第6話「新しい日常」

 宇宙怪獣うちゅうかいじゅう騒ぎから一夜明け……天地英友アマチヒデトモは落ち着かない日々を送っていた。

 星立せいりつジャッジメント学園の外では、ヒーロー達の正体は全て秘密になっている。だが、学園内では誰もが知っていた。そして、地球圏最強ヒーローが突然の恋人宣言を行ったことも、その相手が無個性むこせい標準科ひょうじゅんかであることも。

 それで英友は、朝から噂話うわさばなしに振り回されっぱなしだった。


「クソッ、真心め……あの野郎。まあ、野郎じゃないけど」


 ようやく訪れた昼休み、英友は机の上に突っ伏す。

 授業中ずっと、視線を感じていた。

 つぶやきとささやきが行き交い、同級生達は熱心にメモ用紙を回し合っていた。

 その渦中にいる英友は、たまったものではない。

 最強ヒーロー、タラスグラールのパイロットこと瑪鹿真心メジカマコロ幼馴染おさななじみ……そして、彼氏。それが昨日のあの瞬間からの、英友の肩書である。

 ぐったりしているとすぐ、姫小狐ヂェンシャオフゥが席に来てくれる。


「ヒデ君、大丈夫? あの、お昼だけど……」

「あー、平気だ。よし! 一緒に食おうぜ」

「うんっ!」


 男子にしておくのがもったいないくらい、シャオフゥの笑顔はまぶしい。可憐かれんな美少女そのもので、もしかしたらこの童顔の愛らしさが彼の『個性オンリーワン』なのではとさえ思える。

