第22話「最初に守るべきもの」

 シドニー市内は地獄絵図じごくえずだった。

 包囲された中で砲火が飛び交い、その全てからヒーローがギリギリで守っている。だが、避難指示が出て警察が誘導しても、市民の混乱は広がり続けている。

 そして、先程のヒーロー同士の謎の行動が、パニックに恐懼きょうくを着火させた。

 魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロンとタラスグラールの、必殺技の撃ち合い……それははからずも、最強の守護神ガーディアンであるヒーロー達への不信を皆に植え付けていた。


「何? 何なのよ、もうっ! さっき、同士討ちしてたわ!」

「違うぜ、イージーなミスさ……そ、そうだよな? そうだと言ってくれよ!」

「あのちっこい魔法少女っぽいの、やられちまったぞ! どうなってんだ!」


 怒号と悲鳴が入り乱れる中で、天地英友アマチヒデトモは走った。

 シャオロンこと姫小狐ヂェンシャオフゥが落ちた方には、セントラルパークが広がっている。

 逃げ惑う人達の流れに逆行して、黒煙がたなびく公園内へと英友は飛び込んだ。


「シャオフゥ! おいっ、シャオフゥ! 無事か! どこだ……あっ!」


 すぐにシャオフゥは見つかった。

 そう、すで可憐かれんな少女の姿を失った、少年に戻ってしまった彼がいた。

 ピンクの衣装はほとんどが脱げ落ちて、下着姿も同然だ。

 よろよろと身を起こすシャオフゥは、ふところから小さなタブレットケースを取り出した。瞬間、英友は駆け寄り抱き寄せてやる。

 突然のことで、驚いたシャオフゥはタブレットケースを落とした。


「あっ、オリジェネレータが……ヒ、ヒデ、君? あ……僕、僕っ」

「しっかりしろ、シャオフゥ! お前はそんな戦い方する奴じゃないだろ! みんなを守る、そのためにヒーローになったんだろ!」


 地面に転がるタブレットケースへと、小さな震える手が伸びる。

 英友はその手をにぎってやった。

 ビクリ! と身を震わせ、シャオフゥが大きなひとみうるませる。


「僕……ヒーローに、なりたくって。でも、『孤性ロンリーワン』どころか『個性オンリーワン』もなくて」

「ああ、わかってる」

「みんなを、守りたくて……タラスグラール、みたいに……真心マコロ先輩みたいに」

「それで、お前……でも、真心の言葉、聴いたろ? ちゃんとお前に、響いただろ?」


 小さくシャオフゥはうなずく。

 瑪鹿真心メジカマコロの決意と覚悟は、本物だ。

 ビッグバンにも匹敵する、莫大なエネルギーを背負わされた少女。そのほんの一部で、鉄魂勇者てっこんゆうしゃタラスグラールを無敵たらしめているのだ。彼女はあまりに突出した『孤性』を持つ故に、

 だから、日頃からおのれきたえ、過酷な特訓を続けている。

 タラスグラールの高機動がもたらすGや、求められる反射神経と判断力……あらゆるものを努力で手にし、維持してきたのだ。


「シャオフゥ、お前の気持ちもわかる……それに、俺は間違っていた」

「ヒデ、君?」

「俺が信じたマシンダーを、お前も信じろ……確かに俺はそういった。けど、今は! マシンダーを信じる俺を! !」


 驚きに目を丸くするシャオフゥに、尚も英友は言葉をつむぐ。

 今、語るべきは自分の言葉。

 それは、己の意志と気持ちで産まれるものだ。

 マシンダーは確かに心の支え、尊敬すべきヒーローの中のヒーローだ。だが、その盲信もうしんをシャオフゥに植え付けても意味がない。そればかりか、英友の言うマシンダーならと、彼は危険なおリジェネレータに手を出してしまった。

