第23話「明かされる世界の真実」

 天地英友アマチヒデトモの前に、ヒーローがいた。

 そう、彼が信じるヒーロー……心の支えだった男だ。『孤性ロンリーワン』どころか『個性オンリーワン』すらないのに、いつでも英友にとって……何より、愛娘まなむすめ瑪鹿真心メジカマコロに優しいヒーローだった。

 その男が今、森の中で歩み寄ってくる。

 以前と違い、ぎのダンボール姿ではない。

 黒光りするメカニカルなアーマーは、シルエットこそ同じだが鋼鉄の超人をかたどっている。


「久しぶりだね、英友君。立派に成長したな」


 声もあの日のままだ。

 英友が引っ越しで真心と別れた、あの時のままだ。

 その名はマシンダー……瑪鹿誠メジカマコト

 彼はふところから新しいタブレットケースを取り出した。


「シャオフゥ君、ありがとう。君のおかげでとても素晴らしいデータが得られた。これは最新版のオリジェネレータだ、渡しておこう」


 姫小狐ヂェンシャオフゥの前まで来て、彼はそっと手を差し出す。

 だが、シャオフゥをく英友はその手を振り払った。


「待ってくれ、おじさん! これは危険な薬だ! シャオフゥの奴、こんなになるまで……こいつ、本当にヒーローになりたくって頑張ったんだ。でも、それは間違った頑張り方だ!」


 マシンダーは「ほう?」と口元に笑みを浮かべた。

 鋼鉄のバイザーで目元を覆った、その下でくちびるが左右非対称にゆがめられる。それは、いつもほがらかに笑っていた誠の笑顔ではなかった。

 彼に一体何が?

 何かがあったと英友は思った。

 でなければ、あの温厚で優しい誠がこんなことをするはずがない。


「教えてくれ、おじさん! 何か事情があるんだろう? おじさんはガキの俺を助けてくれた、助け続けてくれた! 真心もだ。だから……今度は俺が助けたいんだ!」


 周囲で、戦闘の音が散発的になってゆく。

 どうやら、統合軍事会議とうごうぐんじかいぎしょうするテロリスト集団は、鎮圧ちんあつされつつある。

 誰も死んでいない筈だ。

 あの真心が、誰も死なせていない。

 それを信じるからこそ、何も考えずに目の前のマシンダーに呼びかける。


「訳を聞かせてくれよ、おじさん」

「……実は、私はある組織に人質ひとじちを取られている。こうしておリジェネレータの開発に手を貸すふりをしながら……オリジェネレータを使いこなし、人質を共に救ってくれるヒーローを探していたんだよ」

「やっぱり! でも、その薬は……いや、わかった! 俺が使う! 俺だけが! だから――」


 その時、不意に悪寒おかんが英友を襲った。

 シャオフゥが引き止めるように抱き付いてきたのは、彼も戦慄せんりつを感じたからだ。

 そう、事情が明かされて思わず英友は自分から申し出た。

 自分の犠牲ぎせいを、献身けんしんを叫んだのだ。

 だが、マシンダーは……あの誠は、そんな言葉を引っ張り出すような人間ではなかった。


「ふう。私がだまされている、操られている……そう言えば納得するかね? 英友君」

「な、何っ!」

「私は今、私の意志でオリジェネレータの完成を目指している。そして、それは私にとって正義! 君達無個性むこせいの若者達にとっても、この計画は救済となるんだよ」


 違う、これは違う……誠はこんな笑い方をする大人ではなかった。

 これではまるで、悪の親玉みたいな冷笑れいしょうだ。

 そして、マシンダーは腰に手を当て語り出す。


「英友君、そしてシャオフゥ君……世界に無個性の人間が、何人いるか知っているかね?」

「えっ……そりゃ、ええと」

「ヒデ君、僕達のクラスだけでも38人だよ。一億人に一人って言われてて、今の地球圏の人口が40億人だから」


 多少の誤差はあるだろうが、全人口に対してあまりに少ない。

 だからこそ、星立せいりつジャッジメント学園にその全てが集められ、手厚く保護されているのだ。無個性の大人も、あの超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしで生活を保証されている。