 だが、英友が朝にコンビニから買ってきたパンを出した、その時だった。

 不意にトントンと肩を指で叩かれた。

 振り返るとそこには、ピカピカオデコのまし顔があった。クラス委員長のアーリャ・コルネチカだ。彼女は教室の外をグイと親指で指差し、ムスッと呟く。


「ヒデ! ……彼女先輩、来てるわよ」

「……は?」

「は、じゃないでしょ! つっ、つつ、付き合ってるんでしょ! 告白されたって」

「いや、それは一方的に。えっと……うわっ」


 思わず英友は変な声が出た。

 出入りする誰もが、美貌びぼうの二年生をジロジロと見ている。

 そこには、教室のドアにしがみつくようにして中を覗き込む、真心の姿があった。彼女は身を隠しているつもりらしいが、無表情でじっと英友を見てくるのだ。

 そして、目が合うとさっとドアに隠れる。

 正直、ちょっと怖い。

 整った怜悧れいりな顔立ちは、あまりに綺麗過ぎるから。


「おーい、真心! お前、何だ? 用があんならこっち来い! ったく」

「ちょ、ちょっとヒデ! 先輩に失礼よ! だって、タラスグラールの人でしょ?」

「ああ、そうだぜ。んで、俺の幼馴染」

「恋人じゃなくて?」

「だから、そりゃ一方的にそう言われただけだって! あーもぉ!」


 ズンズカ英友はドアのところまで行って、ガシッと真心の手を握る。彼女は大きな風呂敷包ふろしきづつみを持ったまま、ビクリ! と身を震わせた。

 何だか真っ赤になってしまった真心を、そのまま教室まで引っ張ってくる。

 彼女はもじもじとしながら、小さな声でようやく喋った。


「あ、あの……英友君と、お昼……お弁当、食べようと、思って……駄目?」

「あぁ!? いいに決まってんだろ。こいつらも一緒だ、ちょっと机並べようぜ」


 すぐにシャオフゥが机と椅子を持ってきて、どういう訳かアーリャまで並んだ。かどを寄せ合った机の一つに、真心を座らせる。

 彼女の背にはやっぱり、長いケーブルが教室の外まで続いていた。

 だが、ここは様々なヒーローが暮らす学園である。普通じゃない人間の方が多いくらいで、ここの標準科の少年少女だけが特別に普通なのだ。


「英友君、これ……お弁当、作ってきたの」

「お、おう。悪ぃな、真心」

「ううん……た、食べて」

「サンキュ、って……また、デケェ弁当箱だなオイ」


 真心は「みっ、皆さんも」としどろもどろにささやく。細い声音で、よく聴いてないと拾い損ねそうな言葉だった。

 そして、風呂敷包みの中から重箱じゅうばこの五段重ねが飛び出す。

 真心は人数分の皿を用意して、料理を取り分けてくれる。とり唐揚からあげに生ハム、ポテトサラダに卵焼き……内容は普通だが、どうやら真心の手作りのようだ。


「あ、紹介すんぜ。これ、幼馴染の真心だ。こっちはシャオフゥとアーリャ。俺のダチだ」

「よっ、よろしくおねがいしまびゅ!」

んだ……」

「あ、あの、瑪鹿先輩……そんな緊張しなくても」


 タラスグラールのパイロットの時は、あんなに快活かいかつな明るい美少女なのに。タラスグラール自身、まるで本物の人間のように表情が変わるのに。そのコクピットから出た真心は、まるでギクシャクとした人形マリオネットのようだ。

 だが、彼女は周囲の好奇の視線を浴びつつ、昼食を食べ始める。

 そして、よく食べる……あっという間に、重箱の一つが空になった。


「お前……すげえ食うな。何か、病弱なイメージあんだけどよ」

「おっ、お腹、空くから……さっきも、ちょっと、出撃してきたから」

「おう。お疲れさんだな。ま、食え食え」


 その頃にはもう、女子力の高い弁当箱を突きながら、シャオフゥが携帯電話をいじっている。この時代、『個性』のない人間が扱える機種はない。なので、随分とクラシカルなガラパゴス携帯である。

 一応はネットワークへの接続機能があるので、彼はニュースを検索していた。


「本当だっ、インド洋でタンカーが火災……今、学園はオーストラリアに向かって太平洋だから」

「ちょ、ちょっと飛んで……行ってきました」

「あっ、タラスグラールって長距離や高機動での飛行用に、合体モジュールありますよね!」

「えと、うん……スカイアーク、かな」

「空用のスカイアーク、陸での整備や大量輸送用の大型トレーラー、グランドアーク、あとは出番が少ないようで割りと重要な潜水艦のマリンアーク、ですよねっ! ねっ!」


 シャオフゥはヒーローが大好きで、その研究に余念がない。

 彼のキラキラした笑顔に、グイグイと押されて真心がどもりっぱなしだった。だが、すっかり仲良くなったみたいで少し嬉しい。シャオフゥがノートをめくりながら話し、真心も一生懸命答えている。心なしか先程より、緊張感がいくぶんやわらいだ。

 そんな二人を見やっていると、アーリャがひじで突っついてくる。


「……で? ヒデ、どこまで進んでんの?」

「は?」

「瑪鹿先輩との関係よ。幼馴染で最強ヒーロー、しかも超美人……ちょっと変な人だけど。このスペック、太刀打ちできない感じ」

「いや、昨日再会したばっかだから。進展もなにも……ってか、そもそも恋人同士じゃねーし」


 瞬間、カランと真心がはしを落とした。

 その目が、真顔のままみるみるうるんでゆく。


「まっ、まま、待て真心! 泣くな、違うんだ! ほら、俺が言いたいのは、あれだ! まだ恋人同士っぽいことしてねーなって。な? なっ?」

「……うん。してない。じゃあ、今日は……一緒に、帰る、ことに、する」

「あ、ああいいぜ! バッチコイだ! ……ふぅ」


 それで真心はホッとしたのか、旺盛おうせいな食欲を再び見せ始める。

 英友もお手製弁当に舌鼓したづつみを打ちながら、アーリャと一緒に二人を見守った。完全に子犬みたいになってなついてしまったシャオフゥは、ハスハスと質問攻めが止まらない。


