第27話「偉大なるかな、鉄魂大勇者!」

 その姿はもう、可憐かれんな美少女ではない。

 整った顔立ちに表情はなく、断罪の天使を思わせる細面ほそおもて流麗りゅうれいにして荘厳そうごん。タラスグラールを内包するはがねのマシンは、戦いの女神となってこぶしを振るう。

 一気に二回りほど大きくなったため、ロボセイヴァーに対しても当たり負けしない。まだまだサイズ差は歴然なのに、それを感じさせない。

 天地英友アマチヒデトモは、みなぎる力のままに鉄拳てっけん御見舞おみまいして叫んだ。


「っしゃあ、言ってやれ真心マコロ! これが、俺の……俺達の新しい力だ!」


 倒れ込むロボセイヴァーの巨体が、大地に地響きをとどろかせる。

 そして、背後で苦悶くもんあえきながらも、瑪鹿真心メジカマコロ凛冽りんれつたる声を叫んだ。


「これこそ、鉄魂合体てっこんがったいっ! 世界の全てを守って戦うっ! 鉄魂大勇者てっこんだいゆうしゃ! その名もっ、ダイ! ヒロ! インッ! 鋼の女神はぁ、無敵っ、なり!」


 ――ダイヒロイン。

 それが、タラスグラールが3機の支援メカと合体した姿だ。

 先程から真心は、赤いケーブルからより大量のエネルギーを吸い上げられている。苦しげなその表情を肩越しに振り返れば、彼女は不器用に笑おうとした。

 だから今、英友はダイヒロインという最強の力で戦う。

 一刻も早く戦いを終わらせ、真心を楽にしてやるために。


「しゃあ行くぜ、真心っ!」

「う、うんっ、ヒデ君!」

「武装が沢山増えたな……よし、こいつを使ってみる!」


 ゆっくりと起き上がるロボセイヴァーは、表情こそ変わらないものの狼狽ろうばいが感じられた。すぐに真心が敵をスキャンして「ヒデ君、AIエーアイ制御の無人機、だよ?」とささやいてくれる。

 真心の荒い息遣いきづいを背に感じつつ、英友は攻撃の手をゆるめない。


『ヘアゥ! が、合体した、だと……しかも、このパワー! 卑怯なっ!』

「卑怯はどっちだぁ! アクセルドリルッ、パアアアアアンチッ!」


 英友の操作が絶叫をともなえば、ダイヒロインが右の手刀を引き絞る。

 手首が高速で回転し、あっという間に手がドリルへと変形した。

 それをそのまま、英友は勢い良く放つ。合体して巨大になったダイヒロインの、その前腕部が炎と共に飛び出した。

 ひじから先が飛んでいって、中のタラスグラールの細腕ほそうであらわになる。

 ロボセイヴァーは両手をクロスさせて、うなりを上げる巨大ドリルを防いだ。


「ん……ヒデ君っ、ダメ押しだよっ!」

「おうっ! フルッ、スロットルッ!」


 続けて、タラスグラールの腕もあとを追うように射出された。

 敵に喰らい付く闘魚ランブルフィッシュのようなドリルへと、ラムジェットパンチが再合体する。膨大な推力が一つになって、その力はあっさりとロボセイヴァーの防御を穿うがつらぬいた。


『ば、馬鹿な……風穴を開けてくれたなっ、ダイヒロイン!』

「やかましいっ!」

「ん、ああっ! ヒデ君っ、うううっ……ダイヒロインの稼働時間、残り120秒! くっ!」


 これ以上は恐らく、真心が持たない。

 宇宙開闢うちゅうかいびゃくのビッグバンに匹敵するエネルギーが、一人の少女の身体に押し込められているのだ。そして、タラスグラールとダイヒロインは、それを動力にして動いている。

