第20話「ヒーロー世界の奇妙な現実」

 放課後、天地英友アマチヒデトモは同級生達と掃除当番の真っ最中だった。

 ここは星立せいりつジャッジメント学園の、ヒーロー緊急出動用カタパルト・デッキ。丁度、超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしという巨艦きょかん艦首内部かんしゅないぶである。

 スケールミドル以上のヒーロー達は、有事の際はここから打ち出されるのだ。

 その広い甲板かんぱんを、デッキブラシで丹念たんねんこすってゆく。


「ヒデ、そっちどう? 終わった?」


 アーリャ・コルネチカがデッキブラシを片手に声を掛けてきた。今日もひいでたオデコがピカピカで汗が光っている。そんな彼女と一緒に、ようやく親友が顔を見せてくれた。

 遅刻こそしたものの、今日からまた姫小狐ヂェンシャオフゥが戻ってきたのだ。


「ヒデ君っ、そろそろ水をまいちゃってもいい?」

「おう、やってくれ!」


 ホースの先を持って、シャオフゥがみがかれた甲板をらしてゆく。

 小さなにじが彼を飾って、絶世ぜっせいの美少女もかくやという美貌びぼうが浮かび上がった。思わずドキリとして、先日のキスを思い出す。

 シャオフゥは今、ヒーローになった。

 オリジェネレータの力で、魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロンになったのだ。

 だが、少しせたようにも見えるし、時々疲れを隠して無理に笑っている。そのことが英友には、ずっと気がかりだった。

 そしてそれは、事情を先程説明されたアーリャも同じらしい。


「なーんかさ……最近、シャオフゥって……色っぽいわよね?」

「お、おう」

「……どうなの? ヒデ」

「どう、って」

「ほら、男の子って色々あるじゃない。とかとか」

「そういう間柄じゃねえ! 俺とシャオフゥは、ダチ! マブダチだ! っぷ!」


 突然、水が浴びせられた。

 シャオフゥが笑ってアーリャにもホースを向ける。


「えー、僕ってただの友達? ふふ……ヒデ君になら、いいのになあ」

「ちょ、ちょいっとシャオフゥ! 冷たいわ! あ、あと、詳しく! そのへん、詳しく話しなさいよ」

「やーだ! 僕とヒデ君だけの秘密だよ? 僕、シャオロンになればいろんなことしてあげられるんだから。ふふふっ」


 制服姿のアーリャが濡れて、うっすらと下着がけて見える。

 少し寒いが、オーストラリア大陸から吹く乾いた風は気持ちよかった。そして、南半球なのに季節が日本近海とそう変わらない。グレートポールシフトで今、この星は以前とはまるで別の世界になってしまったのだ。

 そして、オーストラリア大陸へこの街が移動したのには訳がある。

 世界中を周遊しているが、今回の寄港地では大きな仕事が待っているのだ。


「もぉ、シャオフゥ! やったわね!」

「わわっ、アーリャ怖いよっ! 助けてヒデ君!」

「待ちなさーいっ! クラス委員長として、オシオキなんだからっ! ……ヒデ?」


 ガシリとシャオフゥの頭を小脇こわきに抱えてめ上げつつ、アーリャが心配そうに顔を覗き込んでくる。どうやら少し、深刻な表情になっていたようだ。


「ああ、いやちょっと……考え事だ」

「その頭で? どうやって?」

「……アーリャ、お前……喧嘩けんか売ってんのか」

「ふふ、馬鹿ばかの考え休むに似たり、これってヒデの国のことわざでしょ? 頭はアタシ達が使ってあげるから、何でも相談しなさいよね!」

「お、おう。サンキュな」

「べ、別に……う、うん、何でもないから。何でも、ないから」


 何故かアーリャは頬を赤らめつつ……ヘッドロックで拘束こうそくしているシャオフゥの頭部をギリギリと締め上げている。ちょっとかわいそうなので、放してやれよと英友は笑った。

 友達が心配で、自分も友達に心配してもらえる。

 そこに、『個性オンリーワン』や『孤性ロンリーワン』は関係ない。

 一億人に一人と言われる無個性むこせいの少年少女は、今日も学園の片隅kたすみで元気に暮らしていた。


「あ、そういえば……ヒデ。前から気になってたんだけどさ」

「ん?」

「シャオフゥ、どうしてバレないの? だって、メイクして髪型が変わっただけでしょ? 素顔すがお、出してるでしょ」

「さあ? 何だろうな、そういうのってお約束、なのか? でも、光流ミツル先輩達も全然気付いてなかったぜ? 真心マコロなんか、親しくしてるだろうによ」


 そう、シャオフゥがシャオロンへと変身しても、髪の色やヘアスタイルが変わるだけだ。勿論もちろん、その肉体そのものが少女になっているのだが……顔つきは全く同じシャオフゥである。

 その素顔のシャオフゥに、瑪鹿真心メジカマコロ鏑矢光流カブラヤミツルは全く気付かなかった。

 詳しい話は、ようやくアーリャから解放されたシャオフゥが説明してくれる。


「それは、ヒデ君。アーリャも……むふふ、ゴホン! 説明しよーう! 『個性』や『孤性』を持つ人間は、それを互いに許容きょようし合うために無意識の認識透過能力にんしきとうかのうりょくを持ってるの!」


 シャオフゥの説明はこうだ。

 今では当たり前になった『個性』や『孤性』……それを持つ者同士の社会になったことで、人間の心理状態は大きく変わった。その中でも、無意識のうちに皆にそなわったのが認識透過能力である。

