第9話「今日の事件と、あの日の惨劇と」

 朝の往来を、天地英友アマチヒデトモは猛ダッシュしていた。

 同じ寮に住む友人、姫小狐ヂェンシャオフゥも一緒だ。


「クソーッ! バスが止まるなんてな! 何だよこの渋滞じゅうたいっ」

流石さすが予備科よびかの人達は脚が早いよぉ……『個性オンリーワン』は程度の差こそあれ、どんな能力でも身体機能が強化されるから」

「ずりーぜ、そいつはよぉ!」


 登校に使っている通学バスが、突然の大渋滞で止まってしまったのだ。それで今、英友は全力疾走でシャオフゥと走る。できれば遅刻は勘弁して欲しいし、先程から何やら胸騒ぎがおさまらないのだ。

 無論、『個性』を持つ予備科の面々は皆、次々と英友達を追い抜いて消えた。

 クラクションが鳴り止まない大通りを、二人は照り始めた太陽の中で走る。


「ん? 何だありゃ……あの能天気な色したデカブツは」


 学園へと向かう英友の視界に、巨大な車両が目に入った。

 それは、白地に赤青黄色のいかにもオモチャっぽいトリコロールカラーが踊る大型トレーラーだ。その大きさたるや、まるで動くビルである。片側三車線の車道を、完全に横幅で占領していた。

 これが渋滞の原因かと思った、次の瞬間にはシャオフゥが嬉しそうに叫ぶ。


「あれは……グランドアークだーっ! 見て見て、ヒデ君っ! グランドアークだよっ!」

「何だそりゃ? どっかで聞いたような……」

真心マコロ先輩のタラスグラールを、地上からバックアップする特殊大型車両とくしゅおおがたしゃりょうなの。最大時速300kmで、どんな地形も乗り越え走るんだあ。あっ、写真! 写真撮らなきゃ!」


 その、グランドアークとやらに並んだところでシャオフゥは脚を止めた。もはや彼にとっては、学校への遅刻などどうでもいいらしい。

 やれやれと思いつつ、ひたいの汗をぬぐって英友も巨体を見上げる。

 の光を遮る車体は、まるで動く基地だ。

 そして、高い位置にある運転席あたりから、見知った少女が顔を出した。


「あっ……ヒッ、ヒデ君。お、おはよ……今日も、暑い、ね」

「おう、真心! お前の車かっ! 邪魔になってんぞ、大渋滞じゃねーか!」

「わっ、私じゃ、なくて、その、えと……この先で、事件……」

「あ? ああ、悪い! また宇宙怪獣うちゅうかいじゅうか? それとも何だ、事故か災害か?」

「あ……と、とりあえず、乗って? シャオフゥ君、も……顔、見られると、困る、から」


 そそくさと瑪鹿真心メジカマコロは、いつもの玲瓏れいろうな無表情を引っ込めた。

 それで英友は、夢中で携帯のカメラを向けるシャオフゥを呼ぶ。乗れと言われたことを伝えたら、シャオフゥは一発で恋する乙女おとめの顔になってしまった。夢見心地の彼と一緒に、備え付けのタラップを上って運転席へ入る。

 そこは、車の中とは思えぬ光景が広がっていた。

 通常のトレーラーで運転席にあたる部分、そこには確かにハンドルを備えた座席が真ん中にある。だが、運転席というよりはむしろ、操縦席だ。広い内部は、どちらかというとアニメや漫画に出てくる秘密基地だ。


