第24話「惨劇の街に沈む」

 天地英友アマチヒデトモは絶句した。

 目の前に今……テラセイヴァーが立っていた。

 見上げるその巨躯きょくは、身長50mメートル程だろうか?ビルの谷間に立つ姿は、まさしく光の戦士……しかし、様子が変だ。

 何より違和感を感じたのは、テラセイヴァーに変身している鏑矢光流カブラヤミツルだった。


「ジョェイ!? なっ、何だぁ!? お、俺がもう一人……新しいヒーローか! 兄弟なのかっ!」


 テラセイヴァーも周囲のヒーロー達も、驚きに身を固めてしまう。

 ようやく統合軍事会議とうごうぐんじかいぎの部隊を退けたのに、突然現れたもう一人のテラセイヴァー。だが、すぐにかたわらの姫小狐ヂェンシャオフゥが声をあげる。


「ヒデ君っ! 見て! 二体目のテラセイヴァー……よーく、見て」

「ん? あ、ああ……あれは、まさか!」

「うんっ! 偽物にせものだよ、あれ! 機械で出来てる! 


 よく目をらせば、すぐに見破れた。

 偽物のテラセイヴァーは、シャオフゥが言った通り機械でできている。ロボセイヴァーというネーミングは言い得て妙だ。そして顔つきも、凛々りりしく精悍せいかんなテラセイヴァーと違って、酷く狡猾こうかつ残忍ざんにんな印象を与えてくる。

 身体の紅白こうはくの模様のパターンも全く違った。

 ロボセイヴァーの赤は、もっと黒く濁った血の色だ。

 そのロボセヴァーが、周囲を見渡し声を放った。


「ヘシャッ! 大好きな子供達のためっ……今、参上っ!」


 そして、再び大地が激震に揺れる。

 走り出したロボセイヴァーは、真っ先にテラセイヴァーへと襲いかかった。

 衝撃に揺れる中で、つかみかかられたテラセイヴァーがビルへと押し付けられる。建物が倒壊して、土煙つちけむりがもうもうと舞い上がった。

 激しい打撃音が響く中、ゆっくりとシルエットが立ち上がる。

 もうもうとにごった空気でよく見えないが……そのひとみの光は凶暴な輝きに満ちていた。


「ジャエッ! ぐ、ぐはっ! ……こ、こいつは……偽物だ! 偽テラセイヴァーだ!」


 光流の声だ。

 そう、やられた方が本物のテラセイヴァーなのだ。

 だが、それを足蹴あしげに立ち上がるロボセイヴァーもまた、全く同じ声で喋り出す。声こそ一緒だが、その響きはどこか空虚くうきょ寒々さむざむしい。


「ヘシェイ! 俺こそが本物のテラセイヴァー! だまされるな、みんなっ!」


 ヒーロー達は混乱し、動きを止めてしまった。

 そして、英友が走りながら叫ぶ。彼の見上げる先で、タラスグラールもしきりにまばたきをしている。どうやら見分けがつかないようだ。


「タラスグラールッ! 何やってんだ、目付きの悪い方が偽物だ! そいつは――」


 言いかけた言葉を飲み込む。

 今、マシンダーの名を……瑪鹿誠メジカマコトの名を出してはいけない。

 瑪鹿真心メジカマコトを悲しませてしまう。

 それに、自分もまだ信じたくなかった。

 あの、優しかったおじさんが……自分ごと真心を愛してくれた、マシンダーが敵だなんて。だが、彼は言った。最後の出し物だと。それが、偽テラセイヴァー……ロボセイヴァーなのだ。

