第21話「最後の敵は」

 結局、天地英友アマチヒデトモを乗せたまま、瑪鹿真心メジカマコロのタラスグラールは緊急発進した。

 先程全員で掃除したカタパルト・デッキを、青く光るプラズマの輝きと共にすべる。

 何とかからまったケーブルをほどき終えた時には、すでにタラスグラールは他のヒーロー達と一緒にシドニー上空に来ていた。

 そして、無数の敵意が空を埋め尽くす。


「な、何だありゃ……おいっ、真心っ!」

「わかってわ、大丈夫っ! みんなっ、協力してまずはミサイルの迎撃だよっ!」

「……やっぱ、乗るとキャラが変わるのな」


 真心は今日は制服姿のままだが、相変わらずタラスグラールのコクピットに収まると快活な言葉が弾む。

 しかし、それをマイクに向かってしゃべる彼女は、いつもの真顔である。

 タラスグラール自身が、同じ造形美の顔立ちを表情豊かにいろどっているにも関わらず、だ。

 そして、英友の目にもはっきりと見えた。

 全面360度のモニターに、


「いっくよぉ! アルティメットォォォォォ、ビィィィィィムッ!」


 タラスグラールが、突き出した人差し指で空を差す。

 たちまち指先に熱量が膨れ上がって、光の奔流ほんりゅうほとばしった。

 テラセイヴァー達周囲のヒーローも、それぞれ光線技やアイテムで空を薙ぎ払った。

 無数の爆発が連鎖して、装甲越しにもビリビリと爆音が英友の肌を泡立あわだてる。敵は、かなりの数だ。しかも、その敵とは――


『我々は、統合軍事会議とうごうぐんじかいぎである! 全世界に要求する! 今すぐ、ヒーローだけによる安全保障制度を見直し、我々退役軍人たいえきぐんじん原隊復帰げんたいふっきさせよ!』


 呆気あっけに取られる英友は、見た。

 シドニーを包囲するように、周囲の荒野から何かが近付いてくる。砂煙を巻き上げるそれは、無数の戦車や装甲車。そして、タラスグラールと同じ人型機動兵器ひとがたきどうへいき……巨大ロボットだ。

 大きさはタラスグラールと同程度だが、いかつくかくばったカーキ色は兵器の冷たさを伝えてくる。真心そのままの顔をしているタラスグラールと違って、カメラやセンサーの集合体である頭部は目も口もない。

 驚く英友に、マイクを切った真心が無表情を向けてくる。


「なっ、これが……学園がオーストラリアまで来た理由か?」

「そう。あの人達は……三年前の惨劇で、ヒーローと一緒に災害出動して頑張った、軍人さん。でも、ヒーローによる地球圏防衛の制度が始まって、多くの人は、納得して退役したの。でも」

「まだ軍人でいたい奴がいるんだな? 戦いたいだけの奴がっ!」


 真心は無言でうなずく。

 そして、かつての軍人達の大軍は今、物騒なテロリスト集団として迫っていた。


『今まで国家に尽くし! 平和に貢献し! 抑止力よくしりょくとして我々は働いてきた。だが、軍事費削減の中で各国の軍は解体され、ヒーローなどという少年少女を使役しえきする非道な体制が始まった。それは、武力を持って打破する必要を感じる! よって、我々は正義の名の下に決起けっきした!』


 三年前、グレートポールシフトで世界中が滅茶苦茶になった。

 その直後、各国は復興のための予算を確保するため、互いに向け合う軍事力を同時に手放した。予算を食うばかりの軍事力は、互いに向け合わない、所有しないという前提で一斉に消滅したのだ。

 大規模な軍縮、そして軍備廃棄の末に……あらゆる危機と戦うヒーローの時代が到来したのである。


『デュア! タラスグラール、どうする?』

『シドニーの街もろとも攻撃をかけてくる! 情報通り、このオーストラリアに全兵力が集結しているらしい』

『だが、どうやって世界中からあつまったんだ? それに、見ろ……あれは軍事ロボット兵器、モビルトルーパーだ! 開発は三年前に凍結されたはずなのに』

『中央司令部! 指示を! 学園長、俺達はどうしたらいい!』


 ヒーロー達は知らされていた。

 オペレーション・スーパーヒーローウォーズ……それは、集結の動きを見せる過激派を鎮圧ちんあつするための作戦である。

 だが、ヒーローは大半が十代の少年少女だ。

 人を救って悪とは戦えても、戦争をすることは難しい。

 再び真心はマイクをオンにすると、座席の後ろに回るように英友を視線で促す。


「みんなっ、ここでくじけちゃ駄目だよっ! 軍人さん達が攻撃してくるなら、まずは街を守ろう? みんなで呼びかければ、きっと軍人さんもわかってくれる筈っ!」

『甘いぜ、タラスグラール! このままじゃ、市民が……良い子の子供達が!』

「軍人さんだって、昔は小さな子供だった! そして、子供を持つ親だっているから……だから、お願い! テラセイヴァー! みんなも!」


 そして、ヒーロー達は防衛に専念して守りを固める。

 シドニーを襲うミサイルや砲弾が、何度も空中で爆発された。

 だが、街に侵入しようとする敵には、身を立てにして道を塞ぐしかできない。スケールスタンダードのサスライダー達が、戦車や装甲車を押し返すなど奮戦している。

 だが、あまりに相手の数が大過ぎた。

 皆があせりを感じていた、その時だった。


『みんなっ、お待たせ! 僕も協力するよ!』

「あなたは……魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロン! ありがとう、一緒にがんばろうっ!」


