守るの」


 だが、自慢の装甲はひび割れ砕け、あちこちで小さく爆発の炎があがっている。タラスグラールはもう、立てそうもない。

 そして、下腹部かふくぶのコクピットハッチが上下に開いた。

 迷わず英友は、その真下へと駆け寄って見上げる。

 そこには、制服姿のままの真心が座っていた。

 相変わらずの無表情で、怜悧れいりまし顔はビスクドールのようだ。

 だが、英友にはわかる。

 英友だけには、仏頂面ぶっちょうづらな真心の感情が全てわかる。

 彼女は今にも泣き出しそうだった。


「ヒデ君、逃げて……私は、大丈夫、だから」

「いいや、逃げねえっ! そしてもう、お前は大丈夫じゃねえ!」

「ううん、駄目……ヒデ君は、逃げて。逃げては、いけない、私の、わりに」

「お前っ!」


 そして、あちこちモニターの割れたコクピットの中から、学園長の声が響いた。それは、真心の母親である瑪鹿巫琴メジカミコトだが……厳しい口調は正しく、世界の平和を守る星立せいりつジャッジメント学園の長としての言葉を連ねる。


『真心、立ちなさい! 特訓を思い出すのよ』

「待ってくれ、学園長! いや、おばさんっ! もう真心は――」

『ごめんね、ヒデちゃんは黙ってて! ……いい、真心。貴女あなたはヒーロー、この地球圏の最強のヒーローなの。自分の決意と覚悟を信じて!』


 そこには、英友が踏み込めない母子のきずながあった。

 コクピットで真心は、手早くダメージをチェックして手を動かす。視線を走らせ数値を読み取りながら、彼女はなんとかタラスグラールを立たせようと必死だった。

 そして遠くで爆発音が響く。

 英友が振り返ると……撃墜げきついされたスカイアークが、黒煙を棚引たなびかせて落下した。

 思わずアーリャの声を叫べば、空中にパラシュートが広がる。

 目をらせば、彼女は時々真心が着ている、あのぴっちりとしたパイロットスーツを着ていた。だが、宙を漂うアーリャをロボセイヴァーは鷲掴わしづかみにする。

 響く悲鳴を醜悪な笑い声が塗り潰した。


「ヘッシャッシャア! お前ぇ、いいだなあ……そう、平らだ!」

「なっ、何よ! 失礼ね! っ、ああああっ!」

「ほぉら、握り潰しちゃうぞぉ? 育ち切っちゃってるババァだが、その平らな胸はいい……無乳むにゅう、最高ぉ! じゃあ……少しにぎって潰して、ちぢめてやろうかねえ」

「う、ああ……や、やめて……たっ、助けて! ヒデッ!」

圧縮あっしゅくしてえ、小さなロリロリ少女になったら……ヘシャア!」


 もはや一刻の猶予ゆうよもない。

 だが、真心の努力もむなしく、タラスグラールは動こうとしなかった。

 そして、表情をこおらせたまま真心の声がか細くなってゆく。


「……駄目、再起動……でき、ない」

あきらめないで、真心!』

「ママ、でも……も、もう、動けない」

『駄目よ……真心、貴女は自分で選んだ。たとえいばらの道だろうと、血塗ちまみれになっても駆け抜けると! 自分が壊したこの世界を守るって! 決めたんでしょう?』

「でも……私は、この身体に、秘められた、エネルギーしか……身体は、普通の」

『だから、一緒に特訓したわ! 自分を信じて! そして……パパとママが作ったタラスグラールを信じて! どうしてタラスグラールが人型なのに、手持ち武器がないかわかる? タラスグラールの手はね、真心! 平和をつかむ手、みんなとつなぐ手なのよ!』