 無敵の力は全て、おのれの内よりエネルギーを吸い上げられる真心を、苦痛でさいなんだ。

 だから、一気に英友は勝負をつけにいく。


「行くぜ大技っ! 耐えろよ、真心!」

「んっ、ぁ……う、うんっ! 平気、だよ……んぐっ! 全力で、お願い……ヒデ君!」

「ああ、お前は耐える……俺となら、耐えられる! くらえっ、ヒーローッ、インッ、フェルノオオオオオッ!」


 戻ってくる右腕と合体して、ダイヒロインが胸を突き出す。

 タラスグラールだった時に柔らかく揺れていた実りは、もうない。無骨な装甲が幾重いくえにも連なる中で、胸部には真っ赤なパネルが羽根のように広がっている。

 その真紅の色が光って燃え上がり、苛烈かれつな熱線が照射された。

 ヒーローインフェルノ、さながら煉獄れんごく業火ごうかにも似た光が荒れ狂う。

 あっという間に飲み込まれたロボセイヴァーは、ぜ散る炎の中で身悶みもだえた。


『ヘアアアアアアッ! クッ、クソォ! 俺は、俺は……子供大好き、テラセイヴァー! こんなところで負ける、訳が!』

「はぁ、はぁ……うぐっ! あなたは、テラセイヴァーじゃ、ない……偽物にせもの。テラセイヴァーは、んあああっ! んっ、はぁ……テラセイヴァーは、正義の味方だから!」

「よく言った、真心! 決めるぜ、必殺技! うおおおおっ、パイル! イン!」


 ヨロヨロと立つロボセイヴァーへと、ダイヒロインが駆け出す。

 鋼の巨体が風をまとって、猛スピードで地を蹴った。

 空へ舞い上がるダイヒロインが、天をくように右手を振り上げる。

 手の甲に光が集まり、その輝きが巨大なパイルとなった。てのひらへと貫通しているそれは、まるで聖者に刻まれた聖痕せいこんくぎだ。

 英友は裂帛れっぱくの気迫と共に、ダイヒロインの手でロボセイヴァーの顔をつかむ。

 そのまま、にぎつぶして高々と宙へとるした。


「必殺っ! ヒーロォォォォォォ、インッ、パクトオオオオオオオッ!」


 ドムン! と激しい衝撃インパクトと共に、右手の光が一撃必殺のくさびとなってロボセイヴァーの頭部を貫く。そして、そのまま空中へと、まばゆく光る杭はロボセイヴァーを固定、吊り下げた。

 必殺のヒーローインパクト、そしてトドメの瞬間が訪れる。


「ヒデ、君っ……そろそろ、もう……トドメを、うぐっ!」

「任せろ真心! うおおおっ!」


 ダイヒロインが再び飛翔ひしょうする。

 そして、空中で軽々と身をひるがえし、飛び蹴りを繰り出しながら急降下。

 それは真っ直ぐ、ロボセイヴァーを固定する光の杭をブチ抜いた。


「ヒーローッ、エンド!」


 アスファルトをえぐりながら、ダイヒロインが着地する。

 その背後で、ロボセイヴァーは断末魔だんまつまの声と共に光の柱となって爆発した。

 次の瞬間、ダイヒロインも全身から冷却ガスを白くけむらせ停止してしまう。

 すぐに英友は立ち上がって、後の真心へと身を乗り出した。


「終わったぞ、真心! しっかりしろよ、なあ!」

「ヒデ、君……あ、ありが、とう」

「気にするな……俺、守るからよ。お前のことだけ、絶対に守る。だから……お前は世界とみんなを守ってやれ。俺も一緒に戦うから」

「うん……ヒデ、君」

「ん? どした」


 ダイヒロインが停止したことで、少しだけ楽になったようだ。

 真心は大きな胸を上下させながら、呼吸をむさぼっている。

 しっとりと汗ばんだほおを赤らめ、うるんだひとみで英友を見詰みつめてきた。

 真心の星空みたいな双眸そうぼうに、自分の姿が並んで映る。


「ヒデ、君……さ、最後に……」

「最後ってなんだ、おい! 真心! ここから始まるんだろ、俺達」

「うん、だから……今日という記念日の、最後に」


 ――キスして。

 そう言って真心は瞳を閉じた。

 思わず英友は、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 無個性むこせいだった英友が今、真心のおかげでヒーローになれた。真心だけのヒーローとして、彼女と一緒にこれからも戦う。