「ヒデ君……とっ、とりあえず、適当に座って? シャオフゥ君も」

「おう、つーかすげえ車、だ、な……? って、すげええええええ! 真心、お、おまっ!」


 真心の声に振り向いた英友は、絶叫してしまった。

 しかし、もはや二人を二人の世界に置き去りにして、シャオフゥはメカに夢中だ。車内を無邪気に撮影しまくっている。

 そして、英友の前には……姿

 恥ずかしそうにもじもじしているのには、これには訳がある。


「真心っ、何か着ろ! 羽織はおれ!」

「でっ、でも……これ、パイロットスーツ……だから。一応、今日は学園じゃなく……家から出撃、で……着替える、余裕、あったから」

「だーっ! 着てるうちに入らねええええ!」


 今、真心はすらりと長身のグラマーなスタイルが、

 勿論もちろん、首から下にはだの露出はない。彼女の説明では、専用のバイザーを装着すれば宇宙でも活動できるパイロットスーツだという。

 だが、はっきり言っていかがわしい。

 ぴっちり肌に張り付いた、タラスグラールと同じトリコロールカラーの薄布うすぬの……特殊繊維とくしゅせんいとナノファイバーを何重にもんだ特殊スーツだ。それは、まるで裸にボディペインティングしてるかのように薄い。

 たわわな胸のみのりも、細くくびれた腰からヒップラインへの曲線も丸出しである。


「……あ、うん……ヒデ君、ごめん。……そう、だよね。そうだった、かも」

「あ、いや、俺こそすまん! と、とにかく上に一枚、何かを――」

? ……おそろい、ペアルック……」

「着るか、アホォ!」

「一応……男子用も、ある、のに……しゅん」


 怜悧れいりな澄まし顔のままで、小さく真心はうつむく。

 表情に変化はないが、英友には彼女の喜怒哀楽きどあいらくがよくわかった。昔から何となくだが、わかる。この、表情筋ひょうじょうきんが全く仕事をしていない美少女の、その感情の機微きびを顔から読み取ることができた。

