第8話「姫小狐の秘密」
基本的のこの時代、『
無個性な人間の権利が拡充され、大昔の機器や家電製品がリバイバルされたのだ。
携帯は古い二つ折りタイプだし、湯を
「うおーい、シャオフゥ!
先日寮に引っ越してきたばかりで、顔見知りは
ノックして彼の部屋に入ると、机の上で小柄な少年が眠りこけている。先程ジェットの轟音と共に帰宅し、寮で
尚、アーリャ・コルネチカは隣の女子寮に住んでいる。
男子寮と女子寮は中庭を挟んで向かい側であり、間には無数の
「寝てんのか……? って、やばっ! ドキドキすんじゃねえよ、俺っ!」
まるで夢見にまどろむ少女のようなシャオフゥがいた。
彼女と形容したくなる彼は、どうやらパソコンで何かを調べていたらしい。机の上には、今ではちょっと考えられない大きさのデスクトップが震えている。学園の
ついつい英友は、ブラウン管タイプのモニターを
「……ッ! シャオフゥ、お前……」
そこには、見てはいけないシャオフゥだけの世界があった。
彼の写真が、彼女として写っていたのだ。
間違いなく、画像編集ソフトで表示されているのはシャオフゥの写真だ。ただし、スカートをはいてヘソ出しのドレスみたいなのを着ている。
俗に言うコスプレ、それも女装である。
むしろそれが普通に見える、
「あー、いや、なんだ……こっ、こういうのも趣味だからな。うんうん……ある意味で強力な『個性』だぜ。……ん? こっちはなんだ?」
英友はついつい、マウスを握ってクリックしてしまう。
他に開いていたウィンドウは、無個性な人間でも使える携帯電話の紹介ページだ。いろいろなメーカーがあるが、恐らく下校時の英友の言葉を覚えていてくれたのだろう。格安の機種もあって、何個かチェックされていた。
そして、もう一つ。
それは奇妙なサイトで、今では文化的に
SNSが主流の現在でも、こうしたサイトがあること自体が驚きだ。
思わず英友は、後ろめたさを感じつつも画面をスクロールさせる。
「おいおい、シャオフゥお前……何を調べてんだよ、何をっ!」
そこでは、放課後にゼオン・F・アイゼンシュタットから聞いた不穏な単語の話が盛り上がっていた。
――オリジェネレータ。
それは、ヴィランと称される『
思わず英友は、緊張に
そういえば、コンビニでもこの話題にシャオフゥは食いついていた。
それは、無個性な人間ならば誰だってそうだろう。
その時、かわいらしい
「ん……ふぁ? あれ……ヒデ、君? あ、あれっ! ど、どうして僕の部屋にっ!?
「ノックしたんだがよ、全然返事がねーから。で、寝てた。それよりシャオフゥ、お前――」
「らっ、らめええええっ! 見ないでぇ! フォトショでチェックしてんの! 肌とか色々、補正必要だから! 時々必要だからっ!」
瞬時にシャオフゥは、顔を真赤にしてパソコンをシャットダウンしようとした。
しかし、強制終了すると最後にデスクトップの壁紙がでかでかと映っていしまう。それもまた、シャオフゥがきわどいチャイナドレスで色っぽい画像だった。
さらなる悲鳴が響き、背後へと
「こっ、ここ、これはねヒデ君! ええと……そう、
「あー、うろたえるなシャオフゥ。別に俺はいいんだ、それより」
「ふああああっ、どうしたら……」
よろよろと起き上がったシャオフゥが、
今にも泣きそうだ。
それで英友は、やれやれと
「お前、女装コスプレとかすんのな」
「う、うん……」
「すげえかわいいじゃねえか、俺もちょっちヤバかった。まあ、秘密の趣味ってんなら、秘密のままでいいぜ。俺はダチの秘密は守る男だからな!」
本来は、『個性』という言葉は個人の持つ性質や性格、感性といったセンシティブなものだった。それが今では、特殊な力の代名詞だ。もっとも、『個性』ではせいぜい『人より耳が凄くいい』とか『握ったものを温めることができる』とか、その程度だ。
だが、ヒーローの持つ『孤性』は違う。
一人一人が巨大なエネルギーの
「気にすんなよ、シャオフゥ。誰にも言わねえ。で、だ。もっと大事な話が――」