 だが、マシンダーの言葉は意外なものだった。


「真実は一つ……正確には、

「えっ!? おいおい、全然違うぜ……でも、一億人に一人が、百人に一人だと、ええと。ちょっと待て、計算が」

「ヒデ君、だいたい4,000万人くらいだよ」


 指折り数えて頭を加熱させていた英友の、その胸にしがみつきながらシャオフゥが教えてくれる。

 つまり、地球に本来は4,000万人前後の無個性な人間がいる計算だ。

 だが、そんな話は聞いたことがない。

 英友とシャオフゥが住むこの街は、人口はせいぜい1,000万人

 それも、『個性』や『孤性』を持つ者が大半である。

 マシンダーは口元しか見えないので、その感情を見せぬまま語り続けた。


「今、現時点で無個性の人間は一億人程だ。そのほぼ全てが……木星圏もくせいけん火星圏かせいけんに住んでいる。否……

「えっ……そ、それは」

「三年前のグレートポールシフト……私と妻が作ったタラスグラールの起動実験、その時の暴走事故が起こした惨劇さんげき。あの時から、全てが変わってしまったのだ」


 マシンダーは衝撃の真実を語った。

 その間ずっと、彼は鈍色にびいろ銀腕ぎんわんこぶしを硬く握っていた。

 三年前、この地球を天変地異てんぺんちいが襲った。

 グレートポールシフト……地軸が歪んでしまった、その影響があらゆる国を襲ったのだ。その中でおびただしい数の命が失われた。そして、今の体制ができあがったのである。

 だが……その影で、以前より極秘に進められていた計画が実行された。

 グレートポールシフトと、その後の混乱期の中で……差別的な棄民政策きみんせいさくが進められたのだ。


「当時の大国は結託けったくし、テラフォーミングが辛うじて終わった火星、そしてコロニーが建設中だった木星へと無個性の人間を密かに送り出した。追放したのだ」

「じゃ、じゃあ……なんで俺達は地球に」

「地球圏では珍しいながらも無個性の人間がいて、その生存権を保証している……そう大衆に見せる必要があるからだ。そして、一括管理いっかつかんりしつつ目立つように、あのふねに……星立ジャッジメント学園に集められたのだよ」


 信じがたい話だった。

 そして、信じたくなかった。

 だが、その言葉はドスンと心に突き刺さる。

 何故なぜなら……真実を騙ったのが、あのマシンダーだから。

 心の中の最強ヒーロー、真心の父の言葉だから。


「う、嘘だ……じゃあ、おじさん達は」

「我々は無個性の人間の解放のため、戦っている。オリジェネレータはそのための力。そして……真心を迎えにきたんだよ。君達もだ」

「迎えに……来た?」

「真心の『孤性』は危険なものだ。あの子がもし死ねば、あふれ出た無限大のエネルギーは宇宙をも消滅させてしまうだろう。だが、タラスグラールを作った私なら、制御できる」


 そして、信じられない言葉を英友は聴いた。

 シャオフゥも固まってしまう。


「火星圏はともかく、私がいた木星圏はまずしい。何もない場所だ。呼吸する空気すら、自分で作らねばならない。そんな世界に……真心が必要だ。あの子には木星圏のエネルギー源として、女王として君臨くんりんしてほしいんだよ」

「なっ……おじさん! そんな言い方ってないぜ! 真心は渡さねえ!」

「君のものじゃないだろう、英友君。それに、君も一緒に来れば――」


 マシンダーの声を掻き消すように、英友は絶叫した。

 身を声にした叫びだった。


「真心はものじゃねえ! 誰のものでもねえ! そして……俺は世界を守るあいつを守る! 決めてんだよ、おじさん……いやっ、マシンダー!」


 少しおどろいたように、マシンダーが怯んだ。

 そして……口元にさびしげな笑みが浮かぶ。


「英友君……本当に強くなった。シャオフゥ君、君はどうだね?」


 シャオフゥは震えていた。

 だから、その華奢きゃしゃな肩を英友は抱いてやる。


「僕は……僕はもう、オリジェネレータには頼りません! 僕、ヒーローよりなりたいもの、なりたい自分を見つけたから!」

「そうか……いや、今までありがとう。無理をさせてすまなかったね」


 そう言ってマシンダーは、手首のコンソールを操作する。

 今やマシンダーは、ダンボールを着込んだ英友のヒーローではなかった。

 マシンダーは本物のヒーロー……恐らく、オリジェネレータで得た『孤性』で戦う、いつわりのヒーローへとしてしまったのだ。

 だが、おだやかになったその声は、あの時のままだ。

 酷く優しく、とてもおおらかな声音こわね


「私は木星圏、そして火星圏の無個性な者達を救いたい。そのためには、圧倒的過ぎる地球圏の経済力、政治力……そして、それらがヒーローによって守られている現状を変えたいのだよ」

「けど、マシンダー! わかっている筈だ……俺に正義を教えてくれた、あんたなら! 正義ってのはな、絶対の正義ってのは! 手段を間違えた瞬間、駄目になっちまうんだよ!」

「絶対の正義など存在しないよ、英友君。己が信じる個々の正義、それがぶつかりあうから戦争が起こってきた。今もそうだろう?」


 マシンダーの言葉に、英友は反論を封じられてしまった。

 すでに砲火の轟音が去ったシドニーの街は、燃えていた。

 結局ヒーロー達は、シドニーの街を完璧に守ることができなかったのだ。

 それでも英友には、誰も殺さないという真心の気持ちがつらぬかれたと思いたい。そして、シドニーの市民にもいつかわかってもらえる。そう信じたい。


「さて……そろそろ最後の出し物といこうか。英友君、そしてシャオフゥ君。無個性の仲間達と、いつでも私の元に来てくれ。君達の力が必要だ。……また会おう」


 それだけ言うと、常軌をいっしたジャンプでマシンダーが遠くなってゆく。

 そして、激しい揺れと共に何かが降りてきた。

 シドニーの街に今、巨影きょえいが立ち上がる。

 誰もが知ってるその姿を振り返り……英友は絶句した。

 そこには、明らかに似て異なる姿ながら、

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