 だが、落ち込まれようがガッカリされようが、断じてノォ! である。

 そんなピッチリスーツを男が着れば、股間の愚息マイサンが大惨事である。

 そう思ってつい、真心の股間に目がいってしまった。

 思わずゴクリ! とのどが鳴る。

 だが、まるで移動司令部みたいな車中でシャオフゥはゴキゲンだ。


「えっ、真心先輩! それ、格好いいですぅ! 一枚、一枚だけっ」

「う、うん」

「あー、いいです、凄くいいですよぉ! あ、目線お願いしまーす!」

「は、はひっ!」

「それじゃーラスト、決めポーズで! いつもの決め台詞でっ!」

「え、えと、んと……鉄魂勇者てっこんゆうしゃ、タラスグラール……はがねの乙女は、無敵……なり?」


 おいおい、何で疑問形なんだよ……思わず英友は心の中で突っ込んだ。

 顔を真赤にしつつ、おどおどしながらも写真撮影が終わる。真心は後部のカーゴスペースに着替える場所があると教えると、シャオフゥはスッ飛んでいった。

 プシュッ! と圧搾空気あっさくくうきの出入りで扉が閉まると、二人きりになる。

 真心はとりあえず、司令官っぽい座席においてあったカバンからジャージを出して肩にかけた。だが、隠されるとますます英友は意識してしまう。


「とっ、とりあえず、どんな事件だ?」

「この先、ジャスティス大橋おおはしで交通規制……通行止め」

「ああ、あの馬鹿デカい川のとこか」

「ヴィランの二人組が、喧嘩中けんかちゅう、かな……データベースに未登録の、未確認ヴィラン」

「……すげー迷惑な話だ。この通勤通学ラッシュの、混雑する朝によぉ」

「うん」


 ついつい、ちらちらと真心を見てしまう。

 そして、長身を丸めるように小さくして、上目遣うわめづかいで見詰めてくる真心と目が合う。今日も彼女は、背中から伸びる赤いケーブルでタラスグラールにつながっていた。

 恐らく後部のカーゴスペースには、タラスグラールが搭載されているのだ。


「私は、今日は……出番、ないかも。待機、だし……で、でも……」

「でも?」

「ヒデ君の、りょうの、近くだったから……事件、心配で。ヒデ君に、何かあったら、私……」

「あーっ、待て! 待て待て! そんな顔するな! 俺は無事だ! いやんなるほど健康だ!」

「ホント? うん……ホント、だね」


 真心の視線が、無理に笑う英友の顔から下へとスライドする。

 慌てて英友は、学生服の股間を押さえて背を向けた。


「うっ、うるせえ! お前が公衆猥褻物状態こうしゅうわいせつぶつじょうたいだからだろっ!」

「……えと、大丈夫、だよ? 私、理解ある方……ヒデ君、男の子だもん」

「おい馬鹿やめろ、優しい目で俺を見るんじゃない」


 そうは言っても、気遣う彼女の表情を読み取れるのは英友だけだ。

 そして、自然と二人きりの沈黙が静けさを呼ぶ。

 外のクラクションの音だけが、まるで遠くの祭のように響いていた。


「あ、そうだ……真心! おじさんは元気か? ほら、マシンダーの……親父おやじさんだよ」

「え、あ、んと……元気、だと、いいなあ、って」

「何だそりゃ」

「行方不明、なの。……三年前の、あの日から」

「三年前……ああ、じゃあ俺と一緒だな」


 それは、三年前の大災厄だいさいやく

 たびたび宇宙怪獣や異星人に襲われ、地球圏にもヴィランがのさばっていた。天変地異てんぺんちいは数知れず、人災や事件も後を絶たない混迷期こんめいき……その中で人類は、あまりに大き過ぎる悲劇を目の当たりにした。

 それが、グレートポールシフト……地球の超大規模地殻変動ちょうだいきぼちかくへんどうだ。

 地震と津波、そしてその後の荒廃した世界での動乱。

 わずか三年でここまで復興したことが嘘のようだ。それは、各国が超軍縮ハイパーデタントでほぼ全ての軍隊を手放し、ヒーローを集めた星立せいりつジャッジメント学園に平和の守護神しゅごしんの座をゆだねたからだ。


「俺もさ、両親が……でも、一緒に生き残って、生き延びた仲間がいたから。あと、マシンダー! おじさんの言葉がさ、俺には支えだった」

「うん……パパ、すっごくヒデ君のこと、かわいがってた……ずっと、嫉妬しっと、してた」

「オイオイ、違うだろそれ……おじさんはさ、真心のことをずーっと大事にしてきたじゃねえか」

「そう、かな? ……そうだと、嬉しい」

「そうだ! マシンダーってさ、お前のためのヒーローだったんだぜ?」

「……そう、かも。じゃあ、パパがいつも……マシンダーを、ヒデ君にやらせたのって……ポッ」

「いちいち飛躍ひやくすんな。でも……俺等、恵まれてたよ。特にお前な、自覚しろよ?」

「うん……うんっ! だから、私……守るの。世界のみんなを、あらゆる全てを」


 その時、また扉が開いてシャオフゥが戻ってきた。

 彼も真心と色違いの同じスーツを着てたが、なんというか……ピッチリピチピチゆえの股間はあまり目立っていない。時々、本当に同じ男なのか疑わしくなってくる。


「真心先輩っ! 女子用のサイズなら、ぢょうどいいのありましたっ!」

「う、うん……よ、よかったら、あげる、よ?」

「本当ですか!? わーっ、じゃああとで、ここ! ここにサインしてくださいっ!」


 シャオフゥが胸を指差し突き出した、その時だった。

 車内に通信らしき音が響いて、すぐに真心は緊張感をびる。通信士のスペースらしき座席に座って、メインモニタに連絡の相手を表示した。

 映ったのは、昆虫こんちゅう甲殻類こうかくるいを感じさせる鎧のヒーロー……サスライダーだ。


『おはよう、真心君。こちらはサスライダーのゼオンだ』

「おはようございます、ゼオン先輩」

『至急、タラスグラールを発進させてくれ。必要かどうか微妙だったから、待機要請してたけど』

「は、はい……だから、今日はグランドアースに、載せてきました。アシストにもサポートにも、回れ、ます」

『助かる! 謎のヴィラン二人組の喧嘩が……ジャスティス大橋自体を崩落ほうらくさせる恐れがあるんだ』


 変身し終えているゼオン・F・アイゼンシュタットが、仮面の瞳を僅かに輝かせる。逼迫ひっぱくした事態に、緊張が走った。

 そして、英友は見た……頼りない幼馴染の無表情が、鉄魂勇者へと変わるのを。

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