第4話「変身!光の戦士テラセイヴァー!」

 人気の失せた校舎内を、天地英友アマチヒデトモは走る。

 中央司令室ちゅうおうしれいしつをどうにか抜け出て、一目散いちもくさんに外へ。

 姫小狐ヂェンシャオフゥが表示してくれた地図は、ジャッジメント学園からはかなりの距離がある。広大な敷地は校舎と関連施設の他に、巨大な都市がまるごと入っているのだ。

 正面玄関のエントランスを飛び出て、全力疾走。

 そんな英友を呼び止める声があった。


「よぉ、少年! ……乗ってくかい?」


 街中にサイレンが鳴り響く中、知らぬ声……やけに軽やかだ。

 振り向くと、最新鋭のモーターバイクにまたがった男が笑っている。白い歯をこぼして、いかにも伊達男だておとこといった風体ふうていの美男子だ。

 学園の制服で、ネクタイの色は三年生の赤である。


「い、いいのか? 俺ぁ標準科ひょうじゅんかで」

「見りゃわかる、訳でもねぇけど、まあ……うわさの転校生だろ? 乗れよ」

「悪ぃ、助かるぜ先輩っ!」


 放られたメットを受け取りかぶって、英友は大きな車体に飛び乗った。

 荒々あらあらしいホイルスピンで、男の運転がバイクのパワーをせる。一気に加速し出したバイクは、これも人間が持つ『個性オンリーワン』で動く乗り物だ。

 西暦2121年という今の時代、エネルギー問題は全て解決されてしまった。

 人類の全てが『個性』というエネルギーの塊となったからだ。

 ヒーローが持つ『孤性ロンリーワン』ともなれば、その力は恒星こうせいにも等しい。

 疾走しっそうするバイクはあっという間に大通りへと飛び出す。


「よぉ、一年! 名前は?」

「うす、天地英友ッス」

「俺ぁ、英雄科えいゆうか三年……鏑矢光流カブラヤミツルってんだ。知ってるだろ?」

「あ、すんません。俺、先日転校してきたばっかで」

「オーケェ、いいさ。緊急だろ? それも、人助け。そういう目だぜ、ボウズ!」


 光流が更にアクセルを開ける。

 景色が高速で飛び去る中、空気を切り裂き二人は走った。

 不慣れながらも、英友が目的地を告げる。すぐに光流はナビをタッチし、浮かぶ光学立体映像へと片手を突っ込む。明滅めいめつするオブジェクトで情報を整理すると、そのままスキール音を響かせコーナーを曲がった。


