最終話「踏み出す一歩はいつでも明日へ」

 シドニーの惨劇さんげきから、三日が経った。

 天地英友アマチヒデトモはすぐに星立せいりつジャッジメント学園によって、なかば拘束されるように精密検査を受けさせられた。勿論もちろん、『孤性ロンリーワン』はおろか『個性オンリーワン』もないことが確認された。

 だが、彼は紛れもなくダイヒロインに、瑪鹿真心メジカマコロに選ばれた人間である。

 英雄科えいゆうかへの転入生として認められると、学園長がくえんちょう瑪鹿巫琴メジカミコトからは言われた。

 だが、英友の選択は最初から決まっていた。


「おーっす! おはよう、みんな。……みんな、無事だな? ヘヘッ」


 英友が三日ぶりに訪れた教室は、いつもの標準科ひょうじゅんか……今という時代では普通ではない、無個性むこせいな少年少女達のクラスだ。

 英友の声に誰もが振り返り、驚きと喜びで駆け寄ってくる。


「おっ、馬鹿が来たぜ! 馬鹿だぜ、ったくよぉ! 英雄科、ったんだって?」

「動画配信で見たぜ、ダイヒロイン! すっげえな……イケてるぜ、ヒデ!」

「ヒデくんっ、わたしも見てたよぉ……うう、泣いちゃった。それに、凄く……うん、すっごく! 格好良かったよ!」

「よーし、俺等の英雄を胴上げだ! 標準科の希望の星だぜ、ヒデッ!」


 あっという間にもみくちゃにされた挙句、胴上げされてしまった。

 クラスメイトの手厚い祝福を受け、照れながらも英友は周囲を見渡す。皆、誰一人として欠けることなく勢揃せいぞろいしていた。それが一番嬉しい。

 そして、その中から華奢きゃしゃ矮躯わいくが飛び出し、抱き付いてきた。


「ヒデ君っ! 無事だったんだね……よかったぁ」

「おっとっと、へへ。お前も元気そうだな、シャオフゥ!」


 姫小狐は、頬を赤らめ胸の中でうなずいた。

 シャオフゥは本当に、あの危険な劇薬オリジェネレータと手を切った。もう、魔砲少女まほうしょうじょカノン☆シャオロンはどこにもいない。いるのは、強い心を持ってくれた少年だけだ。……少女にしか見えないが、男の子だ。

 シャオフゥはそのままそっと、英友の耳に密やかな声を吹き込む。


「ヒデ君、マシンダーのことは……僕と学園長との秘密だよ?」

「ああ、サンキュな。俺もまだ……真心に話せてねえ」

「少し様子を見つつ、学園長と相談しながらゆっくり解決してこ?」


 どうみても仲睦なかむつまじい男女にしか見えない状態に、咳払せきばらいが響いた。

 それでようやくシャオフゥと離れれば、今日もピカピカオデコのクラス委員長が眼鏡を上下させている。アーリャ・コルネチカは釣り目がちな瞳に静かな笑みを湛えていた。


「おかえり、ヒデ。クラスの一員として歓迎するわ……これからもしっかりやんなさいよ? いい?」

「おうっ! お前もありがとな、アーリャ」

「べっ、べべ、別にっ! アタシはほら、ええ、そう! クラス委員長だから」

「それでもさ、スカイアークで俺を援護してくれた。……

「ちょ、ちょっと! その話はしないで頂戴ちょうだい! 何よあの全身タイツ!」


 すかさずシャオフゥが「写真、撮っといたよ?」と携帯電話を取り出す。

 教室をほがらかな笑いが包んだ。

 この日常のために、真心が戦ってくれてる。

 英友の大事な、大切な彼女……恋人が。

 だから、彼女を英友は守り続けるのだ。

 過酷な宿命を背負わされ、運命に翻弄ほんろうされる最強のナンバーワンヒーロー……瑪鹿真心。彼女はまだ、知らない。父の瑪鹿誠メジカマコトことマシンダーが、地球圏を追放された無個性な人間達のため、敵となったことを。

