第5話「その名は!その名は!その名は!」

 巨大な影が、あふれる海水を巻き上げながら屹立きつりつする。

 見るも醜悪しゅうあくな異形の怪物……だ。数十年前から太陽系で確認されるようになった、謎の超攻性亜生体ちょうこうせいあせいたいである。知能はなく、本能と破壊衝動だけの化物バケモノだ。

 全身をうろこに覆われたその姿は、巨大な翼を広げる鳥に似ていた。

 その向こうで、一斉にヒーロー達が振り返る。


『クソッ、二匹いたのか! 飛行タイプ……みんな、あっちも頼むぜ!』


 テラセイヴァーへと変身した鏑矢光流カブラヤミツルの声が叫ばれる。

 それを聞きながら、天地英友アマチヒデトモは落ちていた。

 数十メートル下の、海面へとキャンプカーごと……それにしがみつく親子ごと落下していた。

 その時、初めて彼は走馬灯そうまとうのように蘇る記憶の化石かせきに触れた。

 懐かしい、ベッドの上の無表情な瑪鹿真心メジカマコロ。その横に腰掛け、一生懸命語りかける自分と……もう一人。そう、


『英友君、真心も! どうだ? 父さん、またパワーアップしたぞ! 鉄魂勇者てっこんゆうしゃマシンダーだ!』


 その人は、真心の父親だ。

 大豪邸に住む大金持ちで、でも財産は母親のもので……その人は入婿いりむこだったらしい。

 真心の父親もまた、

 星立せいりつジャッジメント学園の標準科ひょうじゅんかを卒業した、言ってみれば大先輩である。


『いつもありがとう、英友君。さあ、今日も一緒に遊ぼう! 特別にマシンダーギアを貸してあげるよ。鉄魂の最強アーマー、着てくれたまえ!』


 おじさんはいつも家にいた。

 無個性の人間は、仕事もなければやれることも少ない。当時まだ、いつか自分に『個性オンリーワン』が発現すると英友は信じていた。でも、周囲の大半が『個性』を得てる中で、真心の父親は……マシンダーは、彼だけのヒーローだった。

 ダンボールで作った鎧を着る。

 そして、真心の前で決めポーズ。

 おじさんがヴィランをやってくれて、二人だけのヒーローショー。

 ベッドの上の真心は、真顔でそれをいつも見てくれていた。

 その幼い頃の日々が、脳裏のうりにフラッシュバックしていた。


「クソォォォォ! 俺は、俺はぁ! マシンダーになれねえのかっ!」


 永遠にも等しい感覚の中で、どんどん落ちてゆく。

 だが、引き伸ばされた一秒の中で、ふと英友は違和感を感じた。

 海から何故、飛行タイプの宇宙怪獣が? そもそも、二匹目がいることを学園側が見逃すはずはない。そして、眼前の巨躯きょくは……よく見れば、手負いで翼がボロボロだ。

 そして……巨大な翼竜が持ち上がる。

 飛び立った訳では、ない。

 何かが下から、押し上げているのだ。


「――そういうことかよっ! おせぇんだよ、真心ォ!」


 絶叫。

 同時に、水飛沫みずしぶきをあげて鋼の巨神が浮かび上がる。

 片手で軽々と、飛行タイプの宇宙怪獣を持ち上げ……落ちゆく英友と一瞬、目が合った。美貌の戦乙女ヴァルキュリアは、真心と同じ顔の美少女だった。


『ラムジェットォォォォォォ! パァァァァァァンチッ!』


 片手で軽々と宇宙怪獣を掲げながら、もう片方の腕を突き出し彼女は叫ぶ。

 ひじから炎を吹き出す鉄拳てっけんが、落下寸前の英友達へと放たれた。その手が開かれ、寸前のところで英友達をキャッチする。海へと消えたキャンピングカーの水柱から、いわゆるロケットパンチに救われた。

