第7話「忍び寄る影、誰にでも闇」

 放課後、天地英友アマチヒデトモは校門前にいた。

 多くの生徒達でにぎわう中、幼馴染おさななじみ瑪鹿真心メジカマコロを待っているのだ。

 そう、幼馴染……彼の中ではまだ、真心は昔のお隣さんでしかない。当時の雰囲気そのままに、美しく成長した年上の少女。地球圏最強のヒーロー、タラスグラールを駆る乙女。

 まだ、恋人という関係に現実感が持てないでいた。


「……で、お前らは帰らねえのか? 何で一緒にいるんだ」


 何故か英友の隣には、アーリャ・コルネチカと姫小狐ヂェンシャオフゥが一緒だ。

 英友は別に構わないが、何だか真心に怒られる気がした。それに、どういう訳かアーリャとは、打ち解けつつも時々双方言葉がささくれ立つ。

 年頃の女の子とやらは面倒なものだと、英友は傍観ぼうかんすることにしていた。


「ヒデ、それは……アタシがクラス委員長だからよ! 同級生の不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうは認められないわ! そっ、それだけなんだから!」

「あれ? アーリャ、顔が赤いよ?」

「うっ、うるさいわね! シャオフゥ、アンタこそどうなのよ」

「僕、もーっと真心先輩と話したいなと思って。すっごく沢山、タラスグラールのこと教えてもらっちゃったし」


 だが、肝心の真心は姿を表さない。

 周囲にはちらほら二年生の姿もあるから、すでにホームルームは終わっているはずだ。掃除当番なのかとも思ったが、携帯に連絡しようにも……英友は携帯電話を持っていなかった。

 『個性オンリーワン』がないからだ。

 この時代では、携帯電話から何から全て、身の回りの電気製品は所有者の『個性』で動く。自分自身がバッテリー切れにならない電源なのだ。

 当然、無個性の人間用の古いタイプもある。

 英友はさして必要を感じていなかったから、持っていないのだ。

 それに、昔の仲間とは離れ離れになって、この星立せいりつジャッジメント学園に来たのだ。もうこれからも必要ない、そう思っていた。


「なあ、シャオフゥ。携帯……やっぱ高いか? 俺も買うかな、電話とメールができりゃいいから――ッ!?」


 その時、突然突風が巻き上がった。

 そして、渦巻く風圧を広げながら……巨大な人の影が降りてくる。

 うららかな午後の日差しを、巨大な美少女型ロボットがさえぎった。


『おまたせっ、ヒデ君っ! 迎えに来たぞ? さ、私の手に乗って』


 グイと身を屈めて、片膝を突いたタラスグラールが手を伸べてくる。

 やはり、。地球圏最強ヒーローとしての、無敵な少女を演じているのかもしれない。だが、中にいるのは氷の女王みたいな真心である。

 笑顔のタラスグラールを見上げながら、英友は鼻から溜息ためいきこぼした。


「ま、いっか。おいシャオフゥ! アリャリャンも! 乗ろうぜ」

「わあ、やたっ! しゅ、しゅごい……僕は今、本物のタラスグラールに触ってる」

「……アリャリャンて何よ、ヒデ……名前、覚えてよっ、もぉ!」


 三人を手の上に乗せて、ゆっくりとタラスグラールは立ち上がる。

 ここは星立ジャッジメント学園……『個性』を超えた『孤性ロンリーワン』を持つヒーロー達のまななのだ。さして珍しい光景ではないし、通学時の乗り物にも制限はない。そこかしこにヒーローがいる、それがこの超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしなのである。

 学園は地球圏を守護する方舟はこぶねとして、あらゆる国を巡っているのだ。


『じゃ、行くよっ! みんな、しっかりつかまっててねっ』

「おう、やってくれ。あとな、真心」

『私は鉄魂勇者てっこんゆうしゃのタラスグラールだよっ! はがねの乙女は無敵なんだよ? パイロットのことは秘密なの!』

「あー、わかったわかった。とりあえず途中でコンビニに寄ってくれ」

『りょーかいっ!』


 大地へとスラスターの光を叩き付けて、ふわりとタラスグラールが宙を舞う。短距離ならば単独で飛べるが、本格的な空中戦はスカイアークと合体した方がいいのだとシャオフゥが教えてくれた。

 こうして空を飛ぶと、巨大な移動型海洋要塞いどうがたかいようようさいが一望できる。

 あまりに大きな、それは動く浮島うきじまだ。

 はしゃいで身を乗り出すシャオフゥとは裏腹に、アーリャは英友にしがみついていた。どうやら高いのが少し苦手らしい。


『あーっ、アレマーちゃん! ちょっとヒデ君にくっつきすぎだよぉ! プンプン!』

「アタシはアーリャ! ってか、瑪鹿先輩っ! もうちょっと低く飛んで下さいよぉ」

『今の私はタラスグラール! それ以上でもそれ以下でもないもーん。それに……真心って呼んでって言ったぞ? ……後輩? ってのかな? 親しい後輩、初めてだし』

「わかったわ、わかりましたから! 真心先輩っ、スピード! スピード落として!」


 アーリャは大騒ぎだが、いう程スピードも出ていないし、加速も風もきつくはない。

 ゆっくりとタラスグラールは、高度を落としていった。

 その先に、コンビニの駐車場が見える。

 身を屈めるタラスグラールの下腹部かふくぶで、コクピットのハッチが上下に開いた。そこから、ケーブルを引きずるようにしておずおずと真心が出てくる。そっと顔を出して、キョロキョロと彼女は周囲を見渡していた。


