第19話「オリジェネレータの真実……?」

 路地裏ろじうらにその少女は、いた。

 少女にしか見えない、天地英友アマチヒデトモの親友だ。

 彼はゆっくりとアスファルトの上に着地する。

 ふわりと棚引たなびいていたピンク色の衣装から、静かに光が消えていった。

 その背に英友は全力ダッシュで呼び掛ける。


「シャオフゥッ!」

「あっ、ヒデ君!?」


 振り向いた姫小狐ヂェンシャオフゥへと、真っ直ぐ英友は走った。

 その右手が、こぶしを握って内側に怒りを圧縮してゆく。


「お前っ! しばれっ!」


 だが、怒りの鉄拳は炸裂しなかった。

 咄嗟とっさに英友は、相手へのいきどおりも自分への自己嫌悪も忘れてしまう。

 目の前で突然、シャオフゥはふらりと倒れたからだ。

 滑り込むようにして、その華奢きゃしゃ小柄こがらな身体を抱き留める。


「ヒ、ヒデ、君……」

しゃべんな! おい、大丈夫か!」

「胸……苦し、くて」


 息を荒げるシャオフゥの手が、心臓のあたりに当てられている。

 おどろいたことに、。そういえば、普段にもまして体つきが少女らしい。

 多分、胸はアーリャ・コルネチカより大きいかもしれない。

 視線を感じたのか、エヘヘとシャオフゥは笑った。


「僕、ね……僕の『孤性ロンリーワン』は、変身能力なんだ」

「おっ、お前、女に!?」

「うん……魔女っ子に、なるの……夢、みたいだよ」

「だからって、お前……こんな苦しい思いして、何やってんだよ!」


 少しだけシャオフゥの呼吸が落ち着いてきた。

 そっと一人で立ち上がったが、またよろけたので英友が支えてやる。

 やはり、シャオフゥは使ったのだ……誰にでも『孤性』をもたらす禁断の薬、オリジェネレータを。苦悶くもんに顔をゆがめるシャオフゥ自身が、そのことを如実に語っていた。

 オリジェネレータは、危険な副作用がある違法薬物なのだ。


「シャオフゥ……どうしてお前、こんなことを」

「ゴメンね、ヒデ君……話を、聞いて、くれる?」

「……ああ」


 シャオフゥは一度深呼吸をして、胸の中で英友を見上げてくる。

 英友は真実を強請ねだる自分の気持ちを、無理に落ち着かせた。

 どんな訳があろうとも、シャオフゥのやったことは人として許されない。そして、英友にとっては裏切りでもある。

 だが、同時に心の何処どこかで信じてる。

 何か訳があるのだと。

 そしてそれは、英友の予想もしないことだった。


「今、出回ってるオリジェネレータはね……未完成の危険な試作品、なの」

「あ、ああ……でもっ! そんなもん、あっちゃならねえ。誰もが簡単に『孤性』を手に入れるなんて、間違ってるぜ」

「……でも、『個性オンリーワン』を持ってる人はいい、けど……何不自由なく暮らせるけど。僕達みたいな無個性むこせいの人間は、普通の携帯電話一つ使えないんだよ?」

「……俺なんか、携帯がなくたって生きてらあ。何ができないかじゃない、どうやって暮らすかだぜ!」

「でもね、ヒデ君。実は――」


 衝撃が英友の脳髄のうずいを突き抜ける。

 信じられない言葉に、一瞬意味がわからなかった。

 全く理解できないシャオフゥの話は、極めて単純明快。

 そして、それを知って英友は思考が停止してしまった。


「僕ね……ヒデ君の言ってた、に会ったよ?」

「なっ」

「マシンダーギアはダンボールじゃなかったけど……真心マコロ先輩のお父さんだって言ってた。凄く格好いい、本物のヒーローだったの。それで……それでね、僕はマシンダーから完成品に近いオリジェネレータをもらったんだ。助けて欲しい、手伝って欲しいって言われて」


 瑪鹿真心メジカマコロの父、瑪鹿誠メジカマコト

 英友と同じ無個性の人間で、妻の瑪鹿巫琴メジカミコトと共にタラスグラールを作り上げた人物だ。そして、英友が心から尊敬する真のヒーロー、マシンダーその人である。

 言っている意味がわからなかった。

 何故なら、三年前の惨劇……グレートポールシフトがもたらした天変地異てんぺんちいで、誠は行方不明になっているから。


「ま、待ってくれ! シャオフゥ、くわしく話せ! おじさんに……マシンダーに会ったのか!」

「う、うん。マシンダーは今ね、不正に出回ったオリジェネレータの試作品を回収しようとしてるの。オリジェネレータ自体は、無個性の人間を救うための薬なんだって」


 シャオフゥの話は、想像だにせぬ現実を英友に突きつけてくる。

 マシンダーは今、一人のヒーローとして秘密裏ひみつりに動いているのだ。その目的は、無個性の人間の救済らしい。そのために、自身が被験体となってオリジェネレータの開発にもたずさわったようだ。