 こんなにもシャオフゥが焦燥しょうそうとらわれ、れてしまったのは、英友のせいだ。


「シャオフゥ、すまん! 俺が間違ってたんだ……だから、俺を信じてくれ。もう、オリジェネレータを使っちゃダメだ! てちまえ、そんなもん!」

「で、でも……僕も、ヒーローに……それに、マシンダーが」

「マシンダーだってな、誰だって……ヒーローだって人間だ! 外の軍隊連中と一緒だ、間違うことがある。誰だって間違うんだよ、シャオフゥ」

「でもっ! 僕は……僕はみんなを守りたいんだっ!」


 泣き叫ぶシャオフゥを、迷わず英友は抱き締めた。

 男に戻ってしまったとか、もともと男だとか、そういうことは意識の埒外らちがいだ。触れれば壊れてしまいそうな程に華奢きゃしゃなシャオフゥを、しっかりと胸に抱く。


「お前は……お前は、みんなは守れねえよ」

「そんなことないっ! さっきは間違ってた、失敗しただけ! 僕だってみんなを――」

「お前には、みんなを守れねえ! 守れて、ねえよ……何故なぜなら」


 胸の中で泣きながら、シャオフゥが泣いている。


「僕、無個性むこせいだし……ずっと女みたいだって、みんなが。何も、できなくて。コスプレすれば、変われる気がした、けど……女装した別人の僕に、逃げてたんだ。でも、あの薬が! オリジェネレータがあれば! 僕もヒーローになれるんだ!」


 だが、英友は優しく言葉を選んだ。

 今、一番伝えたい自分の言葉だ。


「シャオフゥ、そんなんじゃみんなは守れねえ」

「どうして? そんなことないもん、僕だって」

「お前は、みんなの中の大切な一人……

「えっ!? そ、そんなことないよ! アーリャ達だって守りたい!」

「いや、守れてねえ……俺の大事なダチ、。そうだろ? シャオフゥ。自分を大事にしねえ奴には、何も守れねえ……だから、もう無理すんな」


 いよいよ周囲の戦闘が激しくなる。

 どうやら統合軍事会議とうごうぐんじかいぎの部隊は、市内へと侵入したようだ。

 遠くから戦争が近付いてくる。

 だが、その爆音と絶叫が、英友の意識から遠ざかった。

 今、抱き寄せるシャオフゥが何よりも大事だから。


「みんなのためにってお前が無理しても……俺を含めたみんなの一人、大事なお前が救われねえ。そんな人間はもう、あいつだけでいいんだ」

「……真心、先輩?」

「ああ。そして、今の俺にはわかる……お前や真心みたいな人間、みんなを守りたいと思う者達を……俺は、支えたいんだ」


 突然、背後で金属音が高鳴った。

 振り向けば、そこには巨大な人型兵器が銃を構えている。

 不気味な頭部のメインカメラが、無貌むぼうのバイザーの奥で光を明滅させている。

 とうとう戦争が全てを飲み込んだ。

 その中で英友は、胸の中のシャオフゥを守ろうとする。

 そして、声が走った。


「ヒデ君の言う通りだよっ、シャオロンちゃん! 今、君が本当に大事に守らないといけないもの……それは、君自身だぞ? そしてっ!」


 舞い降りたタラスグラールが、放たれた銃弾じゅうだんを全て受け止めた。

 確か、モビルトルーパーとかいう兵器だ。その、いかにも軍隊といった雰囲気の無骨さが、向けた銃に硝煙しょうえんくゆらせている。

 鋼鉄のつぶてを全身に浴びながらも、苦悶くもんの表情でタラスグラールが叫ぶ。


「そしてっ、私は! 世界の全てを守って戦うっ! 鉄魂勇者、タラスグラールッ! はがね乙女おとめはぁ、無敵っ、なり! シャオロンちゃんの分まで、みんなは私が守るっ!」