 英友に気付いたタラスグラールが、あわててミニスカートの尻を隠す。


「あっ、ヒデ君のえっち!」

「馬鹿野郎っ! くまさんぱんつなんて見飽みあきてんだよ! それより」

「今日はこれ、くまさんじゃないもん! タラスグラールの股間部三次装甲こかんぶサードアーマーは3パターンあるんだよ? 今日はね、ぺんぎんさん!」

「んなこた聞いてねぇ! 前、前見ろ! よく見ろ! どっちが偽物かわかるだろ!」


 タラスグラールは驚きに目を丸くした。


「えっ、ヒデ君にはわかるの!? そっくりだよ?」

「あの、目付きが悪くてドス黒い赤のラインが偽物だ、ロボセイヴァーだ!」

「えっと……ど、ぢっちだろ。あっ!」


 ロボセイヴァーは次々と、手から光線を発してヒーロー達を倒してゆく。

 同時に、よろよろと起き上がる本物のテラセイヴァーから放れない。立ち位置を変えつつテラセイヴァーを攻撃し、たくみに何度もシャッフルを繰り返した。

 それでも、英友にははっきりとわかる。

 まるで、子供向け番組の偽ヒーローだ。

 一目瞭然いちもくりょうぜんなのに、それなのに……シャオフゥがその意味を後からやってきて叫ぶ。


「ヒデ君っ、駄目! 『孤性ロンリーワン』や『個性オンリーワン』を持ってる人には、見分けがつかないよ!」

「シャオフゥ!」

「無意識の認識透過能力にんしきとうかのうりょくだよ! ヒーロー達もヴィランも、普通の人も……それぞれの『孤性』と『個性』を成り立たせるように、無自覚にお約束を演じてしまうんだ!」


 英友はシャオフゥの言葉を思い出す。

 確か、掃除当番中に彼は言っていた。『孤性』、そして『個性』が当たり前になった今、多くの人間が無意識のうちに新しい社会に順応していると。その中で自然と身につけたのが、互いの不都合ふつごうを無視する力……認識透過能力だ。ヒーローによって支えられる世界で、自然とヒーローのお約束への寛容かんよう、そして協力的な無意識が形成されているのである。

 次々と仲間のヒーローがやられてゆく中、タラスグラールは戸惑とまどう。

 無敵の鉄拳を向けるも、どちらが本物かで中の真心も迷っていた。


「ううう、どっち? どっちが本物のテラセイヴァーなの?」

「今、殴られた方だ! あ、いや、また場所が入れ替わった。膝蹴ひざげらってる方! あ、でも反撃した方が本物、今戦ってる……ああもぉ、クソッ!」


 スケールがミドル以上のヒーローが、あっという間に全滅してしまった。

 最後にロボセイヴァーは、動かなくなったテラセイヴァーを郊外へと放り投げる。遠くで土柱つちばしらが上がって、沢山の建物が一気に崩れ落ちた。

 そして、ロボセイヴァーが不気味な笑みと共にタラスグラールに近付く。


「ヘッシッシ! 最後はお前だ、タラスグラール……俺はよぉ、子供が大好きなんだ……小さなあ! 女の子があ! 大っ、好きっ、なんだよおおおおお!」


 瞬時に加速したロボセイヴァーが、空へと逃げようとしたタラスグラールのあしつかむ。タラスグラールの全高は17.5m、50m程のロボセイヴァーとは大人と子供以上の差がある。

 ロボセイヴァーは容赦ようしゃなく、掴んだ片足ごとタラスグラールを地面に叩き付けた。

 風圧が舞い上がって、思わず英友はシャオフゥを背にかばう。


「くっ、タラスグラール! おいっ、タラスグラール……真心ぉ!」

「うっ、うう……だ、駄目だよ? ヒデ君……正体は、秘密なんだ、から。私は……私はっ! 鉄魂勇者てっこんゆうしゃっ、タラスグラールッ! はがね乙女おとめはっ、無敵、なりっ! ええい、ラムジェットォ、パァァァァンチ!」


