第8話「姫小狐の秘密」

 星立せいりつジャッジメント学園には、標準科ひょうじゅんかだけのりょうがある。

 基本的のこの時代、『個性オンリーワン』を持つ一般人が使うことを前提にインフラが整備されているため……無個性むこせいな標準科、百年前の一般人である天地英友アマチヒデトモ達の生活はクラシカルだ。

 無個性な人間の権利が拡充され、大昔の機器や家電製品がリバイバルされたのだ。

 携帯は古い二つ折りタイプだし、湯をかすときはガスコンロを使う。冷蔵庫も深夜にブーンとうなる旧式だが、別段生活に支障はない。


「うおーい、シャオフゥ! めしいこーぜ、飯!」


 先日寮に引っ越してきたばかりで、顔見知りは姫小狐ヂェンシャオフゥしかいない。

 ノックして彼の部屋に入ると、机の上で小柄な少年が眠りこけている。先程ジェットの轟音と共に帰宅し、寮で瑪鹿真心メジカマコロのタラスグラールに降ろしてもらったのだ。

 尚、アーリャ・コルネチカは隣の女子寮に住んでいる。

 男子寮と女子寮は中庭を挟んで向かい側であり、間には無数の洗濯紐せんたくひもが張り巡らされていた。


「寝てんのか……? って、やばっ! ドキドキすんじゃねえよ、俺っ!」


 まるで夢見にまどろむ少女のようなシャオフゥがいた。

 彼女と形容したくなる彼は、どうやらパソコンで何かを調べていたらしい。机の上には、今ではちょっと考えられない大きさのデスクトップが震えている。学園の中央司令部ちゅうおうしれいぶにあるクレーム対応用より、さらに古いタイプだ。

 ついつい英友は、ブラウン管タイプのモニターをのぞむ。


「……ッ! シャオフゥ、お前……」


 そこには、見てはいけないシャオフゥだけの世界があった。

 

 間違いなく、画像編集ソフトで表示されているのはシャオフゥの写真だ。ただし、スカートをはいてヘソ出しのドレスみたいなのを着ている。

 俗に言うコスプレ、それも女装である。

 むしろそれが普通に見える、可憐かれんな女装少女が画面の中で笑っていた。


「あー、いや、なんだ……こっ、こういうのも趣味だからな。うんうん……ある意味で強力な『個性』だぜ。……ん? こっちはなんだ?」


 英友はついつい、マウスを握ってクリックしてしまう。

 他に開いていたウィンドウは、無個性な人間でも使える携帯電話の紹介ページだ。いろいろなメーカーがあるが、恐らく下校時の英友の言葉を覚えていてくれたのだろう。格安の機種もあって、何個かチェックされていた。

 そして、もう一つ。

 それは奇妙なサイトで、今では文化的にすたれたBBS、いわゆる掲示板だ。

 SNSが主流の現在でも、こうしたサイトがあること自体が驚きだ。

 思わず英友は、後ろめたさを感じつつも画面をスクロールさせる。


「おいおい、シャオフゥお前……何を調べてんだよ、何をっ!」


 そこでは、放課後にゼオン・F・アイゼンシュタットから聞いた不穏な単語の話が盛り上がっていた。

 ――オリジェネレータ。

 それは、ヴィランと称される『孤性ロンリーワン』を悪用する組織の密売品だ。違法な薬物で、あらゆる人間に『孤性』をもたらすという。

 思わず英友は、緊張にのどがゴクリと鳴った。

 そういえば、コンビニでもこの話題にシャオフゥは食いついていた。

 それは、無個性な人間ならば誰だってそうだろう。

 その時、かわいらしい吐息といきらしてシャオフゥが身を起こした。


「ん……ふぁ? あれ……ヒデ、君? あ、あれっ! ど、どうして僕の部屋にっ!?

「ノックしたんだがよ、全然返事がねーから。で、寝てた。それよりシャオフゥ、お前――」

「らっ、らめええええっ! 見ないでぇ! フォトショでチェックしてんの! 肌とか色々、補正必要だから! 時々必要だからっ!」


 瞬時にシャオフゥは、顔を真赤にしてパソコンをシャットダウンしようとした。

 しかし、強制終了すると最後にデスクトップの壁紙がでかでかと映っていしまう。それもまた、シャオフゥがきわどいチャイナドレスで色っぽい画像だった。

 さらなる悲鳴が響き、背後へと椅子いすから落ちるシャオフゥ。


「こっ、ここ、これはねヒデ君! ええと……そう、まれによくあることなの! 完璧に不確かなことだけど、普通のことで、ええと」

「あー、うろたえるなシャオフゥ。別に俺はいいんだ、それより」

「ふああああっ、どうしたら……」


 よろよろと起き上がったシャオフゥが、ひとみうるませ見詰めてくる。

 今にも泣きそうだ。

 それで英友は、やれやれと溜息ためいきこぼす。


「お前、女装コスプレとかすんのな」

「う、うん……」

「すげえかわいいじゃねえか、俺もちょっちヤバかった。まあ、秘密の趣味ってんなら、秘密のままでいいぜ。俺はダチの秘密は守る男だからな!」


 本来は、『個性』という言葉は個人の持つ性質や性格、感性といったセンシティブなものだった。それが今では、特殊な力の代名詞だ。もっとも、『個性』ではせいぜい『人より耳が凄くいい』とか『握ったものを温めることができる』とか、その程度だ。

 だが、ヒーローの持つ『孤性』は違う。

 一人一人が巨大なエネルギーのかたまりで、想像を絶する力があるのだ。そして、その力を維持できるのは、少年少女だけ。ゆえに今、地球圏のヒーロー達はこの超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしへ集められている。