 そんなことを思い出していると、ツンツンと指でアーリャが肩を叩いてくる。


「それで……いい加減、あの光景も見飽きたんだけど? ヒデ、どうにかしなさいよ……そ、その……かっ、かか、彼女、なんでしょ?」

「ん? あ、ああ」


 皆と一緒に振り向けば、いつものように扉の影に長い黒髪がひらひらと見え隠れしている。そして、時々顔を出してはじっと見詰みつめてくる真顔まがお……間違いなく、真心だ。

 彼女は一年生の教室をチラチラと見ながら、無言で身を隠し続けている。

 やれやれと溜息が出たが、自然と英友はほおゆるんだ。


「おーい、真心! お前、いい加減に慣れろよ。こっちこい!」

「う、うん……えと、お邪魔、します」


 赤いケーブルを引きりながら、彼女は英友の横にやってくる。

 少しだけ背の高い真心を見上げて、その背をバン! と英友は叩いた。


「お疲れさん、真心! シドニーの復興支援作業ふっこうしえんさぎょう、終わったんだろ?」

「う、うん……統合軍事会議の、武装解除も……さっき、終わった。で、もうすぐ、学園も出港の時間だって」

「タラスグラールも応急処置の状態だけど、すぐになおる……なおるっておばさんが言ってたぜ」

「だと、いいな……やっぱり、タラスグラールはかわいくないと……ひうっ!?」


 二人の間に、突然シャオフゥが割り込んできた。

 彼は瞳をキラキラさせながら、例のヒーロー研究ノートを開いている。


「真心先輩っ! ダイヒロインのこと、教えてください! 凄いスーパーロボットでした! 他にはどんな武器があるんですか?」

「あ、えと、んと……ひたいから、ビーム、出るよ? ヒーローインパルス。あと、全身からミサイルが出る、ミサイルアニヒレーターと……あとは、秘密」

「秘密兵器があるんですね! うわぁ……僕、ドキドキしてきた。けんとかおのとかはないんですかっ? 勇者といったらおっきい剣、ですよぉ!」


 だが、シャオフゥの質問に英友と真心は頷き合った。

 その答をもう、英友は知っている。

 真心を動力とする最強ロボット、タラスグラール……そして、鉄魂合体てっこんがったいしたダイヒロイン。それは全て、世界の平和と人々の暮らしを守るための力だ。


「シャオフゥ、メモしとけよ? 真心の、タラスグラールの……俺達のダイヒロインはな、その手は武器をつかむ手じゃねえんだよ。な? 真心」

「う、うんっ! その手は、平和を掴むためのもの……みんなとつなぐためのもにっ!」


 んだ。

 真心はいつもの無表情のまま、口元を手で抑えて真っ赤になる。

 シャオフゥは呆気あっけにとられていたが、今日一番の笑顔で頷いてくれた。

 だが、モニョモニョと真心はしゃべり続ける。


「あ、でも……その、んと、剣は……実は、ある、よ? ただ、実体剣じったいけんじゃなくて、使うにはまだ――」

「いーからバラすなっての。せっかくのいい話が台無しだろうがよ」


 ポスポスとチョップで頭を叩くと、真心は背を丸めて黙った。

 だが、英友の横にびったりとくっついて離れない。

 そんな恋人が照れ臭く感じていると、英友はふとシャオフゥのあの時の言葉を思い出した。


「あ、そういやシャオフゥ……お前も立派だったぜ。何か、なりたいもんを見つけたんだってな……ヒーローよりもなりたいもんをさ」

「う、うんっ! あのね……ヒデ君。僕、僕ぅ……」


 何だか上目遣うわめづかいに英友を見詰めながら、シャオフゥは恥ずかしげにはにかんだ。

 そして、爆弾発言ばくだんはつげんが投下される。


「僕っ、これからもヒーローを追いかけるよ。でも、無個性な自分のままで追いかけたいんだ……ヒデ君と真心先輩っていう、最高のヒーローを!」

「お、おう。何か照れるな……よせよもう」

「だからね、僕ね……!」