「こりゃ、臨海公園りんかいこうえんの方だな! あっちは今、ちょいと立て込んでるぜ」

りをしてて、逃げ遅れたそうです! あの、今回のは」

「なぁに、。地球ってば相変わらず、狙われちゃってるのよネ」

真心マコロも同じことを……俺、あんましニュース見てなくて」

「無個性だとスイッチ入れられないテレビもあっからナ。……瑪鹿真心メジカマコロの知り合いか?」


 その名は、この学園で知らぬものはないと光流は言う。

 そう、地球圏最強のナンバーワンヒーロー……一般には正体を伏せられているが、美少女型巨大ロボットのタラスグラールを駆る少女だ。

 そして恐らく、光流も同じヒーロー……それもかなりのレベルだろう。

 英友はなんとなくだが、背中を見ればわかる。

 喧嘩けんかの強い奴に、頭の切れる奴……そういう一種の覇気はきというか、オーラがあった。

 二人のバイクは小さな段差を利用し、ジャンプで公園の敷地内へと飛び込む。

 そして、耳をつんざく絶叫が響き渡った。


「な、なんスか今の!」

「いや、だから宇宙怪獣。相変わらず迷惑な連中だぜ、っと!」


 青い海が見えて、その向こうに東京の町並みが見えた。

 ここは東京湾、その沖合だ。

 そして、横滑りに減速しながら止まるバイクから、英友は目撃する。

 白い波濤はとうけ街を目指す、巨大な怪獣の姿を。そう、怪獣……刺々とげとげしい全身のうろこ逆立さかだてた、まるで神話や伝承に登場するドラゴンだ。


「っしゃ、要救助者ようきゅうじょしゃを探せ、ボウズ!」

「はいっ! ……先輩は」

「俺はほら、ヒーローだからサ。!」


 駆け出す英友は、一度だけ振り返って目を見張る。

 バイクを降りた光流は、その手にキラキラと輝く何かを握っていた。それは、水晶か何かの結晶に見える。大きさは、ちょっと太めのボールペンくらいだ。

 それを天へと大きくかざして、光流は叫ぶ。

 自分がヒーローである、背負って戦う名を。


「変身……照らせ未来を! テラセイヴァァァァァァァッ!」


 たちまち光流の全身が輝き出す。

 そして、彼が着るブレザーが光の中へと溶け消えた。そして、細身ながらも均整きんせいの取れた肉体美が膨らんでゆく。そう、巨大化してゆく。

 あっという間に英友は、大きな大きな光の巨人を見上げていた。

 全身を黒と赤のラインで彩られた、その姿は正しくヒーローそのものだ。

 神像にも似た顔にはもう、どこか軽薄な光流のニヤケ面はない。


『ボウズ、早く行け! ここは俺が食い止めるっ!』


 ジャンプした光流が……テラセイヴァーが、怪獣へとおどりかかる。

 その周囲には、他のヒーロー達も宙を舞っていた。

 だが、テラセイヴァーは何倍も大きく、目測もくそくで見ても50mはある。それでも、暴れ回る宇宙怪獣の方がさらに二回りほどデカい。

 確かヒーローにはそれぞれ、サイズ区分があったはずだ。

 スタンダードと呼ばれる人間大のスケールS。

 そして、真心のタラスグラールのようなミドルサイズのスケールM。

 光流のテラセイヴァーは、ラージサイズのスケールLだ。


『みんな、援護を頼む! ここは俺が……さあ、小さな子供達のために戦おうぜ!』


 光流の掛け声に、無数の声が連鎖する。

 皆、周囲に聴こえるように広域公共周波数オープンチャンネルで会話を全世界に届けていた。ヒーローはただ悪と戦い、災害から人々を救うだけでは駄目なのだ。その活動を広く知らしめ、人類が安全に守られていることを証明しなければならない。

 空を飛ぶ大小様々なヒーロー達からの攻撃が始まる。

 ざっと見てその数、10人あまり。

 どうやら光流のテラセイヴァー以外に、スケールLのヒーローはいないようだ。それに、先程出撃した真心が見当たらない。あの、嫌に目立つトリコロールの女神は影も形もなかった。


「おいおい真心……何やってんだよ、お前っ! そ、それより!」


 我に返って英友は走り出す。

 泣き叫んで助けを乞う電話は、この臨海公園から発せられていた。

 海際まで走れば、すぐ目の前で激闘が行われている。

 文字通りの取っ組み合いで、光流は宇宙怪獣と戦っていた。それはさながら旧世紀の特撮映画か、そのあとに流行ったCGアニメーションだ。だが、現実ではヒーローの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくで海面が波打つ。宇宙怪獣のおぞましい絶叫は、英友の肌をビリビリと震わせた。


「くっ、光流先輩はどうして……そうか! 俺と要救助者がいるからか!」


 どうやら光流は、岸に宇宙怪獣を寄せ付けぬように立ち回っているようだ。

 だからだろうか、あらゆる攻撃を自らの身体で止めている。

 回避可能な爪と牙、尻尾の一撃に体を張っていた。

 それを見て、英友はさらに全速力で駆け出す。

 同時に、周囲のアチコチで地形が変化を始めた。ここは星立せいりつジャッジメント学園……超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしだ。地面の隔壁かくへきが開いて、ミサイルランチャーやビーム砲台が現れた。