 その仮定で、不正な手段で試作品が流出してしまったという。

 試作品はまだ、使った者に激しい副作用をもたらすのだ。

 それを回収したいが、マシンダーは一人……ゆえに、仲間を欲していたのだという。


「な、ならどうして……なんで真心やおばさんに会ってやらないんだ? 何で、どうして一人でコソコソと」

「ヒデ君、誰でも『孤性』を持てる、ヒーローになれるんだよ?」

「それがどうだって……あ!」

「うん。今はごくごく少数の『孤性』を持つヒーローによって、地球圏ちきゅうけんの平和が守られてる。ヒーローは最強の力、だから星立ジャッジメント学園で公正かつ厳格に管理されてるよね? その、今の地球圏を存続させてるシステムが……破綻はたんしちゃうかもしれないの」


 今、地球圏は無数の脅威にさらされている。

 異星人エイリアン宇宙怪獣うちゅうかいじゅうが襲い来る中で、『孤性』を悪用するヴィランもあとを絶たない。だからこそ、正義の心でヒーローをやる少年少女の存在は貴重なのだ。

 そして、各国が軍事力を持てない状況の今、ヒーローが地球圏の人類を守っている。

 そのヒーローの『孤性』が、誰にでも得られる。

 それは必然、ヴィランになる者も増加するし、各国がヒーローを国家の名の下に所有する時代へ逆行するかもしれないのだ。


「確かに無個性の人、『個性』しかない人は救われる。でも、世界は……地球圏は勿論もちろん火星圏かせいけん木星圏もくせいけんも、そんな時代を受け入れる準備ができてないんだあ。だから、マシンダーは今は秘密なの」

「……おじさん、他には何か言ってたか?」

「ん、生死不明の行方不明扱いになってるんだね……僕、マシンダーから聞いて初めて知った。マシンダー、すっごく家族に会いたがってた。ただ、その前にやるべきことがあるって」

「そっか……おじさんらしいな」


 英友の知る誠という大人は、気さくで優しく愉快な人だった。いつも笑顔で、ベッドから動けない真心のためにアレコレ色々と頑張ってくれていた。当時まだ、周囲の子供に比べて『個性』の発現が遅れてる英友のことも、親身しんみになってはげましてくれたのだ。

 誠は心が、気持ちが立派なヒーローだった。

 だから、無個性でも英友が卑屈ひくつにならずに生きていける。


「だからね……僕、頑張るんだあ。僕が使ってるのは、副作用の軽い最新のタイプ。このオリジェネレータで、ヒーローをしてれば……必ずまた、試作品を悪用する人達に遭遇する筈だよ? その時、僕はマシンダーと一緒に戦うの」

「シャオフゥ、お前……」

「ヒデ君が、教えてくれたから……マシンダーを信じろって。だから僕、少しぐらい苦しくても、痛くても、頑張るっ! それに……やっぱりヒーロー、大好きだから」


 そう言ってシャオフゥははにかんだ。

 女装どころではなく本当に女の子になってしまった彼に、思わず英友がドキリとする。


「は、話はわかった。だけどよ、シャオフゥ」

「僕は平気だよ? それに……ヒデ君、わかってくれると思ってた。信じて、たの」

「お、おう。とりあえず、今度マシンダーに会う時は教えてくれ。俺、真心とおばさんに連絡だけしたいんだ。あの二人もきっと、会えないまでも今を知れば安心するからさ」

「うんっ!」


 既に苦痛は去ったのか、そっとシャオフゥは放れる。

 改めてその姿を見ると、まるで天使だ。

 小柄な肉体はそのままに、以前より丸みを帯びて健康的な色気を発散している。生来の可憐かれん美貌びぼうが、本物の美少女となっていた。ピンク色の衣装はスカートが短くて、ニーソックスの太腿ふとももまぶしい。

 シャオフゥは今、マシンダーと共に戦うヒーロー……魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロンなのだ。


「じゃあ、僕もう行くね? 最後にもう一回だけ、ぐるっと見回らなきゃ。きっと、助けを待ってる人もいるし……早く、試作品のオリジェネレータを回収しないと」

「わかった。けどな、シャオフゥ……ちゃんと学校には来いよ? あと、男子寮にも毎日戻れ。ヒーローなら、ちゃんと三食食ってしっかり寝て、学生生活も両立させろ! ……おっ、お前がいねーと、その……寂しいしよ」

「う、うんっ! ……そう、だよね。僕も……ヒデ君の近くに、いたいから」

「おう! 真心やアーリャだって心配すっからよ」

「明日から、学校行くね? でも……クラスのみんなにはナイショだよ?」


 そう言って、不意にシャオフゥはくちびるほおに触れてきた。

 じんわり温かな感触が、突然の出来事で英友を真っ赤にさせる。

 同級生、しかも男なのにドギマギとして言葉が出てこない。

 キスされた場所に手を当ててみて、自分の肌が熱くなっているのに気付いた。


「ふふふっ、じゃあまたあとで!」


 シャオフゥがパチン! と指を鳴らすと、例のほうきが出てきた。

 それにまたがり、彼女は空へと舞い上がる。

 呆然ぼうぜんと見送るしかできず、英友はぼんやりと立ち尽くす。

 もし、シャオフゥみたいな奴ばかりなら……突然オリジェネレータの完成品がばらまかれても、世界は平和だろう。より平和に、豊かになるだろう。

 だが、現実にはシャオフゥとは真逆まぎゃくの人間が少なからず存在するのだ。


「信じていいんだよな、シャオフゥ……おじさん、マシンダーも」


 ぽつりとこぼしたつぶやきに、返事はない。

 ビル群が奪い合う狭い空を、英友は見上げて友の無事を祈った。

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