 クラス中が静まり返って、次の瞬間に口笛くちぶえ喝采かっさいが満ち満ちた。

 突然のことで、英友は呆気あっけにとられてしまう。

 瞬間、耳まで真っ赤になった真心が、ガシリ! と英友を抱き締めてきた。


「だ、駄目っ……ヒデ君は、私の……私だけの、ヒーロー、だから」

「あっ、真心先輩! 安心してください。アーリャもね。僕、3号さんでいいから」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! シャオフゥ、アタシは関係ないでしょっ!」


 何故なぜかアーリャも顔が赤い。

 そして、シャオフゥはそんな彼女の手を引き英友の前に立たせる。


「アーリャが2号さん。2号ロボは1号ロボより強いのがお約束だから、アーリャのポジションってすっごくお得だよ?」

「知らないわよ、そんなことっ! で、でも……まあ、ヒデを今後も助けたげる。アタシがいないとみんな、頼りないんですもの」


 英友にしがみつきながらも、じっと真心がアーリャを見やる。

 アーリャもまた、気恥ずかしそうに微笑ほほえんだ。


「べ、別に……真心先輩のことも、助けるし……支えるしっ! アタシ達みんなで、ヒーローみんなに協力するし! もう、電話番でもなんでもやるわよ、ねえ? みんなっ!」


 周囲から、そうだそうだと一際強い声が無数に連なる。

 真心はモジモジしながらも、笑った。

 微笑んだんだと思う……あの不器用な顔の痙攣けいれんというか、わずかにくちびるゆがめた変な顔は。それが英友には、はっきりとわかった。


「あ、ありがと……ええと、アーリャ――」

「真心先輩、やっとアタシの名前を覚えてくれたんですね? もーっ!」

「う、うん。だから、ありがと……アーリャコリャマー・コレデンネンさん」

「……もういいです、好きに呼んでください」


 またも爆笑が人の輪に満ちる。

 だが、そんな日常がまたも切り裂かれた。

 そう、地球圏ちきゅうけん脅威きょういが迫る時……いつでも英友達の戦いは始まっているのだ。


『緊急事態発生、衛星軌道上より大気圏へ再突入する物体あり! 各ヒーローは至急現場へ急行せよ! 飛行能力及び宇宙作業能力のないヒーローは、第七ハッチ前へ集合してください! 落下物は旧世紀きゅうせいき戦略要塞衛星せんりゃくようさいえいせいで、直径200mとのこと! これより学園は第一種戦闘態勢だいいっしゅせんとうたいせいへ移行します!』


 すぐに英友達は行動を開始する。

 クラスメイトは皆、講堂こうどうから中央司令部ちゅうおうしれいぶへと飛び込むべく走り出した。

 そして、英友にひっついてた真心もまた、いつもの仏頂面ぶっちょうづら凛々りりしく引き締める。こういう時の彼女の、毅然きぜんとした横顔が英友は好きだった。


「行かなきゃ……多分、大気圏で燃え尽きない、から……どこかに落ちれば、大惨事だいさんじ

「おうっ! そんじゃま、ちょっとお前……世界とみんなを救っちまえよ。俺は――」

「俺、は?」

「俺は、お前の一番近くでお前を守る。だから……行こうぜ、真心っ!」


 英友が差し出した手を、真心もは嬉しそうににぎってくる。

 こうして二人は、手に手を取って駆け出した。その先に戦いがあっても、困難な試練が積み重なっていても……残酷ざんこくなマシンダーの真実が待ち受けていても。

 それでも、走る。全力で前へとせる。

 その先に必ず平和な明日、幸せな未来があると信じて。

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機動彼女ダイヒロイン ながやん @nagamono

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