「あ、そう言えば……あの、瑪鹿先輩」

「ん、えと……真心、でいい、よ? 真心って、呼んで」

「いいんですか? じゃあ、真心先輩っ! あの、教えてください……真心先輩の『孤性ロンリーワン』って、どんなタイプなんですか? いくら調べても、それがずっとわからなくて」


 確かに、シャオフゥの字がびっしりなノートで、そこだけが空欄ブランクだ。

 ヒーローの『孤性』も、一般人の『個性』も、タイプがある。自身に作用して身体能力や五感を上げるタイプ、物理法則を無視して火や雷を発生させるタイプなどだ。他にも、三年の鏑矢光流カブラヤミツルのような変身するタイプ、相手のアクションを受けた時だけ力が発動するリアクション系のタイプなど、千差万別せんさばんべつである。

 だが、確かに英友も知らない。

 幼い頃は毎日一緒だったのに、真心の『孤性』を知らないのだ。


「私は……えと、ちょっと、珍しい、みたい。これが、必要な……力、だって」


 真心は、足元から赤いケーブルをそっと拾い上げる。

 ずっと教室の外まで続く、恐らく今もタラスグラールに接続されているであろうものだ。太さは3cm程で、抗菌用こうきんようの特殊ファイバーでコーティングされている。

 それは、制服の下で肉体に直接接続されていると彼女は語った。


「へえ、何だろう……真心先輩は強化タイプなんでしょうかね。タラスグラールの操縦って、激しいGがかかるし、高い反応速度も求められるし」

「ん、そこは、ちょっと……えと、秘密、です」

「あ、ごめんなさい! 僕、嬉しくてつい。でも、いつもタラスグラールに憧れますよ。かわいいし、格好いいし……僕もあんなヒーローになれたらなあ、なんて」


 にっこり笑うシャオフゥに、照れたように真心がうなずいた。

 二人共、全く別種のかわいさがあって、思わず英友も頬が緩む。それは隣のアーニャも同じようで、珍しく優しい表情をしていた。その横顔を見詰めていると、気付いた彼女はツンと澄まし顔を作る。


「な、何よ……ちょっとヒデ、ニヤニヤしないで頂戴ちょうだい!」

「いやあ、委員長もそういう顔すんのな。いいぜ、いいんだぜ……へへっ」

「これは、その! ほら、シャオフゥが、ちょっと、えと……お、おねショタみたいで……いいなあ、って」

「ん? 何だ、そのおねショタって」

「なっ、何でもないわよ! ほっといて!」


 プイとアーリャはそっぽを向いてしまった。

 何が何だか、と苦笑してると……真心がじっとりと視線を注いでくる。


「あ、あの、英友君……その子……ヒデ、って」

「ああ、それな。俺ぁ前から仲間内じゃヒデだけど……真心?」

「えと、アリャリャさん?」

「アーリャです! アーリャ・コルネチカ」

「ご、ごめん……ええと、アリャマーさん」

「……瑪鹿先輩、わざとですよね? 狙ってますよね!」

「ごめん、なさい……でも、ヒデって。何か、仲良し、っぽい、なって」


 英友は思った。

 地球圏最強ヒーローの、その中の人は……。そして、思い出す。いつもベッドでぼんやりしてて、ずーっと無感動で無表情。そんな彼女の家で遊ぶのが、英友は好きだった。そのことを今、はっきりと思い出した。

 もじもじする真心に、思わず溜息ためいきこぼれてしまった。


「お前もそう呼べばいいじゃねえか」

「う、うん……じゃあ、ヒデ、君」

「おう」

「ヒデ君」

「ああ」

「ヒデ、君っ!」

「だから何だよ、お前なあ」


 彼女だ恋人だのは、正直よくわからない。だが、再会した真心は昔のままの、物静かでちょっと変で、感情表現が壊滅的に下手で……そして、綺麗な女の子なのだった。

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