「おーい、真心! 降りてこいって」

「あ、ヒデ君……あの、周りに人、いない? ……子供とか、いない、よね?」

「ん? 何でだ?」

「ヒーローは基本、正体……秘密だから。これ、校則だから」

「あー、そういうのあったな。俺等のような他人がばらしても駄目なんだっけ?」

「う、うん……でも、ヒデ君は、たっ、他人じゃ……ない、けど」


 おずおずと真心は降りてきた。

 タラスグラールに乗ってる時は、あんなに明るく活発な女の子なのに。タラスグラール自身、多彩な表情を見せるロボットなのに。そのパイロットである真心は、今も無表情で英友に寄り添ってくる。

 だが、瞬時に彼女はそそくさとコクピットに戻っていった。

 そして、黄色い声が無数に駆け寄ってくる。


「わーっ、タラスグラールだあ!」

「見ろよ、ケンちゃん! 本物のタラスグラールだぜ!」

「ねえねえ、あれやってよ! ラムジェットパンチ! 何か必殺技見せてよー!」


 あっという間に子供達に囲まれてしまった。

 タラスグラールは立ち上がると、にっこり笑って決めポーズ。


『鉄魂勇者っ、タラスグラールッ! 良い子のみんな、いつも応援ありがとうっ!』


 やれやれと、英友は苦笑する。だが、その笑みは自然と柔らかくなった。

 とりあえず、飲み物でもおごってやるかとコンビニに向かう。アーリャとシャオフゥも一緒で、彼等無個性の標準科ひょうじゅんかとは別世界が広がっていた。

 そして、それを眺めている一組の男達がいる。


「あれ、光流ミツル先輩じゃないすか。さっきはお疲れ様っした!」

「おう、確か……天地英友だな。お前、やるじゃんかヨ。ナイスアシスト! ああ、紹介すんぜ、こっちはダチのゼオン・F・アイゼンシュタット、同じ英雄科えいゆうかの三年だ」

「……よろしく、英友君」


 チャラめに見える鏑木光流カブラギミツルと違って、ゼオンはクールでニヒルな優等生といったおもむきだ。そして、彼もまたヒーロー……どういった『孤性』を持っているのか気になる。そして、英友以上にシャオフゥは瞳を輝かせていた。


「あっ、あの! もしかして……サスライダーのゼオンさんですか!?」

「……ああ。ただ、秘密にしてるんで、そこだけよろしく」

「じゃあ、そのバイクが! あの、サストライダー!」

「君、詳しいね……ちょっと乗ってみるか?」


 ゼオンは、近寄りがたい雰囲気とは裏腹に、人当たりは柔らかい。駆け寄るシャオフゥをひょいと持ち上げ、自分のバイクにまたがらせる。光流のバイクとはまた違って、カウルが黒光りする特殊仕様だ。

 その間ずっと、光流は子供達に囲まれるタラスグラールを見詰める。


「子供ってなあ、いいよなあ。はは、これからも守ってやらないとナ。おう、そう言えば……一応聞いておくぜ、英友」

「は、はい。なんすか?」

「お前、さ……って、知らないか?」


 初耳で、それが何を指し示すものかが想像できない。

 だが、光流に代わってゼオンが説明してくれる。


「最近、この街や寄港地のアチコチで……妙な薬が出回っている。それが、オリジェネレータ。効用は……誰にでも一定時間だけ『孤性』が発現する。当然のように、無個性の人間にも」


 それを聞いて、シャオフゥは勿論もちろんだが、アーリャも目を丸くした。

 この時代では当たり前な『個性』……それを持たぬ人間でも、特別な『孤性』を得られるのだという。そして、シャオフゥの興奮っぷりは尋常じんじょうではなかった。


「ほっ、本当ですか!? あの、それはどこで! どこで買えるんですか!」

「今、学園側からの要請で俺と光流が追ってる。けど、シャオフゥ君……危険な薬だ。そして恐らく、ヴィランの組織がばらいているんだ」

「ヴィラン……『孤性』を悪用する人達。で、でも」

「副作用もあるらしい。見つけたら、俺に知らせてくれ」


 そう言うゼオンのポケットで、携帯電話が着信をかなでた。

 取り出しメールに目を落として、彼の表情が厳しさに引き締まる。


「すまん、光流。みんなも。ちょっと行ってくる」

「ああ、仕事か? 気をつけろよ」

「多分、大丈夫……その、例の組織の尻尾を掴んだかもしれない。今から、入手経路を潰してくる。流石だ……タラスグラールばかりみんな見てるから、助かったかもな」


 それだけ言うと、ゼオンは降りるシャオフゥと入れ替わりに愛車へ飛び乗った。

 そして、瞬時へ腰に大きなベルトが現れる。


「変身……流浪戦士るろうせんし、サスライダー!」


 あっという間に光が集って、ゼオンの姿が生物的な鎧に包まれてゆく。それは甲冑を着込んだ騎士のようでもあり、闇夜の中で邪悪を狩る死神にも見えた。

 彼は最後にスチャリと指で挨拶して、バイクの爆音を残し去ってゆく。

 その音で気付いた子供達の何人かが、驚きの声をあげていた。


「なんか……忙しいっすね、ヒーローって」

「まあな。けど、『孤性』は大人になりゃ徐々に消える。貴重な十代を費やす意味も、その意義もあるのがヒーローって訳サ。それに……結構、もうかる」

「あ、やっぱ出るんすか? 給料的なの」

「それも、どっさりとな。って訳で、俺がかわいい後輩にアイスでもおごってやろう。こいよ、そっちのカワイコちゃんも」


 黙ってみてたアーリャが、自分を指差し顔を赤らめた。

 光流は白い歯を零して笑うと、コンビニに入ってゆく。

 最後に英友は、駐車場のタラスグラールを振り返った。沢山の子供達に囲まれ、無敵のヒーローは今日も可憐かれんな笑顔を咲かせているのだった。

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