 もう、離れない。

 ずっと一緒だ。

 真心の宿命、その父であるマシンダーの真相を知った。

 だからこそ、逃げられない。

 真正面から立ち向かう真心を置いては、逃げない。


「お、おう、じゃ、じゃあ、あれだ……キス、するか」

「うん……ヒデ君、早く」

「あ、えと、じゃあ。っとお!?」


 突然真心が、

 彼女の脚の間に英友の操縦席があるのだから、そういう格好になってしまった。

 何だか、逃さないように捕縛ほばくされた気分だ。

 でも、目をつぶる真心は幼い頃と同じ、こうしていれば天使みたいだ。

 その頬にそっと触れて、くちびるを近付ける。

 互いの呼気こきが肌をで合う中で、英友も瞳を閉じようとした、その時だった。


『ヒデちゃん! 真心! よくやったわ、完全に統合軍事会議とうごうぐんじかいぎと謎の巨大ロボを退しりぞけ――あらあらー? んまぁ!』


 突然ウィンドウが浮かんで、サングラス姿の学園長が映った。

 星立せいりつジャッジメント学園を取り仕切る真心の母、瑪鹿巫琴メジカミコトである。

 彼女がニンマリ笑って、向こう側で何か操作をすると……ニヤケ顔のウィンドウがすみに「●REC」の文字を表示した。

 それで思わず、英友は真心と一緒に固まってしまう。


「おっ、おばさん! あ、いや、学園長! こ、こここ、これは」

「……ママ、邪魔した……もう少し、だったのに」

『ごめーん、うふふ。さ、続けて! 続けて、ね?』


 続けられるはずがない。

 そう思っていると、巫琴の上に新しいウィンドウが開く。

 そこには、眼鏡めがねを上下させるツインテールの少女が身を乗り出していた。その剣幕に、別ウィンドウの巫琴が手で耳をふさぐ。

 アーリャは今にも3D画像となって飛び出さんばかりの剣幕だった。


『ちょっと、ヒデ! アンタ、何やってんのよ! こっちは死ぬとこだったのよ!』

「いや、違う! これは真心が! って、おい馬鹿! 痛ぇ! 脚でめるな!」

「ヒデ君……続き」

「できるか、アホッ!」


 アーリャの後では、姫小狐ヂェンシャオフゥも笑ってる。

 みんな無事だ……そして、巫琴が死者が出なかったことを教えてくれる。負傷者は大勢いるし、シドニーの街は壊滅状態だ。

 それでも、真心はみんなを守れたのだ。

 世界の一部、失えば二度と戻らぬ命を全て守ったのだ。

 そんな彼女を守れたことが、英友にはとてもほこらしい。


「ヒデ君、キス……は? しよ? ……しない、の?」

「うっ、うう、うるさい! こうい時はお前、もっとニッコリしたりとか――」


 不意打ちだった。

 突然だった。

 真心はそっと、英友のひたいにキスした。

 そして、そのまま胸にギュッと英友の頭を抱き締める。

 アーリャの絶叫が迸ったが、英友は全身が熱く火照ほてる中で固まってしまった。


「ヒデ君、ありがと……これからもずっと、一緒だよ? 私のこと……守ってくれる?」

「あっ、当たり前だ! ずっと、守るからよ」

「……うん」


 おずおずと英友も、真心の背に手を回して抱き返す。

 赤いケーブルに手が触れれば、その脈打みゃくう鼓動こどうは静かになっていた。

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