 一斉攻撃が始まる中、振動と轟音を浴びて英友は目をらす。

 そして、求めていたものを目撃した。


「あっち側、キャンプ場もあんのか! ……あのキャンピングカー!」


 体力に自信はあったが、それでも無個性の少年は肉体的に脆弱ぜいじゃくだ。『個性』は人間の平均的な身体能力を大幅に底上げするし、一人に一つの特殊能力をもたらす。のみならず、『個性』そのものがエネルギー源となって、乗り物や道具を色々とあつかえるのだ。

 その全てが今、英友にはない。

 ずっともたらされないまま、16歳を迎えてしまった。

 だが、それで英友が変わる訳ではない。

 彼という個人は今、自分が思うままの自分でしかなかった。


「おいっ! 大丈夫か!」


 海岸沿いの切り立つ崖の上に、かたむいたキャンピングカーが引っかかっている。

 脱輪して車体の半分以上が、海の上へと身を乗り出していた。

 恐らく、宇宙怪獣の襲来で防衛モードが起動した時、振動で落ちそうになったのだ。

 ヒーロー達が戦い攻撃するたびに、暴れる宇宙怪獣の力が波を泡立てる。

 今にも落ちそうなキャンピングカーの、その先に……一組の親子がかじりついていた。

 小さな女の子を腕にかかえ、もう一本の腕でバンパーに父親がしがみついている。


「ジャッジメント学園、標準科一年っ! 天地英友だ! 助けに来たぜ!」

「きっ、君! 助かっ……標準科!? なっ、何しに来たっ!」

「パパ、たすけにきてくれたんだよ! ヒーローさん、なんだよ?」


 涙をこらえる愛娘まなむすめを、さらに強く父親は胸にく。

 英友はなんとかキャンピングカーを元の位置に戻そうと試みた。

 だが、そうしている間にも、周囲では火砲かほうえて爆炎と光線が行き交った。

 そう、キャンピングカーは今にも落ちそうだ。この親子は愛車を岸辺きしべに止めて、釣りをしていたに違いない。だが、ここが星立ジャッジメント学園そのものであることがわざわいした。

 英友は無理とわかっていても、落ちそうなキャンピングカーにかじりついて引っ張る。


「ンギギギギギッ! クソがぁぁぁぁっ! グッ!」

「ああ……よりによって標準科」

「黙ってろ、今! 助けて、やるっ!」

「何て日だ! ようやく取れた休日なのに、それなのに! ふね自体が動く、その急回頭に巻き込まれるなんて!」


 そう、この巨大なキャンピングカーは今も徐々に海へ落ちようとしている。

 それというのも、

 星立ジャッジメント学園と、それを内包する都市は……全長20kmの巨大な戦艦でもある。超弩級防衛都市の名の通り、有事の際には瞬時に移動型海洋要塞いどうがたかいようようさいへと変貌へんぼうするのだ。

 徐々に防衛部隊やマスコミのヘリがうるさくなり始める。

 その誰もが、英友を助けてはくれない。

 それでも、彼は親子を助けるのをあきらめなかった。


「クソォ、駄目か……? いや、まだだッ!ぜってえに諦めねえ。そうだろ……!」


 咄嗟とっさに叫んだ、その名は英友の大好きなヒーロー。世界で唯一、

 そして、覚えている。

 マシンダーの一人娘は今も、最強ヒーローとして戦っていることを。

 その名は――


「そうなんだろぉ、真心っ! 俺が発進手伝ったんだ、さっさと来やがれえええええっ!」


 だが、その時……落ち行く先の海が隆起りゅうきする。

 不意に手元の感覚が軽くなる中、キャンピングカーはいよいよ真っ逆さまに落ちるべく倒立した。

 そして目の前には、二匹目の宇宙怪獣がそそり立っていた。

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