 バーニアの光をアチコチに明滅させながら、器用な姿勢制御で鉄腕が滞空する。硬い装甲で包まれた手の平は、あくまで優しく繊細に英友達を握ってくれていた。

 そして、指の隙間から英友は見る……見惚みとれる。


『世界の全てを守って戦うっ! 鉄魂勇者! タラスグラールッ! はがね乙女おとめはぁ、無敵っ、なり!』


 巨大な瑪鹿真心、その名は

 長い黒髪をポニーテイルにって、トリコロールの装甲はまるでアイドルのステージ衣装だ。短過ぎるスカートは、彼女の背から吹き出るスタスターの炎に揺れている。

 それを見上げる位置で、呆気あっけに取られて英友はつぶやいた。


「お……クマさんぱんつ。って、それどころじゃねえ! 真心、上だ!」


 決めポーズで見得みえを切るタラスグラールに、先程放り投げた宇宙怪獣が落下してくる。だが、たわわな胸を揺らして身構えるや、タラスグラールは残った腕を振り上げ指を差す。

 少女の細い指が、空気中にプラズマを弾けさせながら高熱源を凝縮し始めた。


『必殺っ! アルティメットォ、ビイイイイイイイイイムッ!』


 神の怒りにも似た、白い光条こうじょうが突き抜ける。

 吹き荒れる風の中で、英友は目撃した。

 タラスグラールの人差し指から、光の奔流ほんりゅうが天を貫く。その圧倒的な熱量の中へと、落下する宇宙怪獣は消え去った。跡形もなく、消し飛ばしてしまったのだ。

 正しく、神罰……メギドの火だ。

 あっという間にタラスグラールは、二匹目の宇宙怪獣を倒してしまった。そして、英友は察する……先に出た真心のタラスグラールは、まず飛行型とエンカウントして交戦、圧倒。そのまま海に引きずり込んだのだ。

 二匹目というなら、テラセイヴァーと大勢のヒーローが戦っているドラゴンタイプがそうだったのだ。


『助かった、タラスグラール! 要救助者も無事だな!』

『当然だよっ、テラセイヴァー! さあ、そっちも片付けちゃうぞっ』

『よし、みんなも力を貸してくれ!』


 戦いの流れは、ヒーロー達へと味方した。

 仲間の死と、タラスグラールの圧倒的な力におびえたのか、ドラゴンタイプは必死で尾を振り回す。その巨体へと、迷わず隻腕せきわんのタラスグラールが飛び込んでゆく。

 ホッと安心したら力が抜け、空飛ぶ手の中で英友はへたり込む。

 振り返れば、我が子を抱き締める男も同じようだった。


「た、助かった……タラスグラールが来てくれれば安心だ。あ、その……君、さっきはすまなかった」

「おにいちゃんも、ありがとー! あのね、タラスグラールはムテキなんだよ! もうあんしんだからね!」


 幼い女の子だけが、元気に笑っている。

 そして、事実タラスグラールの力は圧倒的だった。

 多くのヒーローが連携して戦っていた宇宙怪獣を、一人で先に一匹仕留めてしまった。そして、その力を得て盛り返したヒーロー達もまた、一気呵成いっきかせいに畳み掛ける。

 スケールスタンダードの者達も、小回りの効くスピードを利用して戦っている。


『よしっ、トドメいっちゃってよ、テラセイヴァー!』

『おいおい、お優しいぜ。先輩にゆずるってか?』

『私、今月のスコアは十分稼ぎましたし。それに、ほら……小さな子供が見てますよ? 子供の味方、テラセイヴァーですよっ、ここは!』

『はは、まいったな……流石さすがだ、ナンバーワン。じゃあ……決めさせてもらうぜっ』


 ジョアッ! と掛け声と同時に、テラセイヴァーは胸の前で両手を交差させる。交わる腕と腕とが、まばゆい輝きを集束させていった。


『テラジュール光線っ! ジアアアアッ!』


 包囲された宇宙怪獣へと、光がそそぐ。

 テラセイヴァーの放った必殺光線を浴びて、その巨体は内側から破裂するように爆散した。流石は英雄科えいゆうかのヒーロー、スケールラージの巨人テラセイヴァーだ。こちらを振り向き決めポーズを取るその姿は、確かに先程知り合った光流そのものだった。