 他のモビルトルーパーも近付いてきた。

 そして、タラスグラールに集中砲火しゅうちゅうほうかが浴びせられる。

 その足元で、英友はシャオフゥを抱き上げ立ち上がった。

 そして、ぱんつが丸見えのタラスグラールを見上げる。


「真心、いやっ! タラスグラール! シャオフゥは俺が守る、守る俺ごと、守り切るっ! だからお前は……本当のお前の戦いをしろっ!」

「ヒデ君……」

「みんな、人間だ! 人間はみんな、守るんだろ? だから……間違った道具や手段があるなら、それを壊すんだ! 人間がその手に染めた悪そのものを、くだけっ!」

「……うんっ! ありがとっ、ヒデ君!」


 鉄火場てっかばの中を英友は走った。

 身動きできないシャオフゥをかかえて。

 すぐ目と鼻の先に、森林がある。この公園は緑地帯でもあるので、鬱蒼うっそうしげる樹木が広がっていた。その中までは、敵の攻撃も及んでこないだろう。

 それに、こんな小さな人間二人を、あの馬鹿でかいロボットで攻撃など難しいはずだ。

 勿論もちろん、対人兵器というものがあるのだが、そこまでは考えていない。

 そしてタラスグラールは、そんな非道な武器を使わせるすきを与えなかった。


「ヒーローのみんなっ! 聞いて! 私にいい考えがあるの……みんなは街を守るのに専念して! 人命第一っ! そしてっ!」


 防戦一方だったタラスグラールが、大地をとどろかせて駆け出す。

 激震に揺れる中で、どうにか英友は森の中へと駆け込んだ。全身の筋肉が加熱して、腕も脚もパンパンだ。崩れ落ちるようにしてシャオフゥを降ろし、振り返る。

 タラスグラールは、素手で鮮やかに格闘戦へと持ち込んでゆく。

 無手の格闘術で銃やナイフをいなし、頭部だけをパンチやキックでつぶしてゆく。

 そんな彼女の背後に、隊長機らしきつののついた機体が忍び寄った。


「危ねえっ! 後だ、タラスグラール!」


 英友の叫びに、瞬時に真心の操縦が反応する。

 後ろからつかみかかったモビルトルーパーの、その剛腕ごうわんをかいくぐるや……そのままタラスグラールが逆に背後へと回り返す。

 彼女はどこか鈍重な敵機の、その腰を抱きかかえるように両手をクラッチする。


「中の人っ、耐ショック防御! お願いします! 武器は、兵器は……それだけは、破壊させてもらいますからっ!」


 そのままタラスグラールが、自分より一回り程大きくいかつい巨体を持ち上げる。そして、そのまま背後へとブリッジしながら叩き付けた。

 明日あすへとける人間橋にんげんきょう、見事なジャーマンスープレックスだった。

 そして、その反動で逆さまのままタラスグラールは空へと飛び立つ。

 スカートがまくれてぱんつが丸見えだったが、空へと一斉に火線が集中した。

 だが、それが彼女の狙いだった。


「コクピットだけを外して……戦闘能力を奪うからっ! はああっ、全機ロックオンッ! いっけぇ、フォトンッ、クラスタアアアアアアアアアッ!」


 空中で逆立ちするように舞い上がる、その姿は鏡面上きょうめんじょうのバレリーナだ。

 そして、クルクルとおどるタラスグラールの回転が、周囲に無数の光球こうきゅうを生み出してゆく。それは全て、空を駆ける流星ミーティオとなって飛び散った。

 あちこちで小さな爆発が起こって、どんどん敵の攻撃が弱まっていく。

 英友は何が起こったのか、一瞬わからなかった。

 背後で声が響く、その瞬間まで。


「ほう、敵のセンサー系や武器のみを攻撃……成長したな、真心」


 その声を、覚えている。

 忘れる筈がない。

 振り向く英友の前に……なつかしい面影おもかげが当時のままのシルエットで立っていた。

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