第18話「爆誕!魔砲少女カノン☆シャオロン」

 天地英友アマチヒデトモは絶句した。

 アーリャ・コルネチカも固まっている。

 まるでこちらが見ているのを知っているかのように、カメラ目線で決めポーズの少女。ピンクの衣装はさながら天使、ほうきまたがる姿は魔女だ。

 そして、髪の色やヘアスタイルが違うが、間違いなく姫小狐ヂェンシャオフゥだった。


「シャオフゥ、よね……あれ」

「あ、ああ……シャオフゥ、お前」


 きゃるん、とウィンクして、シャオフゥもとい魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロンが飛ぶ。彼女は、乱舞する小型UFOユーフォーからの怪光線を軽やかに避けた。

 まるで箒と一緒にダンスを踊っているようだ。

 そして、新たなヒーローの参戦が、驚きの現象をもたらす。

 苦戦中だった皆に、不屈のテンションが蘇った。


『みんなっ、新しい仲間のシャオロンちゃんが来てくれたわっ! もう少しだけがんばろっ!』

『ジョアッ! タラスグラールの言う通りだぜ! しかし、魔砲少女カノン☆シャオロン……一体正体は誰子だれこちゃんなんだ? ……守りたい、あの笑顔!』

『おっと、テラセイヴァー。そいつは野暮やぼだぜ……今は協力して、異星人を!』

『ああ! みんなの力を今こそ一つにする時!』


 待て。

 ちょっと待て。

 いやいや、待て待て。

 どう見てもシャオフゥである。

 ほんのりナチュラルメイクだが、素顔すがおである。

 そして、英友は真顔になってしまった。

 隣でアーリャも、チベットスナギツネみたいな表情である。


「な、なあ」

「言わないで、ヒデ」

「シャオフゥ、だよな? 素顔だよな!」

「だから言わないでって! ……こ、こういうの、正体バレないのかしら」

「てか、真心マコロ光流ミツル先輩も、シャオフゥと会ったことあんだけどな」


 全く不可解なことに、

 瑪鹿真心メジカマコロ勿論もちろん、テラセイヴァーこと鏑矢光流カブラヤミツルもシャオフゥとは面識がある。というか、今まさに巨大円盤へと飛ぶ魔女まじょは、


『みんなっ、ここは僕に任せてっ! 罪なき人をさらうなんて、絶対に許さないんだからっ!』

『援護するわよ、シャオロンちゃん! ラムジェットッ、パアアアアアンチッ!』

『ありがとっ、タラスグラール! よぉし、いっくよーっ!』


 なんだか目眩めまいがしてきた。

 同時に、英友は目の前の光景に不安を覚える。

 シャオフゥは英友やアーリャと同じ、無個性むこせい無能力むのうりょく、この世で数少ない昔ながらの一般人だ。それがなぜ、『孤性ロンリーワン』にも等しい力でヒーローになったのか?

 その答えは、一つしかないような気がした。

 それが英友には、酷く悲しく、怒りさえ覚える。

 同時に、自分の言葉の無力さを知った。

 あこがれのマシンダーの言葉ではなく、自分の言葉で語るべきだったのだ。

 友達として、親友として。


「あいつ……オリジェネレータを? まさか……でも!」

「オリジェネレータ? あの、こないだも事件になった薬?」

「誰でも『孤性』が手に入るってやつだ。けど、それは」


 奮戦するヒーロー達の中でも、一際まぶしく活躍するシャオロン。

 彼女は天高く舞い上がると、乗っていた箒をヒュンとひるがえした。


『さぁ、僕の大砲を御見舞おみまいするよ! お願いっ、バスターブルーム!』


 キラリと光って、シャオロンの持つ箒が膨らみ伸びて変形する。

 あっという間に、シャオロンの身長に倍する特大の大砲が現れた。

 エフェクトがまばゆほとばしる中で、シャオロンは巨大なビームランチャーを腰だめに構える。女児アニメの主人公みたいな衣装に不思議と、メカニカルな巨砲カノンがやけに似合った。