 かたわらでは、一緒に助けられた少女が手を叩いて大喜びである。


「はは……そういうの、最初っから出せよな。ったく、これだからヒーローはよぉ」

「えー!? しらないの? おにいちゃん。テラセイヴァーのテラジュールこーせんは、ヒッサツワザなんだよ? ヒッサツワザはね、トドメにしかつかっちゃダメなの!」

「なるほどね、わかったわかった。わかってたさ」


 少女の笑顔に、自然と英友もほおほころぶ。

 日々そうであるように、今日もヒーロー達は人類を守ったのだ。

 そうこうしていると、タラスグラールがこちらへ飛んでくる。

 分離していた腕は静かに、彼女に再び合体した。


「わあ! タラスグラールだー! ありがとうっ、タラスグラール!」


 タラスグラールの手から落ちそうになる程、少女は元気よくその場で飛び跳ねている。父親が慌てて彼女を引っ張った。

 すると……ゆっくりとタラスグラールは、英友達を守る手を機体へ寄せる。

 そして、下腹部が二重構造のハッチを上下に開いた。

 人間で言えばヘソの下あたり、そこがタラスグラールのコクピットのようだ。そして……英友は再び再会する。否、ようやく再会したのだ。

 中から、風に長い黒髪を遊ばせる少女が現れた。


「真心……お前、瑪鹿真心、なのか?」


 ブレザーの制服を着て、二年生を示す緑色のタイをしている。白い肌の精緻せいちな小顔は、玲瓏れいろうなる美しさが凛々りりしかった。

 やはり、無表情にも見えるし、生真面目きまじめさがにじみ出るかのように引き締められている。

 それは、幼い頃のベッドの真心がそのまま成長したようだった。


「英友、君」

「お、おう! 久しぶりだな、真心。お前やっぱり……すげえ『孤性ロンリーワン』じゃねえか」

「……う、うん。あの、えと」

「どした? おいおい、俺だよ。幼馴染おさななじみの、その、あれだ……さっき、お前が、こっ、ここ、告白、した……天地英友だ」


 一瞬で真心は真っ赤になった。

 目を白黒させながらも、彼女はおずおずと手の上にやってくる。

 その背からは、

 それがどういう意味なのか、この時の英友にはわからない。考えが及ばない。そして、思考より感情が膨れ上がってドギマギと落ち着かなかった。


「ひっ、英友君っ! あっ、ああ、あの!」

「なんか、お前……そっちの方が真心っぽいな。昔のまんまだ」

「え、えと、その。……ゴメンナサイッ!」


 突然、真心は抱き付いてきた。

 少しだけ背の高い年上の少女が、ギュッと英友を抱き締めてくる。力一杯に、自分を密着させてくるのだ。

 ふわりと舞い上がる髪から、甘やかな匂いが英友を包む。

 驚いた次の瞬間には、はじかれたように真心は離れた。

 そのまま彼女は、ササッとコクピットへ戻ってハッチを閉じる。

 そして、声が降ってきた。


『お疲れ様っ、英友君! 大活躍だったね。私、見てたよ……カッコイイ!』

「あ、ああ……あのさ、真心」

『私は鉄魂勇者タラスグラール! 正体はみんなにはナイショだよ? フフフッ』

「……キャラ、違わくねーか? それ」

『違わないよぉ! 英友の大好きな、英友を大好きな幼馴染……もう、彼女、だよ?』

「それ、さ……何で直接言わないかなあ。……へ? カノジョ?」

『そうっ、彼氏彼女! 恋人で、いいよね? ねっ、英友君!』


 呆気あっけにとられる中で、はしゃぐ幼い少女の声だけが耳に響く。

 訳も分からず、英友が最強ヒーローの彼氏といううわさだけが、学園内に光の速さで知れ渡るのだった。

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