「気にすんなよ、シャオフゥ。誰にも言わねえ。で、だ。もっと大事な話が――」

「ヒデ君っ! ヒデ君、ヒデ君、ヒデ君っっっっ!」

「わ、ちょっと待て、おまっ!」


 突然、シャオフゥが英友に抱き付いてきた。

 そのまま二人は、背後のベッドに倒れ込む。

 丁度たたんで並べられていた洗濯済みの衣服が、あっという間に宙を舞った。どれもこれも、ほとんどが女物だった。

 ぱさりと顔に落ちてきたぱんつも、かわいらしい女性用。

 ふと、真心の……タラスグラールのクマさんぱんつを思い出す。

 とりあえず、洗濯石鹸せんたくせっけんの香りがするそれを顔からどけて、英友は覆いかぶさるように抱き締めてくるシャオフゥを見下ろした。

 やばい、ちょっと涙ぐんでる。

 そして、やはりというか……かわいい。


「あのね……あのね、ヒデ君。僕……小さい頃から変なんだぁ。女の子の格好をするのね、すっごく好きなの」

「お、おう。とりあえず離れて――」

「でも、周りも変だって言うけど……コスプレすると、自分もヒーローになれる気がするから。力がなくても、格好だけでもヒーローになりたいから」

「シャオフゥ、お前……」


 身を起こした英友は、華奢きゃしゃなシャオフゥの両肩に手を置く。

 星空のように眩い瞳を覗き込んで、ゆっくりと言葉を選んだ。


「よく聞け、シャオフゥ。まず、お前はかわいい! ちょっと俺もドギマギしてやばい、それくらいかわいい。だから、自信を持て。あと、お前の女装を馬鹿にする奴は俺に言え。シメてやる」

「ヒデ君……うん。うんっ!」

「で、だ……お前は『孤性』どころか『個性』すらない。でも、それは俺やアーリャも一緒だ。一億人に一人だとか言うがな、それでも地球圏には百人近くいるんだ」


 そう、英友達は孤独ではない。

 社会的にも冷遇れいぐうされているが、そんな中でも生きていける。そして、これから自分で生き方さえ変えていけるのだ。それを探して求め、なければ作る……仲間と生み出す。

 今の時代、無個性で生きるのは大変だ。

 だが、そんな中でも気高く優しく、家族のために生きた男を英友は知っている。


「お前さ、シャオフゥ……ヒーロー、詳しいよな?」

「う、うん」

「マシンダーって、知ってるか? 真心の親父さんだ」

「えっ……初めて聞くヒーローだよ? 真心先輩、お父さんもヒーローだったんだ」

「マシンダーってのはな、無個性なんだよ。何の力もねえ。だがな……俺と真心にとってはヒーローだったんだ。ずっとベッドの上で動けない真心のために、親父さんが変身したヒーローなんだよ」


 英友はマシンダーへの気持ちを、素直に語った。

 自分にとっても、マシンダーはヒーローで、それ以上の存在だからだ。段ボール箱を切り貼りしたよろいに、冴えない中年のオッサンが入っている。でも、真心の父はいつも真剣に愛娘まなむすめに接し、我が子の友人である英友を大事に思ってくれた。

 心なしか、真心の仏頂面ぶっちょうづらもマシンダーの前では柔らかかったように思う。


「シャオフゥ、薬なんかに頼んなよ。その、なんつったか? オリジェネリック?」

「オリジェネレータだよ。……あっ!」


 慌ててシャオフゥが、両手で口を塞ぐ。

 だが、跨る彼をそのままに、英友は上体を起こした。


「んなもん、使うなよ。お前が『孤性』を持って英雄科えいゆうかに行っちまったら、さ……俺ぁさびしいし、アーリャだって残念だろうからよ」

「……う、うん」

「お前がノートに書き留めたヒーロー達に、薬でパワーアップする奴なんていないだろ?」

「あ、それはね! この百年で何人かいて、特に専用の錠剤で変身する……でも、そういうのとは、違うよね。ゴメン」

「い、いんのかよ、薬で変身するヒーロー。はは、世界は広いわ。ま、あんまし思い悩むなよな。それと」

「それと?」


 おずおずと英友の上から降りて、シャオフゥはベッドに座り直す。

 そんな彼の頭をポンとでて、英友は笑った。


「お前のノートに、マシンダーを書き加えといてくれ。また、マシンダーのことを話すからよ……お前の好きなヒーロー達と一緒に、覚えてて欲しんだよ」

「うんっ! ありがとう、ヒデ君。僕……間違ってた」

「気の迷い、だろ? 魔が差したのさ、誰だってある」

「うん」

「俺は、さ……無個性で辛かったら、マシンダーを思い出す。マシンダーの言葉を胸にきざんで、その行動に従うんだ。マシンダーを信じてる。マシンダーならどうすっかな? って考えんだよ」

「……僕もそうするっ! ヒデ君と一緒がいいもん!」


 そう言ってはにかむシャオフゥは、夕焼けの差し込む部屋の中でとてもかわいかった。その柔和にゅうわな笑顔に、やはり危ない雰囲気を感じて英友はベッドから降りる。


「よし、飯にしようぜ! そう、飯だから呼びに来たんだよ」

「うんっ」


 シャオフゥが今、一瞬だけ悪の道にちかけた。

 それを英友は、友人として助けられた気がする。

 そう、些細ささいなことなのに大げさかもしれないが、英友は大事な友だちを救えたのだ。それはやはり、幼少期に自分のヒーローだったマシンダーのおかげだと思う。

 無個性でもマシンダーは、英友の心の支え、そして誇りだ。

 その存在自体が、無個性な英友の中で確かなものなのだった。

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