 簡単に言えば『』である。


「例えばね、真心先輩はタラスグラールに乗ってるでしょ? そのことを一般市民は知らないんだ。でも実は、一部の市民は乗り降りを見たことあるけど……本当は見てても、脳が勝手に見なかったことにしちゃうの。だから、気付けないんだあ」

「そ、そうなのか」

「うんっ! これは僕が無個性だからこそ、ヒーロー研究の過程で見つけたの。無個性の人間が見ればおかしいと思うことが、『個性』や『孤性』を持つ人には当たり前で、気付かなくて、認識できないんだあ」


 それをシャオフゥは、新たな人類の能力がもたらした進化だと言う。

 そういえば確かに、以前に放浪戦士ほうろうせんしサスライダーことゼオン・F・アイゼンシュタットもコンビニの駐車場で変身していた。一緒にいたタラスグラールに子供達は夢中だったが、誰に見られてもおかしくない。

 他には、ヴィランを前に変身しても、

 ヴィランも『孤性』を持っているので、自分が特殊能力を使う悪党である限り、ヒーローのすきを隙と認識できないのだ。


「すげぇな、シャオフゥ……そっか、それでか!」

「うんっ!」

「なーるほど、ね……それより、ヒデ? ほら、後ろ。もうお迎え、来てるわよ?」


 アーリャが指差す方を振り返って、英友は「あっ」と小さく叫ぶ。

 今日も今日とて、一緒に下校するべく真心がやってきていた。何故か物陰ものかげに隠れて、モジモジとこちらを盗み見ている。相変わらず、タラスグラールを降りてしまうと彼女は内気で人見知りな女の子なのだ。

 英友はやれやれと頭をバリボリかきながら、真心へと歩み寄る。


「おい、真心! ちょっと出てこい! ……話があんだよ、お前に」

「は、はひっ!」

「……何でお前、そんなに緊張してんだ?」

「だ、だって……ヒデ君達と、一緒だと……う、嬉しいから」


 無表情の真顔まがおで、ポッと真心はほおを赤らめる。

 そんな彼女の手を握って、英友はアーリャやシャオフゥのところまで連れてきた。


「いいか、真心。落ち着いて聞け……あのな、お前の親父おやじさん、生きてるぞ」

「えっ?」

「シャオフゥが会ったんだよ。ってか……昨日の魔砲少女カノン☆シャオロンな。実は正体はこいつ、シャオフゥだ」

「ほへ……ええっ!? そそそ、そうなの? 私、全然気付かなかった……」


 やはり、『孤性』を持っているからだろう。

 シャオフゥが言った通り、真心は全く気付いていなかった。認識できないのだ。

 そして、シャオフゥが改めて真心に経緯を説明する。


「――と、いう訳なんだあ。ゴメンね、真心先輩……もっと早く言えばよかったかも。でも、僕も真心先輩のお父さんが行方不明って知らなくて……マシンダーは生きてるよ。そして、正義のために働いてる。僕は、そのお手伝いをしてるの!」

「パパが、生きてる……パパが、生きてて、くれた」


 そう、瑪鹿誠メジカマコトは生きている。

 早速携帯でも出して、母の瑪鹿巫琴メジカミコトに連絡でもするのかと思われた。

 だが、真心は呆然ぼうぜんとしたのも一瞬で、突然英友を抱き締める。

 彼女の豊かなバストにはさまって、英友は目を白黒させた。


「ちょ、真心! 待て、放せ!」

「ヒデ君っ、パパが! パパが生きてたの! 嬉しい!」

「わかった! わかったから、放せ!」


 そのまま真心は、英友に胸を押し付けながらクルクル回りだした。

 周囲の同級生達も、あこがれの最強ヒーローの見目麗みめうるわしい姿に、自然と笑みがあふれる。表情こそとぼしいが、英友にも彼女が大喜びではしゃいでしまっているのがよくわかった。

 小さい頃から英友は、仏頂面ぶっちょうづらな真心の気持ちを読み取るのが得意だ。


「どうしよ、ヒデ君っ! 私、パパに会って言わなきゃ」

「あ、ああ……ってか、あのな真心! ケーブル! ケーブルがからまってる! グルグル巻きになってんぞ、俺等!」

「パパ、喜んでくれるかな……ヒデ君にとつぐこと」

「気がはえぇ! バ、バカ、そんなの……まだ先じゃんかよ」


 赤いケーブルに幾重いくえにも巻かれたまま、ますます真心との密着感が増してゆく。

 だが、そんな平和な空気が突然切り裂かれた。

 アラートが鳴り響き、カタパルト・デッキでも赤い回転灯かいてんとうが回り出す。学園中に響き渡る緊急の放送が、戦いの時間を連れてきた。

 そう、戦い……オーストラリアこそが決戦の地なのだ。


『全校生徒に通達、これより学園は第一種戦闘態勢だいいっしゅせんとうたいせいへ移行します! 発動……全ヒーローは出撃してください! 繰り返します、オペレーション・スーパーヒーローウォーズ発動! 敵がシドニーへと侵攻をはじめました!』


 ついに始まる、その名はオペレーション・スーパーヒーローウォーズ。

 全世界が軍備を手放した中、地球圏ちきゅうけんを守るヒーロー達にとって避けられぬ戦いが始まるとうしていた。わたわたと不器用にケーブルをほどきながら、真心の顔にも緊張がにじむ。


「うう、ほどけない」

「急げ! 真心!」

「ご、ごめん、ヒデ君……私、急ぐ、から」

「おう、急いで解け、落ち着いてな? って、お、おいっ!」


 真心は英友を抱き締めケーブルに巻かれたまま……そのまま、出撃するために走り出した。アーリャ達が中央司令部ちゅうおうしれいぶに向かう中、英友はタラスグラールが待機する格納庫かくのうこへと連れ去られるのだった。

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