 立ち上がるタラスグラールの鉄腕てつわんうなる。

 だが、ロボセイヴァーの巨体は難なく左右の拳を跳ね返した。

 再合体して、なおも攻撃をと身構えるタラスグラールへ、覆いかぶさるようにしてロボセイヴァーは身を浴びせる。

 あっという間に質量差が勝敗をかち、シドニーの街を破壊しながら暴力が吹き荒れる。

 そう、あまりにも一方的な戦いだった。

 ひたすらなぶられるように、あのタラスグラールが破壊されてゆく。


「ヘシャアアアア! そう、これだ、これだよ! こういう風に、小さな美少女をなあ……幼女を! いたぶるのが俺は好きなんだあ!」

「まっ、負けない……私が、みんなを……世界を、守、る、から」

「ヘェア! だが……唯一ゆいいつ! 唯一っ! 気に入らないぞ、タラスグラァァァァァル!」


 小さな顔面を片手で鷲掴わしづかみにして、ロボセイヴァーが天高くタラスグラールを吊るし上げる。

 見ているだけしかできない英友は、目をおおいたかった。

 だが、目を背けてはいけない。

 自分が守ると決めた、もう心を決めたのだ。

 タラスグラールの、瑪鹿真心の戦いをその目に刻んで、耐える。握る拳の中では、食い込む爪がギリギリと鳴る音が聴こえそうだった。

 ロボセイヴァーは哄笑を高鳴らせて叫んだ。


「ヘッシャッシャアアアッ! 小さな小さなタラスグラール、お前は……そのっ、デカい胸が気に入らないんだよぉ! ロリがあっ、小さな女の子がなあ! 二次性徴にじせいちょう終えちゃ、駄目だろおおおおおっ!」


 パッ、とロボセイヴァーが手を放した。

 だが、もう飛んで逃げるだけの力がタラスグラールに感じられない。ゆっくり落ちてゆくその姿は、あまりにダメージを受けすぎた。ところどころひび割れ、あの可憐かれんな真心そっくりな顔も半分がくだけてしまった。

 快活かいかつ闊達かったつな美少女の顔は今、その奥のメカニカルな構造に火花とプラズマを飾っている。


「終わりだぁ! テラジュール光線っ! ヘアアアアッ!」


 ロボセイヴァーの交差した腕から、苛烈かれつな超高熱の奔流ほんりゅうが解き放たれる。

 周囲のビル群が、まるでCGのように溶けて消えた。

 その中心で落下中だったタラスグラールが、全身を爆発させながら吹き飛んでゆく。

 英友は、そして人類は初めて目撃したのだ。

 今、あの最強のナンバーワンヒーローが……敗北しようとしている。

 それは、グレートポールシフトの大災害を乗り越えた人類の、今の平和な体制の敗北を意味していた。そして、もう英友は知っている。このヒーローが守る地球圏ちきゅうけんは……無個性むこせいの人間を弾圧して追放した上に成り立つ、いつわりの楽園エデンだったのだ。

 だが、今はタラスグラールのことで胸がいっぱいである。

 そんな英友の背を、シャオフゥがグイと押した。


「行って、ヒデ君っ!」

「シャオフゥ、お前……」

「タラスグラールは負けない、負けないよっ! まだ、負けてないっ! タラスグラールの全身は超合金Ωオメガグラールで造られてるんだ! 12,000層ものハイコート複合素材でできた装甲は無敵なんだよ!」


 シャオフゥは泣きながら英友の背をグイグイと押して歩く。

 だが、消耗いちじるしい彼は、そのまま崩れ落ちて地面に手を突いた。

 それでも、シャオフゥは身を震わせて叫ぶ。


「地球圏の、世界の最強ヒーローなんだっ! それは……いつか火星圏かせいけん木星圏もくせいけんだって救うんだ! タラスグラールは、真心先輩はっ! う、ううっ……今、ヒデ君の助けが必要なんだ! 守って、あげて! ヒデ君っ!」


 その言葉が、真実の過酷かこくさに打ちひしがれていた英友に火をともす。

 熱く燃える火は、心の奥でこおっていたもう一つの火へと着火した。火と火は互いに燃え合って、激しい炎となって胸をがす。


「シャオフゥ……お前は避難しろ。俺は……俺は、真心を助けてくるっ!」


 返事を聴きながら、英友は走り出した。

 そのすぐ側を、巨大な足音でロボセイヴァーが勝ち誇ったように歩いていた。

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