 ほうきまたがるシャオロンの正体は、英友の親友の姫小狐ヂェンシャオフゥだ。

 やはり彼も、見ていられずに飛び出してきた。自ら劇薬オリジェネレータを服用し、『孤性ロンリーワン』を持つヒーローとして。

 だが、彼女が加わってもヒーロー達の劣勢れっせいは続く。

 真心の座るシートにしがみつきながら、加速のGに耐えつつ英友は歯噛はがみする。終わりの見えない波状攻撃の中、徐々に包囲が狭まりシドニーを閉じ込めていった。


「クソォ、無茶苦茶だぜ! ヒーローを戦わせるのが非人道的とか言いつつ、そのヒーローを攻撃してんじゃねえか!」

「みんなっ! 西側が手薄になってる。私がカバーするから、注意して! 仲間との連携が大事だよっ」


 真心の澄ました真顔も、今日は心なしか苦しそうだ。

 無敵の力を誇るタラスグラールでも、数の暴力で押し寄せられるとつらいのだろう。

 そうこうしていると、焦りがついに危険な暴発となって浮かび上がった。


『もぉ、こうなったら! 僕が思い知らせちゃうんだから! バスターブルーム!』


 不意に、シャオロンが箒を空中へと振り上げる。

 あっという間に、箒は伸びて膨らみ、長砲身のカノン砲が現れる。しかも、以前に見たものより何倍も大きい。

 浮遊する巨砲にしがみつくようにして、シャオロンが魔力を集中させた。

 黒光りする砲口へと、光が集束し始める。


『悪い人には遠慮は無用だよ! これでもらって反省しなさーいっ!』


 思わず英友は叫んだ。


「おいおい……待てよ、シャオフゥ! それじゃダメだっ!」

『全力全開……んあっ! っあ! んぎぎ……む、胸が……ひぎっ! で、でも……耐えて、僕の身体……悪い奴等を、やっつけるんだああああっ!』


 その時、英友の乗るタラスグラールが風になる。

 周囲が驚きつつ、自分達もと力を敵へ向ける……タラスグラールはその矢面やおもてに立って両手を天へとかざす。

 彼女を中心に、広がる業火ごうか爆煙ばうえんが渦を巻き出した。

 そして、シャオロンの向ける大砲の真正面で、真心の声がタラスグラールを絶叫させる。


「駄目だよ、シャオロンちゃんっ! ヒーローの力を、そんな風に使っちゃ駄目っ!」

『どうして……ゴホゴホッ! う、うぐぐ……タラスグラール、そいつ等はヴィランの集まりみたいなものなんだ! だから、やっつけなきゃ!』

「違うっ! 違うよ……この人達だって、『個性オンリーワン』を持つただの人間だよ!」

『でも、んっ、はぁ……誰かがやらなくちゃならないなら、僕が! シドニーの街を守るためなら、しかたないから! 3スリー2ツー1ワン……ゼロ・フィナーレッ!』


 シャオロンの最強の力が解き放たれた。

 全てを飲み込み消滅させる光が、タラスグラールへと真っ直ぐに迫る。

 英友は思わず、コクピットの前へ出て真心をかばった。

 二人は一瞬で蒸発してしまうかもしれない。

 だが、真心を咄嗟とっさに守ろうとしたのだ。

 そして、胸の中で彼女の叫びを聴く。


「シャオロンちゃん、駄目っ! 誰一人としてっ、殺させない! はああっ、シャイニングッ、スマッシャアアアアアッ!」


 タラスグラールのポニーテイルが、ひるがえって天をく。

 そのまま前へと突き出す両手が、ピンと指を伸ばして開かれた。凝縮されたエネルギーが生まれて、それが苛烈な光条となって放射された。

 ぶつかり合うシャオロンとタラスグラールの必殺技。

 周囲を真っ白な閃光で塗り潰しながら、永遠にも思える数秒が続いた。

 そして、先に消えたのは……シャオロンの大砲から迸る光だった。


「あ、ああ……真心っ、曲げろ! シャオフゥに当たるっ!」

「はああっ!」


 瞬時に真心の操作で、必殺の一撃が空へと曲がって消える。

 ふらふらと落ち始めたシャオロンは、徐々にピンクの衣装がほつれて溶け始めた。

 まるで全ての力を失ったかのように、彼女は彼へと戻って落ちた。

 シドニーの街並みにそれが消えると同時に、タラスグラールが降下する。


「みんなも、聴いて! 確かに、軍人さんは悪いことをしてるわ! でもっ、私はみんなを守る、世界の全てを守るって決めてるの! ! 諦めないで!」


 だが、そんなタラスグラールに機関砲きかんほうが浴びせられた。

 直撃弾がらすコクピットが着地と同時に開かれる。

 そして、気付けば真心に抱き付いていた英友は、耳元でささやかれた。


「ヒデ君、行って……シャオフゥ君、助けて、あげて?」

「真心……お前」

「あの子には今、ヒデ君が、必要。待ってる、だから」

「ああ……ああ! わかった!」


 英友はコクピットを飛び出した。

 そっと手で降ろしてくれたタラスグラールが、立ち上がるなり空に戻る。

 それを見上げながら、英友は走り出す。

 シャオフゥのことが心配で、その焦りが英友にはよくわかる。そして、あやまちをおかしてしまった彼は悔恨かいこうに震えている筈だ。

 シャオフゥはオリジェネレータの力で『孤性』を得ている。その力は限定的なものである上に、副作用がまだあるのだ。

 英友は何度でも、親友のために走る。

 その先に、残酷な再会が待っているとも知らずに。

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