「ヒデ君っ! ヒデ君、ヒデ君、ヒデ君っっっっ!」
「わ、ちょっと待て、おまっ!」
突然、シャオフゥが英友に抱き付いてきた。
そのまま二人は、背後のベッドに倒れ込む。
丁度
ぱさりと顔に落ちてきたぱんつも、かわいらしい女性用。
ふと、真心の……タラスグラールのクマさんぱんつを思い出す。
とりあえず、
やばい、ちょっと涙ぐんでる。
そして、やはりというか……かわいい。
「あのね……あのね、ヒデ君。僕……小さい頃から変なんだぁ。女の子の格好をするのね、すっごく好きなの」
「お、おう。とりあえず離れて――」
「でも、周りも変だって言うけど……コスプレすると、自分もヒーローになれる気がするから。力がなくても、格好だけでもヒーローになりたいから」
「シャオフゥ、お前……」
身を起こした英友は、
星空のように眩い瞳を覗き込んで、ゆっくりと言葉を選んだ。
「よく聞け、シャオフゥ。まず、お前はかわいい! ちょっと俺もドギマギしてやばい、それくらいかわいい。だから、自信を持て。あと、お前の女装を馬鹿にする奴は俺に言え。シメてやる」
「ヒデ君……うん。うんっ!」
「で、だ……お前は『孤性』どころか『個性』すらない。でも、それは俺やアーリャも一緒だ。一億人に一人だとか言うがな、それでも地球圏には百人近くいるんだ」
そう、英友達は孤独ではない。
社会的にも
今の時代、無個性で生きるのは大変だ。
だが、そんな中でも気高く優しく、家族のために生きた男を英友は知っている。
「お前さ、シャオフゥ……ヒーロー、詳しいよな?」
「う、うん」
「マシンダーって、知ってるか? 真心の親父さんだ」
「えっ……初めて聞くヒーローだよ? 真心先輩、お父さんもヒーローだったんだ」
「マシンダーってのはな、無個性なんだよ。何の力もねえ。だがな……俺と真心にとってはヒーローだったんだ。ずっとベッドの上で動けない真心のために、親父さんが変身したヒーローなんだよ」
英友はマシンダーへの気持ちを、素直に語った。
自分にとっても、マシンダーはヒーローで、それ以上の存在だからだ。段ボール箱を切り貼りした
心なしか、真心の
「シャオフゥ、薬なんかに頼んなよ。その、なんつったか? オリジェネリック?」
「オリジェネレータだよ。……あっ!」
慌ててシャオフゥが、両手で口を塞ぐ。
だが、跨る彼をそのままに、英友は上体を起こした。
「んなもん、使うなよ。お前が『孤性』を持って
「……う、うん」
「お前がノートに書き留めたヒーロー達に、薬でパワーアップする奴なんていないだろ?」
「あ、それはね! この百年で何人かいて、特に専用の錠剤で変身する……でも、そういうのとは、違うよね。ゴメン」
「い、いんのかよ、薬で変身するヒーロー。はは、世界は広いわ。ま、あんまし思い悩むなよな。それと」
「それと?」
おずおずと英友の上から降りて、シャオフゥはベッドに座り直す。
そんな彼の頭をポンと
「お前のノートに、マシンダーを書き加えといてくれ。また、マシンダーのことを話すからよ……お前の好きなヒーロー達と一緒に、覚えてて欲しんだよ」
「うんっ! ありがとう、ヒデ君。僕……間違ってた」
「気の迷い、だろ? 魔が差したのさ、誰だってある」
「うん」
「俺は、さ……無個性で辛かったら、マシンダーを思い出す。マシンダーの言葉を胸に
「……僕もそうするっ! ヒデ君と一緒がいいもん!」
そう言ってはにかむシャオフゥは、夕焼けの差し込む部屋の中でとてもかわいかった。その
「よし、飯にしようぜ! そう、飯だから呼びに来たんだよ」
「うんっ」
シャオフゥが今、一瞬だけ悪の道に
それを英友は、友人として助けられた気がする。
そう、
無個性でもマシンダーは、英友の心の支え、そして誇りだ。
その存在自体が、無個性な英友の中で確かなものなのだった。
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