つらぬけっ、僕の魔砲まほう! 3スリー2ツー1ワン……ゼロ・フィナーレッ!』


 シャオロンが両手で保持するカノン砲から、苛烈かれつな光が吐き出された。

 モニターが真っ白に塗り潰される中で、あわてて英友は席を立つ。そのままハッチを開けて、浮上中のマリンアークの甲板へ飛び出した。

 照射された膨大な熱量に、巨大なUFOの母船が無数の爆発を咲かせた。

 そのまま巨大円盤は、フラフラと飛び去ってゆく。

 ヒーロー達はどうやら、今は難民船団なんみんせんだんの人命救助を優先するようだ。

 やがて、光に包まれたUFO群はワープでもするように消えた。


「君のハートに全弾命中ぜんだんめいちゅうっ! それじゃ、僕はもう行くね? みんあ、ありがとっ!」


 最後にシャオロンは……ヒーローになってしまったシャオフゥは、英友を見下ろし微笑ほほえんだ。そして、投げキッスを放つと、元に戻った箒に跨って行ってしまう。

 その飛行機雲を見送りながら、英友は学生服の胸元を鷲掴わしづかみにむしった。

 今すぐ、心を抜き出し、その高鳴りを握り潰したかった。

 心に形があるならば。


「シャオフゥ……何でだよ。どうして……」

「ヒデ君っ、お疲れ様! シャオロンちゃんのお陰でなんとかなったかも。あの、いったい誰なのかしら」


 気付けば上空に、ゆっくりとタラスグラールが降りてくる。

 今日もくまさんぱんつが丸見えだったが、気にした様子もなく彼女は甲板の上に着地した。英友が急いで駆け寄れば、片膝かたひざを突いてかがんでくれる。


「悪ぃ、真心!」

「こーらっ! 今の私は、鉄魂勇者てっこんゆうしゃタラスグラールッ! 正体はみんなにはナイショだぞ?」

「あ、ああ……頼む! 俺を乗せてくれ! シャオロンを……シャオフゥを追ってくれ!」


 表情豊かなタラスグラールは、一瞬不思議そうな顔をした。

 だが、次の瞬間には手をべ笑いかけてくれる。

 そして、下腹部のコクピットハッチが開いた。


「ヒデ君……」

「すまん、恩に着るぜ! 全速力で追ってくれ!」

「う、うん……わかった。……知り合い?」

馬鹿野郎ばかやろうっ! ありゃどう見てもシャオフゥだろ!」

「え、うそ……シャオフゥ、君? だって、あの娘は」

「いいから早くしてくれ!」


 コクピットへと飛び込めば、立ち上がるタラスグラールが空へと駆け上がる。

 下では、舞い上がる風圧に髪を押さえながら、アーリャが不安そうに見上げていた。

 身を乗り出し、まだ開いているハッチの下へと英友は叫ぶ。


「アーリャ、俺に任せろ! お前は先に学園に戻っててくれ!」


 それだけ言うと、ハッチが閉まってタラスグラールは加速する。

 強烈なGに、よろけて英友は背後に倒れ込んだ。

 丁度、真心の上に座る形で胸に埋まる。


「とっ、とと、真心! もっと急いでくれ!」

「で、でも、ヒデ君が」


 真心は相変わらずあの、ピッチリと全裸シルエットなパイロットスーツを着ている。

 だが、今の英友にはその艶姿あですがたに密着していることも意識できなかった。

 シャオフゥのことしか考えられない。


「ヒデ君……しっかり、つかまってて、ね?」

「ど、どこにだよ、うわっ!」

「フル加速……見えた」


 さらなる増速ぞうそくで、タラスグラールが雲を引く。

 そのコクピットで、たまらず英友は真心の細い腰にしがみついた。

 そのまま押し潰されてしまいそうな中、歯を食いしばって耐える。

 見上げれば、操縦席に座る真心もほおわずかにゆがめていた。

 やはり、真心は肉体的には普通の人間……その埒外らちがいに大きすぎる『孤性』のエネルギーだけが、飛び抜けて異常なだけの女の子なのだった。


「もうちょっと、で……追いつく。あ、降りた……ヒデ君」

「どこだ、どこに降りた!」

「街の方」

「よ、よしっ! 近くで降ろしてくれ! あと……すまん、真心! このことはみんなに黙っててくれ。あ、えと……ほ、ほら、ヒーローの正体はみんな秘密だろ? な、なっ!」

「う、うん。……わかった。でも……ヒデ君と、私の、二人だけの……秘密、だね?」


 相変わらずの無表情だが、真心は頬を朱に染めた。

 何がうれしいもんかとも思うが、やはり胸の谷間から見上げる彼女は完璧な美少女だった。それで英友は真心に抱き付いているのを思い出して、慌てて離れる。

 ゆっくりスピードを降ろして、人通りのない中へとタラスグラールは着陸した。

 屈んでコクピットハッチが開くと、もどかしげに英友は転がり出る。そっとタラスグラールは、真心の操作でそれを手で受け止めてくれた。


「サンキュな、真心! ちょっと行ってくる!」

「あ……待って、ヒデ君」

「ん、なんだ! 急いでんだよ!」

「今日は……ありがとう。その、マリンアークで……助けて、くれて」

「おうっ! 俺はさ、決めたぜ真心」


 その場で駆け足しながら、一度だけ肩越しに振り返る。

 ハッチから顔をのぞかせる真心は、そっと長い黒髪をかき上げながら見下ろしていた。


「俺は真心、お前を支える! 俺にできることなんざ、大してねぇけどな。けど、その全部をお前にくれてやる! 全力で、助けてやる!」

「ヒッ、ヒデ君! あの、その、えと、ふあ……ヒデ君、ヒデ君っ! わわ、私、んと」

「安心しろ、ホントに俺、大したことできねぇから。それでも、お前と一緒に頑張るからよ」

「う、うん」


 真顔のままだが、真心は大きなひとみうるませた。


「じゃ、じゃあ、あの……もし、私が大人になって……『孤性』が消えたら。普通の、女の子になったら……ヒデ君、私のこと……お嫁さんに、して、くれる?」

「そ、それは、えと、あーもぉ! 考えとく! じゃあな!」

「う、うん……考えて、ね? 前向きに……前のめりに。ちょっとだけ、前屈みに」


 意味不明なことをつぶやく真心を背に、英友は走り出した。

 高層ビルが立ち並ぶオフィス街の狭い空から、路地裏ろじうらの向こうへとシャオロンの光が降りてゆく。それを追いかけ、英友は猛ダッシュで風になった。

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