「……ママ。うん……私、頑張る。やって、みる、けど」


 見上げる英友の方を、まっすぐ真心は見詰みつめてきた。

 英友もまた、そんな真心を見据みすえて両のこぶしを握った。


「真心、どうすればいい? 俺は、お前を助ける! 支える!」

「ヒデ、君……」

「急がねえと、アーリャがやべぇ! けど……まず、お前だ」

「えっ?」

「ヒーローってな、献身けんしんの心、自己犠牲じこぎせいで成り立ってる。その高潔こうけつたましいはすげぇよ、とうといよ……でもなあ! 真心っ、お前はもっと自分を大事にしろ! そして、周りをもっとたよれ……俺をもっと、頼ってくれ!」


 無力な自分をわかっている。

 一度、巫琴に「娘を支えてほしい」と言われ、怖気おじけづいた。

 自分が弱かったからだ。

 真の弱さは、能力の有無ではない……気持ちが、心が弱かったのだ。

 だから、逃げた。

 でも、今は違う。

 何ができるとは言わない、何もできないかもしれない……それでも、真心に伝えたい。お前は一人じゃないと。ナンバーワンが独りぼっちロンリーワンだなんて、悲し過ぎる。真心をそういう悲劇のヒロインにしてはいけない。

 何故なぜなら、彼女は地球圏最強のヒーローだから。


「ヒデ、君……わ、私……」


 足音が徐々に近付いてくる。

 握るアーリャの悲鳴を連れて、接近してくる。


「私……あの、ね……ヒデ、君。私、みんなを……世界を、守る、から」


 ぽたりとほおに何かが落ちてきた。

 身を乗り出してハッチから、真心が見下ろしてくる。

 そのひかるに光るなみだが、英友の顔へとまた一滴、こぼれた。


「全部を守る、私を……守っ、て……ヒデ君、が……ヒデ君、だけ、は……私を、守って」

「おうっ! 任せろ!」

「……ヒデ、君」

「当たり前だろ? 俺は……俺はっ、天地英友は! お前の、瑪鹿真心の! 彼氏かれしだあああああっ!」


 その言葉に、真心が大きくうなずき飛び出してきた。

 だが、どこまでも伸びるはずのケーブルが、わずかに届かない。

 コクピットからぶら下がった真心は、手をのばす英友の上で止まった。もう少しで手が届くのに、宙ぶらりんで真心は泣いている。

 そして、巫琴の声が悲鳴に変わった。


『真心! ヒデちゃんをつかんで! 一緒にコクピットへ! 敵が来るっ!』


 だが、手が届かない。

 そして、タラスグラールは真心の背中にさるケーブルを巻き上げ始めた。

 手を伸ばす真心が、どんどんコクピットへ戻されてゆく。

 飛び跳ね手を結ぼうとする英友の頭上へ、真心が遠ざかっていく。


「ヒデ、君……こ、これ! これをっ!」


 コクピットへ連れ戻された真心の手から、何かが落ちてきた。

 それを掴んで、思い出す。

 あの時、真心の家で巫琴が渡そうとしてきた携帯端末けいたいたんまつだ。腕時計のように装着するデバイスは、まるで英友を待ち受けるかのように光っている。

 迷いはもう、ない。


「っしゃあ、待ってろ真心! 俺が一緒だ、一緒にやるぞ!」


 装着、まるで肌に吸い付くような感触。

 瞬間、手首のデバイスが機械音声を走らせた。


YOUユー GETゲット NOWナウ!! U-CONNECTユーコネクト!! OPENオープン UTERUSユータラス!! OPENオープン UTERUSユータラス!!』


 光が、タラスグラールのコクピットへと屹立きつりつした。

 そして、ふわりと英友は浮かび始める。

 無機質な声にうながされるまま、英友は叫んだ。

 何を叫べばいいか、知っていた。昔、マシンダーが教えてくれたのだ。そのマシンダーがもたらした災から、真心を守るために今……魂の絶叫ぜっきょうで英友は光となる。


HEROヒーロー ENTRYエントリー!! HEROヒーロー ENTRYエントリー!! ……AREアー YOUユー READYレディ?』

「うおおおおおっ! 行くぜ真心っ! ! !」


 そのまま英友は、タラスグラールのコクピットへと吸い込まれた。

 同時に、苦悶くもんの表情を浮かべたタラスグラールの瞳に光がともった。

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